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大槻修二の「改正日本地誌要略」1886年

19世紀日本文部省さえ「独島は朝鮮領」
(↑翻訳者茶々:もちろんこれはウソ)
韓国日報 2020.07.27
https://www.hankookilbo.com/News/Read/A2020072717560005360

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1889年「改正日本地誌要略」の日本全図。独島と鬱陵島が日本の領土と表示されていない。/ハン・チョルホ教授論文


  19世紀の日本政府は独島を自国の領土と見なかったという研究結果が出た。明治時代の日本の権威ある地理学者で、統一された日本地名を書いた最初の地図書「日本地誌要略」を書いた大槻修二の分析が裏付けている。

  27日、東北アジア歴史財団によれば、ハン・チョルホ東国大学歴史教育科教授は、このような研究結果を入れた論文「日本明治時期大槻修二の日本地誌要略編纂と独島認識」を学術誌『東北アジア歴史論叢』に掲載した。論文によれば、大槻は1874年「日本地誌略」と1875年「日本地誌要略」を書いた後、1886年にこれを補完した「改正日本地誌要略」を出版した。「日本地誌略」は日本政府が発行した小学校の日本地理教科書で、地理教科書の基準として評価される。
  ハン教授は、大槻の独島に関する記述に注目した。大槻は日本の領土拡張を重視した人物で、領土の変動事項を見のがすわけがないと見たためだ。研究の結果、大槻は「日本地誌要略」で鬱陵島や独島を日本領と見なさなかったという事実が明らかになった。「改正日本地誌要略」では独島を指して朝鮮の属島と確かに記述している。(←翻訳者茶々:そんなことは書いてありませんって。) だから、大槻の著書では独島は日本領土として彩色されていなかった。特に、増補版の「改正日本地誌要略」は、1889年に日本全国師範学校の予備教師と中学生のための教科書として使えるように「文部省検定済」まで取得した。政府が大槻の歴史的見解をそのまま認めたわけだ。 ハン教授は、「改正日本地誌要略は、無主地先占論と固有領土論を前に出して独島が自国の領土だと主張する日本政府の論理を客観的に批判できる資料になるだろう」と結論付けた。




「1889年日本文部省検定教科書に'独島は朝鮮領土'の記述」

2020-07-27 連合ニュース
https://www.yna.co.kr/view/AKR20200727127700005?input=1195m

ハン・チョルホ教授、19世紀日本地理学者の本で確認
1889年版「改正日本地誌要略」中の「日本本州全図」(引用者注:写真省略。上の記事の写真と同じ。)
日本の本州を描いた地図に鬱陵島と独島が表示されていないことが分かる。[ハン・チョルホ教授提供。再販売及びDB禁止]


(ソウル=聯合ニュース)イム・ドングン記者= 「この国 (隠岐、独島から最も近い日本領土)は日本海(東海)のうちの西辺の絶島で、その西北海上に松島(独島)・竹島(鬱陵島)の二島がある。互いに離れること約100里で、朝鮮では蔚陵嶋と称する。近ごろ決定してその国(朝鮮)の属島になったという。」(1886年発行の「改正日本地誌要略」から)
  19世紀に日本政府が独島を自国領土として認識していなかったことを示す研究結果が出た。明治時代初期、日本の代表的な地理・地文学者として数多くの地理教科書と付図を編纂した大槻修二(1845~1931)の色々な著作に関する研究を通じて、このような事実が明らかになった。
  ハン・チョルホ東国大学歴史教育科教授は、このような研究結果を入れた論文「日本明治時期大槻修二の日本地誌要略編纂と独島認識」を、最近、東北アジア歴史財団の学術誌『東北アジア歴史論叢』に掲載した。研究によれば、大槻は1874年「日本地誌略」と1875年「日本地誌要略」を刊行した後、1886年にこれを補完した「改正日本地誌要略」を出版した。「日本地誌略」は日本文部省が最初に発行した小学校日本地理教科書で、その後編纂された教科書の基準となり、「日本地誌要略」は小学校上等教科書であり師範学校の参考書として使われた。
  ハン教授は、特に、著作により変化した大槻の独島に関する記述に注目したという。すなわち、大槻は「日本地誌要略」で鬱陵島や独島に言及さえしなかった。ところが、その後に発行した「改正日本地誌要略」では、明確に名前を明らかにして「朝鮮の属島になった」と記述している。これについて、ハン教授は、27日、「大槻は、当時の日本の最高国家機関だった太政官が1877年に下した“竹島ほか一島(松島)は日本と関係ない”という指令からさらに一歩進めて、二島が朝鮮の領土になったと明確に記述した」と説明した。
  独島に関する大槻のこのような認識は、その後刊行された彼の他の著書である「地学階梯」、「小学地誌要略内国誌」、「小学地誌要略付図内国誌部」などにもそのまま反映された。特に、ハン教授は、論文でこのような内容を入れた「改正日本地誌要略」(増補版)が1889年に日本全国師範学校の予備教師と中学生のための教科書として使えるように文部省検定済を取得したという点が重要だと明らかにした。ハン教授は、「これは、日本政府が独島に関連した大槻の記述をそのまま認めたと見ることができる」と主張した。
  ハン教授は、論文で、「これら教科書の本文や収録地図には全て鬱陵島と独島が記述されたり描かれておらず、二島を日本領土と認識できる根拠を探すことができなくなった」と話した。続けて、「独島は朝鮮の領土という内容が記述された改正日本地誌要略は、日本の師範学校予備教師と学生に独島は朝鮮領土という事実を教えるのに影響を及ぼしたし、当時文部省を含む日本の政府レベルで独島を朝鮮領土と認定していた根拠になると判断される」と明らかにした。


<コメント>
 この論文、まー、何と言いますか、〇〇としか言いようがないのだが。よくもまあこんな見当違いを堂々と論文に書けるものだ。読んでいるこっちが恥ずかしくなる。イ・ヨンフン教授の「この国の大学はウソの温床です」という言葉が脳裏に浮かぶ。

 1874年とか1875年とか1886年の地誌に今の竹島が日本領土として描かれていないって? それが何? 日本政府は1905年に竹島を無主地として新たに日本の領土にしたのだよ。それ以前の地誌で日本領土になっていないのは当たり前じゃないか。そんな単純なこともハン・チョルホ先生は理解できないらしい。
 
 (もっとも、こういうふうに言うと、「日本政府は17世紀半ばには竹島の領有権を確立したと言っているぞ。だったら、1874年とか1875年とか1886年の地誌には今の竹島が日本領土として当然描かれているはずだ。それなのに書いてないのだから、すなわち日本政府の主張はウソなのだ。」と反論したい人たちがいるのは分かりますがね。ハン・チョルホさんの「これら教科書の本文や収録地図には全て鬱陵島と独島が記述されたり描かれておらず、二島を日本領土と認識できる根拠を探すことができなくなった」というのはそういうことなのだが、しかし、これは竹島領有権論争の経緯を理解できない者の言うことです。韓国の独島研究者には難し過ぎますかね。このことに関しては既に意見表明ずみなのでここでは繰り返しません。) 
参照 https://chaamiey.blog.fc2.com/blog-entry-2669.html


  ハン・チョルホ先生殿は「大槻は日本地誌要略で鬱陵島や独島に言及さえしなかった。ところが、その後に発行した改正日本地誌要略では、明確に名前を明らかにして朝鮮の属島になったと記述している。」とおっしゃっているようだが、該当の文は次のとおり。
改正日本地誌要略 明治19年(1886年) (早稲田大学図書館)
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/ru03/ru03_03650/index.html
巻之五 山陰道、山陽道

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https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru03/ru03_03650/ru03_03650_0005/ru03_03650_0005.pdf
 此國 (引用者注:隠岐のこと) ハ日本海中西邊ノ絶嶋ニシテ、其西北海上ニ松嶋・竹嶋ノ両嶋アリ、相隔ル殆一百里ニシテ、朝鮮ニテ蔚陵嶋ト稱ス、近来定メテ其國ノ属嶋トナスト云フ

  
 しかしねえ、そもそも大槻さんが竹島・松島をどういう島だと考えていたのかと言うと、アルゴノートとダジュレ―ですよ。今の竹島のことなんか全く言及されていないのです。

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「改正日本地誌要略 明治19年(1886年)巻一 総論、両京、畿内」の5ページめあたりにある「大日本国全図」
https://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/ru03/ru03_03650/ru03_03650_0001/ru03_03650_0001.pdf

  実在しない島と鬱陵島は日本とは関係がないですね。
 この論文は、「松島」と書いてあったら、他の関連事項の何を検討することもなく、ただただただただ無条件反射で「今の竹島だぁ」と言ってしまう、という韓国の独島研究者たちの浅はかさが良く示されている事例です。

  ただ、大槻さんの竹島・松島に関する上の文章はちょっと正確さに欠けているという面はあります。「大日本国全図」を見れば、大槻さんは竹島・松島の二島があると考えていたわけだが、文章ではその二島が「鬱陵島」だと言っていて、竹島・松島と鬱陵島の対応関係がちょっと意味不明なのです。これは、おそらく大槻さんも、明治10年太政官指令が存在しない竹島と鬱陵島である松島を日本関係無しと指示していたこと、その後に竹島が存在しないことが判明して竹島=松島=鬱陵島だということが確認されてそれが渡航禁止とされたこと、そういう一連の経過を詳細には把握できていなかったように見えますね。
  まあ、しかし、この大槻さんの認識は、ハン・チョルホさんの御意見とは全く違って、むしろ明治10年太政官指令の竹島ほか一島は「大日本国全図」にあるような竹島・松島(アルゴノート・ダジュレー)として理解されていたことを示す事例にもなりそうですが、どうでしょうかね。



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まーた「独島韓国領の決定的証拠」 3

SCAPIN 677-1(1951.12.05)
連合国軍最高司令官総司令部  連合国軍最高司令官
APO 500 1951年12月5日 AG 091 (29 Jan 46)GS  SCAPIN 677/1
宛先:日本政府
件名:若干の外郭地域を政治上及び行政上日本から分離することに関する覚書
一、関係覚書
  a 昭和21年1月29日日本政府に対する覚書AG091(SCAPIN677)「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」
  b 昭和21年3月22日日本政府に対する覚書AG091(SCAPIN841)「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」
二、上掲覚書bによつて改められた上掲覚書aの第三項を更に改めて、北緯29度以北の琉球(南西)諸島は、該指令の目的から日本として定義される地域の中に包含されるものとする。
三、日本政府は、これらの島に対して、連合国最高司令官の権限の下におかれることを條件として、政治上、行政上の管轄権を回復することを指令せられる。
  最高司令官に代わり 高級副官 アメリカ合衆国海軍 大佐 C.C.B WARDEN  

 

このSCAPIN 677-1について、一つ目のニュースには「サンフランシスコ講和条約は1951年9月8日に締結された。この条約でスキャピンが無効化されたのなら、当時、連合国司令部が1951年9月8日以後に追加的なスキャピンを発令する必要は無かっただろう」という文章がありましたね。
 これは、何か日本側が「SCAPINは1951年9月8日の講和条約締結で無効になった」とでも主張しているかのように書いてありますよ。日本の政府や研究者がそんなアホなことを主張するわけが無いですけどね。言うまでも無いことですが、SCAPINが無効になるのは条約の発効(1952.04.28)のときです。したがって、ニュースのこの言い方は何を言おうとしているのか意味不明です。
  条約が締結されたと言っても、その効力が発生するまでの8ヶ月間はSCAP(GHQ)は相変わらず日本政府に指示する立場ですよ。だから、必要があると思えばその間に新たな指示を出すことはあって当然です。677-1も、そういう新たな指示を出す必要があると判断されたから発出された、というだけのことです。


 677-1は「サンフランシスコ講和条約締結以後に発令されたものなので、連合国が日本領土に対して最終的に下した決定と見ることができる」という主張も書いてありましたね。しかし、もともとSCAPINで領土に関する最終的決定などできるものでは無いのだから、それが講和条約締結以後に出されたからという理由で領土に関する最終的決定に変身するなんてこともありません。


 今回、『独島とスキャピン677/1』とかいう本を出版されたソン・サムチェさんの主張のハイライトはここでしょうかね。

  「これまで論争になったスキャピン677号には‘この条項は最終的な領土確定ではない’という内容があったが、677-1号にはそのような内容もない。だから、スキャピン677-1号をめぐって独島領有権論争をするならば、日本は言う言葉が無くなる。677-1号は、日本がいくら何を言おうと独島は日本の領土では無いと釘をさした決定的な根拠資料だ」

  この人の頭の中ではSCAPIN677-1には「独島は韓国領」と規定されているわけで、それを前提として、SCAPIN677にはある「この条項は最終的な領土確定ではない」という規定が677-1には無いのだから、すなわちこれは最終的な領土確定であるということになって、結局「独島は韓国領というのが連合国の最終決定である」という結論に至るという、超ナナメ上の思考になっています。

 しかし、そもそもSCAPIN677-1では竹島のことなど何も指示されていないのだから、この人の理屈はハナから成立しないのだが、どうもこの人は、日本側がしばしばSCAPIN677の第6項「この指令中の条項は何れも、ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈してはならない。」に言及することに対して、「いいや、そんなことを書いてないSCAPINがあるぞ、書いてないからこれは最終的決定だ」として日本側の指摘を論破した気分になっているようです。

 しかしですね、SCAPIN677の第6項のような規定があるとか無いとかはもともと決定的な要素では無いですよ。そういう規定があろうと無かろうと、占領軍の指示命令というものは領土処分ではないことは当然のことです。しかし、国民の多数がそういうことを常識として知っているという状況ではないので、占領軍の指示を領土処分だと誤解する人も多数発生しかねないから、第6項のような条項で「誤解するなよ」と注意喚起をしているだけです。そういう注意喚起の文章があるかないかでSCAPINの暫定措置であるという性格が変化するのではありません。

 だから、SCAPIN677の第6項のような規定が677とその一部改正指令であるSCAPIN841にはあるのに、同じ一部改正指令であるSCAPIN677-1には無いという違いは、ソン・サムチェさんの下らない主張に反論するにおいては本質的な問題ではないのですが、ソン・サムチェさんはえらく重要なことであるように強調しているので、その違いの意味を検討しておきましょう。
 
  677-1にそういう規定が無い理由は、つまり規定する必要が無いから規定されなかったわけですが、なぜ必要が無かったかというと、677-1は、正に、「ポツダム宣言の第8条にある小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すものと解釈」しても一向にかまわなかったからですね。677-1は、最初に確認しましたが、サンフランシスコ講和条約が締結された後に、その条約内容に合わせて南西諸島の一部を日本の範囲に戻すという改正がされたわけで、最終的決定と一致しているので、「小島嶼の最終的決定に関する連合国側の政策を示すもの」と解釈されても何の問題もなかったし、いや、問題がないどころか、誰だって、「ああ、条約でそう決まったから前倒しで日本に返してくれたんだな」と分かった話です。677-1はそういうものなのだから、677の6項のような規定を入れたら逆に矛盾して来るのですよ。だから書かれませんでした。それだけの話です。
 ソン・サムチェさんは、バカな結論を言う前に、なぜ677-1にはその規定が無いのか、その意味をまず考えるべきでしたね。まあ、考えても多分分からなかったろうとは思うが。

 とにかく、このソン・サムチェという人の言うことは、韓国のおバカな独島研究者たちの中でも群を抜く低水準です。さすがの韓国の研究者たちでも、この主張に賛同する者はあんまり出てこないんじゃないかなあ。

 しかし、まあ、このSCAPIN677-1で本を一冊書けるとは、恐るべき妄想力だ。

  最後に、このSCAPIN677-1についての当時の新聞報道を一つ掲げておきます。
 講和条約の発効に先立ってトカラ列島の施政権を日本に返還したこのSCAPIN677-1が「独島韓国領の決定的証拠」だとは、一体どういう思考をしたらそうなるのか、興味深いことです。(いや、実際は全く興味ありません。)
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まーた「独島韓国領の決定的証拠」 2

「独島は韓国領土」…国際法的根拠を明らかにする

2020-04-11 世界日報
http://www.segye.com/newsView/20200410515917?OutUrl=naver

コロナ渦中に日、また教科書歪曲/韓日間独島領有権対立続く/終戦後、連合国「韓国領土」発令/ 677-1指令前後の事情詳細説明/日、論争ひっくり返すほどの主張できず/日「妄言」のたびに韓対応生ぬるく/「韓国人、歴史など証拠熟知を」

  日本は、先月24日、来年新学期から中学生が使う社会科教科書に、歴史的・地理的・国際法的に明白な大韓民国領土である独島を日本領土と主張する検定教科書を審議して通過させた。これに対し、我が市・道教育長と教育関連団体は、独島歴史歪曲是正を要求する声明を発表するなど反発している。 日本政府が毎年教科書検定結果を発表するたびにこのような姿は繰り返されている。日本政府は独島を「日本の固有領土」だとか「韓国が不法占拠している」と話にもならない主張で私たちを刺激している。 世界的な非常事態を招いた新種コロナウイルス感染症(コロナ19)事態の渦中でも、韓日間の独島領有権をめぐる対立は続いている。
20200410519993.jpg このような時に出てきた『独島とSCAPIN 677/1』は、日本は日常的な挑発を事としているものの、独島は国際法的に大韓民国領土であることを立証する確実な根拠を提示していて関心を引く。 20年間独島領有権問題を深く掘り下げてきた著者ソン・サムチェ(写真)韓国検認定教科書協会理事長は、その本でスキャピン(SCAPIN・Supreme Commander for the Allied Powers Instruction・連合国最高司令官指令)の677-1指令全文と指令発令前後の事情を詳細に説明する。我が政府が独島に関する日本政府の主張をひっくり返すことのできる根拠となり得る677-1指令がどんな背景で発令されたかについて言及している。それだけではなく、この本にはポツダム宣言はもちろんサンフランシスコ講和条約などを始めとして、アメリカと中国、ロシアなどの国家が韓日独島領有権紛争を眺める視点などを等しく含んでいる。
  著者は教育部の公務員として在職した2001年に日本の歴史教科書歪曲対策班の実務班長として仕事をして以来、韓日間の独島領有権問題に関心を持って各種の歴史的証拠資料を収集して来た。2016年には『独島が大韓民国領土である理由』を出して韓日間の独島領有権紛争問題に精通している。


20200410519992.jpg ソン・サムチェ / ウリ領土 / 1万5000ウォン

  今回の本によれば、スキャピンは第二次世界大戦で日本の敗戦後に日本を統治した連合国最高司令官が日本政府に下した命令をいう。1945年7月にアメリカ、英国、中国の連合国首脳たちは日本の無条件降伏を要求する13個の条項のポツダム宣言をした。ポツダム宣言8条には「連合国は、日本の領土を本州、北海道、九州、四国、そして連合国が決定する小島嶼に制限する」という一節がある。連合国の日本軍政統治期間中(1945年8月15日から1952年4月28日にサンフランシスコ講和条約が発効する前の日)に発令されたスキャピンは全2635個だ。著者によれば、このうちポツダム宣言8条と関連する日本の領土に関する指令は3個だ。1946年1月29日に発令されたスキャピン677と1946年3月22日に発令されたスキャピン841は、これまで学界と国際社会にその存在が知られていた。しかし、この2個のスキャピンには「本指令内のいかなる事項も‘ポツダム宣言’ 8条に言う小島嶼に関する最終的決定に関連する連合国政策の表示として考慮されてはいけない」という但し書きの規定がある。日本政府と日本学者は、この但し書き規定を挙げてスキャピン677とスキャピン841は日本の領土に関する最終的な連合国最高司令官指令ではなく、サンフランシスコ講和条約の発効と共にその効力は喪失したと主張して来た。我が国の国際法の一部学者も、スキャピン677とスキャピン841は独島の大韓民国領有権の根拠として提示し難いという意見を示すことがあった。
  著者は日本政府の主張と反対になるスキャピンがあったとして、4年前に入手した文書を公開した。連合国総司令部(GHQ)は、何を考えたのか、1951年9月8日にサンフランシスコ講和条約が締結された約3ヶ月後である1951年12月5日に独島と北方領土4個の島を日本政府から分離するスキャピン677-1を発令した。この発令は、正に677号に付加して規定をしたものだ。言い換えれば、正確に独島は日本領土でないと規定してしまったのだ。スキャピン677-1は、ポツダム宣言8条によって日本領土に対する定義(the definition of Japan)を下した連合国の最終的な決定だ。国際法を根拠にしようとするならば、日本も韓国もこの指令に従わなければならないということだ。著者は「これまで論争になったスキャピン677号には‘この条項は最終的な領土確定ではない’という内容があったが、677-1号にはそのような内容もない。だから、スキャピン677-1号をめぐって独島領有権論争をするならば、日本は言う言葉が無くなる。677-1号は、日本がいくら何を言おうと独島は日本の領土では無いと釘をさした決定的な根拠資料だ」と強調した。
  著者は「日本の独島妄言があるたびに、我が政府はいつもそうであるように駐韓日本大使館関係者を呼んで抗議して、日本関係者は本国に報告するという言葉でごまかしてしまう形で例年行事を行って有耶無耶になる。日本は毎年妄言を継続して、人々を洗脳しようとする戦略を展開している。領有権紛争で勝利するためには、独島が大韓民国領土である歴史的、地理的、国際法的根拠を確かに明らかにして国民が皆熟知する必要がある」と出版の背景を説明した。

パク・テヘ先任記者


<コメント>
 うん、まあ、確かに、これほどまでに幼稚なことを面と向かって言われたならば、日本側としてはあきれ果てて言う言葉も無くなるおそれはある。

 先に確認したように、SCAPIN677-1というのはSCAPIN677のうちの南西諸島の部分を改定するもの(南西諸島のうちの北緯29度以北の部分を日本の行政範囲に戻す)です。それが何で日本政府の竹島主張をひっくり返すものになるのか、この人の考えは奇怪です。

 いろいろとバカな屁理屈をこねてあるので、一つずつ指摘して行きましょう。

 まず、「独島と北方領土4個の島を日本政府から分離するスキャピン677-1を発令した」と言っていますが、このことからして大ウソです。677-1にはそんなことは一切書いてないですね。南西諸島の変更に関することだけが規定されています。まあ、ソン・サムチェとかいう人の頭の中では、たぶん「677-1は南西諸島に関しては変更が書かれているが、独島などその他の部分の変更は書かれていないので、つまり独島などは当初の677に規定したことと同じだということを条約締結後に連合国が改めて指示したのだ」とでも思っているのです。
  しかし、もう一度言いますが、677-1というものは「南西諸島の一部を日本に戻す」という指令です。竹島やら北方領土について新たに指示したものではありません。ソン・サムチェさんの論理はそもそもの出発点があらぬ妄想なのです。

(続く)






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まーた「独島韓国領の決定的証拠」 1

「'独島は韓国領' 決定的根拠見つけた」

2020-04-07 ニューシス
https://newsis.com/view/?id=NISX20200406_0000984459&cID=10701&pID=10700


『独島とスキャピン677/1』 出版、ソン・サムチェ検認定教科書協会理事長主張
サンフランシスコ講和条約締結後のスキャピン677-1号を通じて独島を日本領土から除外
学界も認定・・・・・・ポク・キデ仁荷大学教授 「677-1号が最終決定、これに従うべき」

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[ソウル=ニューシス]スキャピン677-1号 (写真=ソン・サムチェ検認定教科書協会理事長提供)

[ソウル=ニューシス]イム・ジョンミョン記者= 「4年前に発見したスキャピン677-1号は、日本が何をどう言おうと独島は日本の領土ではないと釘をさした決定的資料だ。」
  スキャピン(SCAPIN・Supreme Commander for the Allied Powers Instruction Notes)は連合国最高司令官指令を意味する。第二次世界大戦で敗北した日本が1945年9月2日降伏宣言文に署名した日から1952年4月27日サンフランシスコ講和条約が発効する前日まで日本を統治した連合国最高司令官が日本政府に下した指令だ。この期間に連合国が日本に発令した指令は合計2635個。連合国最高司令官だったマッカーサー将軍は、1946年1月29日スキャピン677号を通じて独島を済州島、鬱陵島と共に日本領土から除外した。これは48ヶ国連合国が全世界を対象に「独島は韓国領」と記録した国際法的公認文書と呼ばれる。我が政府が独島領有権紛争で根拠として前面に出したりした文書だ。
  日本を始めとして一部では「スキャピンはこれを発出した軍政が終わるのと同時に無効化された」と反論する。何よりも、軍政で考慮した全ての措置は最終的にサンフランシスコ講和条約で確定したというのだ。サンフランシスコ講和条約は1951年9月8日に締結された。この条約でスキャピンが無効化されたのなら、当時、連合国司令部が1951年9月8日以後に追加的なスキャピンを発令する必要は無かっただろう。しかし、スキャピン677-1号は、サンフランシスコ講和条約締結から3ヶ月後である1951年12月5日に発令された。独島と北方領土4個の島を日本政府から分離する内容を含んでいる
  著者と一部学界では、スキャピン677-1号は「正確に独島は日本領土では無いと規定したもの」と主張する。サンフランシスコ講和条約締結以後に発令されたものなので連合国が日本領土に対して最終的に下した決定と見ることができて、国際法を根拠とすれば韓国も日本もこの指令に従わなければならないと強調している。最近出版された『独島とスキャピン677/1』 の著者ソン・サムチェ韓国検認定教科書協会理事長は教育部企画調整室長出身で、退職する頃である4年前にスキャピン677-1号を発見した。当時はスキャピン677-1号は単に独島領有権紛争の重要資料の一つとしてだけ認識されていたが、多方面から研究した結果、韓日両国が持つ歴史的、地理的諸資料とは異なって決定的根拠になることを確認したという。ソン理事長は最近のニューシスとの電話インタビューで、「既に論争の的であったスキャピン677号には”この条項は最終的な領土確定ではない”という内容があったが677-1号にはそのような内容も無い。だからスキャピン677-1号をめぐって論争するならば、日本は抜け出るのが難しいだろう」と説明した。ソン理事長は、「サンフランシスコ講和条約にはスキャピン指令の全ての内容は有効だとした条項がある。日本は当時の指令はもちろん細かな内容も受け入れるという内容も含んでいる」と説明した。彼は、「1945年7月アメリカ、英国、中国の連合国首脳たちのポツダム宣言8条の”連合国は日本の領土を本州、北海道、九州、四国そして連合国が決定する小島嶼に制限する”という内容とスキャピン677-1号、サンフランシスコ講和条約まで確かめてみれば、少なくとも第三国の国際学者が見る時は独島が韓国の領土ということが明確に伝わるだろう」と力説した。


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[ソウル=ニューシス]『独島とSCAPIN 677-1』(写真=ウリ領土提供) 2020.04.07.photo@newsis.com

  ソン理事長の主張は一部学界でも受け入れられている。ポク・キデ仁荷大学融合考古学科教授は、ニューシスに「今はほとんどが独島問題にあってスキャピン677号だけ議論する。だが、677-1号はサンフランシスコ講和条約以後に追加された」として「677号だけでは日本の領土制限が明確でないから、国家によっては異議を提起しただろう。それで北方4島と独島は日本領土ではないと釘をさしたもの」と解釈した。ポク教授は、「677-1号以後はこの内容を扱った条項がない。これが最後の、最終決定であるからこの内容に従わなければならない。非常に意味ある内容だと判断する」と伝えた。『独島とスキャピン677/1』 はスキャピン677-1号の内容と発令の背景、先んじたポツダム宣言はもちろんサンフランシスコ講和条約などを始めとして、アメリカと中国、ロシアなどの国家が韓日の独島領有権紛争を眺める視点などを様々含んでいる。


<コメント>
  韓国側の「独島領有権主張」なるものは全てがお笑いに過ぎないのだが、それにしても、様々議論が進んだ今ごろになってしょうもないお笑い芸をまた一つ加えるようなことをしなくても良かろうにと思う。この記事は「SCAPIN677は48ヶ国連合国が全世界を対象に「独島は韓国領」と記録した国際法的公認文書と呼ばれる。」という認識の下に書かれているのだから、そもそも話にならないシロモノだ。

SCAPIN 677-1の日本語訳
https://ja.wikisource.org/wiki/若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書_(SCAPIN677/1)

連合国軍最高司令官総司令部  連合国軍最高司令官
APO 500 1951年12月5日 AG 091 (29 Jan 46)GS  SCAPIN 677/1
宛先:日本政府
件名:若干の外かく地域を政治上及び行政上日本から分離することに関する覚書
一、関係覚書
a 昭和21年1月29日日本政府に対する覚書AG091(SCAPIN677)「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」
b 昭和21年3月22日日本政府に対する覚書AG091(SCAPIN841)「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」
二、上掲覚書bによつて改められた上掲覚書aの第三項を更に改めて、北緯29度以北の琉球(南西)諸島は、該指令の目的から日本として定義される地域の中に包含されるものとする。
三、日本政府は、これらの島に対して、連合国最高司令官の権限の下におかれることを條件として、政治上、行政上の管轄権を回復することを指令せられる。
最高司令官に代り 高級副官 アメリカ合衆国海軍 大佐 C.C.B WARDEN

(引用注)上の翻訳では、二で「b」が抜けている。
  
  SCAPIN677-1というのは要するにSCAPIN677の一部を改定する指令です。SCAPIN677の一部を改定する指令としては上の677-1でも言及されているように、伊豆諸島方面を日本の行政範囲に戻したSCAPIN841 (1946.03.22) というものもありますが、677-1は677や841と比べるとちょっとした違いがあります。677-1の内容は、もともと677では北緯30度以南の南西諸島は日本の行政範囲から除外されていた(つまり日本の行政範囲は屋久島、種子島あたりまでだった)のを、南西諸島のうち北緯29度以北の部分を日本の行政範囲に戻すというものでして、これは、サンフランシスコ講和条約(1951.09.08締結)で「北緯29度以北の部分は日本」 (北緯29度以南はアメリカ統治) と決まった(第3条)ので、北緯29度以北の部分は条約発効(1952.04.28)に伴って日本領であることが確定することになるわけですが、677-1(1951.12.05)によって条約の発効よりも一足早く、事実上日本領土扱いに変更されたという形になります。つまり、677と841は将来の日本の領土の範囲がどうなるのかまだ分からない時点で出されたものであったのに対して、677-1は条約の規定を踏まえて条約に合わせる形で南西諸島部分が修正されたのです。

  この677-1に対して、記者は「サンフランシスコ講和条約は1951年9月8日に締結された。この条約でスキャピンが無効化されたのなら、当時、連合国司令部が1951年9月8日以後に追加的なスキャピンを発令する必要は無かっただろう。しかし、スキャピン677-1号は、サンフランシスコ講和条約締結から3ヶ月後である1951年12月5日に発令された。独島と北方領土4個の島を日本政府から分離する内容を含んでいる。」と言うし、取材対象であるこの本の著者さんは「サンフランシスコ講和条約締結以後に発令されたものなので連合国が日本領土に対して最終的に下した決定と見ることができる」とか「既に論争の的であったスキャピン677号には”この条項は最終的な領土確定ではない”という内容があったが677-1号にはそのような内容も無い。だからスキャピン677-1号をめぐって論争するならば、日本は抜け出るのが難しいだろう」などとおっしゃっているわけですね。

  これに関する記事はもう一つあります。



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国際法的おしゃべり(4)

チェ・ジェモク : そうです。条約は締結当事国にだけ効力が発生するということですからね。

チェ・チョルヨン: それはそうですが、法律的に見ればちょっと違います。サンフランシスコ条約の場合は韓国が当事者ではないにも関わらず、その条約の効力は直接的に適用されます。

チェ・ジェモク : 当事者でないのに効力が発生するのですか?

チェ・チョルヨン: はい、なぜかと言うと、サンフランシスコ条約は平和条約で、いわゆるアジア太平洋戦争の責任、そしてその原因と前後の秩序を当事者同士が法的に合意したものですね。その合意内容に韓国の分離及び独立というものが含まれて国際法的に成立したもの、そのような国際法的な効果という側面で見ることができるでしょう。日本側の論理もそのような脈絡なのですよ。

チェ・ジェモク : そのような部分があったりします。それなら、私たちはどんな立場を取らなければならないんでしょう?

チェ・チョルヨン: それはそうなんですが、我々は既に1945年8月15日、天皇の降伏宣言を通じて独立をしたし、我が大韓民国が過去の国家を継承する新しい政府を樹立したということを明確にしなければならないですね。

チェ・ジェモク : それでは、私たちはサンフランシスコ条約に関する日本側の主張に対しても過度に巻き込まれる必要が無いということで整理します。もうそろそろ整理する時間になって行きつつありますが。 日本の主張が続く場合に、私たちはどのように対応した方が良いでしょうか?

パク・チャンホ : 基本的に、国際法的に見れば国家の義務は紛争の平和的解決です。全ての紛争がそうなのではなく、紛争によって国際平和と安全が危険になった場合にはそれを平和的に解決すべき義務を賦課しています。

チェ・ジェモク : 紛争の平和的解決ということのために、我々にはどういうことが発生する可能性がありますか?

パク・チャンホ : はい、もし紛争が平和的に解決されない場合には国連安保理がそれを要請することもできます。私が憂慮するのはこれですが。韓日両国間で独島問題が激しくなって国連が介入する状況が出てくれば、私たちが困る事態になることもあると考えます。

チェ・ジェモク : そういう状況まで行かないためにはどんな方法があるでしょうか?

パク・チャンホ : ひとまず日本との摩擦を減らすために外交をもう少し技術的にすべきでしょう。

チェ・ジェモク : 実利的な外交もしながら、仲の良い態度もほどほど取りながら、そのような形でですね?

パク・チャンホ : はい、しかし我が国民たちはきっぱり処理しろと言いますね。そういうことが政治的には非常に負担にもなるんですが・・・・・・。

チェ・ジェモク : なるべく韓日間の平和が持続して特別な摩擦がない方向で周辺のアメリカ、中国、ロシアなどと適当な均衡を成し遂げて、突発的な事態が発生しないようにした方が良いということですね。

チェ・チョルヨン: そのような方法というのは、実際全て抽象的ですね、仲良くとは具体的にどのようにするかについては多くの悩みが必要なようです。私たちは事実2000年代に入って一つ一つ外交といいますか、直接的な対応をしましたが、その結果、韓日関係は良くなるのでなくて悪くなったし、それが昨年に頂点をついたのですよ。

チェ・ジェモク : そうかも知れませんが、もっと悪くなるかも知れません。

チェ・チョルヨン : そうかも知れませんが、一応、それを通じて韓日両国が得た教訓があるでしょう。こうなれば、再び静かな外交へ独島問題に関しては落ち着かせる必要があると考えます。具体的にどのようにするのかは、韓日両国が互いに相手方国民を刺激する政治家たちをうまく取り除くことができる国民的な力を育てなければならないようですね。

チェ・ジェモク : 国民的な力を育てるにはどのようにしなければならないでしょう?

チェ・チョルヨン: そうするためには、民間レベルで互いにこの問題を対話できるチャンネルをたくさん持つべきです。恐れずに純粋に。それで、専門家から始めて民間レベルまで対話をしなければなりません。

チェ・ジェモク : はい、まず民間レベルの対話チャンネルを作ろうということですか。

チェ・チョルヨン : 二番目としては、慶尚北道と島根県が現在の立場を変えなければなりません。 島根県が2005年に「竹島の日」条例を作ってから問題が発生したことじゃないですか。だから島根県からそのようなイベント性の行事を無くして、互いを刺激することを減らしていって長期的な解決のための物静かな立場へ旋回しなければならないでしょう。

チェ・ジェモク : 戦略的な側面からひとまず名目的には直ちに行事を無くせなくても、互いを刺激する行動を自制して長期的な見識で落ち着いて独島問題解決のために努力して行こうということでしょう。

パク・チャンホ : そして、私が言いましたことにさらに追加しようとするなら、私たちが使う用語もちょっと気を付けたらと思います。我が国でしばしば使っている独島領有権強化、領有権強化、このような用語があるんですが。

チェ・ジェモク : 相当多く使われている用語でしょう。

パク・チャンホ : 私はこの用語を使わないようにしようと話をしているのですが、度々使われています。防波堤を作ってそれで領有権が強化されて、強化されるかと言えばそうではありませんね。そして、私たちが弱いから強化しなければならないというようにも聞こえるのです。単に領土の効率的な管理あるいは利用のような用語を使えばいいんですがね・・・・・・。

チェ・ジェモク : 価値中立的なそのような用語を使おうというお言葉ですね。

イ・ヨンホ : 私は、今、韓日間で民間交流も多くなっていて、また、政府ができないことを民間で代弁したり、そのような活動を通じて私たちの実益をもう少し勝ち取ることがさらに重要ではないかという気がします。

チェ・ジェモク : はい、もう少し整理をしてみれば、最初に、国際法の立場から独島問題というものは近代法的な領土帰属問題に該当するもので、韓日間でその問題をめぐって意見が対立している状況ですが、我が国の立場では正常に領土主権を行使して管理しているので何の国際法的な問題も無いというお話でした。そして二番目に、日本が一方的に問題を提起しても我々はそれに付和雷同せずに、我々の方式のとおりに現状維持していくことが最も重要で、外交的にも落ち着いて実利を追求して相互間に刺激的なイベント性行事を自制していくことができる方案を用意した方が良いというお話でした。
それでは今日の座談会はこれで終えます。お疲れさまでした。ありがとうございます。

[嶺南大学独島研究所専門家座談] 
国際法から見る独島問題の現在と未来
2020.03.23 教授新聞
http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=49493


<コメント>
 「実利的な外交もしながら、仲の良い態度もほどほど取りながら」裁判は無視するってね。国際法学者たちがこの程度なので、どうしようもない話です。

  竹島問題を落ち着かせるというのはイ・ヨンフン教授も言っていることなのだが、それは韓国側のみがすべきことですね。少し頭を冷やしてイ・ヨンフン教授の解説をじっくりと考えたらいいのですよ。この人たちの話の中では完全無視ですがね。
 
  日本側は被害者であって、問題が解決していない以上は、どんどんものを言っていくべき立場です。「韓国側が言っていることはウソばかりだ」ということをもっと積極的にあからさまに(まあ、品位を失してはいけないですが)韓国と国際社会に向けて発信していくべきでしょう。






 

テーマ : 韓国
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国際法的おしゃべり(3)

チェ・チョルヨン: しかし、制度的に、形式的な均衡は合うでしょうが、既に裁判官の一員として他の裁判官たちと共に長く活動をして来た人と、単に臨時にその事件に関連するだけで新しく入って来た裁判官は裁判官の間での影響力が実質的に違わざるをえません。

チェ・ジェモク : 両者間に力の優劣があり得るということでしょうか?

チェ・チョルヨン: はい、あり得ます。そして裁判官構成に関連して申し上げるなら、2017年にクロアチアとスロベニアの領土紛争があった時、裁判官構成に関して大きな問題が提起されたことがあります。

チェ・ジェモク : どんな問題でしょうか?

チェ・チョルヨン : 裁判所は仲裁裁判所でしたが、仲裁裁判官のうちの一人が事前にスロベニア側代理弁護人と通話をしたことが外部に露出してしまいましたよ。それで、クロアチア側が、裁判官団が汚染されたという理由で仲裁裁判で合意した事項を全部拒否する危機状況に直面したことがあります。このような問題はいつでも発生する可能性があるのです。

イ・ヨンホ : ICJに提訴しようという日本の主張と国籍裁判官がいるという話はほとんど意味が無いと言うことができることです。彼らの間にいつも親密な友好関係とかそんなことのために有利な要素があると言えば言えますが、非常に小さな意味だと考えます。

チェ・ジェモク:日本国籍の裁判官がいるということにそんなに意味があると見る必要は無いというお話ですね。

イ・ヨンホ : はい、それより、日本は韓国より早く西欧化して国際法を受け入れたという、そういう意識がちょっと強いです。それで独島問題に関して日本が判断を下す時、ICJへ行くことが最も有利だと既に結論を下したようです。それがおそらくICJに行こうという決定的な理由であって、国籍裁判官がいるということはそれほど大きい意味は無いと見えます。

チェ・チョルヨン : はい、その問題はそれほど意味がないと思います。それよりは、今は正に韓国が正常な領土主権管理をしているので、独島と独島領域を物理的に彼らが獲得できる方法は裁判以外には無いのです。だからその方法を度々主張しているのです。

チェ・ジェモク : 一応、現在は我々が我々の領土として管理していて、そのために日本が一方的に提訴することはできるとしてもそれに応じる必要も無く、大きな束縛を受ける必要も無いというお言葉でひとまず整理することにします。

チェ・チョルヨン: そうです。応訴自体が私たちの領土主権に対する自己否定になるんです。

チェ・ジェモク : ところで、今問題になっている領土問題というものは大部分が近代的な問題です。現在の時点で明るみにでた領土問題はそれほどないと思いますが、領土問題と関連して、ICJを含んだ国際法廷ではどんな意見が主流をなしているのかお話いただけますか。

チェ・チョルヨン: 最も最近に出た判例では、2017年のクロアチアとスロベニアの領土紛争がありました。その仲裁裁判で、法廷は、行政境界に対する現実占有の法源性原則(uti possidetis juris)を適用しましたが、この原則を適用するときに、仲裁法廷は時期と関連無しに、独立に伴う領土紛争には論理的に現実占有の法源性原則が適用されるという1986年ブルキナファソ-マリ事件の判決を国際法の原則として再確認しました。

チェ・ジェモク : 現在占有していることが重要だということですね。

チェ・チョルヨン : はい、それはそうですが、その過程で仲裁法廷は現実占有の法源性原則の適用に先立って、当事国の合意(consent)が解決基準の導入のためのより根本的な原則だということも強調しました。つまり、関係国家間の合意が無ければ仲裁法廷も決定を下すのが難しいという話でしょう。

チェ・ジェモク:国際法廷も当事国間の合意があってこそ判決を下すことができるという話ですね。

チェ・チョルヨン : 結局合意が成立して裁判は実行されましたけどね。結局は、何を基準とするかに関して法的権原が確立されていなかったり、法的権原が確立されているにも関わらず国境の正確な位置が不明な場合は実効的支配が重要な役割をするという点を認めました。

チェ・ジェモク : 結局は法的な権原が曖昧な場合には実効的にどちら側が支配をしているかということが最も重要だということですね?

チェ・チョルヨン : はい、それで現実的にどちら側が占有していたかを立証しなければならなかったわけですが、ここでスロベニアが警察権、徴税権、選挙管理、それともう一つ地籍図が証拠として認められたのです。

チェ・ジェモク:地籍図ならば国内法的な効力だけしか無いのではありませんか?

チェ・チョルヨン : はい、地籍図は本来国内的な地籍に関する所有権だけのための資料であるに拘わらず、特別な証拠が無ければ地籍図さえも両国間の境界を確定する証拠と認定することができるといいました。そのような側面で、独島問題に関して日本側が持っている太政官指令付属地図のようなものが非常に重要な意味を持つようになっているといえます。

チェ・ジェモク : 地籍図ならば、日本側も今自分たちの地籍図に含ませていないですか? 国際法廷で現在の地籍図をも参考にするというのであれば、私たちが完全に有利だというだけではないということでしょうか?

パク・チャンホ : 地籍図問題に関しては、一般的に国際法廷で事件を扱う場合に、紛争がいつの時点で決定されたのかについて決定的期日(critical date)というものを定めます。そして、決定的期日以前に国家がなした行為にだけ証拠力を認めます。その後にある行為は証拠力がないと見なければなりません。

チェ・ジェモク : それでは現代に製作した地籍図というものは意味が無いと見なければならないのですか?

パク・チャンホ : これは仮に我々が国際法廷で対応するということを前提として申し上げることですが、独島に関する我々の地籍図というものは最近製作したものなので、決定的期日がいつになるかに従って何の意味も無いということもあり得るし、価値がとても小さくなることもあります。

チェ・ジェモク : はい、それならサンフランシスコ条約やスキャピン(SCAPIN)といったものもそれほど影響を及ぼさなくなるのですか?

イ・ヨンホ : 今、我々の将来に起きるかも知れないことを仮定して話をしていることですが、このような仮説的な内容では何もその結果は分かりません。今まで国際法廷は国境条約を優先視したし、その次に歴史的権原、実効的支配の優越性を認めるというのとが一貫した立場でした。

チェ・ジェモク : 国際法廷の対応はそういうふうに成り立って来ましたね。

イ・ヨンホ : ところが、国際法廷は常に一貫しているというわけでなく、裁判所によって立場が変化するのです。 例えば前回の中国・フィリピン仲裁裁判の場合は歴史的権原を認めなかったんですよ。したがって裁判所ごとに若干の立場の違いが存在します。未来の裁判で何が有利に作用するかはあらかじめ予測できないんです。

チェ・ジェモク:日本の場合はサンフランシスコ条約が有利だと判断してそこに焦点を合わせているようですが、それが果たしてどんな意味があるかを見てみましょうか。

チェ・チョルヨン: サンフランシスコ条約が日本に有利だというのは、日本から分離する地域に独島が明示されていないということですよね。日本はこの部分を国際法でいう残存主権論と結びつけて日本に主権があると解釈しています。しかし、明示されていないのはどちらか一方に有利なものでなく、無決定状態で放棄したと見なければなりません。日本が有利だというのは誤解です。

パク・チャンホ : 日本側が有利だと考えるのは、サンフランシスコ条約の草案作成過程で独島が日本から分離する地域に含まれていたものの終局では削除されたということと、米国側が独島は韓国の領土でなく日本の領土と言ったということを根拠としているわけですが。

チェ・ジェモク : そうですね。特に米国側の見解に関して強く言及しています。

パク・チャンホ : ところが、米国側見解の場合はその冒頭に「私たちの情報によれば(according to our information)」という前提条件が入っています。一言でいって、アメリカの見解に過ぎないでしょう。これが第三者の立場で見る時、決定的な根拠になることはできません。

イ・ヨンホ : サンフランシスコ条約と関連して、当時の英連邦国家がオーストラリアで会議をする中で、朝鮮戦争による韓国の共産化の可能性に言及して済州島を日本に譲り渡そうという提案もありました。

チェ・ジェモク : 済州島を日本にですか?

イ・ヨンホ : はい、このように、領土問題に関しては当時の国際社会の見解が戦後秩序問題との関連の中で決定された部分が非常にあると見ます。

チェ・ジェモク : 今サンフランシスコ条約体制が続いている状況で、そうした点はどちら側に有利なのか明確でない側面があるということですね。

イ・ヨンホ : はい、私たちは、現在私たちが支配しているので、1%でも私たちのものではないという証拠が出てくれば不利なことで、日本は自分たちが占有しないでいるから1%、5%の証拠でも出てくれば有利なのです。正にその差だと見れば良いのではないですか。

パク・チャンホ : そして、基本的に私たちはサンフランシスコ条約の当事国ではありません。それなのに私たちの領土がその条約によって決定されることが可能なのかという根本的な疑問もあります。
(続く)


<コメント>
 パク・チャンホさんとイ・ヨンホさんはわりとまともなことを言っているような印象もあったのだが、やっぱりダメな人たちでした。国際法学者という人たちが揃っていても、結局「ドクトヌンウリタン」を前提とした思考しかできないのです。だからこの座談会も無駄なおしゃべりです。

  ラスク書簡においてラスクさんはなぜ「我々の持っている情報によれば」と言ったのか。
  
  パク・チャンホさんは、これは第三者の見解ではなくてアメリカ一国の見解に過ぎないことを意味すると見ているようだが、そうではないのですよ。

  ラスクさんの「我々」という言葉は第三者と対比する意味での我々ではなくて、アンタたち韓国と対比する意味での「我々」なのだよ。「アンタたちはそんなことを言うけれども我々は別の情報を持っている」と言っているわけですよ。だから、問題はどっちの情報が正しいのかということであって、第三者は関係無いことです。で、どちらが正しいかというと、韓国は竹島の位置さえ説明できなかった。アメリカは何も具体的に説明できない者の言うことは採用せず、きちんと事実を説明した日本の主張を採用するという当たり前のことをしたに過ぎない。

 「アメリカ一国の見解に過ぎない」などとケチをつけるのは、自分たちが負けたことを素直に認めることができないためのあがきとして言っていることでしかない。









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国際法的おしゃべり(2)

チェ・ジェモク : すると、近代以前には領土に関する国際法的な基準は無かったと見るのですか?

チェ・チョルヨン: 近代に入って征服、先占などの方式で領土を獲得できる権原が決まったのですが、独島の場合はそういう権原に適合する主張が韓日両側にいずれもありません。それで問題になるのですよ。

チェ・ジェモク : 現実的に近代国際法に適合した主張を韓国と日本ができないでいることが独島問題の国際法的な本質というお話ですね。

チェ・チョルヨン: それで、韓日両国はどちらも基本的に固有領土論を前に出していますが、この固有領土というものは新しい領土獲得方法として先ほど申し上げた近代国際法の権原には無い概念です。

チェ・ジェモク : 固有領土というものは本来から領土だったということでは無いのですか?

チェ・チョルヨン: そうです。国際法的には歴史的権原(Historical Title)と言いますが、古くからの歴史資料を通じて生活して来たことを証明してこそ解決される問題です。ですが、ここでも独島は該当しません。なぜなら、事実は両方いずれも独島で生活して来なかったためです。それで国際法で解決するというのは非常に大変な問題です。

チェ・ジェモク : 日本は固有領土論だけでなく無主地先占論も主張しているでしょう?

チェ・チョルヨン: 無主地先占論という主張は甚だ崩れている実情ですが、その渦中でも両立不可能な主張である固有領土論を同時に主張しています。

チェ・ジェモク:日本は固有領土というものを「一度も他の国の領土になったことがない領土」という意味で使っていると思いますが・・・・・・。

チェ・チョルヨン: それと同時に無主地先占という新しい領土としての編入、この相反する二種類の主張を同時に出しているという矛盾が存在します。問題は韓日両国がどちらも固有領土と主張しているけれど、最も重要なのは現実的に誰が占有しているかということですよ。そのような側面から、私たちは非常に優れた地位だと言えます

チェ・ジェモク : 私が日本の島根県と外務省が出した資料を見れば、日本側は過去に独島をよく管理していたが、韓国が不法に占拠していて、これは不当な行為であるから日本が再び取り戻さなければならない。それで日本は平和的に解決しようと努力しているが、韓国が拒否している。 このような形の脈絡で説明しています。日本がこのように集中的に焦点を合わせて説明しているのは、そこに勝算があると見ているということでしょうか?

パク・チャンホ : その問題に対しては日本側の意図がどうかは明確ではないですね。独島問題の国際法的な解決に関連して基本的に一番最初に解決しなければならないのは、紛争があるか無いかが出発点であるようです。

チェ・ジェモク : その問題は韓日両国の立場は明らかではないですか?

パク・チャンホ : そうです。ひとまず私たちは紛争がないと主張して、日本は紛争があると主張していますが、これがとても大きい論点で立場の違いです。そして、日本は、紛争があるのでそれを具体的に国際司法裁判所(ICJ)に行って解決しようという提案をしている状況ですね。

チェ・ジェモク : 私たちは紛争が無いと ところで、紛争が無いと主張しても、日本が度々ICJに行こうと言えばどうなりますか? 私たちは最後まで行かないということでかまいませんか?

パク・チャンホ : ご存じのようにICJは基本的に紛争当事国間に要請合意が無ければなりません。そして裁判所の回付手続きにはいろいろ方法があります。

チェ・ジェモク : 例えばどんな方法がありますか?

パク・チャンホ : 何かの紛争が発生する前に両国間で合意をする場合もあって、紛争が発生した後に提訴することに合意することもできます。それが、今は、私たちは紛争が無いから合意できないと言って、日本はずっと提訴しようと要求しているわけです。

チェ・ジェモク : 日本側が一方的に提訴するという話もありましたね。

パク・チャンホ : はい、一方的に提訴すると主張したこともあります。しかし、一方的な提訴は不可能だという人たちもいますが、不可能なものではありません。

チェ・ジェモク : 一方提訴が可能になることですか?

パク・チャンホ : はい、可能です。紛争当事国の合意なしで提訴するのも可能ですが、これは他方の当事者が同意することを前提にICJ事務局に訴状を提出する場合です。

チェ・ジェモク : ICJはそれを事件として受け付けるということなのですか?

パク・チャンホ : 一般的な事件の場合は、受け付けた後に事件目録に登載して関係の国家に公開して伝えます。しかし、一方提訴である場合にはそのような手続きを踏まないで他方の当事者が同意する時まで待つことになります。

チェ・ジェモク : ひとまず事件として受け付けるような手続きは踏まないけれども、一方的に提訴するのは可能だというお話ですね。

パク・チャンホ : 個人的には、日本側が一方提訴をしてくれたらいいのではないかと考えたこともあります。なぜなら、日本側の正確な請求趣旨が何なのかを私達が分かるからです。その代わり、私たちが同意をしなければ事件成立にならないからということで、戦略的に日本がそのようにしてくれたら良いという気がしました。

チェ・ジェモク : すると、イ・ヨンホ先生、これと関連して、国際判例で当事国間の同意無しで一方的に提訴した例がありますか?

イ・ヨンホ : 少し前にお話ししたとおり、ICJではそのような判例は無いです。先般のフィリピン・中国の場合のように、国連海洋法裁判所(ITLOS)の強制手続き開始のような例はあります。したがって、強制手続きが開始される余地はあると見ることができます。

パク・チャンホ : 領有権と関連してですか?

イ・ヨンホ : 最近の中国・フィリピンのように領有権問題とは関係ない他の問題を審理して、混合審理をする可能性はあるんじゃないでしょうか?

パク・チャンホ : その問題は違うレベルで一度考えて見ることができますが、ICJではそのような可能性が全くありません。

イ・ヨンホ : はい、ICJでは可能性がないですが、ITLOSと関連しては国連海洋法協約上、強制手続きが発生する余地があるということです。

チェ・ジェモク : それなら、例え日本がICJに一方提訴をするにしても、私たちはそのままじっとしていれば良いということですね。

チェ・チョルヨン: はい、ひとまず私たちは対応する必要がないということが正解だということができます。そして、独島問題の平和的な解決のためにはICJの裁判の他にもいろいろ方法があります。

チェ・ジェモク : 例えばどんな方法がありますか?

チェ・チョルヨン: まず当事国間の交渉による、すなわち直接交渉による解決、また、斡旋、仲介、調停を通した解決、そして仲裁または仲裁裁判を通した解決、最後が司法的な解決です。これら全てが平和的な解決です。この中で最も望ましいのは当事国間の交渉を通した合意による解決であるわけです。

チェ・ジェモク : 当事国間の合意が最も良いことというお話ですね。

チェ・チョルヨン: はい、それが最も平和的なものです。私たちが主張する解決方法が正にそれなのです。それで、私たちが日本が主張する平和的な解決を否定するのではないということが重要なポイントです。したがって、最も望ましい独島問題の平和的な解決方法としては、日本が不当な主張を引っ込めることです。それだけで問題が解決するのです。

チェ・ジェモク : ところで、ICJの裁判官は15人で、その中に日本人がいると言いますが、国際的なパワーゲームという側面から日本が有利だということで度々ICJ提訴を主張しているという話がありますが、どう思いますか?

パク・チャンホ : 自国の国際裁判官がいるからそういう面はあります。しかし、それはそのように考える必要がありません。なぜなら、ICJは事件が提訴される場合に紛争当事国の国籍の裁判官がいなければ、臨時裁判官(judge ad hoc)を1人選任できるように許容しています。

イ・ヨンホ : 私たちも国籍裁判官を置くことができます。

パク・チャンホ : それで、万一我々が日本とICJに行くことになれば我が国籍の裁判官を1人置くことができて、その裁判官は他の裁判官と同じ権限を持つことになります。

(続く)


<コメント>
 うん、チェ・チョルヨンという人は本気で竹島領有権は韓国にあると思っていることが分かった。それと、日本政府の主張の意味を全く分かっていないということも。



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国際法的おしゃべり(1)

[嶺南大学独島研究所専門家座談] 
国際法から見る独島問題の現在と未来

2020.03.23 教授新聞
http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=49493


「独島の懸案を探る」 企画対談4
  最近国内で議論になった独島問題と関連して、嶺南大学独島研究所は懸案を探ってみて代案を導き出すための関連の専門家座談会を《教授新聞》の紙面に用意した。この座談会は懸案の主題別で合計6回にわたって進行する予定であり、今回が4回目だ。
  参席者:チェ・ジェモク(嶺南大学独島研究所所長、司会)、パク・チャンホ(釜山大学教授)、イ・ヨンホ(嶺南大学教授)、チェ・チョルヨン(大邱大学教授)


チェ・ジェモク
チェ・ジェモク 嶺南大学独島研究所所長

チェ・ジェモク: こんにちは。この頃の感染症により皆さん難しい状況にも拘わらず、このように全員参加して下さってどうもありがとうございます。

一同 : こんにちは。

チェ・ジェモク : 状況はそうなのですが、今日はそれだけ良い議論が成り立つように願います。

一同 : はい。

チェ・ジェモク : 今日は国際法の専門家お三方を迎えて、国際法の立場から独島問題が持つ意味とともに領土問題に対する最近の国際法の動向、独島問題の国際法的な解決の可能性、我が政府の対応に関連した国際法的留意事項などについてお話を聞きたいと思います。

一同 : はい、分かりました。

チェ・ジェモク : それでは、まず、討論を自然に始めたいという考えから、簡単な質問を一つ差し上げたいと思います。一般的に我が国では独島は歴史的にも地理的、国際法的にも私たちの領土だと言いませんか?


イ・ヨンホ
イ・ヨンホ 嶺南大学教授

イ・ヨンホ : そういうふうに言っています。

チェ・ジェモク : それは、どうして、わざわざ歴史的、地理的、国際法というこの三種類を挙げるのですか? 何か特別な意味があるのですか?

イ・ヨンホ : 現在、両国間で争点になっているものを挙げているのだと考えられますが・・・・・

チェ・ジェモク : 日本はどんな方法で主張しているのでしょう?


チェ・チョルヨン
チェ・チョルヨン 大邱大学教授

チェ・チョルヨン: 日本の場合は我が国とは違って歴史的、国際法的ということだけ主張していて、地理的という言葉はありません。

チェ・ジェモク : 日本は敢えて挙げないのですか?

チェ・チョルヨン: 挙げることができないのです。なぜなら、中世以後、多くの人にとって地理的近接性が領土境界を決める基準として作用して来たし、そのような基準で見れば、独島は鬱陵島に近いということが歴史的にずっと確認されて来ました。

チェ・ジェモク : そうです。「鬱陵島争界」でも地理的に我が方に近いという理由で朝鮮の境界という表現が使われましたね。

チェ・チョルヨン : それで、日本としては地理的という表現を使うことが事実は墓穴を掘る行為になるのだと言えます。

チェ・ジェモク : そうすると、地理的という表現を使わないということは、意識的に自分たちの弱点を認めるということですか? 不利だから挙げないのだと見ますか?

イ・ヨンホ : なぜ我が方は歴史的、地理的、国際法的という表現を使ったのでしょうね? その他に「民族的」というような表現も使用が可能でしたが、なぜそうではなかったんでしょうか? この問題は領土の帰属に関連する国際法院の基準点や動向と関連があるのです。

チェ・ジェモク : 結局、国際法的な動向と関連がある用語を引用して使ったというお言葉ですね。

イ・ヨンホ : はい、多分、国際法学界の先生方が独島問題を整理して、争点になる用語を選んで表現したものと見ます。国際法的に地理的近接性が決定的な影響を与えるものではないですが、近ければ有利な立場があるのでそのような表現を入れたと見られますね。

チェ・ジェモク : 日本は有利な点がないから地理的という表現を使わないというお言葉ですね。


パク・チャンホ
パク・チャンホ 釜山大学教授

パク・チャンホ : そうだと見るべきでしょう。ところで、地理学的な側面から見る人たちは独島の地理的な近接性を重要だと考えますが、厳密に見ようとするなら、領土の所有権問題自体は法的な次元の問題です。

チェ・ジェモク : 所有権問題はそうですね。

パク・チャンホ : そういうレベルで見れば、ある人たちは地理的という表現をあえて使う必要があるのかということも言われます。なぜなら、国際法廷で解決された領土紛争事件を見れば、地理的な近接性からどの国に領有権があると判決されたものが無いためです。

チェ・ジェモク : 地理的に近いから有利ということではないというお話ですね。

パク・チャンホ : はい、ご存じのように英国とフランス間にあったマンキエ・エクレオ事件の場合、対象になる島々はフランス沿岸にあるが、判決は英国領土だと認定しました。それで、地理的近接性という基準が領有権決定に絶対的な基準となりにくい側面があります。

チェ・ジェモク : それでは、地理的な近接性というものが領有権には大きな意味がないこともあるというお言葉なのですか?

パク・チャンホ : 判決を見ればそうだということで、国際法理論のうちには地理的な近接性を重要視すべきと主張する人たちもいるにはいます。

チェ・チョルヨン : 地理的近接性に関連しては、東北アジアにおいて遠海孤島の領有権に対する基準として近い国という慣行のようなものがあった見られて、特に「鬱陵島争界」の関連文書と中井養三郎の貸下げ願いでも地理的な近接性を基準としたことが分かる表現が見えます

チェ・ジェモク : そうした点は日本側に不利なことでしょうね。慣習法的には隣接しているものを自国の領土に帰属すると見ることは有利ですか?

チェ・チョルヨン: そうした点では日本に不利で私たちに有利な側面があります。ですが、地理的な近接性が領土帰属の基準になったりしません。実際、それに関連する法律的な権原があったり実効的な支配をしているならば、地理的な権原と関係なく領土と認定するのですよ。

チェ・ジェモク : そうすると、私たちは地理的、歴史的、国際法的にという表現を使った方が良いようですね。ひとまず、近くに見えるということを前提に置いて、そうすると国際法というものは近代国際法を意味するものですが、近代以前の国際慣行と色々な慣習法的な要素がありまして、それとの関係はどうなるのですか?

パク・チャンホ : その当時に領土問題を扱ったとすればそのまま意味があるのです。例えば、領土の帰属を国際法的に争わなければならない場合には、それが12世紀の問題ならばその時代の法とは何かということを扱うことになります。これを時際法と言いますが・・・・・・・

チェ・ジェモク:状況によって適用するということですね。

パク・チャンホ : しかし、独島問題は12、13世紀の問題ではなく近代になって引き起こされた問題なので、その時期の法で判断するほかはないことです。

チェ・ジェモク : 近代に発生した問題であるから近代国際法で判断しなければならないというお言葉ですね。それでは、独島問題を国際法の立場から見るならばどんな意味があることですか?

チェ・チョルヨン: 国際法の立場で見る時、基本的に独島問題は領土の帰属問題です。ところが、領土の帰属に関連して国際法でいう権原というもの、すなわち領土獲得のための権原の基準は近代に入って作られたもので、それ以前には占領等を通していつでも拡大するものでした。
(続く)

<コメント>
 「鬱陵島争界の関連文書と中井養三郎の貸下げ願いでも地理的な近接性を基準とした」というのはウソですね。

 まず元禄竹島一件(鬱陵島争界)のときの幕府の基本的な判断理由は、竹島はもともと朝鮮領であるところの鬱陵島だということが分かったから幕府としては権利主張はしない、ということですよ。地理的な近接性が何たらというのは、老中阿部豊後守が竹島渡航禁止について対馬藩家臣に説明したときに「伯耆から160里、朝鮮へは40里で、つまり朝鮮国の鬱陵島のようだ」と話したことを指しているのだろうが、これは単に事実を説明したものに過ぎず、判断基準になっているのではない。

 「中井養三郎の貸下げ願いでも」というのは中井養三郎の「リャンコ島領土編入並びに貸下願」の付属説明書4番「本島ノ位置及ビ由来」の中にリャンコ島は出雲のほうが朝鮮よりも近いと書いてあるのを指しているのだろうが、これだって単にリャンコ島の説明をしているのであって領土編入願いを出すことの判断理由になっているわけではない。

 まあ、こういうふうに何かと曲解しかしない人たちの考えが良く現れる部分ですね。


ほぼ無駄なおしゃべり(4)

チン・チャンス : ところがそれをアメリカが解決しようとする意志がありません。なぜなら現在の体制を維持するために東アジア秩序を作ったが、その問題を再び取り上げ論じることに対してもアメリカはとても気を付けていて、管理しようとする立場であるから誰の側にも立ちません。

チェ・ジェモク:アメリカの立場はよく分かりました。 それなら独島問題の外交的解決の可能性についてはどう思いますか?

チン・チャンス:私は外交的解決の可能性はないと見ます。 アメリカさえもそのような意向はなくて、韓国と日本も外交的に解決が不可能だとみて、そのような意志を有していません。

ソン・ギソプ:特に東アジア次元で見るならば、第2次世界大戦以後にアメリカ主導によるサンフランシスコ講和条約体制が国際政治体制の基本を成しています。したがって、アメリカの立場では領土問題が前面に浮上して現体制の根幹を揺るがして新しい現状変更を試みるのは危険要因が増加するのです。

チェ・ジェモク:アメリカの立場でも独島問題が浮び上がるのを願わないということですね。

キム・ヨンス:サンフランシスコ講和条約体制が1951年成立した以後に東アジア全体の秩序を維持していますが、それ以前の桂ータフト密約などの場合を見れば、私たちが日本と領土問題とかそのような問題にぶつかった時、アメリカは私たちの肩を持ったことがありません。

チェ・ジェモク:はい。 歴史的にそのような傾向があります。

キム・ヨンス:サンフランシスコ講和条約で独島領有権問題が曖昧に処理されたことは、結果的にカイロ宣言とポツダム宣言で提示した反帝国主義原則を破ったものということができます。

チェ・ジェモク : そうです。 原則を破ったものということができます。

キム・ヨンス : 結局、アメリカは必ず選択しなければならない状況になれば日本の立場を支持すると思います。 したがって私たちが独島問題を尖鋭な問題に作って対応すればかえって危険になる可能性が大きいと見ます。

チェ・ジェモク:それなら外交的に解決が難しいと考えられるのですか?

キム・ヨンス:独島問題の外交的な解決は、手続き的に見たり東アジアの国際政治力学関係から見る時ほとんど不可能なものと見るために、私たちが可能ならば問題を最後の状況まで持っていかないことが重要だと考えます。

チェ・ジェモク:サンフランシスコ平和条約という枠組みはアメリカが主導権を握っている部分が大きくありませんか? その状況で韓国や日本が好きなように変更させるのは非常に難しい問題だと見て、それなら外交的解決努力というものもその枠組み中で成り立たなければならないのではないでしょうか?

ソン・ギソプ : 独島問題の完全な外交的解決というのは私の考えでは容易ではないでしょう。 だが、領有権を管理している私たちの立場では急に決心する必要はないと見ます。

チェ・ジェモク:はい。 余裕を持って対処することが私たちに有利だということですか?

ソン・ギソプ:日本がとても考えを間違えて戦争を起こさない限り、現在の現状変更はありえないから、私たちがやたら感性的に対する必要はないと考えます。 日本も短期的に問題提起をするものではないと見ます。

チェ・ジェモク:すると日本の意図は何でしょうか?

ソン・ギソプ:日本の場合は、後日大きな国際環境の変動がある時、自分たちが領有権を主張したという最小限の証拠を残したがる程度であって、これを外交的解決のための段階的接近とは考えにくいです。

チェ・ジェモク:それなら私たちはどのようにした方が良いでしょうか?

ソン・ギソプ:現在の状況で韓日両国は独島問題をそんなに前面に押し出さずに、両国間の固有な関係の発展、経済協力、未来指向的な協力をもっと重視することが望ましいことであり、独島問題の解決に没頭してみるならば外交的な罠に陥ることもあり得るというのが私の考えです。

チェ・ジェモク:そうすると、最後に独島問題を外交的に解いていくためにはどんな方案があるのかについて簡単にお話を伺って終えたいと思います。

キム・ヨンス:私は基本的に体制価値を重視しなければならないと申し上げたいです。東アジアには過去の問題とか経済協力、安保などの色々な問題が重なっていますが、韓国と日本が東アジアで自由民主主義体制を定着させるために共に努力して共有する体制価値があると思います。

チェ・ジェモク:はい。 体制価値という側面から独島問題を見る必要があるというお言葉ですね。

キム・ヨンス : はい。そういう点から合意点を導き出して行かなければ、東アジア全体が自由と平和を維持しにくいだろうと考えます。

チェ・ジェモク:体制価値に重点を置いて、それを根底に置いた解決方案を模索しようというお言葉ですね。

ソン・ギソプ:東アジアの国際政治力学を考慮するならば、ある普遍価値を確立しておいて、それをベースに外交的な力量を発揮しながら私たちの実効支配を強固にして行く必要があると考えます。

チェ・ジェモク : はい。普遍的な価値に立った外交戦略で対応する必要があるというお言葉ですが、若干抽象的でもあります。

ソン・ギソプ:去る30年間、私たちは現状維持をしてきたし、そうであった点で私たちに有利な面もあるから、行き過ぎた外交問題に発展しないように管理して、私たちの外交力量を育ててみるならばもう少し私たちに有利な方向に発展して行く可能性があると見ます。

チェ・ジェモク:キム教授は体制価値というものに重点を置いて、自由民主主義という基調を共有する立場から、そしてソン教授は普遍的な価値を中心に長い呼吸でこの問題を解決していった方が良いというお言葉だと整理します。

チン・チャンス:サンフランシスコ体制の中で、領土問題というものはさらに多くの現状変更をしないという枠組みを備えていますが、民族主義的な感情が噴出するなら衝突の危険は常にあると考えます。

チェ・ジェモク : はい。そうすると、どんな方法で備える必要がありましょうか?

チン・チャンス:韓国が独島領有権強化のための資料の蓄積のような活動によって国際的共感を形成する外交活動も重要ですが、それと同時に、衝突に備えたプランも作っておく必要性があると考えます。

チェ・ジェモク:はい。 色々な可能性に備えておく必要があるということですね。

チン・チャンス:長期的に見るならば、東アジア社会がヨーロッパのように開放された社会になる可能性も大きいです。そのような時代が来るならば共同安保のような考えも登場するもので、そうなれば領土問題が持つ意味が非常に小さくなる可能性もあります。

チェ・ジェモク:はい。 長期的に見た時そのような可能性もあります。

チン・チャンス:そのような社会を作るために外交的にもう少し努力することが必要なことであり、そのような努力の中で領土問題が持つ意味が少しずつ減ると思います。

チェ・ジェモク: はい。そうすれば韓日両国が相互交流、協力、協業、そして平和という基調を根幹としてそれを活性化、深化させていくことが領土問題を解消させる一つの方案になることであり、それが共同安保とも連結するというお言葉ですね。

ソン・ギソプ:韓日関係の場合は両国関係が良い時は問題がそれほどないが、両国間に問題が発生すれば国際的な紛争に飛び火することがあるということが外交的な不安要素ですが、このような問題に備えるために情報を共有して危機管理をしていくことが重要だと見ます。

チェ・ジェモク:むやみに楽観も悲観もせずに、リスクを管理していって協力することはしていこうというお言葉ですね。

ソン・ギソプ:はい。 日本は私たちと自由民主主義、非核、平和などの価値を共有する近隣諸国ですから、領土問題は学問的、政策的に準備を徹底するものの、外交は柔軟にしていかなければならず、特に統一時代を眺める観点ではさらに慎重に接近しなければならないということを申し上げたいです。

チェ・ジェモク : はい。対備はするものの外交は柔軟にしようということですか。

ソン・ギソプ:韓日関係が既成の政治人や既成世代の韓日関係でなく、若者たちの韓日関係になることができるように考えを深くして、相互依存性が高い関係という観点から平和的な協力をずっと維持していくことが重要だと考えます。

チェ・ジェモク:はい。よく分かりました。今日議論した内容を大きく整理してみれば、独島問題の外交的解決はまず短期的には難しいということと、二番目に、体制価値を重視して普遍価値に立った長期的な解決方法を追求することが望ましいというお言葉に整理できます。遠くからこのように参加して良い話をしてくださってどうもありがとうございます。

(終)

[企画対談] 独島問題解決のための外交的努力
2020.02.14 教授新聞
http://www.kyosu.net/news/articleView.html?idxno=48103


<コメント>
 最後の司会者のまとめでは、この出席者たちの見方は「独島問題の外交的解決はまず短期的には難しい」、「体制価値を重視して普遍価値に立った長期的な解決方法を追求することが望ましい」ということだが、これはイ・ヨンフン教授が『反日種族主義』で主張したことと似たようなものだ。その影響を受けたためなのか、それとも普段からそう考えていたということなのかは分からないが。

 ただし、この人物たちがいう「外交的解決」というのが何を指しているのかは分からない。そもそも韓国の立場では「独島は地理的、歴史的、国際法的に韓国の領土」なのだそうだし、それを今現在韓国が支配しているのだから何も問題はないはずだ。だから、「日本は独島主張を取り下げろ」とだけ言っていれば良い話です。

 それを、あえて「外交的解決」というテーマであれこれ議論するのは何なのだろうか。内心では日本の方に理が有ると思っているからなのか、それとも日本の竹島主張をあきらめさせるという前提で論じているのか。そこをはっきり言わないから、この座談会は「ほぼ無駄なおしゃべり」なのです。




ほぼ無駄なおしゃべり(3)

チェ・ジェモク: はい。国際的な環境変化が日本側の領土に対する立場の変化を招いたということですね。

ソン・ギソプ: そうです。ところが、日本は中国とロシアに対しては守勢的で不利な立場に追い込まれている反面、独島に対しては攻勢的な立場を取ることができるようになったのです。そのような状況により、それまで対応をしなかった日本政府が独島問題を取り上げて自分の土地だと主張して韓国が不法占拠しているということになったのです。

チェ・ジェモク: はい。日本は2000年代に入ってそういうふうに攻勢的に出て来ましたね。

ソン・ギソプ: 日本がそのような主張をすることになって、韓国政府ももう少し積極的な管理と攻勢をかけることができる状況になったし、その時点で参加政府の静かな外交から攻勢的な防御形態への転換が生じました。

キム・ヨンス:韓日間の国内政治の変化も影響を及ぼしたと見られます。さらに、独島問題が大きくなったより重要な理由は、2004年の韓日海洋境界確定ということができます。

ソン・ギソプ: その問題は1998年新韓日漁業協定の時にある程度決着したのではないですか?

キム・ヨンス: その問題が結着したのはノ・ムヒョン政府の時です。新韓日漁業協定の時に問題になったもので、その後にも韓国と日本国内で基点をめぐって持続的に問題提起がありました。

チェ・ジェモク: はい。韓日漁業協定と関連して独島問題が相当な議論になりましたね。

キム・ヨンス : 日本でも独島周辺海域を中間水域と定めたことに対して問題提起があったし、その影響で島根県の住民たちが「竹島の日」を条例で制定したのです。結局は海洋境界確定問題がまだ暫定的なものとして残っている状況で、日本の国内政治のナショナリズム的な流れと結託したものと判断されます。

チェ・ジェモク : 海洋境界確定というものは国家的な利益という観点で見れば複雑ではないですか?

ソン・ギソプ : 領土問題がある程度整理されてこそ海の境界を解決できます。排他的経済水域(EEZ)問題を決めるには領土問題が確実でなければ整理が容易ではない面があります。外交的妥協とか交渉技術によって中間を取る傾向があります。

チェ・ジェモク : はい。独島周辺の海域を中間水域に含ませたのもそのような方式でした。

ソン・ギソプ : 韓日漁業協定は、国連海洋法協約によって1996年から新しい協定を締結しなければならない必要性に直面した状態であり、1996~98年まで韓日間で新漁業協定のための交渉をしている中で韓国がIMF危機を迎えたし、その過程で韓国は政権交替がありました。

チェ・ジェモク: はい。当時はそうでした。

ソン・ギソプ : その政権交替が成り立つやいなや、1998年に日本は1965年の韓日漁業協定を破棄してしまい、韓日間には漁業に対する制度的規則がない状況がもたらされました。それで交渉も難航を迎えることになって、韓国が不利な立場に処することになりました。

チェ・ジェモク : はい。当時は日本が一方的に破棄してしまってしばらく議論になりましたね。

ソン・ギソプ : 当時の金大中政府はとても実用的な外交政策、経済危機克服政策を前に出して、色々な交渉段階を経ましたが、鬱陵島と日本の隠岐島を基準として新韓日漁業協定を締結して、その中間にある独島が中間水域に設定されました。

チェ・ジェモク : はい。当時に独島が中間水域に含まれたことに対して、多くの論議が今まであります。

ソン・ギソプ : 金大中政府は大衆文化の開放と2002年ワールドカップ共同開催などで日本から積極的な経済協力を受けたのも事実であり、IMF危機克服には貢献度が高いです。しかし、例え漁業協定は領土問題に直接的な影響を及ぼすのではないとはいっても、独島が中間水域に含まれたことは領土問題という次元では間接的に不利な立場、未来に影響を及ぼす恐れがある状況を招いたものということができます。

チェ・ジェモク : この問題は敏感な問題でして、当時、協定に参加した国際法の専門家たちも賛否がはっきりと分かれた部分もあって、漁業協定と領土問題を関連させるなという意見もあるのですが、果たして漁業協定と領土問題は関連性があるのか、どう思いますか?

ソン・ギソプ : 直接的な関連性はありません。漁業協定と領土問題は個別問題ですよ。しかし、領土問題というものは、国力の差が影響を及ぼしたり色々な外部的な要因が総合的に影響を及ぼす問題です。色々な要因が複合的に作用して国際司法裁判所あるいは未来の両国政府の外交政策決定に影響を与えることはあると見ます。したがって、直接的ではないけれど中長期的に間接的な影響を及ぼすものだと見ます。

チェ・ジェモク : キム・ヨンス先生、新韓日協定は破棄できるのですか? 現在の政権が変わるたびに立場が違うようになり、世論も変わったりしますが、そのような場合に新しい協定を締結できますか?

キム・ヨンス : 私の専門領域ではないですが、そうしてはいけないと考えます。政権が変わっても国家は連続しているので、国家間の約束は可能な限り守ろうと努力しなければならないと考えます

チェ・ジェモク : 新韓日漁業協定が持つ問題が外交的に持続することになると考えられるのですか?

キム・ヨンス : ソン先生のお話のように、外交問題を一つ一つずつ見るのではなく、国家次元で長期的な信頼を積んで円満に解決するためには一つに限定してみることではないと考えます。

チン・チャンス:1998年の新韓日漁業協定は事実韓国と日本が1994年以後から引き続き交渉をしてきていましたが、韓国がよく応じないので日本が1998年に一方的に掘ることをしました。当時の漁業交渉資料によれば、日本が漁業協定を破棄すると持続的に主張して韓国を圧迫したことが分かります。

チェ・ジェモク:はい。 日本が漁業協定破棄を外交的な圧迫手段で使っていましたね。

ジン:重要なのは日本側の漁業協定破棄によって韓日間の海洋が無法地帯になったとのことです。 当時は主に韓国漁船が日本に行って操業した時期だったが私たちの漁船が日本側に拿捕されることが多かったです。

チェ・ジェモク:はい。 それで当時社会的な問題になったりもしましたね。

チン・チャンス : それでこの無法地帯を管理しなければならない状況に直面しました。 そして当時の交渉担当者はこの問題を領土問題と分離して海洋境界問題と見たのです。その当時韓国の外交当局者は領土問題と海洋境界問題を分離して扱っていたし、当時の主流国際法学者の解釈でも独島を島でない岩石に分類していたことも事実ですよ。

チェ・ジェモク : はい。交渉の過程で独島と関連して領土問題を扱ったのではないとのお言葉ですね。

チン・チャンス : はい。したがって、私は現在の海洋秩序に現れている国際法規範化は持続する可能性が高いとみて、今の海洋秩序をずっと維持して紛争に行かない方向が良いと考えます。

チェ:独島問題は重要な問題で、韓日間の問題もありますが、アメリカとの関係の中で独島問題の地位はどの程度でしょうか?

キム・ヨンス : 独島問題には国際政治的性格があると見ますが、これまで独島問題を理解する時韓日両国の領有権問題でだけ見る傾向がありました。だが、広い意味で見れば独島問題は東アジア国際政治の一側面です。

チェ・ジェモク : はいそうです。

キム・ヨンス : したがって韓日間の熱い争点として浮上させないで、適切に良く管理ができる問題なのに、私たちがとても直接的に韓日間の領有権問題に拡大させて見たら逆説的に問題が広がって深刻化したと考えます。

チェ・ジェモク:それならどんな解決方法がありましょうか?

キム・ヨンス:この問題を東アジア全体という時点で見るならば、そんなに尖鋭に扱う必要がないと考えます。米国と日本、韓国の未来方向性を考慮すれば、日本も納得が可能で、アメリカとも協力できる問題だと考えます。

チェ・ジェモク:この内容は外交的解決方案という主題で議論してみましょうか。果たして独島問題は外交的に解決が可能だと考えますか?

チン・チャンス : 最初にアメリカの役割について質問をしましたが、アメリカは1951年サンフランシスコ講和条約のときに独島問題に対して曖昧な立場を取りました。それが独島問題の元凶になりました。

チェ・ジェモク : はい。 アメリカの立場はそういうことだと一般的に言われますね。


(続く)

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Chaamiey

Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

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