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韓国から見た日韓関係

  シンシアリー氏の 「シンシアリーのブログ」の本日の記事「高 Orz(こうおつ)」から至言と思う言葉を抜粋。


○なにかあれば「甲」を叩く韓国ですが、韓国で甲乙問題が無くなることはありません。なぜなら、全員が「甲」になりたがっているからです。


○乙は甲が憎いわけではありません。羨ましいと思っているだけです。でも、羨ましいと言ったら負けです。とりあえず悪者にしないといけません。


○なにかに似ている気もします。






<コメント>

 「全員が甲になりたがっている。」・・・・・・そうなんですよね。乙に対する甲の横暴が無い安定した社会に変えよう、ではなくて、自分が甲になりたい という発想。
 
 でも、甲にはなかなかなれない。だから不満は溜まるし、上にいる者が羨ましい。

  ところが、「羨ましい」と口にしたら、それは「自分はとてもそうはなれない、自分は負け組だ」と認めてしまうということになるので、決してそうは言えない。

  そこで、代わりに、「アイツは何か不当なことをした結果として上にいるのだ」と悪者にする(仕立て上げる)と自分の立場を一時的に忘れることができて気が楽になるので、そちらにエネルギーを注ぐ。

 自我がコンプレックスに乗っ取られたような状態なのだが、そういう精神状態(自分の問題)を日本にぶつけて来ているのが戦後の日韓関係なのだろう。

 その解消策の本筋は、たぶん、自分の中のコンプレックスから目をそむけずにそれと対峙することなのだが、韓国人という人たちにはそんなことはまず望めない。

 荒れる日韓関係の本質は韓国人たちの心の問題の表出であって、日本側に原因があるのではない。日本側に原因があるように見えるもろもろの事情は、単に、彼らが日本という国を悪者に仕立て上げるという目的のためにあえて見つけて来た材料に過ぎない。

 だから、日本が何か対応(韓国に対する配慮)をしても解決するわけがない。

 だから、長期戦が必要だと私は思う。





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韓国マスコミの捏造手法

反日捏造報道の氾濫は韓国言論の日本言論に対する劣等感反映
 
 「韓国の‘反日民族主義’は日本に対して平凡な韓国人が持つ感情が主になったものではなく、事実は日本言論に対して実力面でいつも劣等感を持っている韓国言論が持つ感情が主になったもの」
 
2018.04.14 メディアウォッチ シン・ギュヤン記者
 
下記に、日本の反共国際時事媒体であるサピオ(SAPIO)34月号の韓国反日捏造報道企画記事の5つの事例の部分をそのまま翻訳して紹介する。日本の雑誌だから自国の立場に従って独島を竹島と表現していることは気に障るが、ひとまず日本の立場はそうだということで、そのまま翻訳して紹介する。
 
(関連記事:韓国言論の「人種主義」反日捏造報道5つの事例)

明らかなことは、下記の日本言論による韓国言論の捏造報道問題の指摘だけは全て当たっている指摘だということだ。韓国言論の無知無能な「反日」が日本言論の「反韓」に途方もない名分を与えているということは、深刻に考えて見なければならない点に違いない。
サッカーや野球の場合に我が韓国のチームが日本のチームに大敗するということは有り得ないことだ。サッカーは本来もっと上手だし、野球も今や水準は似て来た。国際競争力があるということだ。だが、なぜ韓国言論は日本言論から没収試合にされる侮辱を受けているのか。韓国言論だけ唯一国際競争力がないという外には考えにくい。
考えてみよう。何にせよ、どちらも人が生きる世の中であり、日本でも捏造もかまわず韓国を非難したい歪んだ日本人がなぜいないだろうか(翻訳者注:ここは「日本にだってそういう人間はいるだろう」という意味のようだ。)。だが、日本制度圏の放送と日本制度圏の新聞がそのような日本人の需要に応じて韓国に関して捏造報道(批判報道と捏造報道は完全に違うものだ!)を送り出したことが果たしてあったか。
わざわざ探して見なくてもいい。ない。数十年余りの日本の言論史にはもしかしたらそのような報道が極めて一部あったかも知れないが、他の親韓派の日本言論はそのようなごく一部のそのような報道さえ絶対そのまま放っておかないことが明白だ。こういうところが正に日本の報道機関と韓国言論の実力差だ。
韓国の低劣な「反日民族主義」は、日本の言論に対して実力面でいつも劣等感を持っている韓国言論だから持っている感情だと見ても別に間違いではない。そのような「反日民族主義」を、サッカーや野球を含めて各分野で国際競争力を持つようになった普通の韓国人がどうして持っていることができようか。
 


CASE 1
 公営放送が「ノルマンディー上陸作戦」の写真に旭日期と竹島を合成して「日本軍侵攻」捏造


[捏造手法]

(上段写真) KBS(韓国の公営放送)20151月に放映した第二次大戦後の竹島の歴史を紹介する教養プログラムの予告篇で使った写真だ。()
 「竹島(独島)を侵奪しようとしていた日本に対抗して~ 」の字幕と共に赤色で塗った旭日期を持って竹島に向かう日本軍のような一団が見える。だが、これは19446月のノルマンディー上陸作戦時の写真()に日本軍の兵士と旭日期、日章旗、そして船が向かう先に竹島を合成した写真だった。


KBSプログラム「根深い未来」予告篇で


(左端写真) KBSの同じ番組の予告篇で使われた写真だ。 ()

 やはり旭日期を掲揚して竹島に向かう日本軍のような一団が見える。これは1939年の「ノモンハン事件」(編集者注:日本軍とソ連軍の衝突事件)の「渡河作戦を実行中の日本軍(折畳鉄船で渡河中の日本兵)」という写真()が使われたものと明らかにした。日章旗を旭日期に変えて竹島を合成したのだ。




CASE 2
TVニュース 番組で不都合な部分だけ切り出した「朝鮮人慰安婦」の写真を紹介


TV朝鮮「ニュースショーの場」で


[捏造手法]

 ケーブル放送「TV朝鮮」が2015115日に放送したニュースで使った「朝鮮人慰安婦」の写真だ。 ()

 原本写真()には壁と梁に「KEEP OUT」、「OFF-LIMIT」等の英文表記があって、その部分を隠して「日本軍慰安婦」の写真だと紹介した。原本写真では、彼女たちが日本の慰安婦なのか米軍の慰安婦なのか、国籍がどうなのかさえも明白ではない。




CASE 3
 「関東大地震朝鮮人虐殺」の図は、事実は「韓半島で起きた中国人虐殺」だった。

[捏造手法]
 YTNという放送局が201491日に放映した関東大地震(1923)の時に発生した朝鮮人虐殺事件特集番組で使った図だ()。事実は、これは19317月に韓半島で起きた中国人殺害事件を描いた図だった()。
 画面では切り取られたが、本来は上部分に「日本は朝鮮人を騙して我が同胞(中国人)を惨殺させて血痕を残した」と書かれている。倭奴、鮮人という表現で日本人と朝鮮人の双方を侮辱している。



CASE
軍艦島の朝鮮人強制労働k写真は全く違う場所で取った写真だった。


EBSの歴史教育番組で


[虚偽写真使用]
 教育界の国営放送局であるEBSは、201412月に放送した歴史ミニシリーズで戦時下の朝鮮人強制労働を扱った。軍艦島(端島炭鉱)の坑道の図に「酷使される朝鮮人」の姿を重ねた写真(左、3)を使ったが、この写真は韓国釜山の「国立日帝強制動員歴史館」にも展示されていて韓国言論が「強制労働の象徴」として繰り返し使ってきた有名な写真だ。ところが、日本の専門家たちの調査を通じて、これらの写真は軍艦島と場所も時代も別の全く関係のない写真という事実が明らかになった。上の画面2つは明治時代に他の炭鉱を撮影した写真であり、下の画面の写真は大正時代に北海道旭川の道路建設現場で仕事をする日本人労働者を撮った写真だった。
 昨年2月にこの写真を軍艦島の写真だと紹介した韓国のMBCは産経新聞の指摘を受けて誤りを認めたが、「例え場所は違っても、朝鮮人が強制動員されて被害をこうむったという脈絡で眺めれば、歴史の一断面を見せる貴重な資料」と産経新聞に回答を送ったという。 (2017412日産経新聞  2017년4월12일, 산케이신문)





CASE
左派系列の日刊紙が政治風刺漫画で「最後の朝鮮総督」は安倍首相の祖父だと虚偽の報道
ハンギョレ新聞  2014617

[虚偽漫画の意図]


日刊紙ハンギョレ新聞に掲載された政治漫画(2014617)
 左側には「最後の朝鮮総督」阿部信行陸軍大将、右側にはパク・クネ政権の当時に首相候補になったが「親日発言」を理由に辞退に追い込まれたムン・チャングク氏。
 阿部信行が朝鮮を離れる時、この漫評に用いられた「呪い」を残したという都市伝説が韓国にはある。漫画の中でムン氏(親日派)に「ただいま!(帰って来た)」と言わせて「呪いの実現」と風刺した。
 阿部信行を「安倍総理の祖父」と書いているが、これは事実でない。漫画が掲載された次の日、ハンギョレ新聞はオンライン版の内容を修正して「安倍総理の祖父」という部分を削除した。



<コメント>
1 本当のことを報道するメディアウォッチは、韓国ではたぶん人気が無いだろうなあ。

2 確かに、日本には捏造してまで韓国を非難するメディアはないが、捏造に近いことをして日本という国を非難する日本メディアはあるからなあ。

3 せっかくのメディアウォッチの報道ではございますが、「正義の国韓国のマスコミが悪の国日本の悪逆非道を咎めるという正しいことを行っているのに、ちょっと資料が間違ったくらいのことが何でそんなに問題なのか」というふうに韓国の報道人は思っているんだろうなあ。



「妄言」とは







 竹島に関する論文の翻訳でも、これからはそういうふうに翻訳しようかな(笑)


「日帝強占期」の写真集

日帝強占期の平安道と平壌一帯の生活像を撮った写真が公開(画報)

THE HUFFINGTON POST 2017/03/07








 韓国関係で久しぶりにいいものを見た



小嶋日向守さん作のカラー写真






「逆説の日本史」の警告


  ここで金完燮の勇気ある行動に敬意を表して、李栄薫教授などごく一部の良心的な歴史学者を除く、韓国の歴史学者およびマスコミ人に言っておく。
  君たちは後世必ず、自国民を騙し偽りの歴史を信じさせた大悪人として糾弾されることになり、子孫は君たちが先祖であることを恥じることになるだろう、と。

井沢元彦「逆説の日本史」1120回 (週刊ポスト 2016年12月9日号)





<コメント>
  いやあ、全く同感ですし、またこれは竹島問題に関しても全く同じです。「独島が韓国の固有の領土である証拠は多数ある」などとウソを並べている「独島研究者」たちも後世の非難を逃れないだろう。
  なお、日本人の学者であって日本政府の竹島主張をさんざん非難する(した)人たちは、「大悪人として糾弾され」るということはなくて単に忘れ去られるだけだろうという違いはありそうだ。








騙してこそ成功? 嘘が通じる韓国社会

/出版

騙してこそ成功 通じる韓国社会

韓国人だけの特殊性」5年間追跡分析…詐欺犯罪比率世界1国家不名誉
 
巨大な嘘のようだった我々の近現代史
熾烈な競争の歴史の中でトラウマも一役
富に対する欲心と未来不安で騙される
 
韓国人の嘘/キム・ヒョンヒ著/秋収畑/216ページ/13800ウォン
 
2016-11-25 ソウル新聞
 

                                           『韓国人の嘘』



 「秘線実力者」チェ・スンシルの国政壟断で国中が混乱している。連日疑惑がふくらんでそれに伴う事実の状況が繰り返し確認されるが、本当の実体は五里霧中だ。 陳述と主張がひどく交錯して国民は混乱するばかりだ。 誰かは明らかにウソを言って隠蔽に一貫しているはず。なぜこのように偽りが乱舞し、明らかなウソを堂々と口にすることができるのだろうか。
去る6月、日本の経済雑誌『ビジネスジャーナル』の韓国関連記事が議論になった。内容を要約すれば「韓国人は息をするように嘘をつき、韓国は世界一番の詐欺大国」というものだ。 その記事でなくとも「嘘をつく国」韓国は色々な統計を通じて暴かれる。 2013年の世界保健機構(WHO)の発表によれば、韓国は全体犯罪に占める詐欺犯罪の比率で世界1位の国家だ。 2014年のホテルズドットコムの調査によれば、韓国は休暇及び旅行経験に関連して嘘を多く言う国の3位にランクされた。 検察庁の犯罪分析統計資料によれば、2013年に発生した犯罪の中で詐欺事件は274086件との調査結果だった。 これは、同期間の日本の38302件より何と7.2倍の多さの水準だ。このような不名誉の現象をどのように説明することができるだろうか。
警察教育院の外部教授が書いたこの本は、その「ウソと詐欺の国」韓国に切り込む。韓国人がどのように嘘をつくのか、韓国人だけの特殊性を5年余りにわたって追跡して暴いた。 直接足で訪ねて周辺の人々の嘘の習慣の事例を収集して1038個に整理して、言語的特徴、声の特徴、ボディランゲージの特徴に細分化して分析した点が目立っている。
著者は、多くの学識者が述べる嘘に対する助言は概して信頼することができるという。だが、韓国の嘘に関してはこのような助言を適用することのできない特殊性が存在すると指摘する。 例えば、韓国人は嘘をつく時に鼻を触ることもなく視線を避けることもない。一般的には気がとがめれば視線を避けるというが、目を見つめれば挑戦として受け取る韓国文化では逆に嘘つきが相手方と目を合わせる場合が多かった。
特に韓国人の嘘の事例を調べれば男女差が目立つ。男性は嘘をつく時に数多くの真実を提供することによって偽りを隠す戦略を取る傾向がある。 韓国人男性は嘘をつく時に言葉が多くなるということだ。 女性は提供する情報自体を極端に遮断する戦略を取る。すなわち、韓国人女性は嘘をつく時には口数が少なくなる。
それなら、そういう差と特殊性はどこから始まったのだろうか。


「朝鮮人は人を欺く傾向が非常に強い。人を欺くのは恥ずかしいと考えず、むしろ上手くやったと感じる。」(ハメールの『ハメール漂流記』)


  「どうすればこの民族を現在の衰退から救い出して幸福と繁栄の将来に導くかを考える兄弟姉妹に送ります……一番目に、嘘と騙す行為を無くすこと。」(アン・チャンホの『民族改造論』)

300年の時差を置いて登場するこの二つの指摘には明確に共通の歴史的、文化的背景が隠れている、と著者は鮮やかに語る。


「韓国人にとって近現代史というのはそれ自体で巨大な嘘のような時期だったのであり、数多くの嘘に威嚇を受けた時代であり、嘘が上手であってこそ生き残ることができた時代だった。」

著者はその時代を生きた彼らが今の韓国を作り、まだ生存しているという主張をする。その話をつないで見るならば、私たちは騙されないために苦闘すると同時に騙して生き残った嘘つきの子孫だ。 過ちを犯しても「騙された奴がバカなのさ」と堂々と話す世相の基礎には、私たちの歴史の中のトラウマが位置しているわけだ。
嘘が横行する社会ならば、二つのことが前提にならなければならない。 一つはしばしば騙す加害者がいなければならず、また一つは、しばしば騙される被害者がいなければならない。言い換えるなら、私たちは嘘をついてはいけないながらも嘘が上手でなければならない時代を生きている。その大きな課題として、著者は「金持ちになりなさい」というある広告文句を取り上げる。その叫びは韓国を支配する二つの急所を正面から突いた事例だ。 まさに富に対する欲と明日に対する不安感だ。

 「韓国人が嘘が上手な理由は頭が良いからではなく、うまく騙される人々が多いためだ。韓国人がよく騙される理由は頭が悪いからではなく、欲が多くて不安なためだ。」

そしてその「韓国人の嘘」に向かう提言はこのように結ばれる。

「私たちは、私たちがどのように嘘をつきなぜ嘘をつくのかについて、真っすぐに眺めるべきだ。それが韓国人の嘘に対する悩みの第一歩であり結論だ。」

 キム・ソンホ任記者



コメント
この記事の原文サイトには妙なコメントが一つ付いています() 記事から2日後のコメントなのでほとんど読まれないでしょうけど。
 
mini-light  2016-11-27
独島問題でも韓国の政府と研究者は嘘を多く話している。 しかしその嘘は多くの韓国人に気分が良いことなので、誰も疑わない。




ずる賢いのが「有能」


  韓国社会には基本、規則、基礎、ルールを大切に考える人間に対し、何か世間知らずの堅物のように見下すような雰囲気がある。それどころか、ずる賢い手口を駆使できる人の方が有能な人間のように扱われる。今回のセウォル号沈没事故の根底には、基本を無視する韓国社会のこのような病弊があるのだ。




「日本懐柔に努力しました」(5)

権哲賢大使インタビュー
2016-10-18  朝鮮pub

(続き)

「グループ ビッグバンが大使10人よりもましだ」
 

日本大使をかなり長く務めましたが。

 
 「私は20116月に大使職を終えて帰国しましたが、この5年間で大使が4度も代わりました。これは重要友好国に対する欠礼です。このように大使が頻繁に変化すれば、日本でも新任大使に対する比重を大きく置きません。そして、大使であって高圧的姿勢に出たり卑屈になれば日本が相手を尊重しません。私は日本人たちの情緒を良く分かるので、王室儀軌と図書1200冊を受け入れながらも互いに顔を一度も赤らめなかったです(翻訳者注:激しく対立することはなかったという意味なんでしょう)。 もし‘盗んだものを出せ’と罵ってやりこめたなら日本はその本を戻すでしょうか。 また、そういうふうな形で返してもらったなら、後で‘本が多い、少ない’と言いながらいろんな争いが発生したでしょう。」
 
 
大使を務めながら韓日文化交流事業に物心両面で支援されたと聞きました。
 
「韓日関係には変数が多いです。政治、経済、外交分野ではより一層そうです。何か顕著な成果が見えても、想像もしない事件が起こったり事故が発生すればすぐに雰囲気は急反転します。それで、私は文化交流が何より重要だと考えました。ちょうど日本に韓流熱風が吹いていて、この大きな波を新しい韓日関係の地平を開く近道につなぎたいと判断したのです。」
 
大使は、文化交流の一環として、韓日強制併合100年になる2010年を控えて、日本の心臓部である東京の真中で私たちの文化の真髄を見せる文化祝祭大広場を企画したという。
 
「この計画がはっきりと成功するためには、日本国内で相当な影響力を持った後援者を交渉して委員長に迎えるのが良いと判断しました。それで交渉した方が、電通グループの成田豊会長です。電通は世界最高の広告会社で、日本有数の放送会社と新聞社、雑誌社が電通の影響力の下にあるといっても過言ではないです。この方が韓日文化交流に尽くしたことが多いので、私は我が政府にこの方に勲章を授けることを建議しました。
 
こういう真心を込めた結果、豊会長を韓日祝祭大広場の実行委員会委員長に交渉できたという。長い準備の末、2009919日から三日間、東京六本木ヒルズと表参道で韓日祝祭大広場が開催された。開幕式には日本皇室の貴賓が参加したし、鳩山総理の夫人である幸女史が韓国語で祝辞を述べた。行事は大成功で、三日間で14万人が参加した。
 

  「閉幕式の時、両国の農楽に合わせて円舞の歌が鳴り響く中で一緒にひょいひょいと踊りました。東京の真中でこういう行事が開かれたのがあまりにも感激でした。そばにいたキム・スハン前国会議長が私に言ったんです。‘権大使は背は小さいのになぜこのように大胆ですか?これは普通の行事ではありません。今日は韓日の歴史の1ページではなく一つの章が移る瞬間だね...’」


 
今後は民間レベルの文化交流がより一層重要でしょうね。
 

「韓流ブームは韓日関係を改善する決定的な要素です。一度はグループビッグバンの日本コンサートに招請を受けたことがあります。日本の4050代の女性5000人が客席をいっぱい埋めた姿を見て感動と興奮でした。大使がどれほど努力しても、こんなに多くの女性の日本人たちの心を捉えることができますか?しかしビッグバンはやっていますね。後でビッグバンのメンバーに会った席で、‘あなた方が大使10人よりも良い’と言いました。このように熱心に確かめておいた友好的な韓日関係と膨らんでいた韓流熱気を大統領の独島訪問と日本卑下発言などで一瞬にして冷水を浴びせたというのは、重ね重ね残念として残ります。

 
 
 東日本大地震、「これが地球最後の日か」
 
最近慶州で地震が発生して全国が不安に震えています。大使の在職当時、東日本大地震が発生して福島原電事故が起きましたが、当時の状況はどうだったのですか(翻訳者注:原発を韓国では原電という)
 
「私は日本留学生活をして地震には慣れていた方でしたが、その日はあたかもこれが‘地球最後の日’なのかと思うほどでした。私は当時東京にいましたが、高層ビルからあふれ出た市民が長い列を作って避難する姿を見てそのように考えました。通信も交通も切れて、事実上皆が恐慌状態でした。ですが、緊急な危機状況を早く収拾して管理することが大使の基本責務だと、急いで気をしっかり持たないわけにはいきませんでした。
 
大使は、当時地震が起きたその時刻に親戚の婚礼に参加するためにちょうど金浦空港に到着した夫人に電話をして、急いで日本に戻るように言ったという。危機状況にあって、大使夫人がどんな理由であれ東京ではなくて韓国にいたのでは事態収拾を指揮できないからということだ。
 
 「そして、大使館職員を講堂に集めて話をしました。‘放射能汚染疑惑で今直ちに東京を捨てて緊急避難をするべきだとの危機意識をよく知っている。しかし慎重でなければならない。離れるのは容易かも知れないが、そうなると難しい時に私たちは東京を捨てて行ったことになる。多分、また戻ることは容易ではないだろう。帰って来ても決して以前と同じではないだろう。専門家たちを動員して放射能の数値を科学的に詳しく点検する。その結果避難が必要だと判断されれば緊急避難命令を下す。
 
彼は大使館職員たちに、災難時の避難にも順序があると強調した。
 

「一番は、留学生と企業家など海外同胞です。その次が大使館職員とその家族です。大使と大使の家族は一番最後に離れなければなりません。以後、我が大使館職員と家族は一つの心になって無事に危機を収拾してよく克服しました。今考えても職員に感謝したいです。とにかく、この時以後‘大胆な大使’というニックネームを得ました。」

 
 
 
(続く)(ような続かないような・・・・・・)



「日本懐柔に努力しました」(4)

権哲賢大使インタビュー
2016-10-18  朝鮮pub

(続き)


村山談話の水準を超える謝罪談話文を引き出す


権哲賢大使は、赴任直後から、20108月に迎えることになる韓日強制併合100年の歴史的意味を一時も忘れたことがなかったという。 1910829日に韓日併合条約が発表されることによって朝鮮王朝が滅亡し、我が民族は日帝の残酷な統治を受けた。それから100年が流れた20108月に、その日の歴史的意味は必ず良く考えて迎えなければならなかった。


「私は日本大使としてこのような歴史的な年を迎えて任務を全うすることができなければ、他の外交業務でいくら卓越した業績を残したとしても良い評価を受けにくいという事実をよく分かっていました。2010815日前後に日本総理の率直で感動的な謝罪談話文が発表されることを私たちの国民も期待していました。ですが、日本の右翼系列は‘いったい何度も謝罪を行うべきか。絶対に屈服するな’として日本政府を圧迫しました。時間は毎日毎日過ぎ去るのにことは進展せず、胸が燃え上がるようでした。」



以前に村山総理が発表した謝罪談話文がありましたよね?


「その談話文は、韓国に対する謝罪というよりはアジア全体に対する謝罪でした。 私は、7月末ぐらいに岡田外務大臣と仙谷由人官房長官に会ってこの問題を話しました。‘今回はただ韓国だけのための談話文を発表しなければならず、どの時よりも深い真正性が入っていなければならない’という我が方の意思を伝達しました。血がにじむ交渉が続きました。そしてついに810日に談話文が発表されました。その内容は村山談話文の水準を跳び超えるものでした。解放後から今まで日本政府が出した公式的な謝罪文の中で、最も率直で具体的な内容が含まれていました。十分に満足することはできなかったが、私は長い安堵のため息を吐きました。」


 この時、菅直人総理の談話文に朝鮮王室儀軌と韓半島から流出した図書を返還するという約束が含まれたのだ。



大使在任中はずっと日本の独島領土権挑発で頭が痛かったようですが。


「私が駐日大使に赴任するやいなや、一番最初にぶつかった懸案がまさに独島問題でした。2008年度に内容が変わった中学校学習指導要領解説書が発表される予定だったためでした。学習指導要領解説書は普通10年に一回ずつ変わるのですが、この内容によって教科書も変わることになります。その年の4月に李明博大統領が就任の際に日本を訪問する予定だったため、日本政府の関係者たちにあまねく会って‘中学校社会科学習指導要領解説書に独島領有権主張の内容が入れば韓日関係が破綻する’と警告しました。それでも、結局、その年の7月に文部科学省は独島領有主張を入れた学習指導要領解説書を発表して、私は強力に抗議した後韓国に一時帰国しました。」

 


 独島問題で苦しいのは日本、落ち着いて対応すべき


日本が独島問題を浮上させる策略は何でしょうか。


「絶えずこの問題を浮上させて、韓国を刺激して国際紛争地域に仕立てるのが彼らの目標です。これに対して私たちは、千島列島に対してロシアが日本を相手にするように、尖閣列島に対して日本が中国を相手にするように、極めて冷静な姿勢で領土主権を強化して比例の原則で対応することが最も良い方法です。」



国際司法裁判所に行けば私たちが不利ですか。


「日本の外交力や国際社会の影響力から見ても、国際司法裁判所の判事構成から見ても、私たちが有利なことは殆ど無いです。幸いなのは、国際司法裁判所規定によれば両国間に紛争がある場合、一つの国が裁判を依頼しても相手国が応じなければ裁判をすることはできないということです。独島は私たちの主権が行使されている私たちの領土なので、私たちとしては全く不自由は無い状況です。私たちが先に立ち上がって彼らを刺激する必要は全くありません。」


大使は2008年中学校社会科学習指導要領解説書に明記された独島領有権問題で韓日関係が険悪になったことを経験した後、これを繰り返さないために外交力を総動員して布石を固めていったという。その結果、20101225日に発表された高等学校学習指導要領解説書では独島問題に関して独島という単語が抜けて、韓国と領土問題があるという式で曖昧に表現して切り抜けることができたということだ。大使は「満足ではなかったが、前回のような波紋や対立が起きるほどではなかった」と自評した。



独島問題に対する私たちの最も望ましい姿勢は?


「独島は‘自分のポケットの中の宝石’のような存在です。日本がいくら騒いでも私たちが堅く守っている私たちの土地です。これは変わることのない事実です。日本が騒ぐたびに自分の財布の中の宝石を取り出して、彼らと‘私のものか、君のものか’と争うのは不必要な行動です。私たちが毅然として堂々としているほど苦しくなって憤りが爆発するのは日本であるためです。独島問題は冷静で落ち着いて、一つずつ比例の原則によって行動で見せてやることがはるかに効果的です。」



李明博大統領が任期を目前にした時点で独島を訪問しましたが。


「当時、私に質問されたなら当然止めたでしょう。国益の助けになることがない行動でした。申し上げたように独島は私たちの所有で警備隊まで守っている私たちの土地なのに、強いてそこになぜ行きますか?日本は国際紛争地域化を狙っているのに、そこに調子を合わせたという結果の他に得るものはないではないですか。我が国の大統領が度々失敗する最も大きい理由が、人物失敗のためです。プロを使わなければならない場所にアマチュアを使うということで、そういうふうに要職を引き受けることになったアマチュアは、先輩やプロの経験と知識を習おうとしないのです。」



現政権になって長期化した韓日関係の閉塞が全く解ける兆しがありません。友邦である二ヶ国の首脳がほとんど会うこともせず、最近では慰安婦問題まで大きくなった状態です。


 「韓日関係がこういう状況になった最初の誤りは、日本の安倍総理にあると見なければなりません。日本は世界の経済大国で、そういう国の指導者ならば備えなければならない品性があって、また、外交には国際慣例というものがあります。1970年にウイリー・ブラント西ドイツ総理がポーランドにあるユダヤ人慰霊碑の前で雨に濡れて膝まづいて涙を流して謝ったことがあります。ドイツは、当時韓国より大きいドイツの土地をポーランドに切り離してドイツ人200万人を撤収させました。

  日本人たちはこのような誠意を見せたことがありません。日本は一度も本当の謝罪をしなかったので、私たちが沈殿物を解消する機会がなかったのです。そして、謝罪だとしておきながら、あっちを向いて私たちがとうてい信頼できない行動を繰り返して来ました。しかし、私たちも指導者が先に立って‘この程度の談話文で謝罪を受けて再び謝罪要求をしない。日本も、今後さらに多くの謝罪をしろとの話が出ないように言葉と行動に気を付けなさい’というようにこの問題は終わらせるのが良いです。日本の誤った行動はそれなりに糾弾すれば良いです。




(続く)



「日本懐柔に努力しました」(3)

権哲賢大使インタビュー、「日本の大物政治家たちを親韓派に仕立てた秘訣は?」

(続き)

 54年ぶりの日本の政権交代、民主党政権と人脈を構築せよ


大使としての在職時、政界・官界の人脈構築に相当な努力を傾けましたね。


「大使館職員が私に‘チャンチャンチャン(餐餐餐)大使’という仇名を付けました。朝餐は韓国から来たお客さんとして、午餐は日本政府与党の人々として、夕方は今後政権を取る可能性がある民主党の人々としたのでこのようなニックネームがつきました。本当に私は、大使在職時にずっと私が持つ全ての知識と情熱をみな捧げて全力投球したと自負します。それでこそ目標にしたことが達成できるからです。後任の大使の方々にもこの点を強調しました。」


大使の時、日本では54年ぶりに政権交代が行われたということですが、新政権の人々との新しい人脈構築はお話のように簡単ではないと思いますが。


「我が大使館が予想したとおり、2007年参議院選挙で民主党が第1党を占めました。 以後、衆議院選挙で圧倒的議席を占めて政権交代が成り立ちました。当時、韓国政府の外交ラインはほとんど自民党政権側の人々であったし、民主党とは接触が殆どない状態でした。新しく立ち上がった民主党政権の人々と人脈を積むのは一日でできることでもなくて、一人や二人に会えば解決されるものでもありません。

  私は民主党政権の登場を予測して、それ以前から民主党政権に影響を及ぼす政界、言論界、学界、市民社会の人々を皆把握して、緻密でしつこく布石外交を繰り広げました。当時の私の頭の中はどうすればこの多くの民主党政権の人々を全て親韓派にすることができるだろうか’という考えだけでした。」


大使は、「政権交代の1年前から、新しい政権になった時に慌てないよう、事前に民主党側と交流を拡大しなさい」と大使館職員に指示しておいたという。


  「一言で言えば、マン・ツー・マン式の接近法を使いました。昼には自民党、夜には民主党の主な人物たちとしばしば接触するという原則を立てて実行に移しました。しかし予算が問題でした。私たちは直ちにいわゆる新しい民主党政権との‘人脈構築プロジェクト(NPNN)’を立てて特別予算の要求資料を作って国会に提出しました。3年の間に毎年必要な予算を定額支援してほしいという内容でしたが、国会からは何の返事もなかったのです。私は韓国に戻って与党と国会予算関連の核心勢力を説得し、多くの辛酸と苦難の末に予算案が通過しました。この資金で本格的なネットワーク構築に入ることができたのです。」


権大使は、このようにして深めた人脈と粘り強い説得力を動員した成功外交の事例を一つ紹介した。まさに政権交代後の民主党総理である鳩山由紀夫総理の初めての訪問地決定に関連する問題だった。既に総理の初めての海外訪問先として中国が決定していてマスコミにも報道された状態で、これを韓国に戻したということだ。これについての具体的な内容は権大使が帰国直後に日本大使時期の話を書いて出した『大胆な大使、堂々とした外交』という本に詳しく紹介されているので、ここでは省略する。


民主党の実力者、小沢幹事長を親韓派に


人脈構築のための自分だけの特別な秘訣がありますか。


「私は民主党を動かす最高実力者たちと良い関係を設定することが最も重要だと判断して、彼らを親韓派人脈に作ることに力を傾けました。ですが、単純に会って食事したからといって人脈が構築されるのではないですね。当時は現職総理が鳩山であり、次の総理と有力視される人物が菅直人議員、そして実力者のうちの実力者が小沢一郎でした。この方は海千山千全て経験した13選の議員で、自民党政権をぶち壊した人物です。私は、過半に近い自派勢力で党と議会を完全に掌握している小沢幹事長を引き込まなくては民主党と円満な関係を維持しにくいと判断しました。問題は、彼とは何の縁もなかったということです。


権大使は、小沢幹事長に会うために一種の特別作戦を準備して実行に移したという。


「私が色々な経路を通じて調べてみると、小沢幹事長は私たちの民団団長と近い仲でした。私は民団団長を通じて面談を要請し、一方では小沢幹事長の秘書として仕事をしたことがある韓国人教授に会って小沢に関する情報と人物について勉強しました。小沢幹事長の習性に対して情報を得る一方、彼が書いた論文と本は全部取り寄せて読みました。民主党の政権奪還過程についてのドキュメンタリービデオも覚えるほど見ました。その後、会うことができたとき、彼が書いた<日本改造計画>に言及して話を進めて行くとすぐに彼の顔に笑いの花がぱっと開きました。」


権大使は、小沢幹事長が中国を訪問した帰りに韓国を訪問して李明博大統領と虚心坦壊な対話をしたらいいと提案したという。


   「私は、小沢幹事長が胡錦濤主席と30分間の会談が予定されていることを知って、韓国に来れば時間にこだわらずに李明博大統領と晩餐をすることを提案しました。 韓国で二晩ほど過ごして李明博大統領と晩餐する姿を見せることによって、民主党と日本の国民たちに韓国をさらに重要だと考えているという信号を送るためでした。韓国に滞在する間にチョ・フニョン国手(囲碁の名人)と碁を打てるようにあらかじめ準備しておきました。彼がものすごい囲碁狂だったためです(翻訳者注:「狂」の字が書いてある)。以後、幹事長と韓国政府は非常になじんで友好的な関係を維持しました。」


 
(続く)



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Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

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