FC2ブログ

「日本」を裁いたソウル中央地裁の判決要旨

ソウル中央地方法院2021.1.8.宣告2016カ合505092判決〔損害賠償(キ)〕:確定・・・・ 200
 日帝強占期に強制動員されて「慰安婦」生活を強要された甲らが日本国を相手に慰謝料支給を求めた事案で、甲らに対する一連の行為は日本帝国によって計画的、組織的で広範囲に強行された反人道的犯罪行為であって国家免除を適用できず、日本国は日本帝国の不法行為で甲らが受けた精神的苦痛を賠償する義務があるとした事例

 日帝強占期に強制動員されて「慰安婦」生活を強要された甲らが日本国を相手に慰謝料支給を求めた事案だ。
 国家の主権的行為は他の国家の裁判権から免除されることが原則という国家免除の国際慣習法によっても、国家の全ての行為に対して裁判権が免除されるので主権を持つ国家ならば例外無く他国の裁判権行使から免除されるべきであると見ることはできず、一定の場合には例外が認められなければならないところ、甲らに対する一連の行為は日本帝国によって計画的、組織的で広範囲に恣行された反人道的犯罪行為であって国際強行規範に違反したものであり、当時日本帝国によって不法占領中であった韓半島内で大韓民国国民甲らに対して恣行されたものであり、例えそのような行為が国家の主権的行為だとしても国家免除を適用できず、例外的に大韓民国の裁判所に裁判権があると見るのが妥当だが、日本帝国は中日戦争と太平洋戦争など侵略戦争の遂行過程において軍人たちの志気の高揚及び民怨発生の低減、軍人に対する効率的統率を追求するためにいわゆる「慰安婦」を管理する方法を考案し、これを制度化して法令を整備して軍と国家機関で組織的に計画を立てて人材を動員、確保して「慰安所」を運営して、当時10代初中盤から20才に過ぎない甲らは、「慰安婦」に動員された以後日本帝国の組織的で直間接的な統制下に本人の意志とは関係なく強制的に軍人の性的行為の対象になり、当時の国際条約、一般的な国際慣習法と日本帝国の国内法、戦後戦争犯罪に関する国際刑事裁判所の憲章などを総合すれば、上のような行為は当時日本帝国の韓半島と韓国人に対する不法な植民支配及び侵略戦争の実行と直結した反人道的な不法行為に該当して、それによって甲らが精神的苦痛を受けたことは経験則上明白なので、日本帝国の後身として同一性が認められる日本国は上のような不法行為によって甲などが受けた精神的苦痛を金銭ながら賠償する義務があり、このような甲らの日本国に対する損害賠償請求権は「大韓民国と日本国間の財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する協定」及び「2015年日本軍慰安婦被害者問題関連合意」の適用対象に含まれないので、上の協定などによって甲らの損害賠償請求権が消滅したと見ることはできない、とした事例だ。



<資料出処>
 「大韓民国法院」ホームページの「判例速報」中の今月10日作成の「2021. 3. 10 各級法院(第1、2審)判決公報要約本」
https://www.scourt.go.kr/portal/news/NewsViewAction.work?pageIndex=3&searchWord=&searchOption=&seqnum=7569&gubun=4&type=5



<コメント>
 これは歴史に残る画期的な「名判決」のはずだが、判決から2ヶ月たってようやく判決要旨が出て来たくらいで、判決全文の広報資料は見当たらない。やっぱり恥ずかしい判決だという気持ちがあるから大々的な広報はしたくないのかな。






 

スポンサーサイト



テーマ : 韓国
ジャンル : 海外情報

李承晩学堂、正義連に攻勢

「挺対協の慰安婦運動、その実態を明らかにする」シンポジウム開催
来る5月26日(火) ソウル市内パシフィックホテル2階宴会場
主催 李承晩学堂、反日銅像真相糾明共同対策委員会
発表 イ・ヨンフンほか
unnamed.jpg



<コメント>
 マスコミがどれくらいこのシンポジウムに注目するだろうか。保守系新聞は尹美香の正義連不祥事に批判的だが、それならこのシンポジウムも大きく取り上げたらいいだろうが、これはこれで無視するんだろうな。






テーマ : 韓国
ジャンル : 海外情報

慰安婦合意 憲法裁判所決定(要旨)

日本軍慰安婦問題合意発表違憲確認
(決定要旨)


事件番号 016憲マ253   別称:日本軍慰安婦問題合意発表事件
2019.12.27 憲法裁判所
https://ecourt.ccourt.go.kr/coelec/websquare/websquare.html?w2xPath=/ui/coelec/dta/casesrch/EP4100_M01.xml&eventno=2016헌마253


  憲法裁判所は、2019年12月27日、裁判官全員一致の意見で、「大韓民国外交部長官と日本国外務大臣が2015.12.28に共同発表した日本軍慰安婦被害者問題関連合意」は、手続きと形式及び実質において具体的権利・義務の創設が認められず、これを通じて日本軍「慰安婦」被害者の権利が処分されたり大韓民国政府の外交的保護権限が消滅したとは見られないので、憲法訴訟審判請求の対象にならないと見て、この事件の審判請求以後に死亡した請求人を除いた請求人の審判請求を却下した。 [却下]
この事件の審判請求以後に死亡した請求人に対する審判手続きは、各請求人の死亡で終了した。 [審判手続き終了]

□事件の概要
○請求人は日帝によって強制的に動員されて性的虐待を受けて「慰安婦」としての生活を強要された日本軍「慰安婦」被害者、生存した日本軍「慰安婦」被害者の子または死亡した日本軍「慰安婦」被害者の子だ。
○請求人は、2015.12.28に韓日外交長官会談共同記者会見を通じて発表された合意の内容が請求人の人間としての尊厳と価値などを侵害すると主張して、2016.3.27、上のような合意発表の違憲確認を求めるこの事件憲法訴訟審判を請求した。

□審判の対象
○この事件の審判対象は「大韓民国外交部長官と日本国(以下「日本」という)外務大臣が2015.12.28に共同発表した日本軍慰安婦被害者問題関連合意内容」(以下「この事件合意」という)が請求人の基本権を侵害するのかどうかだ。

□決定主文
1.請求人カン・○○、キル・□□、キム・◇◇、キム■■、パク・□□、パク・□□、パク・□□、イ・□□、イ・□□(1928.9.10.生)、イ・★★(1930.3.4.生)、イ・□□、チョン・◎◎、ハ・●●、ハム・○○、ナム・◆◆、ホン・、キム・〓〓、ソ・〓〓、ソン・〓〓、ヤン・◎◎、ワン・〓〓、イ・△△、イ・▲▲、イム・▽▽、イム・▼▼、イム・☆☆のこの事件審判請求を全て却下する。
2.その他の請求人に対する審判手続きは、[別紙3]記載のとおり終了した。


□理由の要旨
●条約と非拘束的合意の区分
○条約と非拘束的合意を区分するにおいては、合意の名称、合意が書面で行われたのかどうか、国内法上要求される手順を踏んだのかどうかなどの形式的側面の他にも、合意の過程と内容・表現に照らして法的拘束力を付与しようとする当事者の意図が認められるのかどうか、法的効果を付与できる具体的な権利・義務を創設するものかどうかなど実体的側面を総合的に考慮しなければならない。非拘束的合意の場合、それによって国民の法的地位は影響を受けないというべきであるから、これを対象にした憲法訴願審判請求は認められない。

●この事件合意は憲法訴願審判の対象になるかどうか(消極)
○一般的な条約が書面の形式で締結されるのと異なり、本事件合意は口頭形式の合意で、表題として大韓民国は「記者会見」、日本は「記者発表」という用語を用いて一般的条約の表題とは異なる名称を付け、口頭発表の表現とホームページに掲載された発表文の表現さえ一致しない部分が存在した。また、この事件合意は国務会議の審議や国会の同意など憲法上の条約締結手順を踏まなかった。
○本事件合意の内容上、韓国・日本両国の具体的な権利・義務の創設の有無が不明だ。本事件合意中、日本総理大臣が日本軍「慰安婦」被害者に対する謝罪と反省の心を表示する部分の場合、日本軍「慰安婦」被害者の権利救済を目的とするのかどうかが明確でなく法的意味を確定しにくくて、日本軍「慰安婦」被害者の被害回復のための法的措置に該当するとは見難い。日本軍「慰安婦」被害者支援のための財団設立と日本政府の出捐に関する部分は、「講じる」、「することとする」、「協力する」などの表現に表れているように、具体的な計画や義務履行の時期・方法、不履行の責任が決まっていない抽象的・宣伝的内容であり、「しなければならない」という法的義務を指示する表現が全く使われなかった。駐韓日本大使館前の少女像に関する大韓民国政府の見解表明部分も、「日本政府の憂慮を認知して関連団体との協議等を通して適切に解決されるように努力する」とするだけで、「適切な解決」の意味や方法を規定しなかったし、解決時期及び未履行に従う責任も定めていないので、両国の権利・義務を具体化していると見る内容がない。その他に、日本軍「慰安婦」被害者問題の「最終的・不可逆的解決」、「国際社会での非難・批判の自制」に関する韓日両国の言及は、根本的に日本軍「慰安婦」被害者問題とは果たして何なのかに対する共通の認識が存在しないという点などから、韓日両国の法的関係創設に関する意図が明確に存在したとは見難い。
○これを総合すれば、本件合意の手続きと形式や実質において具体的権利・義務の創設は認められず、本件合意を通じて日本軍「慰安婦」被害者の権利が処分されたとか大韓民国政府の外交的保護権限が消滅したと見ることはできない以上、本件合意が日本軍「慰安婦」被害者の法的地位に影響を及ぼすとは見られないので、日本軍「慰安婦」被害者の賠償請求権など基本権を侵害する可能性があるとは見難い。したがって、本件合意を対象とした憲法訴願審判請求は認められない。

●訴訟手続き終了宣言
○一部請求人は本件審判請求以後に死亡し、その相続人たちは審判手続きの承継申請をしなかったので、死亡した請求人に対する審判手続きは各請求人の死亡により終了した。



<コメント>
  うん、まあ大体正確な判断ではなかろうか。慰安婦問題解決の日韓合意というのはもともとそういう性格のものでしょう。憲法裁判所としてはこういうふうに言うしか無いだろうなあ。
  あの合意で「法的義務」というようなものは創設されていないんでしょう。あの合意は、日本政府と韓国政府が政府間の「政治的合意」として「慰安婦問題はもうこれ以上問題にしません」と約束したもので、韓国の憲法裁判所が今回のような決定を出したからといって、その合意の内容や性格が変わるわけではない。だから日本政府としては「約束は守らなければならない」と言い続けるだけのことで、韓国側としては「合意を守る」という気持ちがあるかないかの問題だ。もちろん、言うまでもなく文在寅政権には全くそんな気はないのだが、それはもともとのことで、今回の憲法裁判所の決定がそうさせるというわけでもない。

「慰安婦20万人説」の出どころ

(過去の投稿の再掲)

<北朝鮮外交官と韓国の教科書が陥っている虚数の罠>
慰安婦と徴用者の数はどのくらいか
すべきことをせず虚数にこだわる現実が歴史家を憂鬱にする
 
[ イ・ヨンフン/ 2005/04/23 ]  ニュー・ライト・ドットコム
             (翻訳)
  旧日本軍の慰安婦として連れて行かれた朝鮮の女たちの数はどれくらいだったろうか? また、徴用や徴兵などで連れて行かれた朝鮮の男たちの数はどれくらいだったろうか? 421日付け報道によれば、北朝鮮の国連代表部金永好書記官は、ジュネーブ国連人権委員会で、慰安婦の数は20万人で、強制連行された人数は840万人だと主張した。一方、これに関する南韓の高等学校教科書を見れば、慰安婦の数を「数十万」と、「強制的に連れて行かれた」人々を「650万人」と教えている。この問題に関する南北韓の主張には大きい差がないと言える。
  ところで、これらの数字はどの程度正確なのだろうか。教科書問題と独島問題をきっかけとして、日本人たちの歴史認識に対する韓国人の批判が熱くなっている。しかし、全体の雰囲気が良くないからといって、正確ではない数字をいい加減に取り上げるのは、あまり説得力がない批判だ。
  慰安婦の数字に関しては、研究者たちの間にまちまちな推測と主張がある。当時、日本と中国と東南アジア等に駐屯した日本軍は総数280万人ほどだった。日本軍首脳は、兵士150人に1人の慰安婦を充員せよという指令を出したことがある。これに基づけば、慰安婦の総数はおおよそ2万人になる。一方で、この数は少なすぎるもので、実際には兵士50人に1人として約6万人だったという主張がある。このあたりが事実により近いかも知れない。しかしながら、こんな主張はあくまでも推定であるだけであり、推定は常に違う可能性を内包している。
  次に提起される問題は、2万人でも6万人でも又は20万人でも、その民族別構成だ。主に韓国の研究者たちは朝鮮女性が大多数だったと主張している。一方、一部の日本人研究者は日本女性が一番多かったと主張して、1940年に成立した満洲を含む中国全域に分布する日本人と朝鮮人の職業調査結果を突き付けている。また一方、中国人研究者たちは中国女性が一番多かったと主張している。このような多くの推定値が乱舞しているが、朝鮮女性の慰安婦だけで20万人だという金永好書記官の主張や、それよりさらに多い可能性を暗示している韓国教科書の「数十万人」と言う数字に対しては、賛成しにくい。
  20万と言う数字が最初に挙げられたのは、1969年、国内の某日刊紙であったと知られている。それによれば、1943年から1945年の間、「挺身隊として動員された朝鮮と日本の女性は全体でおよそ20万であり、そのうちの朝鮮女性は5万~7万人と推算される。」であった。ここで挺身隊は、慰安婦ではなく軍需工場などに動員された勤労女性を指す。ところが、1984年、宋建鎬(ソン・ゴンホ)は彼の本『日帝支配下の韓国現代史』で、「日帝が挺身隊の名目で連行した朝鮮の女性は、ある記録によれば20万で、その中で5万~7万が慰安婦に充てられた。」と書いたこのように20万と5万~7万という同じ数字が引用されているが、意味が変わっていることを読者は看破することができる。
  ところで、宋建鎬にしても20万と言う数字は慰安婦ではなく挺身隊を示す意味だった。だから、両者が全面的に混同されて20万と言う数字が朝鮮女性慰安婦の総数に変わるのは、1984年以後今までの間のことだったわけだ。

  徴用や徴兵で強制動員された男たちが650万又は840万だったという主張も、似たような過程を通じて生じた。このことに関する最初の推定は、1965年、在日史学者朴慶植によるものであったと筆者は記憶する。彼によれば、19391945年の間、日本に徴用された者が100万、朝鮮国内の動員者が450万、軍人・軍属が37万、合計約600万人が強制動員された。(『朝鮮人強制連行の記録』 )

  これらの数字がどの程度正確でどのような性質なのかについては、検討の余地が多い。しかしながら、こういうふうに生じた600万と言う数字は、この40年間引用に次ぐ引用が繰り返され、南韓では650万に、北韓では840万に脹らんだ。内容も、皆、日本へ「強制的に引かれて行った」に変わった。

  1940年の国勢調査によれば、当時2040歳の朝鮮の男子の総数は321万人だった。その年齢層の男たちを全員連れて行っても半分を満たすことができない数字が教科書で教えられ、また国際会議で挙論されるとは、それは問題ではないか? 参考として言えば、当時1621歳の朝鮮女性は125万人だった。筆者が朝鮮女性の慰安婦が「数十万」あるいは「20万」にもなるという説を信じないまた一つの理由を、読者たちは見当をつけることができよう。
  筆者は、昨年に書いた一論文で、韓国の国史教科書が、過去40年間、日帝が土地の40%を収奪したと教えて来たことは事実ではないと指摘したことがある(『時代精神』28)。 その数字は1967年にある無責任な歴史学者がいい加減に作り出したものに過ぎない。それでも、過去40年間、国史教科書はえんえんとその加空の数字を引用して来た。それと全く同じように、過去20年の間には、「慰安婦20万人」と「強制連行600万人」というまた一つの神話が作られて来たわけだ。韓国と日本との間の過去史には清算しなければならない課題が多い

  何よりも、異域万里、遠い所に埋もれた徴兵・徴用者たちの遺骨を収めて国内に奉還することが至急な課題だ。なすべきことが多く急ぐ必要はあるが、やたらと虚数を作り出してそれに対する日本の責任を追及するだけならば、それが本当に正しい過去史清算のやり方だろうか。歴史家の憂いは深まるばかりだ。

イ・ヨンフン(ソウル大学経済学部教授、韓国経済史)


「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 23


  というわけで、メディア・ウオッチの反論が出て以降、このニュースの続報はありません。それで、「これが1944年9月、中国雲南省騰沖で朝鮮人慰安婦が日本軍によって虐殺されて捨てられた映像だ」というソウル市とソウル大学人権センターのウソ(捏造)発表の件は一応終わります。

 最後にウソ(捏造)発表を大々的に行った聖公会大学東アジア研究所のカン・ソンヒョン教授の写真を再掲しておきましょう。この人です。




27日、ソウル中区のソウル市庁多目的ホールで開かれた「三・一節99周年韓・中・日日本軍'慰安婦'国際カンファレンス」で、カン・ソンヒョン聖公会大学教授がソウル大学人権センターの資料収集成果を紹介して、日本軍が朝鮮人「慰安婦」を虐殺したことを示す写真・映像資料を公開している。 [写真=ニューシース]






「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 22(下)

国内外歴史専門家たち、「‘慰安婦虐殺’は信憑性低い」
2018.03.30 メディアウォッチ

(続き)

 それと共に、朴教授は、「特に悲しいことは、そういう全ての考え(朴裕河教授が慰安婦問題で間違った主張をしていて生存慰安婦に傷を与えている」)をほとんどの学者が進んで作ったり支持しているという点」としながら、「私はこの事態が21世紀初期の韓国アカデミズムの汚点として残ることだと確信する」と断言した。
朴教授は、ソウル大学人権センター研究チームの資料に関して自身が三種の批判論点、「ビルマでの慰安婦の死が明らかになったのは既に20年前という点」、「死亡者が朝鮮人だと断定可能な根拠が無いという点」、「爆撃でなく銃殺だと断定可能な根拠が無いという点」を提示したが、該当研究者が10日が過ぎてもちゃんとした解明をできずにいることに対してもどかしさを表わした。
 朴裕河教授は、このような韓国学者の無責任問題が正に日本で「嫌韓」を呼んでいる面があるとしながら、日本の韓国非難に名分を与えることを警戒した。韓国の反日強迫観念を、平凡な一般人でなくエリートと言える権力指向知識人が助長していることを明確に指摘したのだ。それと共に、朴教授は、アメリカ人の81%は一般的に日本に信頼を寄せているというアンケート調査資料も引用して、ややもすれば、今後、慰安婦問題によって日本だけでなく世界的にも韓国に対する認識が悪くなることも憂慮した。
朴教授は「私のためにでなく、韓国人全てのために(ソウル大学人権センター研究チームが)責任ある返事をすれば良いだろう」として、改めてソウル大学人権センター研究チームの解明を要請した。




▲検察はソウル大学人権センター研究チームの信憑性が疑われる資料を活用して、朴裕河教授が有罪判決を受けるようにすることをはばからないでいる。写真=朴裕河教授フェイスブック
 
(翻訳者注:この写真の翻訳もつけておきましょうか。↓こんなふうに検察官が言っているわけです。強調は翻訳者。ただし、「保護しようとした」の下線は原文にあり。)
○さらに被告人は「朝鮮人慰安婦が日本軍が敗亡の瞬間まで保護しようとした“軍需品”であったならば、他の国の女性は欲しいままに強姦して殺してもよい“戦利品”であった。」としました(被告人提出参考資料6中の2013.8.10付け東亜日報記事第2ページ下段)。しかし、最近見つけられた朝鮮人慰安婦たちが日本軍によって虐殺された後に一まとめに捨てられた映像においても分かるように(添付 参考資料1 日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺あった…映像記録初めて発掘)敗戦間近の日本軍たちは朝鮮人慰安婦たちを残忍に虐殺しました。一体全体、被告人は何の根拠で朝鮮人慰安婦が日本軍が敗亡の瞬間まで保護しようとした軍需品だと言うのか、問わざるを得ません。このような表現は、残忍に虐殺された朝鮮人慰安婦たちをもう一度殺すことだと言えます。
添付 参考資料1 日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺あった…映像記録初めて発掘(連合ニュース2018.2.27付け記事)
2018.3.  検事 呉○○
 
 
イ・ウヨン委員、「ソウル大学人権センター研究チームと検察は、後日、歴史の審判を受けるだろう」
 
 ソウル大学人権センター研究チームの資料を検察までも引用したという知らせが聞こえると、すぐに落星垈経済研究所のイ・ウヨン委員も、314日、フェイスブックに上げた文を通じて相変らず何の解明もないソウル大学人権センター研究チームを改めて批判した。イ委員は、自身が問題提起をしたことは勿論ではあるが、この問題の先駆的研究者である浅野豊美教授も問題提起をしたのに、何と半月が過ぎてもソウル大学人権センター研究チームはもちろん、挺対協やナムヌの家、そして彼らを支持するその誰からも「慰安婦虐殺」を主張する根拠は何なのか解明が出て来ていないという事実を突いた。
それと共に、イ委員は「たびたび述べた韓国史学界に蔓延した慢性的で低劣な悪習、資料と論理に基づいて批判すると、読んでいながらも読んでいないかのように、反論を提起した研究者を幽霊扱いして何ら対応しない、著者とその研究者を存在しないかのように無視する悪習が今回も繰り返された」と嘆いた。
イ委員は、検察までソウル大学人権センター研究チームの資料を引用した問題を簡単に見ることはできないと指摘した。国家機関が学界の無責任さで軽んじられてしまうということだ。
イ・ウヨン委員は、「(ソウル大学人権センター研究チームも自分たちの結論を防御できない)このような状況において、その報道内容を常識水準での検討すらしないまま、検察は上告審という大韓民国最高の司法手続きの過程でそれを自分の主張の根拠として提出したということを今日知ることになった」としながら、「これは事実上、法廷侮辱であり、世間知らずとでも言うべき、大韓民国の司法秩序に対する欺瞞だ」と断言した。
イ委員は、検察より私たちの学界批判にさらに傍点をつけた。イ委員は、「(検察の誤りを離れて)一次的な責任は汚い習慣を体得して実践した‘ソウル大学研究チーム’にある」と強調した。
ソウル大学研究チームは、このような常識的な質問が広く広まっていることをよく知っているだろう。自分たちの主張に適合するわずかな根拠でもあるならば今からでも直ちに提示するとか、そうでないならば誤りを告白したり、少なくとも、論理的連鎖において自分たちが耐えられない断絶があったことを認めなければならない。再び「無視」で一貫するなら、私たちは研究者という彼らの仮面に唾を吐かなければならない。検察もまた、この汚点に満ちた「研究発表」と新聞記事をそのまま持って来てこの国の最高法廷である上告審に提出したという点で、私たちが彼らと同じように唾を吐いても言う言葉が無いだろう。子孫たちはこの記録を見て自分の先祖たちの没知性と反理性に対して恥ずかしく惨めな涙を流すことになるだろう。


314日、日本沖縄県の地域新聞である「八重山日報」は、1944920日付け中国国民党軍機関紙である『掃蕩報』が「朝鮮人女性30人が投降した」と報道した事実を引用して、朝鮮人慰安婦が日本軍によって虐殺にあったのでなく、中国国民党軍の捕虜になったと見られると伝えたことがある。(関連記事:日 八重山日報、「‘慰安婦虐殺’根拠ない...中国史料直接確認」)
一方、本紙の取材の結果、ソウル大学人権センターのセンター長であるチョン・ジンソンソウル大学社会学科教授は、悪名高い反日従北団体である韓国挺身隊問題対策協議会(略称「挺対協」)の代表を経験したことが確認された。チョン教授の夫は朝鮮日報主筆を経験したカン・チョンソク現朝鮮日報論説顧問だ。

(終)



<コメント>
強調は翻訳者による。

うん、韓国の検察官は証拠の吟味など全くせずとも事実を認定できる特殊能力を持っておられるらしい。素晴らしいことだ。「これは法廷侮辱だ」などと憤っても、裁判官のほうだって「国民感情法」に従ってホイホイとそのまま事実認定するかも知れないしなあ。そしたら法廷侮辱なんかにはならない。


ま、冗談(かどうかははっきりしないが)はおいといて、落星垈経済研究所には慰安婦問題に詳しいイ・ウヨン委員という人がいるのか。イ・ヨンフン教授の良い後継者が育っているということかな。イ・ウヨンという人は、多分、この記事に出てくる人だと思う。


 そして、何よりも、こういう反日問題において韓国マスコミの相互批判を見るのは非常に珍しいことなので新鮮な印象を持った。まあ我も我もと報道した連中のほうがレベルチョー低過ぎであって、このメディアウォッチくらいのことを言うのが当たり前のことなのだろうが、ともかく良い報道でした。
 韓国のごく一部は、まんざら捨てたもんでもない。





「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 22(中)

(続き)

 二番目に、浅野教授によれば、米軍把握の「30人射殺」はビルマ(現在のミャンマー)人の証言だ。言い換えれば、米軍の体系的調査の結果ではない。ともかく、これは慎重に慎重を期して調査しなければならない極めて重要な歴史的、外交的問題であることが明らかだ。ところが、彼らは、せいぜい既に20年前に日本の研究者が紹介した資料などの資料(19秒分量の動画)を突きつけて、新しい資料や論理なしに「韓国人慰安婦30人虐殺」を主張した。学者としてこのように飛躍できる無謀な勇気はどこから出るものか?
 三番目に、浅野教授は玉砕が城壁内北西側の曲がり角で行われたという点、米中連合軍に陥落することすぐに前日夜に日本軍が慰安婦(浅野教授によれば写真と動画に出てくる彼ら6人の全てが韓国女性たちだと見ることもできない)を死体が発見された城の外の山の斜面に連れて行って虐殺する余裕はなかったという点、城壁内に集まる前の段階で城壁の外側で虐殺されたとすれば死体は非常に腐敗していたはずだという点、台湾人、朝鮮人、日本人の慰安婦が生存して中国軍の捕虜になって写真まであるという点などを理由として「虐殺」とは見られないと話している。
 彼らは去る2年余りの時間、このような点を検討しなかったという話なのか? 浅野教授はこのような点を過去の報告書と2編の論文で明らかに指摘したと話す。それを読まなかったのか? 読んだとすればそれに対する何らの反論なしで「虐殺」というものすごい主張を敢行するその傲慢さはどこから出るのか? 研究者として怠慢であるとか常識的な思考能力さえ無いことなのか?
 引き続き、イ・ウヨン委員は32日にフェイスブックに上げた文で浅野豊美教授の文を改めて共有して「(浅野豊美教授の)‘遅くなったがこの問題が韓国社会の注目を浴びることになって感慨無量だ’という表現で韓国の研究者は恥ずかしさを感じなければならない」と一喝した。



▲浅野豊美早稲田大学教授は、自身の先駆的研究に関する韓国での「慰安婦虐殺」関連論議について、31日に直接フェイスブックに文を載せて意見を明らかにした。



 
朴裕河教授、「私たち韓国人は浅野豊美教授の先駆的研究を評価しなければ」

 一方、韓日間の平和的関係に関連してもう一つの「象徴」になった朴裕河世宗大学教授も、ソウル大学人権センター研究チームの「慰安婦虐殺」主張の問題点を突いた。朴教授は31日、本人のフェイスブック・アカウントに上げた文を通じて、ソウル大学人権センター研究チームが提示した資料は「慰安婦虐殺」の資料と断定するのは難しい資料だという点を指摘した。朴教授は資料の信憑性問題を指摘するのに先立って、ソウル大学人権センター研究チームが、既に事実上同じ素材を扱ったことがある日本の浅野豊美教授の先行研究に言及しないことについての遺憾から表明した。研究の出処と系譜を重要視しなければならない研究倫理上問題になることではないかという示唆だ。
 研究倫理の問題を離れても、このような事案で先行研究を正確に明らかにすることは、慰安婦問題によって危うくなっている韓日関係を考えて見た時、非常に重要だ。なぜなら、韓国人学者でもない日本人の学者がともあれ朝鮮人慰安婦の悲劇的死の問題を既に20年余り前に先に捜し出して全世界に告発したという点は、私たち韓国人が明らかに評価するに価することだからだ。
 朴裕河教授はフェイスブックの関連議論で、浅野豊美教授の先行研究が慰安婦問題に遺憾を感じている日本人たちが大々的に寄付を集めて作った「アジア女性基金」(出資金は特に日本政府が出捐)の後援によってなされたことだという点も強調した。それと共に、朴裕河教授は、自身も以前に慰安婦問題を研究して浅野豊美教授の論文を読んで、日本軍が玉砕の過程で慰安婦を犠牲にした可能性、また日本軍のうちで慰安婦を殺そうとした場合もあった可能性も十分にあるという点を知ることになったと明らかにした。同時に、そのようなことを犯そうとした同僚日本軍を批判して慰安婦をむしろ安全な後方に送ろうとした日本軍もあったという事実もやはり知ることになったと明らかにした。
 朴教授は、浅野豊美教授が下した元の結論は相変らず支持するだけのことはあるとしながら、「(ソウル大学人権センター研究チームの)今回の発表における犠牲者女性たちは必ず全て朝鮮人という保証は無いように見える。同じ地域に台湾人も日本人もいたためだ。」という立場を伝えた。併せて、「映像の中の慰安婦は爆撃による死亡である可能性が高く見える」と指摘した。付け加えて、「実際、‘日本軍が多くの朝鮮人慰安婦を虐殺した’というこれまでの認識は事実とは大いに違う」としながら、「その点が新しく認識される契機になれば良いだろう」と説明した。
 朴教授は、「日本軍の問題を指摘することは必要だが、目的が先んじた研究は新しい認識を得るのではなく既存の考えを強化させるのに終わる場合が多い」としながら物足りなさを表わした。



▲朴裕河教授の『帝国の慰安婦』は、出版当時まで学界で整理された慰安婦問題の結論を中道左派的観点から再照明した本で、本来学界の外側では隠してきた問題を大衆的議論まで拡張するのに成功した。しかし、この本はまもなく筆禍論議を経験することになる。


 

検察まで活用したソウル大学人権センター研究チームの信憑性が疑われる資料

 「慰安婦虐殺」問題についてむやみに断言することは警戒しなければならないと指摘した朴教授の洞察は、今になってはあたかも先見の明のように見えさえする。国内外で批判を受けているソウル大学人権センター研究チームの資料が、結局、『帝国の慰安婦』によって刑事裁判を受けている朴裕河教授自身を攻撃する根拠としてまで活用されてしまったためだ。

 32日、検察はソウル大学人権センター研究チームの「慰安婦虐殺」関連の一方的立場だけをそのまま反映した31日付け聯合ニュース新聞記事を朴裕河教授の上告審(大法院)参考資料として提示した。(関連記事:日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺あった…映像記録初めて発掘)

 検察は、上告審に提出した意見書で、「最近探された朝鮮人慰安婦が日本軍によって虐殺された後一度に捨てられた映像でも知ることができるように、敗戦が差し迫った日本軍は朝鮮人慰安婦を残忍に虐殺しました。」と主張した。朴裕河教授は313日、フェイスブックに上げた文を通じて、検察がソウル大学人権センター研究チームが発表した資料でさえない、これを何の問題意識も無しに引用した新聞記事を持ち出したところに遺憾を表明した。


(続く)



<コメント>
 赤字強調は翻訳者による。
 はい、検察官までこのウソを迅速に事実と認定しちゃいました。








「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 22(上)

国内外歴史専門家たち、「‘慰安婦虐殺’は信憑性低い」
 
イ・ウヨン研究委員、朴裕河教授、アサノ・トミノ教授... 「‘慰安婦虐殺’は信憑性低い」
(翻訳者注:「アサノ・トミノ」は「浅野豊美」の書き間違い)

2018.03.30 メディアウォッチ


 国内の歴史専門家たちがソウル大学人権センター研究チームの批判に出た。ソウル大学人権センター研究チームが信憑性が疑われる資料を日本軍による朝鮮人慰安婦虐殺の根拠として提示したためだ。
 先月27日、チョン・ジンソンソウル大学教授、カン・ソンヒョン聖公会大学教授を始めとしたソウル大学人権センター研究チームは、ソウル市庁で開かれた韓・中・日「日本軍慰安婦国際カンファレンス」で日本軍による朝鮮人慰安婦虐殺の根拠として「史上初」と銘打って映像資料を公開した。この映像資料には、土くぼみに服が剥がれた女性の死体6体がおかれ、これを収拾しに来たような中国国民党軍が死体から靴下に見える服類を剥がす場面も出て来た。
しかし、映像資料を確認した国内の歴史専門家たちは、この資料が果たして日本軍による慰安婦虐殺を裏付けるものなのかについて疑問を表明している状況だ。日本側もやはり同じ視点であるのはもちろんだ。(関連記事:日 夕刊フジ、韓国反日左派が公開した「慰安婦虐殺映像」反論コラム掲載)
 国内の歴史専門家たちは、ソウル大学人権センター研究チームの資料が確かに「朝鮮人」慰安婦に関するものだと断定できるものなのか、実質的な意味での「史上初」に公開された資料だと言えるものなのかについても疑問を表明している。




227日、ソウル大学人権センター研究チームは、韓・中・日「日本軍慰安婦国際カンファレンス」で日本軍による朝鮮人慰安婦虐殺の根拠として「史上初」というタイトルにした映像資料を公開して言論の集中注目を受けた。写真の軍人は中国軍人だ。写真=KBS

 
イ・ウヨン委員、「慰安婦虐殺? 論理的飛躍があるのにマスコミはそのまま受け取って書いた」

日帝下の徴用労働問題に関して我が韓国の歴史歪曲問題を批判してきた落星垈経済研究所のイ・ウヨン研究委員がまず最初に火蓋を切った。228日、フェイスブックに上げた文を通じて、イ・ウヨン委員はソウル大学人権センター研究チームが「慰安婦虐殺」を主張する論拠は何なのかから冒頭で指摘した。

  関連報道を探して約90分間読んだ。そこから私が分かった事実は次のとおり。
  1. 6人の死体を映した19秒の動画がアメリカ国家記録院(NARA)に所蔵されている。
  2. 米中連合軍は1944914日にトンチュンを占領して、米軍が15日に作成した報告書には陥落の一日前「13日夜、その都市で日本軍は韓国女性30人を銃殺した(Night of the 13th the Japs shot 30 Korean girls in the city)」という記録がある。
   3 .トンチュン占領捕虜になったには朝鮮人慰安婦23がいた。
 カン・ソンヒョン、チョン・ジンソン教授はこの三種類の事実を一つにくくって、「'当時、トンチュンには日本軍によって連れられて来た朝鮮人慰安婦が780人余りいたが、日本軍は玉砕を命令した。 これに応じない30人余りは虐殺されて、23人が生き残って捕虜になった」と言っているようだ。
 
 イ・ウヨン委員は、ソウル大学人権センター研究チームが提示した根拠は当初単一な資料から出てきたのでもなくてどんな歴史的事件を示すこともできないと批判した。それと共に、自身が学者としてひとまず抱かなければならなかった次の三種類の疑問事項を解決できないならば「(「慰安婦虐殺」の主張は)カン・ソンヒョン、チョン・ジンソン教授が想像力を過度に発揮、構成して作ったストーリー」になってしまうという点を警告した。
 まず、米軍報告書に出てきた「13日夜、その都市で日本軍は韓国女性30人を銃殺した(Night of the 13th the Japs shot 30Korean girls in the city)」という記録が朝鮮人慰安婦捕虜の尋問結果なのか、目撃者の証言なのか噂なのか分からないということだ。占領の翌日に作成された文書であるから体系的な捕虜尋問の結果ではないはずで、「虐殺」が事実ならば米軍が敵軍(日本軍)の戦争犯罪問題について全面的調査をしなかった理由も疑わしい。言ってみれば、「韓国(朝鮮人)女性30人銃殺」は一応の説に過ぎないということ。
 二番目に、問題の19秒の映像資料に出てくる6人の犠牲者が米軍報告書で言及される銃殺されたという韓国(朝鮮人)女性30人の一部なのか、その関連の輪が確認されないということだ。例えば、19秒の映像資料に出てくる犠牲者は、戦闘中に発生した罪のない民間人犠牲者である場合もあり、軍規が確立していなかった中国軍による犠牲者であることもあるということ。
 三番目に、捕虜になった「朝鮮人慰安婦23人」が、米軍報告書が取り上げ論じたその「銃殺」(虐殺)を逃れて生き残った者たちだという根拠が何か分からないということだ。「韓国(朝鮮人)女性30人銃殺」説と「23人の朝鮮人慰安婦捕虜」という事実はそれ自体で互いに関係がなく、前者は真偽を明らかにしなければならない設であり後者は特別新しいこともない歴史的事実というものだ。

 一言でいって、二番目の19秒映像資料と三番目の「朝鮮人慰安婦23人捕虜」は、最初の米軍報告書で言及された「韓国(朝鮮人)女性30人銃殺」を立証することはできない根拠ということだ。それにも拘わらず、ソウル大学人権センター研究チームは「朝鮮人慰安婦虐殺」を語って論理的飛躍をして、言論も問題意識なしに書き取ったというのがイ委員の批判の要旨だ。


▲ソウル大学人権センターのホームページ。センター長はソウル大学社会学科チョン・ジンソン教授だ。チョン教授は悪名高い反日従北団体である韓国挺身隊問題対策協議会(略称「挺対協」)の代表を経験した。チョン教授の夫は、朝鮮日報主筆を経験したカン・チョンソク現朝鮮日報論説顧問だ。




浅野豊美教授の先駆的研究を無視したソウル大学人権センター研究チーム


  イ・ウヨン委員は、31日にフェイスブックに再び上げた文を通じて、ソウル大学人権センター研究チームの「慰安婦虐殺」主張の問題を引き続き批判した。
 イ委員は、ソウル大学人権センター研究チームが提示した映像資料の内容に関して、浅野豊美早稲田大学教授が既に20年余り前に先駆的に同じ素材を扱って論文まで書いたことがあるという点を指摘した。それと共に、イ委員は、日本の浅野豊美教授がカン・ソンヒョン教授研究チームの発表事実を聞いて31日にフェイスブックに明らかにした意見をフェイスブックで共有した(下の浅野豊美教授の文は原翻訳を朴裕河世宗大学教授が行い、「メディアウォッチ編集部」が追加として一部の校閲校正をした)
 

 この写真は、山の斜面で、しかも埋葬されていないという点で、虐殺でなく爆撃で犠牲になったものと20年前「アジア女性基金」の報告書で紹介したことがある。( http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf ) 遅れたがこの問題が韓国社会の注目をあびることになって感慨無量だ。この報告書は以後多く修正補完されて岩波で発刊する『世界』9911月号論文と『軍事史学』2008年号日中戦争再論に掲載した論文になった。
 ビルマ人が証言した、30人を日本軍が殺したという資料があるという点も無視できないが、玉砕が北東の城壁隈であった点、外側に城壁を守るための真摯はあったが守備隊が30人を連れて出て行って外側で虐殺する程の余裕を(手榴弾/弾丸もみな落ちたという-翻訳者週)持てなかったと判断されるという点、死体が城壁の外側にあるということを写真が示しているという点、城壁中に集まって孤立する以前の段階で城壁の外側で虐殺されたとすれば、死体の腐敗がかなり激しかったという点、台湾人/朝鮮人/日本人慰安婦が生き残って中国の軍捕虜になって写真まで残っているという点。

 このような点を考慮するならば、朝鮮人慰安婦の遺体写真は城壁中で最終日の夜に集団で台湾人/朝鮮人/日本人慰安婦が脱出した時に迫撃砲弾を受けた時に犠牲になった女性である可能性が高いと見る。脱出過程混乱の中で射殺された慰安婦があった場合もあるがそれは日本軍守備隊が玉砕する過程で当てられたことではないか。

脱出あるいは玉砕が交差する混乱の中で共に死を選択するように射殺された慰安婦があり、その現場を抜け出した者たちが捕虜になった台湾人/朝鮮人/日本人慰安婦であったかも知れない。
 とにかく、何を歴史的事実と見るのかにおいて韓国と日本には相当な差がある。日本で1970年代に高度成長期が一段落してあちこちで戦争に関する記憶がよみがえった時、いろいろな所での玉砕とそれに伴う強制が沖縄を中心に問題視されたことが思い出される。だが、戦闘過程の力学をプロセスとして理解していくことによって、消耗的な対立を越えて国民感情が伴った真の主体的謝罪と容赦、そして自然な和解が可能になるのではないだろうか。そうなることを願いたい。



 イ委員は「ソウル市とソウル大研究チーム(“彼ら”と略す)20年前に浅野という日本のある研究者が発見した事実と実質的に同じ資料を前に出した」としながら「それから半歩の歩みも出ないままに、無謀に“日本軍が30人の韓国人慰安婦を虐殺した”という途方もない主張を出した」と批判した。

 それと共に、イ委員はソウル大学人権センター研究チームが提示した資料の信憑性の問題を指摘し、繰り返し解明を要請した。
 まず最初に、彼らは自分たちが2016年に「収集」した写真の実体と今回アメリカ国家記録院で「発掘」した19秒分量の動画の対象が同じだと主張した。それは合っている。ところが、彼らは2016年の写真があたかも自分たちが今回新しく「発掘」したというように話した。だが、浅野教授はその写真を20年前に[アジア女性基金]の報告書( http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf )で紹介したし、1999年と2008年に発表した二つの論文にも掲載されていると語る。彼らが新しく捜し出したのではないという言葉だ(彼らが主張するように今回「発掘」された動画は2016年の写真と同じ内容であるから、その動画はかえって格別の価値がない)。慰安婦問題の専門家という人々がこのような事実を知らないはずがない。


(続く)



<コメント>
 メディアウォッチは、この記事の中で韓国挺身隊問題対策協議会のことを「悪名高い反日従北団体」と言っているということは、もともとかなり醒めた眼で見ているメディアらしい。






「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 21

 メディアウォッチの二つ目の記事。一つ目の記事よりもさらに踏み込んでかなりはっきりと「これ、違うんじゃね?」と言っているような記事です。ウソ発表の張本人である聖公会学のカンソンヒョン教授に厳しい言葉を投げかけています。





八重山日報慰安婦虐殺 根拠...中国料直接確認

ソウル市・ソウル学・カンソンヒョン教授をついた...中国でかえって虐殺説否定する証拠捜


2018.03.23 メディア・ウォッチ
 
 日本のある媒体が、最近、聖公会大学カン・ソンヒョン教授が捜し出してソウル市・ソウル大学が言論に配布した「慰安婦虐殺」資料の信憑性を否定する根拠を捜し出したと明らかにした。中国の現地で別の一次史料まで直接確認した結果、「虐殺」という表現は全く発見できず、むしろ慰安婦が生存したことを示唆する表現を発見したという。
 日本沖縄県の地域新聞である「八重山日報」は、去る14日、「日本軍に虐殺されたという朝鮮人慰安婦30人が生存して国民党軍の捕虜になったという当時の新聞を発見した」と報道した。 (該当記事へ直行:  〝慰安婦虐殺〟根拠なし 奥氏、中国で史料確認 )


 

▲日本沖縄県の地域新聞八重山日報は、去る14日、奥茂治氏が中国雲南省の現地で太平洋戦争当時の中国系新聞記事を調べた結果、「日本軍の朝鮮慰安婦虐殺」の根拠は探すことができなかったし、かえって朝鮮人慰安婦30人を中国軍が捕虜としたという内容を捜し出したとしてこれを単独で公開した。


 


▲奥茂治が公開したマイクロフィルム(中国国民党機関紙『掃蕩報』の1944920日付記事)関連写真


  八重山日報は沖縄の県庁所在地那覇の前自衛官で、「長く慰安婦問題を追跡してきた奥茂治氏が中国雲南省の博物館と図書館を尋ね歩いて関連書籍を入手、マイクロフィルムを確認した」と明らかにした。

 先立って、ソウル市とソウル大学人権研究センターは、先月27日に国際会議を開催して「日本軍による慰安婦虐殺」が発生したとし、関連写真と映像を公開した。既に死亡している女性たちの死体を画面に含んでいる問題の映像について、韓国側は「米国立文書記録管理庁の資料を入手して、中国軍人が虐殺された慰安婦死体を埋葬する姿」と主張した。国内の大多数の言論はこのようなソウル市とソウル大学の説明を大々的に報道した。特に、ハンギョレ新聞インターネット版は、先月28日、「日本軍が‘慰安婦’被害者を虐殺したという記録は、当時の中国国民党の機関紙『掃蕩報』(1944918)等に一部言論記事として残っている」と主張した。
日本軍‘慰安婦被害者虐殺’映像初めて出てきた)
(翻訳者注:このブログではこちら→ 「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア )


  しかし、八重山日報は、「奥氏が3月上旬に雲南省で確認した結果、(中国国民党の機関紙『掃蕩報』)1944920日付けの記事に慰安婦関連の記述はあったが‘虐殺’したという記述はなかったという」としながら、さらに「19448月から10月までの記事を全部確認したが日本軍虐殺に関する記述はなかったし、韓国言論が指摘した『掃蕩報』918日付けの紙面でも探せなかった」と報道した。奥氏が該当新聞資料を調べたところによれば虐殺ではなく、むしろ慰安婦を「捕虜」とみなしたことを指摘する内容だったと八重山日報は伝えた。


 「奥氏は、“紙面では慰安婦を虐殺でなく捕虜にしたと記述している。日本軍が玉砕したので中国軍は慰安婦を捕虜にした”と説明した。慰安婦については“日本軍は全滅したが婦女子は解放したという説が多い。虐殺したというのは韓国の宣伝戦だ”と主張した。」


 実際、八重山日報が公開した奥氏が中国雲南省で発見したという中国国民党機関紙『掃蕩報』の1944920日付け記事の写真(マイクロフィルム)を見れば、右側に漢文で「朝鮮人女性30人が投降した」と記述されていることが確認される。

 事実、カン・ソンヒョン教授が公開した動画は、公開当時からその信憑性に疑問が提起された。まず、今回の映像と写真公開は「初めて」ではなく既に公開されたものを二番煎じしたに過ぎないという指摘から出てきた。該当の資料は既に20年余りも前に、慰安婦虐殺記録と関連写真は女性のためのアジア平和国民基金が発行した<慰安婦問題調査報告・1999〉に収録された論文「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達-死者は語る」)で既に紹介されたことがあるというのだ。また、当時発表された論文でも、写真の説明に「(死体の)大部分は日本軍基地の朝鮮人女性たち」と記載されていた。撮影者も中国国民党軍と同行したアメリカ人であるから正確な情報だと見るのは難しいという反論がある。



▲捏造と偏向放送で悪名高いソン・ソクヒとJTBCも、今回の慰安婦虐殺と知らされた動画を大々的に報道した。学界の報道内容であり、他の言論も我も我もと報道したので、ソン・ソクヒとJTBCにだけそれほどの均衡感覚を要求することもできないことではあるが、とにかく反日問題に関しては、ソン・ソクヒとJTBCのレベルのファクトチェックが韓国言論に蔓延したのは現実だ JTBC 2018227日付報道「日本軍'朝鮮人慰安婦虐殺'直後現場…映像初公開」


 何よりも、日本軍側の資料には朝鮮人慰安婦を殺害したという記録が存在しない。この点については、日本が不利な記録を廃棄したのではないかという主張も可能ではあるのが事実。しかし、先に述べた調査報告書は「ここで慰安婦18(台湾人3人、朝鮮人2人、その他は日本人)が中国国民党軍の捕虜になった」と記録している。この記録は、言い換えれば日本軍が慰安婦を組織的に殺害しはしなかったという証拠になることができる。
 日本の夕刊フジは、去る3日、言論人である石井孝明氏を通じて、ビルマ戦線に直接参戦した日本軍将校の回顧録ある大きな課題も根拠に捜し出して報道した。 (関連記事へ直行:日 夕刊フジ、韓国反日左派が公開した「慰安婦虐殺映像」反論コラム掲載)


 「北ビルマで戦った陸軍第33軍の参謀である野口省己少佐は、手記『回想ビルマ作戦』 (光人社)を残した。この手記によれば「慰安婦約20人が拉孟で死亡したようだ」という報告を受けた軍作戦参謀辻政信大佐は衝撃を受け、反対を押し切って慰安婦を始めとする民間人を後方に移したという。辻は戦史に頻繁に登場する有名な軍人で、有能な反面、捕虜に対する残虐行為でも知られた人物だ。そのような人物さえ慰安婦を虐殺する発想はなかった。日本軍にその動機はない。」


 このように論理的な矛盾が大挙現れた中で、今回は日本人が直接中国の現地で一次史料を捜し出して「虐殺」という表現は登場しないという点まで明らかにしたのだ。さらに「朝鮮人慰安婦女性30人が投降した」という記録は、日本軍が本当に慰安婦を集団殺害したとすれば決して起きることはない場面だ。
 「慰安婦虐殺」資料の信憑性が大きく揺れ始めて、今回の動画発掘公開の主役である聖公会大学東アジア研究所のカン・ソンヒョン教授は、突然に自分が極右派から脅迫にあっているといった主張を言論を通じて広げている状況だ。カン教授は、アジア経済とのインタビューで、「夜遅く家に入る時は思わず左右を見回すことになる」として「数年前から慰安婦関連資料研究結果を公開するたびに脅迫メールが途方もなく殺到する」と発言した。
(関連記事へ直行:[単独]日極右勢力に脅迫される慰安婦研究者)
(翻訳者注:このブログではこちら→「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 19)


  しかし、カン教授が今しなければならないことは、脅迫にあっているとして報道機関とインタビューをすることでなく、無数にあふれる論理的反論と反論史料に対して誠実に答えることだ。それが学者として責任ある姿勢であるからだ。そのようにできないならば、カン教授は学者でなく反日扇動屋という非難を聞くことになるのを避けることができないだろう。





<コメント>
 赤字強調は翻訳者による。
 なかなか真っ当な報道だ。ただ、メディアウォッチもテキサス親父殿が探して来た映像の説明書の情報は入手していないようだ。それを入手していたならもっと激烈な批判になっただろうから、惜しかった。

 結論として言えることは、「カン教授は学者でなく反日扇動屋」だということだろう。



「日本軍が慰安婦を虐・・・・」と報じたメディア 20



 これまで見て来たように、反日の材料であれば何も確かめず何も検証せずに誰かが言ったことをただ垂れ流すのが身上の韓国マスコミだが、さすがに今回の件ではちょっと傾向の異なるメディアもあった。
 普通のニュースメディアではなくてメディアの報道を批評するのが専門らしい「メディア・ウォッチ」という会社です。該当記事が二つあります。まずその一つ目。




日 夕刊フジ、韓国反日左派が公開した「慰安婦虐殺映像」の反論コラム掲載

慰安婦の安全のために後方配置指示した日本軍、虐殺する動機なかった...日本軍将校回顧録提示

2018.03.16 メディアウォッチ


 日本産経新聞の姉妹紙「夕刊フジ」が、最近韓国で反日左派言論を中心に集中報道した「日本軍の慰安婦虐殺映像」に対して歴史的事実ではないと反論を提起した。
 夕刊フジは33日付で、「慰安婦虐殺記録 信憑性疑問 “新しい発見ではない”、ジャーナリスト石井孝明氏緊急寄稿」という題のコラムを掲載した。 (原文直行: 『慰安婦虐殺記』に大疑義 「新発見ではない」ジャーナリスト・石井孝明氏緊急寄稿)


▲「夕刊フジ」は、韓国言論が大々的に報道した「慰安婦虐殺記録」の信憑性に疑問を提起する寄稿文を最近掲載した。


 
 安保と戦争史を専門にする言論人である石井孝明氏は、このコラムで、まず「慰安婦虐殺記録」に関して、「写真は女性のためのアジア平和国民基金が発行した『慰安婦問題調査報告・1999』に収録された論文「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達―死者は語る」で既に紹介されたものであり新しい発見ではない」と指摘した。
 ソウル市とソウル大学人権センターは、先月27日の「日本軍慰安婦国際カンファレンス」でこれらの写真と共に20秒の白黒映像を公開した。写真と映像は同じ場所で撮影されたものなどだ。映像発掘者は反日左派学者で知られる聖公会大学東アジア研究所のカン・ソンヒョン教授であり、国内言論はこの資料をめぐって「最初」、「初めて」等の修飾語を付けながら大々的に報道した。
 孝明氏は、また、「この論文によれば写真説明に‘(死体の)大部分は日本軍基地の朝鮮人女性たち’と記載されている」として、「中国国民党軍に同行したアメリカ人が撮影したもので、正確な情報だと見るのは難しい」と主張した。彼は、「日本軍側の資料には朝鮮人慰安婦を殺害した記録はない」としながら「先に述べた調査報告によれば、ここで慰安婦18(台湾人3人、朝鮮人2人、その他は日本人)が中国国民党軍の捕虜になった。 これは日本軍が慰安婦を組織的に殺害しなかったという証拠」と話した。
 特に、孝明氏は、ビルマ作戦に参戦した日本軍将校の回顧録から関連する部分を紹介した。


 「北ビルマで戦った陸軍第33軍の参謀である野口省己少佐は手記『回想ビルマ作戦』 (光人社)を残した。この手記によれば、「慰安婦約20人が拉孟で死亡したようだ」という報告を受けた軍作戦参謀辻政信大佐は衝撃を受けて、反対を押し切って慰安婦を始めとする民間人を後方に移したという。辻は戦史に頻繁に登場する有名な軍人で、有能な反面、捕虜に対する残虐行為でも知られた人物だ。そのような人物さえ慰安婦を虐殺する発想はなかった。日本軍にその動機はない。」


 実際、この指摘のように多数人を殺す「虐殺」は偶発的「殺人」とは違うので、歴史的に全ての虐殺には明らかな政治的動機がある。しかし、当時の日本軍が日本国籍の女性(日本人と朝鮮人)が大多数である従軍慰安婦を虐殺する動機は探すのが難しい。
 最後に、孝明氏は公開された写真と映像は遺棄された死体を撮影したもので、その正確な死亡原因は知る術がないという点も喚起した。彼は「朝鮮人慰安婦は戦場の近くで戦闘にかかわって死亡した可能性がある」として「哀悼の意を表わしたいが虐殺の証拠はない」と述べた。



 ▲石井孝明(写真左側)は原子力問題にも専門性を持っている言論人だ。沢田哲生(写真中央)東京工業大学教授、池田信夫(写真右側)アゴラ研究所所長と核再処理問題で対談する様子。写真=インターネット放送アリーナ
 

  夕刊フジは孝明氏の口を借りて日本政府の公式問題提起も促した。
 
「ソウル市の記録公表は騰越戦闘の日本軍戦死者約2800人とビルマ戦線の戦死者約164500人の‘名誉問題’と直結する。日本政府は実態を調査してソウル市の発表に対し疑問を提起しなければならない。」
 
一方、ソウル市とソウル大学人権センターが公開したカン・ソンヒョン聖公会大学教授の「慰安婦虐殺記録」とこれを報道する言論の報道が相当な論理的飛躍と歪曲を犯しているという指摘は、私たちの韓国内部でも相次ぐ状況だ。特に趙甲済ドットコムの論客ペンネーム「ヴァンダービルド」は、「<慰安婦虐殺映像>という牽強付会」という題名の寄稿を通じて関連問題を説得力を持って指摘してネチズンの注目を集めた。
 
「おかしな点がある。中国(国民党)軍が雲南城を陥落させたのは14日だと報道には出てくる。ところが、「13日夜、日本軍が城中で朝鮮女性30人を銃で撃った」という作戦日誌の内容は、その次の日である15日付けで記録されたものとして出てくる。したがって、正確にしようとするなら、「14日に雲南城を陥落させたが、城中に入って見ると朝鮮女性30人が銃に撃たれて死んでいた」と言わなければならない。結論として、「13日夜に‘日本軍’が城中で朝鮮女性30人を銃で撃った」という記録は証明されたファクトではないという話だ。女性30人が銃で撃たれて死んでいたというファクトの他には、13日夜に銃で撃たれたのか? 銃を撃ったのは本当に日本軍なのか? 死んでいた人々は本当に朝鮮女性たちなのか? そして彼女らが‘慰安婦’であったのか?何も確実なものがない。」
 
「「日本軍は敗戦直後、それまで連行していた慰安婦女性たちの存在を隠すために遺棄したし、遺棄の最も極端な形態は虐殺だった。」と韓国言論(京郷新聞報道:[単独]「日本軍、朝鮮人女性30人銃殺」慰安婦虐殺記録原本探した)は報道したが、コメディの水準だ。慰安婦が存在するということは当時天下が既に全て知っている事実だった。それを何で(日本軍が)「慰安婦女性たちの存在を隠蔽」しようと努めるというのか? 万一そうだったとしても、慰安婦女性たちの存在を隠そうとして銃で撃って殺しておいて、死体はなぜこれ見よがしに置いておいて行くのか?最小限、常識に合って蓋然性が少しでもある話をしてこそ受け入れられるものだ。」


(以上)









プロフィール

Chaamiey

Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

最新記事
最新コメント
カレンダー
03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
来訪者数
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR