FC2ブログ

朝鮮農地令の分かりやすい解説(続き)

朝鮮農地令の分かりやすい解説
渡辺農林局長談
 
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(13-081)
京城日報 1934.4.17(昭和9)
 
(続き)
 
八、小作料
小作料の額あるいは制限額を規定することは極めて困難な問題であるので、本令においてはこれを規定することを避け、その額に関して争いがある場合には調停によるほか、後述の府郡島小作委員会の判定によって簡易敏速に解決する途を開いた
ところで、小作人の小作料債務の履行は債務の本旨に従って現実にこれをなすことを要するのは民法の定めるところであって、債務の一部履行は多くの場合債務の本旨に従ったものとは認め難い。したがって、小作人が小作料の一部支払をなすにおいてはその受領を拒むことができ、たとえ地主がその一部を受領しても、残部に対する免除の意思表示があるか又はそのような慣習の存しない限り、その支払いの請求をなし得るのみならず、もし支払いをしない時は地主はその損害の賠償を請求することができるが、斯ては小作料の減免に関して当事者間に協議が調わず争いのある場合は地主小作人は一部の履行をなし得るものとし、その部分については爾後小作人は遅滞の責を免れると共に、地主はそのために減額その他の請求を承諾したものと推定されることがないものとし、小作人・地主両者の利益を調和するように規定された
 
九、検見の制度
朝鮮における農作物は、気候風土あるいは施設の不備のため、古来、天災地変とりわけ三災(風害・水害・旱害)の厄に遭うことが極めて多い。したがって、このような場合は小作料を軽減免除するのが一般の慣行である。本令はこの慣行に関し、不可抗力によって収穫高に著しい減少があったときは賃貸人は軽減又は免除を申し出ることができることとされた。而して其の減免の決定方法は地主、小作人立合の作柄検見又は坪刈検見を普通とするけれども、地主の中には単独で検見をなすものがあるので、その弊害を矯正するために必要な事項は、契約又は慣習による検見いわゆる執租の場合と共に府令をもって定めることとされた。
しかしながら、法規をもってこのように公平な検見を実施するよう勧奨する以上、その申し出は検見を実施するに支障のない期間内になされる必要があるので、従来の慣行を参酌して、本令は当事者が別段の定めをなしたる場合のほかは鎌入前十五日と定め、なお考慮すべき事由があるときは相当の時期において申し出をなすことができる旨規定された。

(引用者注:「賃貸人」とあるが、原文画像を見ると「貸」の部分は不鮮明で「貸」のようにも「借」のようにも見える。ただし、農地令の条文ではここは「賃借人」です。)

十、小作地の毛上収去
小作地の返還に当たり、小作地に契約に従って作付をした作物があるときは、民法は小作人にこれを収去させることができる旨を規定しているが、小作人はその収去に多大の経費を要することがあり、また、これを土地より分離することによってその価値を減殺し、小作人の不利益はもちろん、社会経済上の損失も少なくない場合があるので、その場合には小作人は地主に対して相当の価額をもってその買取りの請求をできる途を開き、上記の弊害を除くこととされた。しかし、小作人若しくは転借人が信義に反して地主に買取らせる目的をもって作付をした作物をも買取りの請求をできることとするのは信義誠実の原則に反するので、この場合にはこれを除外することに定められた。
 
十一、府郡島小作委員会
小作その他およそ小作に関する一切の事案に関して手近にしかも事実に即して第三者の判定を受けられる途を開くことは、争いを避けて農村の平和を維持する上で極めて効果的で甚だ望ましきことである。そういう中、今日各地に存する府郡島小作委員会は調停令に基く勧解の機関として相当の活動をなしつつあるのみならず、当事者の申出があるときは地方の小作に関する各般の事案も処理してその効果が少なくないので、本令はこの制度を公認し、当事者は合意をもって関係地の所在する府郡島小作委員会に対して判定を求めることができるようにし、かつ、判定の結果に対しては法律上の効力を付与することとされた。すなわち、府郡島小作委員会の判定は、裁判所に対する取消申立て期間である二週間内に取消の申立てなくして経過し、又はその申立て却下の裁判が確定した日から、当事者間の契約としてその効力を有することに定められた。しかしながら、当事者が全てその判定に服するとも限らないので、裁判所は、判定の通知のあった日から二週間内に当事者又は小作官から申立てがあって判定が著しく不当であると認めた場合にはこれを取消すことができることとし、その取消の裁判に対しては不服を申立てることはできないが、申立却下の裁判に対しては即時抗告ができる旨が規定された。
 
なおまた、小作委員会の判定事件にはしばしば訴訟となり、属しまた調停令による調停申立てをなす場合が無いとも限らないので、本令は、小作問題解決の性質に鑑みて、小作委員会の判定があるまで裁判所は決定をもって訴訟手続又は調停手続を中止することができることに規定された。なお、小作委員会の判定は相当重要な問題でもあり、またこのような問題の議事関係は、もし外部に漏えいしたときは諸種の悪影響を生ずるおそれがあるので、小作委員会に出席した者が故なく会議の顛末、小作委員の意見若しくは多少の数又は小作官の意見を漏えいした場合は千円以下の罰金に処する旨を規定された。
 
十二、裁判及び裁判の費用
本令に基く前述の土地の耕作を目的とする請負その他の契約が賃貸借契約と見なされる場合、その賃貸借の条件を裁判所が定める場合の裁判並びに前項の府郡島小作委員会の判定を取消す裁判は、小作調停令による裁判所との関係もあり、小作地の所在地を管轄する地方法院支庁の合議部において非訟事件手続法によってこれをなし、かつその裁判の費用は民事訴訟費用法及び民事訴訟印紙法によることに規定された。
 
十三、附則
本令施行の際に現に存する賃貸借関係その他に関しては、8ヶ条の経過規定が設けられた。すなわち、
(一)舎音その他耕作地の管理者については命令に基いた地主の届出義務を規定し、もしこれを怠った場合又は虚偽の届出をした場合には本則同様罰金規定が設けられた
(二)土地の耕作を目的とする請負耕作は本令施行の日からこれを賃貸借と見なし、その賃貸借の条件は本則同様に取扱われることに規定された。
(三)小作地の賃貸借で3年未満の期間の定めがあるものは契約の日から、期間の定めがないものは本令施行の日から、三年の期間の定めがあるものと見なすこととされた。しかし、永年作物の栽培を目的とするものは7年未満の期間の定めのあるものは契約の日から、期間の定めがないものは本令施行の日から7年の期間の定めがあるものと見なし、期間の定めがあるか否か明らかでないものはその耕作の目的に従って契約の日から3年又は7年と推定することに規定させた。しかしながら、これは前述の本則同様に傷痍、疾病、土地使用そ他やむを得ない事由に基いて一時的に賃貸しているものについては適用しないことに規定された。
(四)現に存する転貸借については、賃借人が傷痍、疾病などやむを得ず転貸している場合以外は、転貸借は、期間の定めがあるものは本令施行の日から3年を超えない範囲内でその短期間、期間の定めがないものは本令施行の日から3年はなおその効力がある旨規定された。
(五)現に存する小作地の賃貸借であって本令施行後一年以内にその期間が満了するものには、当事者がその満了前一年内に相手方に対してなした更新拒絶の通知又は条件を変更しなければ更新しない旨の通知は、期間満了前3月ないし一年以内に行わないものもこれをその期間内に行ったものと見なす旨が規定された。
(冩真は渡辺局長)
 
 
 
データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館
ただし、引用者が平易に書き替え
 
 
 
 
スポンサーサイト



朝鮮農地令の分かりやすい解説

朝鮮農地令の分かりやすい解説
渡辺農林局長談
 
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(13-081)
京城日報 1934.4.17(昭和9)
 
本月11日制令第5号をもって公布された朝鮮農地令の制定趣旨及び制定の経過については総督談話に示されているので、ここではその規定内容について説明するが、同令は40条からなり、その概要は次のとおりである。
 
一 適用の範囲  
農業用の土地において他人の土地の使用収益をなす関係は種々あるが、沓田の耕作を目的とする土地の賃貸借がその大部分を占めているので、本令第1条は「本令は耕作を目的とする土地の賃貸借に適用」することを規定している。従って、本令は俗にいう養蚕小作や山林小作等にはもちろんのこと、永小作にも適用がない。しかしながら、最近、前述の賃貸借に代えて営農の新方法として案出実施されている請負耕作(又は委託耕作)は法律形式を仮用したものであるために弊害も認められるため、本令施行の日からこれを賃貸借と見なすこととし、また将来本令の適用を免れるために採用される可能性がある請負その他一切の法律形式の仮用はこれを防止するように規定された
 
 
二、小作地管理者
舎音など小作地の管理者は不在地主の多い朝鮮ではやむを得ない存在であるが、ややもすれば授権が当を得ず、あるいは管理者が授けられた権限を逸脱するなどのために小作人の受ける不利益が少なくないことは周知の事実である。本令においては小作関係を規律する規定によって相当に是正されるであろうが、万全を期すために舎音など小作地の管理者を設置した場合は、地主から府尹、郡守、島司に対して届出を行わせ、管理者として不適当な場合にはそれらの行政官庁は小作委員会の意見を聴いてその変更を命ずることを可能にすると共に、地主が届出をせず、若しくは虚偽の届出をした時又は変更命令に違反したときは三百円以下の罰金に処されることが規定された。
 
三、小作期間
現行の小作慣習の中で弊害の多いのは、不定期小作が多いため、地主の一方的意思をもっていつでも解約できることである。それで、小作人の地位安定、農業の改良発達を実現するにはぜひとも一定の期間小作地に小作人が定着できることと共に、さらに進んで、義務を履行さえすれば地主に特別の事由の発生しない限りその農地との関係を持続できるようにすることが肝要であるので、本令では普通作物の耕作を目的とする小作は3年、桑樹、果樹など朝鮮総督の指定する永年作物の耕作を目的とする小作は7年を下回ることがないように定め、その期間の定めがあるか否か明らかでない時は、その耕作の目的に従って3年又は7年の期間の定めがあるものと見なし又は推定して不定期小作を一掃し、さらに期間満了の場合には、その満了前3ヶ月ないし1年内に当事者が相手方に対して更新拒絶の通知又は条件を変更するのでなければ賃貸借を更新しない旨の通知をしないときは、前の賃貸借と同一の条件をもって更に賃貸借をなしたものと見なし、また、小作期間を更新する場合も、不定期小作の発生を防止するため、地主側に正当な理由がある場合を除くほか、小作人に背信行為のない限り地主は契約の更新を拒むことができないように定めた
ただし、自作者自身若しくはその一家の中心となって耕作に従事している同居の親族が傷病、兵役、出稼ぎなどやむを得ない事由で自ら耕作できない状態にある場合、あるいは沓田を道路宅地その他工場用地に変更する等のために3年又は7年以上に賃貸することのできない特殊な事情がある場合には法定期間を厳守させる必要がないから、その制限期間をもつて小作に付することができる旨が規定された。
 
四、権利義務の相続
朝鮮の小作慣行においては小作関係の人的要素が重視され、賃貸借に基づく権利義務は当事者の死亡によって当然には相続されないことを普通とする結果、小作人の相続人は死亡によって農地から離れ食べる物にも窮するような事態を惹起し、反面、地主もまた小作人の相続人に賃貸借を継続させる義務を負うものでもない。よって、賃貸借当事者の相続人は相続開始の時から被相続人の小作地賃貸借に基づく一切の権利義務を承継することが規定された。
 
五、賃貸借の効力
小作契約は債権関係であるから、地主に変更があったり小作地が担保に提供されたりした場合には小作人はその小作地の新所有者又は担保権者等に対して自分の権利を主張することができないから土地返還の要求があれば何時でもその要求に応ぜざるを得ないし、小作地の返還は小作人にとっては糧道を断たれるに等しいものである。そこで民法はその救済手段として不動産賃貸借の登記の制度を設けてその対抗力を認めているけれども、農村の実情では地主が容易に登記の協力をしないので、本令では「小作地の賃貸借はその登記がなくとも小作地の引渡しがあったときは、以後その小作地につき物権を取得した者に対してその効力を生ずる」旨が規定された。
しかしながら、売買の目的物が小作地であることを買主が知らなかった場合に、もしそのために契約した目的を達し難い場合に限って、買主は契約を解除することができ、その他の場合には損害賠償の請求のみができるように定められた。
 
六、小作地の転貸借
小作地の転貸借は概ね地主の承諾を要するのが一般の慣行であるが、内密に転貸するものも少なくない。ことに、営利的にこれを行うものにあってはその弊害も著しく、小作人はもちろん地主の蒙る不利益も少なくなく、かつ、一面では農政上の見地より中間小作の弊害を絶対に是正する必要があるので、小作人はたとえ地主が承諾を与えても絶対に小作地を転貸できないこととし、民法の規定とは異なる方針が採用された。しかしながら、小作人又は同居の親族であって主として耕作に従事する者が傷痍、疾病その他やむを得ない事由によって耕作をすることができない時に一時的に転貸する場合などは、弊害も少く、また転貸を認めることが相当な場合もあるのでこれを許容すると同時に、転貸禁止規定に違反して転借人が第三者に小作地の使用又は収益をさせたときは、賃貸人は賃貸借の解除ができることとされた。
このように転貸は特別の場合を除くほかは厳禁したけれども、府邑面、産業組合、農事改良組合などのように営利を目的としない法人又は団体が小作地を借り入れてその団体員又は住民に小作させる場合などは弊害を生ずる余地がないのみならず、農政上の見地からむしろこれを容認するのが適当であるから、転貸禁止の規定は適用しないことになった。
 
七、賃貸借の解除
小作地賃貸借の解除原因については本令に規定することを避け、もっぱらこれを民法の規定に委ねられたが、ただ、上述の転貸借を原則的に禁止するについては、これに違反する者がないとも限らないし、また例外的に転貸借を許容する場合はその終了に関して必要な命令事項を定めたために、賃借人がもしこれらの規定あるいは命令に反して第三者に小作地の又貸しをした場合には賃貸人は賃貸借を解除することができる旨を規定したのは上述のとおりである。
なお、賃貸借の解除を民法の規定に委ねた関係上、次項に記述するとおり小作料の軽減又は免除に関する事項について当事者が後述の府郡島小作委員会に判定を求めた場合又は朝鮮小作調停令によって調停の申立てをした場合に、往々にして小作料の履行遅滞を理由として賃貸借の解除をされるおそれがあるので、小作委員会にあっては判定があるまで、小作調停令にあっては調停の終了するまでは、賃貸人は当該小作料の履行遅滞を理由として賃貸借を解除することはできない旨が規定された。
 
 
(続く)
 
 

朝鮮農地令の全文

朝鮮農地令
朝鮮総督府官報第二千百七十三号(四月十一日)を以て発布された朝鮮農地令全文左の如し
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(13-079)
京城日報 1934.4.15(昭和9)
 
 
わが国最初の小作法たる朝鮮農地令は去る11日に公布されたが、当時その内容と称するものが拓務省から洩らされ、重大法令であるだけに大センセーショナルを捲き起したが、本府より公布された正文と拓務省から漏洩したものとは大分相違があった。左に掲げたのは本府の正文であって、該令により小作大衆はいうまでもなく地主側も時代に適応したこの新令によって得るところが多いはずで総督政治のうちでも大なる治績の一つであろう
 
 
(引用者注:赤字が小作人の権利に配慮された部分、青字は地主の権利に配慮された部分) 
 
 
1 本令は、耕作を目的とする土地の賃貸借にこれを適用する。
本令において小作地と称するは、前項の賃貸借の目的たる土地をいう。
 
2 土地の耕作を目的とする請負その他の契約は、これを賃貸借とみなす。ただし、本令の適用を免れる目的に出でざるものはこの限りにあらず。
前項の賃貸借の条件は、当時者の協議によってこれを定める。協議調わざるときは申立てにより裁判所がこれを定める。
前項の規定による裁判に対しては即時抗告を為すことを得。その期間はこれを二週間とする。
 
3 賃貸人は舎音その他小作地の管理者を置いたときは、朝鮮総督の定めるところによりこれを府尹、郡守又は島司に届け出るべし。
 
4 府尹、郡守又は島司において舎音その他小作地の管理者を不適当と認むるときは、府郡島小作委員会の意見を聴いて賃貸人に対しその変更を命ずることを得
 
5 前2条に規定するものの外、舎音その他小作地の管理者に関し必要な事項は朝鮮総督がこれを定める。
 
6 第15条、第20条及び第22条の規定と異なる特約であって貸借人に不利なるものは、これをなさざるものとみなす
 
7 小作地の賃貸借の期間は3年を下ることを得ず。ただし、永年作物の栽培を目的とする賃貸借にあっては7年を下ることを得ず。
前項の期間より短い期間をもって賃貸借を為したるときは、その期間は前項の規定によってこれを3年又は7年とする。
 当者が小作地の賃貸借の期間を定めなかったときは、第1項の規定により3年又は7年の期間を定めたるものとみなす。
1項ただし書きの永年作物は朝鮮総督がこれを定める
 
8 小作地の賃貸借について期間の定めがあるか否か明らかでないときは、前条第1項の規定により3年又は7年の定めがあるものと推定する。
 
9 前2条の規定は、小作地の賃貸借の期間を更新する場合にこれを準用する。ただし、7年とあるのは新たに永年作物を栽培することを目的として更新する場合を除くの外3年とする。
 
10 前3条の規定は、傷痍疾病その他やむことを得ざる事由により賃貸人又はその同居の親族にして主として耕作に従事する者が耕作を為すこと能わざるため又は土地使用の目的の変更その他特別の事由によって第7条第1項若しくは前条但定書に規定する期間以上賃貸すること能わざる事情が存するため一時土地を賃貸する場合には、これを適用せず。
 
11 賃貸借の当事者の相続人は、相続開始の時より被相続人の小作地の賃貸借に基く一切の権利義務を承継する
 
12 小作地の賃貸借は、その登記がない場合でも、小作地の引渡しがあったときは、爾後その小作地について物権を取得した者に対してその効力を生ずる
朝鮮民事令においてよることを定めた民法第566条第1項及び第3項の規定は、賃貸借の登記がない場合でも引渡しがあった小作地が売買の目的物である場合にこれを準用する。
朝鮮民事令においてよることを定めた民法第533三条の規定は、前項の場合にこれを準用する。
 
13 貸借人は賃貸人の承諾があるときといえども小作地を転貸することを得ず。ただし、傷痍、疾病その他やむことを得ざる事由により貸借人又はその同居の親族にして主として耕作に従事する者が耕作を為すこと能わざるため一時転貸する場合はこの限りにあらず。
 前項但書の場合において、賃貸人は正当の事由あるに非ざれば転貸を拒むことを得ず。
 第1項ただし書きの規定による転貸借の終了に関し必要な事項は、朝鮮総督が定める。
 第1項ただし書きの規定による小作地の転貸人は、さらにこれを転貸し又はその権利を譲渡することを得ず。

14 前条の規定は、産業組合その他営利を目的とせざる法人又は団体が貸借したる小作地を更にその団体員に使用又は収益を為さしむる場合には、これを適用せず。府邑面が貸借したる小作地を更にその住民に使用又は収益せしむる場合もまた同じ。
 前条及び第20条の規定は、前項の団体員又は住民が第三者に小作地の使用又は収益を為さしむる場合にこれを準用する。
 
15 貸借人が小作料の一部の支払いをなさんとする場合においては、賃貸人は正当の事由あるに非ざればその受領を拒むことを得ず
賃貸人は、小作料の一部を受領してもそのために小作料の減額その他の申出を承諾したるものと推定せらるることなし

16 不可抗力に因り収穫高に著しき減少ありたるときは、貸借人は賃貸人に対し小作料の軽減又は免除を申し出ることを得
前項の申し出は、遅くとも収穫著手の日より15日前にこれを為すことを要す。ただし、当事者が別段の定めを為したるときはその時期にこれを為すことを要す。前項の場合に於て宥怨すべき事由あるときは、相当の時期において申し出を為すことを得。
 
17 契約又は慣習により検見の上小作料の額を定める場合の検見及び前条の申し出により為す検見に関し必要な事項は、朝鮮総督が定める。
 
18 第10条に規定する賃貸借を除く外、当事者が小作地の賃貸借の期間満了前三月ないし一年内に相手方に対し更新拒絶の通知又は条件を変更するに非ざれば賃貸借を更新せざる旨の通知を為さざるときは、前賃貸借と同一の条件をもって更に賃貸借を為したるものとみなす。

19 賃貸人は貸借人に背信の行為なき限り、賃貸借の更新を拒むことを得ずただし賃貸人に正当の事由がある場合はこの限りにあらず
 
20 貸借人が第13条第1項の規定に違反し又は同条第3項の規定による命令に違反して第三者をして小作地の使用又は収益を為さしめたるときは、賃貸人は賃貸借の解除を為すことを得
 
21 16条の小作料の軽減又は免除に関する事項につき、当事者が府郡島小作委員会の判定を求めたる場合においてはその判定があるまで、朝鮮小作調停令により調停の申立てを為したる場合においては調停の終了するまで、賃貸人は当該小作料の履行遅滞を理由として賃貸借の解除を為すことを得ず
 
22 小作地返還の場合において、小作地に契約に従い作付けしたる作物があるときは、貸借人は賃貸人に対し相当の価格をもってこれを買取るべきことを請求することを得ただし、貸借人又は転借人が信義に反して買取らしむる目的をもって作付けを為したる作物についてはこの限りにあらず
 
23 第15条ないし第17条の規定は、賃貸人と転借人との関係にこれを準用する。
 
24 当事者は合意をもって関係地の所在する府郡島小作委員会に対して小作料その他小作関係につき判定を求むることを得。
 
25 前条の規定により判定を求めたる事件につき訴訟が繋属するとき又は朝鮮小作調停令による調停の申立てが受理されたときは、判定があるまで当該裁判所は決定をもって訴訟手続又は調停手続を中止することを得。
 
26 裁判所は、当事者又は小作官の申立てにより、府郡島小作委員会の判定が著しく不当なりと認むるときはこれを取消すことを得。この申立ては府郡島小作委員会の判定の通知があっ日より二週間内にこれを為すに非ざればその効力なし。
府郡島小作委員会の判定を取消す裁判に対しては不服を申立てることを得ず。申立て却下の裁判に対しては即時抗告を為すことを得。
 
27 府郡島小作委員の判定は、取消の申立てなくして前条第1項の期間を経過し又は申立却下の裁判が確定したる日より当事者間の契約としてその効力を有する。
 
28 第2条第2項又は第26条第1項の規定による裁判は、小作地の所在地を管轄する地方法院又は地方法院支庁の合議部において、朝鮮民事令においてよることを定めたる非訟事件手続法によりこれを行う。
 
29 第2条又は第26条の規定による裁判の費用については、朝鮮民事令においてよることを定めたる民事訴訟費用法第16条及び民事訴訟用印紙法第16条の規定による。
 
30 府郡島小作委員会に出席したる者が故なく会議の顛末、小作委員の意見若しくはその多少の数又は小作官の意見を漏えいしたときは、千円以下の罰金に処す。
 
31 賃貸人が第3条の規定に違反して届出を為さず、若しくは虚偽の届出を為したる時又は第4条の規定による命令に違反したときは三百円以下の罰金に処す。
 
附則
32 本令施行の期日は朝鮮総督が定める。
 
33 本令施行の際に現に舎音その他小作地の管理者たる者については、賃貸人は朝鮮総督の定めるところにより府尹、郡守又は島司に届け出るべし
 
34 本令施行の際に現に存する土地の耕作を目的とする請負は、本令施行の日よりこれを賃貸借とみなす。
 第2条第2項及び第3項の規定は前条の場合にこれを準用する。

35 本令施行の際に現に存する小作地の賃貸借であって三年未満の期間の定めのあるものは契約の日より、期間の日の定めのないものは本令施行より三年の定めがあるものとみなす。
 本令施行の際に現に存する第7条第4項に規定する永年作物の栽培を目的とする小作地の賃貸借であって7年未満の期の定めのあるものは契約の日より、期間の定めなきものは本令施行の日より7年の期間の定めがあるものとみなす。
 
36 本令施行の際に現に存する小作地の賃貸借であって期間の定めがあるか否か明らかでないものは、第7条第1項の規定により契約の日より3年又は7年の定めがあるものと推定する。

37 前2条の規定は第10条の規定に該当する場合にはこれを適用せず。
 
38 本令施行の際に現に存する第13条第1項ただし書きの規定に該当せざる小作地の転貸借であって期間の定めのあるものは本令施行の日より3年を超えない範囲内においてその残期間、期間の定めのないものは本令施行の日より3年間、なおその効力を有す。
 
39 本令施行の際に現に存する小作地の賃貸借であって本令施行後一年内にその期間が満了すべきものについて、当事者がその満了前一年内に相手方に対してなしたる更新拒絶の通知又は条件を変更するに非ざれば更新せざる旨の通知は、第18条の期間内になさざるものといえどもこれを同条の期間内になしたるものとみなす。

40 賃貸人が第33条の規定に違反して届出を為さず又は虚偽の届出を為したるときは、三百円以下の罰金に処す
 
 
 
 データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館
ただし、引用者が平易に書き換え
 
 
 
 <コメント>
 仮に今、こういう法律を制定するとしても、だいたいこんな感じになるのではないでしょうかね。良く作られていると思います。基本的に小作人の地位を高めるが、小作人と地主の間に争いが起きたら第三者委員会が裁定する、というわけで、公平性ということに良く配慮されています。
 
 そして、第22条では、土地に植えられている作物の処分方法まで、問題が起きないように細かく決めてありますね。これくらい細かな権利調整をしていたのが総督府の政治でした。誰のための政治だったか、明らかではないですか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

朝鮮農地令公布 宇垣総督談

朝鮮農地令公布について
 
共存同栄の実を挙げ、国本の培養、邦家の興隆に寄与せよ
宇垣総督談
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(13-080)
京城日報 1934.4.15(昭和9)
 
一般民衆の生活の安定と向上とを図ることは統治の根幹にして、自分が常に考慮しているところである。しかし、朝鮮総戸数の8割は農家であり、しかもその大部分は小作農階級に属するので、これら小作農の生活を安定させ向上させることは急務中の急務である
 
朝鮮の小作農戸数は昭和7年末現在において2289千戸であり、農家総戸数の78分を占め。そして小作関係を支配する慣習は永年の変遷を経て今日に及び、地方又は地主によって一律ではないことはもちろんであるが、これらの慣習の中には小作地の生産力増進、小作農の生活安定を阻害するものも少なくないことから、昭和32月、総督府内に臨時小作調査委員会を設置して小作制度の改善に関し必要なる調査を行い、その結果に基いて小作慣行改善要綱を決定して行政的指導によって改善を図ろうとしたのであるが、積年の慣行は深く浸潤して容易に改まらず、加えて昭和5年以降財界の不況に伴い農産物価格の下落と多年の疲弊に基づく負債の累増が農村の窮状をいよいよ深刻化するに至ったので、財政その他の事情の許す限り各般の施策を講じてその救済に努めて来たのである。
 
すなわち、昭和6年度より実施した窮民救済事業、同7年度より実施した自作農地設定、また、小作争議の妥協互譲による円満解決を期するために昭和82月から実施した朝鮮小作調停令、その他本年度より実現を期する税制整理による地方負担の軽減など、いずれも上記の趣旨より出たものに外ならない。更に昭和78月、農村民の物心両面の更生を図るため農山漁村振興方針を決定し、それ以来その具体的計画の一端として農家更生計画の樹立実行に着手したのだが、官民各位の熱誠なる協力一致の努力によって施策の趣旨は今や全土に普く徹底し、自力更生の気運が地域に横溢するに至った。
 
しかし、更生農家の小作権は依然として安定しないため、その移動は頻繁に各地で行われ、これを原因とする争議はかえって漸増の傾向を示し、更生計画の実施ようやく一年にして計画の基本をなす耕地の異動をしたものもまた少なくない。そのためにこれら小作農の更生の意気を挫折させ、耕地に安住して農耕に精励するという熱意と努力とを喪失すること甚だしく、更生指導部落においてもややもすれば小作権を巡って地主と小作人が対立して争う事例を見るのはまことに遺憾とするところである。
 
これらの場合、先に制定実施した小作調停令はおおむねその運用の適正によって事件の円満なる解決に資したるところは少なくないのであるが、これはもとより応急的対策であって、弊習を一般的に是正して事件を未然に防止するには足りない。したがって、これをもってしては未だ不充分たるを免れない。そこで、更に進んで立法関係を整えて弊害の根源を除去し、小作農民が専心農事に精励し得るようにすることの必要性の切なることを認め、昭和2年以降6年の歳月をかけて完了した小作慣行調査、臨時小作調査委員会の答申及び各方面の世論を参酌してこの農地令を制定するに至ったのである。
 
結局、本農地令は農地貸借権の確保による小作農の地位の安定舎音制度の弊害の是正、小作関係に関連する地主と小作人の対立的闘争を避け、農村の平和を維持しつつ事件の円満なる解決を図るための機関である府郡島小作委員会等に関する事項を主眼として規定されたものだが、単に小作人のみの利益を保護しようとするものではなく、地主の正当な利益はあくまでこれを擁護し、地主小作人協調融和の精神の下に農事の改良発達、農家経済の進展を期するに外ならないのである。そして、地主と小作人が共にその相互依存の関係に留意し、地主は小作人に対して導くに道義を以てし、臨むに寛容を以てし、小作人は地位の安泰に狎れることなく農業の本義、農民の使命に目醒めて一層農事に精励し、真に地主小作人共存同栄の実を挙げ、一致協力して国本の培養、邦家の興隆に寄与するに至らんことを切望してやまないのである。
 
 
 
データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館
ただし、引用者が平易に書き換え
 
 
 
 
 
 

朝鮮農地令(1934年)

 
朝鮮農地令という朝鮮総督府の法令があります。1934(昭和9)411日公布です。これは地主と小作人の権利関係の調整を図ったものですが、基本的には小作人の生活向上を狙いとしたものです。
 
朝鮮農地令の制定に至る過程については、『朝鮮農地令とその制定に到る諸問題』という本があり、その前書きなどを読めば、制定に関わった人が朝鮮の小作人の貧しい状況を見て、何とかその生活を向上させたいと思ってこの問題に取り組んだことが分かります。
 
『朝鮮農地令とその制定に至る諸問題』
塩田正洪著 1971年  友邦協会
 
 
 しかし、総督府が一方的、強権的に小作人の権利ばかりを強化したわけではなく、6年もかけて準備して、現実の小作慣行はどうなっているのかを調査し、その現実を踏まえた上で、小作人と地主の権利をそれぞれ尊重し、妥当と考えられる調整を行って法令とした、ということのようです。朝鮮総督府の「善政」の一つと言えるでしょう。
 
 本の発行者の序文と著者の前書きを読んだ上で、毎度おなじみ京城日報(朝鮮総督府の機関紙)の記事を通じて、朝鮮農地令とはどういうものであったかを見て行きたいと思います。
 
 
 
 
(発行者の序文)
 
 

 
 
 

 
 
 
 
(著者の前書きの一部)
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 今、日本では、慰安婦問題に関して、韓国以外の国、特にアメリカの誤解を解くべきだという意見がありますが、慰安婦の強制連行をしたわけではないということだけを言うのでなく、そもそも朝鮮総督府は朝鮮でどういうふうに行政を行っていたのか、ということも紹介したらいいのではないかと思います。この朝鮮農地令などは、地主と小作人それぞれの権利義務を認めたり制限したりするに当たって細心の注意を払っているわけです。そういう法治主義の社会において公権力が女性の人権を侵害するような施策を行ったという主張がいかにおかしなものか、心ある人は分かってくれるでしょう。
 
 
 
 
 
 

朝鮮農民の満州進出(1934年)(2)

A 営口安全農村
遼河の水が渤海湾にそそぐところが貿易都市営口である。そこから対岸の遼河に渡り奉山鉄路支線河北駅より二時間にして田圧台に近く、2000町歩の秩序整然たる安全農村が横たわっている。鉄道は耕作地の側面を走り自然にこの農村を縦断することになっているが、水を引いて塩分、アルカリ分の浸除を図っているため氷結している水田の区画整然たる姿が車窓に見え始めてから約40分ほど列車の走る間眼の及ぶ限りこの農村である。もし馬で村の全体を視察するとしても二日間は要するだろう。この地は満人もかつて大規模に水田を計画したが失敗したらしく、小さな機関の残骸などが横たわっているのであるが、広漠たる海に面した草生原野がよく整地されて来るべき春の耕作期を待ちかねている。水田耕作にとって肝要の水は、遼河の自然流水を利用する機械揚水によりイソクチ式CEW42インチポンプ2台が据えつけられており、一方排水溝は海辺に向って開通し、直接遼東湾に落水させることになっている。防沈堤が築かれ幹線道路が縦横に完備し、十二部落が順序よく配置され800戸約4000人がこの地に収容されている。(そのうち本年度に入村予定のもの若干あり)
村民の大部分は安東、撫順、奉天、海竜等の避難民であるが、はるばる熱河開魯から40405名の来住もあり、最も異色のものは京城より李王家の親兵であった在郷軍人40181名の移住である。狭いながらも新しく暖かい我が家が建築されて割当てられ、衛生、教育、金融の機関も備わり、各農務楔は共済組合、消費組合、販売組合の機能をも兼ね、警備も警察官の常駐、守備隊との連絡等充分なるほか、前記の在郷軍人を中心とする自警団をも組織している。昨年は専ら整地・開田に努力し、その余力はアンペラ、叺縄等の副業品の製作実習を行って本年に至っており、基礎工作の努力の上にまだ一回の収穫時期も来ていないため、村民は各自相当に忍耐努力を必要として来たが、解けそめた氷雪を眺めていよいよ春の耕作期が迫るのを見てようやく明るく微笑し、腕をなでながら蒔き付け期が来るのを待っているのであるが、関山、亀の尾、早生大野などの内地の優良稲種の栽培に適することが、地質試験の結果充分に証明されている。
 
B 乱石山農場
満鉄本線の鉄嶺駅より20キロの交通至便の場所にある。この地は張作霖の妹婿が圃記稲田公司を経営し、既成●720町歩の存在していたところである。所有者は事変の際に天津に逃亡し、この地域は逆産に処せられるという噂が立った。公明な日本当局はこのような血縁のつながりをもって逆産処分をなすようなことはなかったのだが、その噂による土地ブローカー利権屋等の活躍にて勧業公司は商租について意外の困難に遭遇しつつも600町歩を買収してを完成し、第二期計画の中に入るべきあと840町歩の商租合併の工作も次第に進捗しつつあり、取りあえず2501,200余人の避難民を収容している。
用水は大汎河を堰き止めて護岸工事を行い、自然灌漑を行っており、地味は灰黒色の埴土極めて肥沃であって、良い場所は一段歩籾4石の収穫さえある。この安全農村は、昭和7年度において極めて敏速に計画された最初のものである。既に満人地主との契約によって十数ヶ年耕作を続けている先住の朝鮮農民などもいて、彼らは既に安定した生活を得て、少数ながらも貯蓄の余裕さえ作っている。これらの先住鮮農は満人の旧家屋に住み、新入村者には家屋建築資金を貸し付けて朝鮮家屋を新築して住まわせているが、昭和7年度農耕資金借入金は全て完済し、本年度耕作に必需の種籾なども事務所の中庭に全村のものを貯蔵し、安価なときに買入れた肥料としての豆粕が多数のアンペラに覆われて中庭に貯蔵されているという余裕ぶりである。衛生、学校、金融、副業施設、共済組合なども良く整備し、整備も遺憾なく連絡されている。この地の経済上の特別の強味は、交通至便のため産米の全部が奉天の大消費地に直ちに搬出され得ることである。
 
C 加東農村
地図に面してハルビンに眼を注ぎ、それより北満鉄路東部線(旧東支東部線)を暫く右へ行くと烏吉密河という駅に達する。ここは珠河とも言い、その付近を流れる松花江支流の珠河から紫色の真珠を産するをもって名づけられたのだという。この珠河の合流する蟻河を堰き止め、その右岸に2,500町歩の新しい水田村を作ったのがこの安全農村である。従って、ここの水稲は真珠を洗いつつある水で養われることになり、大平原の彼方に加東富士がそびえていて、名もなき山々が三方を囲んで紫色に輝き、風景が内地に似た絶佳の場所である。
村に入れば各所に散在する支那家屋に全て日章旗が翻っているのは、既に買収によって先住の満人は立退きを了し、我が朝鮮同胞5072,100余人が既に安住の地を得ているのである。この人々は昨年57日ごろから、遅い者は20日に至って入村したのであって、昨年度の稲作の蒔き付けは非常に遅延したのであるが、無肥料にてもなお2万石(1反当たり平均25)の収穫を挙げ、1200円の利益を残したものさえあったのである。
全地区開田後は一千戸収容の予定であるが、この実状を伝え聞いて、遠く東京、横浜等への出稼ぎ自由労働者の書面による申込みなどあり、すでに補充戸数の倍に達しその選択に迷っているという有様である。衛生、教育、金融、副業の施設も整い、ハルピン領事館警察部は8万円をもって地区中央の高地に警察分署を新築し40名の警官を常駐させて警備に任じているが、この地方は共匪の巣窟であるため守備隊もまた熱心にその殲滅に努力しつつあって、村民は安らかな眠りを貧っている。
 
六 青山尚到るところに在り
以上は、安全農村について単にその概略の風貌を記したにすぎない。また、各農村の農民個々について、在村の感想、その希望及び不平等を親しく聴取したことについて記すべきこともかなり多いのであるが、いずれそれらは他日全『移民問題』を包含する小著の中で論ずることとし、ここで見逃すべからざる現象は、さらにこれらの各地よりも一段の奥地において水田耕作に従事していた者に共通する奥地に対する憧憬である。彼らは口をそろえて言う。
「治安が全く維持されるようになれば、奥地にはなお畑とすることのできない低湿地が多数放任されている。これらの荒れ地は全て水田の適地である。満州人地主はその開墾を非常に喜び、二、三年間はもちろん小作料は不用である。住家も農具も家畜も貸してくれる。もしこの上になお若干の資金があって一ヶ所で10年辛抱させてくれるならば、立派な自作農になれるのである。ただ、今まではこうしてやや落ちつこうとすると匪賊に遭って掠奪されたり、地主が急に暴虐なことを言い出したり、又中間搾取がひどくなったりしてこと志と違うばかりであったが、皇国の威力が満洲国の隅々まで行き届くようになればこうしたことはあるまい。だから、我らの希望は治安維持後の奥地において一段の飛躍をしたいのである。」というのである。
従って彼らの不平というのを正直に言わせても、一つはもう少し耕作面積が欲しい、二めは早く自作農になりたいの二つに尽きるようであって、これは不平でなくて希望である。面白いのは、公司の支配下ではどうも小作料納入の際やその他でゴマカシが利かない、水田については全く無智な満州人地主の方が御しやすく、従って利益が多いので、その方へ行きたいなどいう正直者?もあって微苦笑をしたのであるが、ともかく奥地にはなおまだまだ多くの広大な地域が鮮農の耕作を待っており、彼らが漠然とこのユートピアに憧れを持っているのは事実である。
 
 
七 北緯54度の稲作
従来学術的に研究されて来た結果によると、北緯45度以上は絶対に稲作はできないものとされていた。昨年、満鉄特務部等の資源調査班が黒竜江省を100日近く奥地に入って調査に従事したときの旅行記をみると、鉄驪、慶城、緩愕等に朝鮮人経営の稲作地があったと言って驚いた記録があり、おそらく北緯478度のこの地が水田として世界で最北であろうと記されているが、奥地の討匪に従事した軍部の人々に聞いてみると、どうして仲々朝鮮同胞の北進はこんなところで止っているのではなくて遠く黒竜江岸北緯50度以上の大黒河、琿、奇克特、鳥雲等にまで及び、54度の漠河においてまで現に水田耕作を行っているというのである。
今、筆者が列車中にて原稿を書いているのはハルビンより拉法に至る新線拉賓線であるが、この沿線の場合も到るところ鮮農の小集団があり、かつ高麗営という地名もあって、数百年前より朝鮮人が集団して住居していた歴史がある。
もともと満洲は漢人と鮮人が互いに勢力の角遂によってあるときは朝鮮領となりあるときは支那領であったことは歴史に明らかなるところ、興安嶺下にある高麗城趾を見ては当時の朝鮮の勢力がいかに奥地まで延びていたかということに今更驚嘆するのであるが、これらの史実によって考えるとき、朝鮮同胞にとって満洲は実に祖国の地である。ここに北進して安住のユートピアを作りあげることは極めて自然であり、かつ当然の帰結であろう。
今や在満の朝鮮同胞は皇国の威力に感激して衷心から日本帝国臣民たることの自負心を持ち来っている。いずこより促すわけでもないが、いかなる貧農といえども、日の丸の国旗をえぬものはない。この誇り、この自信力の芽生えをよく助長して、確固不抜の経済力をこの歴史的由来深き満洲の地に堅く植えつけねばならないと思うのである。
『人間到るところ青山在り』。忍耐努力に富む真面目なる我が朝鮮同胞にとってこそ、満洲到るところ即ち青山である()
 
 
 

朝鮮農民の満州進出(1934年)(1)

鮮農に蘇える春
満洲こそ我等の祖国()
全満各地の水田王国
 
新聞記事文庫 満州(1-072)
京城日報 1934.4.7-1934.4.8(昭和9)
データ作成:2004.4 神戸大学附属図書館(ただし引用者が平易に書き換え)
 
 
橇をすべらせて遼河の流域に入ったのを始まりとして、内蒙古を経て松花江の流域に入り、さらに黒竜江の流れを追い、百万人の朝鮮同胞を訪ねる満蒙の旅は、行程既に一万キロになろうとしている。しかもなお前途は遠く、今拉賓新線により吉林省を縦断して熱河に向かう途上にある。
皇紀2594.3.23=鎌田沢一郎 記
 
一 鮮農への春
見渡すかぎり純白の雪原、大海原に似た広野の氷土。天地万有寂境そのものの大満洲の冬の山河は今や久しい冬眠期より目醒めて春の営みに移行せんとしており、地平の果てより一点、二点、三点と現われ初めた黒班の動きは、馬車を引いて春耕の準備に土糞を運ぶ農夫の群であり、女王の冠のごとくきらびやかに垂れ下っていた森の樹氷は今や跡形もなく解け終わり、楊樹の樹立は早くも薄青い芽生えを見せ初めている。久しき間見わたす限り荒涼としていた広野は、やがて春の息吹きに生々繁茂、みずみずしくも躍動する緑野に変っていくのである。この早春山河の態様にも似た宿命が在満百万の朝鮮同胞にもめぐり来て、彼らは今や自ら生きる道をはっきりと把握し、満洲にある自己の使命と幸福を自覚し、来るべき春耕期に対処せんと胸ときめかしつつ待機の姿勢を取っている。
 
二 迫害忍従のこれまでの生活
思えば長い間の迫害と忍従と試練の期間であった。彼らが旧東北軍閥の施政下において、ある時は利用され、あるいは搾取され、迫害され追放され、文字どおり生々流転の生活を営んでいた惨めさは、今でもなお涙なくして聞くを得ないのである。
満洲事変勃発の真因の一つはこれら在満朝鮮人の迫害に対する皇軍の義戦であったことは今さらいうを待たない。当時において万宝山事件のようなことは少しも珍しいことではなかった。全満洲の至るところがこのような状況下におかれていたのであって、その実状は久しきにわたりわが守備隊将士の胸に焼きつけられ、絶えず同情の眼をもってその時機の来ることを待っていたのである。しかし、この迫害下においてもなお、土を噛んでも生きねばならぬ。追われる彼らはさらに奥地へ奥地へと水流を追って遡上り、荒蕪地を耕しては美田に変え、全満州の至るところに『水田王国』を築き上げつつあった。その根強い拓殖力に対しては大に敬意を表していいと思う。
 
自分は『在満鮮農は鮎の如し』という一つの造語を得て、自ら快適に思っている。まことに、水のあるところ常に上流へ上流へと遡っては新生活を築き上げる彼らは、生物として鮎の如きものと言えようか。
 
三 鮎の如き鮮農
しかしながら、事変前における精神状態は、決して鮎のように明るくはつらつとしていたはずはない。鯰のごとき憂鬱はつねに彼らの頭上を覆い、絶えずオドオドとして、心にもなくその時々に移り変わる最も強力なる権力の存在―ある時は東北軍閥の走狗に、あるときは共匪に、あるいは民族主義者に、又は馬賊に―迎合して生きねばならなかった。不安、動揺が永続していずこにも安住の地を見出し得なかったのは事実であって、放浪性が第二の天性のようになってしまったのも無理からぬことではあるまいか。しかしながら皇軍の健闘により、今や日本帝国の国威は全満州の至るところに発揚されて来た。その討匪行は着々と進行し、辺鄙の地に到るまで治安工作を整備せんとして在満鮮農の活動舞台はまさに拡大強化される際、彼らが全幅の信頼を帝国の国威にかけ、自らの生活にもいよいよ春遠からじとの信念を持ち初め、鮎のごとき溌剌さ―生に躍動の気魂がようやく動き始めようとしているのを見逃してはならぬのである。
 
四 民族北進の好機
この客観的情勢に対応すべく、総督府においてはいち早くその対満鮮農工作を準備して、その一部は既に実施中であり、さらに宇垣総督二十年来の持論である『民族北進』の理想は、この好時機を得てさらに一段飛躍的なる態様を整えて実現すべきことが望まれるのである。かくて在満朝鮮人の緊張と朝鮮在住者の『北方に注ぐ眼』はここに新しくスタートして、今後重大なる国策上の効果を期待することができるであろう。
 
五 新らしき村「安全農村」
総督府が最近における在満朝鮮人保護施設の一つとして営口、乱石山、加東の三ヶ所に新らしき村『安全農村』の建設を行ったことは、単に朝鮮農民問題のみならず移民問題の客観性について好個の試験場たるべきものであろう。営口は南満に、加東は北満に、乱石山はその中央に位置するのであって、地勢風土、気象においてそれぞれ特異性を持つほか、その経営施策の上にも各々の特長があり、その経過は今後の満洲営農上にも寄与するところも多いものと期待されるのであるが、実際に現地を踏破して農民と寝食を共にして来た筆者としては、この三つの安全農村の概況をまずレポートして対満鮮農問題研究の参考に供したいと思うのである。
ちなみに、安全農村は、事変の際に奥地から避難して来た多数の朝鮮農民を、各最寄りの領事館においてそれぞれまとめて保護を加え生活資料を与えていたが、満洲建国後もなお現地に帰還不可能な者を収容して生活の安定を与えるため、関東軍、朝鮮総督府、大使館、満洲国、満鉄との間で協議成立し、総督府より補助金を与え、満鉄より低利資金を融通して東亜勧業公司にその経営を委嘱しているのである。三ヶ所とも耕地はよく整頓され、警備組織も完備して治安についての不安は全く無いところから「安全農村」の名が冠されたのであろう。
 
 
(続く)
 
 
 

朝鮮の学校授業料引下げ(1934年)

 初等教育費の負担が軽くなる
第三所得税の中から約百五十万円の補助
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(6-159)
京城日報 1934.4.1(昭和9)
 
いよいよ1日から学校組合、学校費の各賦課金及び普通学校4年以下の授業料が引き下げられる。第三種所得税の設定により、その税収入のうちからこれらの初等教育費に対して約150万円の国庫補助があるためで、賦課金の引き下げ総額は106万円であり、現在一戸当り22円の学校組合(小学校)は9年度に二割五分、10年度に約四割五分、また一戸当り1円になっている学校費(普通学校)は9年度に一割、10年度に約二割、各賦課金を引き下げることになった。 
以上は平均率であるから、その実施については地方の事情により少しは差が生じる。授業料の引下げは小学校は月額40銭、普通学校は62銭なので、普通学校だけ今後20銭を引下げることにし、本年度は10銭だけ引下げを決定したわけで、その総額は45万円である。
 
 
 
データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館
ただし引用者が読みやすく書き換え
 
 
 

朝鮮農民の満州移民(1934年)

田中外事課長 満洲土産を語る
本府独自の計画で鮮農の満洲移民
関東軍も援助方を諒解
 
新聞記事文庫 移民および植民(19-110)
京城日報 1934.3.25(昭和9)
 
近く本府が積極的に乗り出す朝鮮農民の満州移民問題に関して、関東軍その他と基本方針について重要打合せのため出張中であった田中本府外事課長は、新京における打ち合せの後、安東、奉天、ハルビンを視察、一面坡初め既設の安全農村を巡歴、京図線経由で24日昼に帰任したが、関東軍との打合せについては、将来本府の積極的移民政策に伴い農耕地問題及び金融策など詳細なる懇談を行った結果、総督、政務総監と具体的協議を行うことになるが、車中で次のように語った。
 
関東軍その他との打合せ内容は大体今後の金融問題を主とし、本府の移民政策に対する協力を要請したもので、軍部は朝鮮移民の特殊性に鑑みて十分助力する旨の了解を得た。一部伝えられているような軍の農地会社は具体化までには進んでいないようだ。本府案は独自の計画に基いて、拓務省案と別個に遂行して行く予定で、財政の許す範囲内において京図線沿線初め全満に向って移民させたいと思っている。既設の安全農村は何れも大成功で、水沓農法と共に畑作を獎励しているが、みな元気でやっている。昨秋の大豊作の結果はお嫁さんが増えたこと、牛馬を買い入れたなど見るべきものがある。金融及び農村の学校その他の施設も着々充実する方針である。なお移民政策の遂行に伴って満州の米の増産をどうするかという問題もあるが、この解決にも相当自信があるから、決して内地や朝鮮を脅かすようなことにはならないだろう。
 
 
 
データ作成:2008.5 神戸大学附属図書館
ただし引用者が読みやすく書き換え
 

朝鮮の不良地主抑圧政策(1934年)

不良地主に泣く小作人
地方官憲と提携し厳重に抑圧の方針
 
新聞記事文庫 朝鮮・台湾・満州(13-069)
京城日報 1934.4.1(昭和9)
 
 【大邱】当局が負債整理を断行し自力更生運動に躍起となった結果、ようやくその実績を見るに至ったが、不良地主は相変らず官憲の目をかすめて小作人いじめをやり、慶北道内の小作権移動は現在3千件の多数で争議化したものも相当にあり、悪化して調停委員会に申請して来たもの30件に上り、うち13件は幸いに円満解決したが17件は今なお係争中である。
争議の主な原因は、小作権移動によるもの、小作権の確定、小作料の減免、地税の減免などで、不良地主の跋扈は農村振興、自力更生、思想上にも多大の悪結果をもたらすものであるとして、道当局では第一線に出馬し地方官憲とも連絡を取って今後不良地主を積極的に抑圧することとなった
 
 
 
 
データ作成:2003.9 神戸大学附属図書館
ただし、引用者が適当に読みやすく書き換え
 
 
 
プロフィール

Chaamiey

Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

最新記事
最新コメント
カレンダー
03 | 2021/04 | 05
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
来訪者数
カテゴリ
検索フォーム
リンク
RSSリンクの表示
QRコード
QR