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竹島問題紙上討論会( 21)

republic  推薦 : 62  反対 : 61  作成: 2010-04-23 16:25:20
Jakeさん、Jakeさんの立ち位置を日本の外務省のHPとほぼ同じと断じてしまい失礼しましたが、Xさんに対する一連のレスには大谷・村川両家による竹島拝領などを確たる史実のように書かれているので外務省のHPというより川上健三の説に近いように思いました。(江戸時代に商人が領地を拝領する例は皆無で、大谷・村川両家による渡海免許の拡大解釈という説が今は一般的なようで、それで外務省もHPから「拝領」を削除したようです。)安龍福の一件については、安龍福の陳述記録が信用性がないと断じておられるところは外務省に近いと思いますが、安龍福は片言の日本語で日本側とやりとりをしていた訳で、そこには勘違いが生ずる余地は大いにあったと思います。2005年発見の隠岐村上家文書には安龍福の2度目の来日が欝陵島・于山島が朝鮮領であることの確認を求めてであったことを示す資料が含まれており、安龍福=ほら吹きと一蹴できないものがあるようにも思いますが、いかがでしょうか。
 
jake  推薦 : 347  反対 : 2  作成: 2010-04-23 19:08:20
republicさん>とうとう竹島一件ですか。こんな長丁場になるとは思いもよりませんでした。川上さんをあげたご指摘の箇所は、確かに無用な不用意な記述でしたね。拝領というのは取り下げます。ところで、全体の流れはご理解いただけているでしょうか。Mr.Xさんとのやりとりの全体として受け止めていただければ幸いです。さて、安に対する私の見解ですが、これはMr.Xさんのやりとりの中で申し上げたことなので、今少し返答を控えます。しかし、竹島一件をきちんと語ろうとすると事件そのものだけでなく、その後の影響--たとえば『星湖塞説』(塞は当て字)、『春官志』(鬱陵島争界)、『東国文献備考』など安の一件のその後の朝鮮文献への影響・解釈の改ざんなどにも触れざるを得なくなります(これらがセットで、今日の竹島=于山島説を形成しているので)。ものすごく長くなりそうな予感がしますので、もっと具体的に限定したテーマ・場を設定していただけると助かります。
 
jake  推薦 : 283  反対 : 2  作成: 2010-04-23 19:58:09
(続き)なお、「拝領」は免許を与えたということは、鬱陵島および竹島の利権・裁量を任すということに他ならないという意味で用いましたが、大名・旗本などが領地を封じられるという意味においての拝領ではありませんね。たしかに誤解を招く表現だと思います。ところで、ご指摘の村上家文書は『元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書』のことですね。逆に、この文書の内容と『粛宗実録』の記述(帰国後の安証言)を対比してみると、唖然とさせられるものがありますよ。私は安はホラ吹きだと思いますね。しかも、このホラが後の文献を含めて、竹島=于山島説の基盤の一つになっていきます。このあたりをテーマにしますか?
 
jake  推薦 : 222  反対 : 3  作成: 2010-04-23 20:14:20
republicさん>追伸 外務省に近いといわれると、そうなのかもしれませんが、あんまり意識したことはないですね。また、外務省見解を擁護しようなどという殊勝な気持ちも毛頭持ち合わせておりません。ただ、あるテーマをおいかける歴史の研究者ではありませんし、もともと竹島問題が入り口にして、この問題に関心を持ち始めましたから、常に、現実の竹島・獨島領有問題との関連の中で、いろいろな史料・論文、論争を見てきました。そういう意味では、立ち位置は外務省に近いのかもしれませんね。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 4  作成: 2010-04-23 22:19:45
 韓国側は安龍福以後、于山島=竹島・独島という認識が朝鮮半島に出てきたという事実を以て、領有権の根拠としようとしているようですが、新羅の于山も太宗実録の于山も世宗実録の于山も、全く架空の存在で、その架空の存在と実在の島が安龍福の頭の中でマッチしたということは、領有権論争には全く関係の無い話で、韓国側はこんな馬鹿げたところに領有権の根拠を求めるのは即刻辞めるべきだと思っています。朝鮮で1756年に竹島・独島が昔から言われている于山島だと認識していたという事実は、朝鮮の領有権の根拠には全くならないはずなので、なぜ島根県がここまで安龍福の証言を否定したがるのか理解に苦しみます。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 3  作成: 2010-04-23 22:20:08
 いずれにしても安龍福の二度の訪日によって竹島・独島の存在が昔から言われている于山島で日本で言う松島だという認識が朝鮮で持たれるようになったと考えられます。安龍福が竹島・独島に行って日本人をつかまえて懲らしめたという記述のありえ無さから、安龍福は竹島・独島を正しく認識していなかったという批判がありますが、竹島(欝陵島)と松島(竹島)は今でも名称が混乱しており、片言の日本語でのコミュニケーションでは欝陵島と竹島を混同したのはありうることで、安龍福が欝陵島から隠岐への航海途中に竹島を認識したことは十分あり得ると思います。(続き)
 
republic  推薦 : 4  反対 : 4  作成: 2010-04-23 22:20:30
 Jakeさん、日本側では安龍福についてほら吹き、嘘つき、犯罪人とこき下ろしている一方で、その供述が朝鮮王朝の欝陵島・竹島認識に与えた影響の大きさを認めているのは、不思議です。島根県が、申景濬が于山島を松島と言い張るためにを柳馨遠の東国輿地志を改ざんしていたと主張しているのは、動力船もEEZも無い時代の領土領海を現代の感覚で捉えて批判しているという、まさしくJakeさんが指摘されたのと同じ過ちを犯しているように思います。なんで1656年に書かれた東国輿地志の記述を1696年の安龍福の証言に基づいて1756年に書き替えたものが申景濬の疆界誌と素直に読めないのかこれも不思議です。(続き)
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 528  作成: 2010-04-24 02:09:50
 アマチュア氏へ:朝鮮半島の南部を倭国が支配し、倭国の山陰地方と朝鮮半島の北部との間で船が往来していたのであれば、たしかに竹島を含む日本海西部は倭国が支配していたと推定できると思います。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 486  作成: 2010-04-24 02:19:50
 引き続きアマチュア氏へ:魏志倭人伝に「倭国は竹島を支配していた」という記述が無いからといって、倭国が竹島を支配していなかったと断定することはできませんが、当時の倭国が竹島を支配していたとも断定できないはずです。魏志倭人伝に竹島に関する記述が無いということは、当時の倭国が竹島を実効支配していたかどうかは不明であるということになるのではないでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 646  作成: 2010-04-24 02:29:38
 再びアマチュア氏へ:当時の日本と大韓帝国の力関係を考えると、大韓帝国が日本に対して正面から異議申し立てをするのは困難だったでしょう。だからこそ大韓帝国政府はハーグ国際会議に密使を派遣して日本に直接言えないことを欧米諸国に訴えようとしのではないでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 539  作成: 2010-04-24 02:50:15
 再びアマチュア氏へ:推測に根拠が必要でしょうか? 断定には明確な根拠が必要ですが、推測はあくまで推測に過ぎず、文献のような有形の根拠は必要ないと思いますが・・・。当時は弱肉強食の時代だったのだから当時軍事強国だった日本が当時は弱小国だった韓国の意向など無視して一方的に竹島の編入を宣言するのは当然だったと言っても、韓国人には強者の横暴にしか聞こえないでしょう。このことが韓国人にとって耐え難い屈辱だったからこそ、韓国の人々は1905年の日本による竹島編入をいつまでも忘れず、現在でも竹島を韓国が領有することに拘るのだと思います。故李承晩初代韓国大統領も若い時に日本の横暴を目の当たりにして憤慨し、後年竹島の強奪を敢行したのではないでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 600  作成: 2010-04-24 03:13:19
 再びアマチュア氏へ:日清戦争後、朝鮮に於ける清国の影響力は弱まり、日本が支配的影響力を持つようになりました。ロシア帝国は満洲に軍隊を駐留させ、ドイツ、フランスと共に三国干渉にを行なって日本に遼東半島を清国に返還させました。当時極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国はロシアだけでした。日本に支配されることを恐れる高宗がロシアを頼ったのは当然でした。結局日本とロシアは朝鮮半島の支配権を争って日露戦争を戦うことになり、日本が勝利して日本は大韓帝国を保護国化し、その5年後には大韓帝国を併合しました。日本は韓国軍を解散させ、日本軍を韓国に進駐させました。これでは韓国が日本の竹島編入に異議を唱えることなどできるわけがありません。韓国は無抵抗で日本に併合されました。韓国の人々がこの屈辱を忘れないのは当然でしょう。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 524  作成: 2010-04-24 03:38:21
 再びアマチュア氏へ:私は竹島問題に関する個人的意見を投稿していましたが、貴方とジェイク氏に私の意見のおかしい部分を指摘されてから貴方がたにいろいろと教えて戴きながら自分のシロウトなりの意見を述べてきました。私は貴方がたに論争を挑もうなどとは思っていませんでした。結果的に論争のような形になりましたが、対等の論争ではなく、知識が乏しい私が知識が豊富な貴方がたにいろいろと教えて貰いながら自分のシロウトなりの意見を述べているだけです。(以上)
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 455  作成: 2010-04-24 04:12:52
 ジェイク氏へ:竹島問題の由来について懇切丁寧に説明して下さり、誠にありがとうございます。私にとっては知らなかったことをたくさん学ぶ機会になりました。私だけではなく、他の大勢の中央日報閲覧者にとって良い勉強になったことでしょう。長い時間を費やして頂き、大変恐縮しています。今日は特に書くことはありません。今後また竹島問題について自分のシロウトなりの意見を投稿することがあると思いますが、私が何かおかしいことを書いているようでしたら御指摘ください。(以上)
 
 
(続く)
 
<コメント>
 Mr.X氏が言うように、高宗が送ったハーグ使節は、「日本に直接言えないことを欧米諸国に訴えようとした」のだろうと思うが、先日書いたとおり、じゃあ、何でそのときに「独島が日本に奪われた」と訴えなかったのか、ということを言っておきたい。
 

竹島問題紙上討論会 (20)

jake  推薦 : 255  反対 : 2  作成: 2010-04-23 11:23:54
 Mr.Xさん>(続き)しかし、安龍福は鬱陵島と周辺の小島はともかく、その遠く沖合にある今日の竹島に渡ったわけではないのは、彼の日韓の証言記録から明らかにできます。これが彼のウソということですね。言い換えると、こうした記録に基づく韓国側の主張の弱みの一つです。しかし、このあたりは長くなるので省略します。いずれ、また機会があれば。竹島一件をきっかけとした幕府と朝鮮の交渉で鬱陵島の朝鮮への帰属が確認されて以降も、朝鮮は鬱陵島の空島政策を継続させましたから、また鬱陵島は記憶からどんどん消えていって、また朝鮮にとっては未知の島になり、その帰属があいまいになり、前に私が述べたような明治以後の領有問題が繰り返されます。
 
jake  推薦 : 260  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:45:08
 Mr.Xさん>(続き)まあ、このように、あなたが考えているような朝鮮人が鬱陵島を拠点に、遠く竹島周辺まで乗り出すような漁業をやっていたという記録はなく、そういう記録はその後も皆無ということですね。そういうことを前提にお話していましたが、私の説明不足ですね。
 このように、日本の竹島編入の直前まで、日朝間では鬱陵島の帰属問題が関心事でした。前に述べたように、今日の竹島・獨島というのはただの孤立した小さな岩礁で、経済水域・専管水域などという概念のない戦前までは、国益的にも取るに足りない島だったわけです。前述したような歴史経緯の中で、日本はたまたま領土に組み入れたわけで、それがことさら問題になったことはありませんでした。韓国には日本の朝鮮進出の手始めに竹島を侵略したといった乱暴な主張がありますが、ご存じのとおり、軍事的にも経済的にも限りなく無価値です。そんな無駄なことは考えにくいし、時系列的にその経過を考えても、そういう主張は通りません。
 
jake  推薦 : 350  反対 : 3  作成: 2010-04-23 12:49:33
 Mr.Xさん>で、これは補足。日清戦争後、下関条約で日本は清に朝鮮の独立を認めさせ、清の属国としての地位から解放しました。これは単に好意や正義感からではなく、当時の日本は半島が国防上、安定した独立国となることを臨んだからです。当然、清や極東進出を活発化させていたロシアを意図してのことです。
 その後、三国干渉でロシアは圧力をかけて割譲された遼東半島を清に返還させたばかりではなく、旅順・大連を割譲させて極東進出の拠点としました。大韓帝国はそうした情勢を見て、ロシアになびきます。当時の朝鮮は財政的にもボロボロでしたから、皇帝の高宗は国内利権をロシアはじめ多くの国に売り渡しました。その中に鬱陵島の森林資源の利権がロシアに売り渡されます。また、日本に近い朝鮮の港にロシアの海軍基地を設ける約束までしそうになりました。日本は慌て激昂します。こういうことも日露戦争の原因なんですね。こういうことが竹島編入の時期と重なっています。amatureさんも言っておりますが、こういう外交の自由度も当時の朝鮮にはあったということですね。
 
jake  推薦 : 238 反対 : 2  作成: 2010-04-23 12:50:33
 Mr.Xさん>(続き)この奔放な外交に業を煮やした日本は、竹島編入に前後して、韓国への外交介入を開始します。日露戦争で朝鮮半島は日本の占領下におかれ、その中で19048月に第一次日韓協約が結ばれます。これは日本政府の推薦者を韓国政府の財政・外交の顧問に任命するという取り決めです。しかし、日本は比較的中立な外国人顧問を推薦するなど、その対応はおだやかでした。当然、高宗は面白くありません。この取り決めを無視しており、竹島編入の直後にロシア、フランス、アメリカ、イギリスに密使を送りました。これはamatureさんも言及しています。また当時の外交記録からは、当時の韓国は結構物怖じもせず日本にさまざまな要求や批判を突きつけています。こうした中で、竹島領有に対する異議の提起はなかったということですね。そこで日本は竹島編入の数ヵ月後、本格的な外交介入に切り替えます。これが第2次日韓協約、韓国では乙巳條約と呼ばれているものですね。
 
jake  推薦 : 286  反対 : 1  作成: 2010-04-23 13:31:41
 Mr.Xさん「私は個人的には1905年以前に朝鮮国より先に日本が竹島を実効支配したと断定はできないと思います」>私が勘違いさせたのかもしれませんが、あなたは「実効支配」の意味・定義を取り違えていらっしゃるのかもしれませんね。日本が国・県のレベルで竹島を地籍に加えて、そこに行政の権能を行使し始めたのは、いうまでもなく1905年です。ただし、それ以前にも、すでに述べたとおり、幕府・藩のレベルでそういう権能を行使していることは、ご理解いただけたのではないでしょうか。
 政治的に権能を及ぼすには、その前提として竹島に日本人が入り込んでいたということがあります。一方、1904年に日本人(山口県の岩崎某)が朝鮮人を雇用して竹島に連れてくるまでは、朝鮮人は竹島を知らなかった可能性が高いと申し上げましたが、朝鮮・大韓帝国にはそういう明確な証拠・記録がなく、韓国側が提起できていないということですね。もちろん、あなたが個人的などう思うかまで介入するつもりはありませんが、それを外に提起する以上は、そう思う根拠を用意すべきだとは思いますね。
 
jake  推薦 : 282  反対 : 1  作成: 2010-04-23 13:46:13
Mr.Xさん>「もし新羅が竹島を実効支配したことが立証されれば、対馬を先に実効支配した日本が対馬を領有しているのと同様に、竹島を先に実効支配した朝鮮(韓国)が竹島を領有するのが物事の道理に適うと思います」>
 新羅の実効支配というのは現在のところ、議論するのも憚られるようなとんでもない飛躍ですね。また、たとえ、それが証明されても、現実の竹島領有問題に影響を与えないことは、縷々説明してきたとおりです。
 
jake  推薦 : 255  反対 : 3  作成: 2010-04-23 14:10:58
 Mr.Xさん>「日本は1905年に国際方に則った手続きを踏んで竹島の編入を宣言したとのことですが、その際に近隣諸国の承諾は不要なんですか?」>
 これも私が勘違いさせてしまったかな。IZUMOさんやamatureさんが説明してくれているので、補足的に述べます。まず、国家として領有の意思を示すということの内外に向けた宣言・公示があります。これが1905922日に島根県知事の名のもとに行われたことです。しかし、これには近隣諸国を含む国際社会の認定が必要ですね。それがセットとなって領土となるわけです。当然、異議の申し立てがあれば話し合いが行われます。異議申立が戦後、韓国が竹島を占拠するまでなかったということですね。当時国間で解決できなければ、国際司法裁判所の裁定を仰ぐというのが今日の国際ルールです。戦後、韓国は不穏当なやり方で異議を提起しました。そこで日韓の話し合いがもたれましたがらちがあかず、日本は国際司法裁判所で決着をつけることを提案し続けています。韓国はこれを一貫して拒否し続けているわけです。
 
jake  推薦 : 356  反対 : 3  作成: 2010-04-23 15:02:14
 Mr.Xさん>「日本の真の狙いは朝鮮国の独立ではなく、朝鮮国を日本の支配下に置き、朝鮮半島を日本の大陸進出の足掛かりにすることにあったと思います」>。初めから侵略の意図をもって半島を物色していたという単純なものではないと思いますよ。そのように単純化してとらえると、史実のつじつまが合わなくなります。明治政府の記録からすると、当初はそうは考えていませんでしたまた、当時の日本は西欧列強の目もありますから、そんなに簡単に踏みきれるものではありません。ただ、だんだんそういう意図を持ち始めたとはいえると思いますね。桂・タフト協定はじめ、列強との間に、朝鮮に優先的な権益を得る根回しをし始めていましたからね。ただし、竹島が朝鮮侵略の手始めだなどというアホな議論につきあえないのは前述したとおりです。
 
jake  推薦 : 254  反対 : 2  作成: 2010-04-23 15:20:33
 Mr.Xさん>当時の大韓帝国が竹島領有に異議をとなえるきっかけがあったことを追加的にお話申し上げます。
 竹島編入の翌年の3月、島根県知事の命令で島根県職員一行が竹島に視察に訪れます。滞在中、天候が荒れたことから鬱陵島に避難し、鬱島郡守・沈興澤を表敬訪問しました。沈興澤はここで日本領になったことを知らされます。当時、朝鮮人が日本人のもとで竹島で働いていましたから、沈興澤は竹島を知っていましたが、日本領になったことに驚いて中央政府に報告します。このころ韓国では獨島という名称も定着しはじめていました。この報告がもとで、韓国マスコミも騒ぎ始めました。しかし、結局、大韓帝国政府が異議を唱えることはありませんでした。
ここで、たぶん、当時の韓国は日本にモノが言えなかったからという反論が予想されるので、一つの事例を付記しておきます。
 
jake  推薦 : 302  反対 : 2  作成: 2010-04-23 15:21:03
Mr.Xさん>(続き)これとほぼ同じ頃、「部來去案 第一冊」と称される事件が起こります。蔚珍郡竹邊浦に日本海軍が建設した望楼を撤去した後の跡地を日本人商人が買い取り、その公文書の発行を大韓帝国政府に求めました。これに対して、これを当時の朝鮮統監府に照会して日本人による韓国の土地の不正取得であり、日本による領土の簒奪だとして強硬に反対し土地取得を阻止しました。その1906年におけるやりとりを記録した公文書があります。そのやりとりを見ると、大韓帝国政府は日本にモノが言えないなどということはまったくないことがわかります。むしろ、好材料を見つければ積極的に日本を攻撃していました。そういう中でも、世論は騒いでも竹島は問題にされなかったということですね。
 
 
(続く)
 
(転載者注)
○安龍福は「今日の竹島に渡ったわけではない」という見解が出ていますが、安龍福を日本に連行して来た船は途中で現在の竹島に立ち寄ったという記録があるそうです。
『塚本孝「竹島領有権問題の経緯【第3版】」国立国会図書館 ISSUE BRIEF NUMBER 701(2011. 2.22.)』  この3p冒頭部分
http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/issue
 
 ただ、安龍福が竹島を見ていたとしても、それで「于山は松島であり朝鮮の領土だ」という説が正しいということになるわけではありません。
 
○韓国政府が「日本による領土の簒奪だとして強硬に反対し土地取得を阻止」した事例は、韓国が日本の竹島編入に抗議できなかったというのが真っ赤なウソであることを示す好例ですね。ここ ↓ で詳細に紹介されています。
「1906-0226日~417-部來去案 第一冊」大韓帝国、統監府に抗議し日本人による韓国の領土収奪を阻止する」
 
 

竹島問題紙上討論会 (19)

jake  推薦 : 329  反対 : 2  作成: 2010-04-23 10:52:36
 Mr.Xさん「朝鮮人の漁師が竹島でアシカ漁をしたり隠岐諸島に渡航する際の中継基地として竹島を利用した可能性もあります」>あなたは鬱陵島が朝鮮の普通の島としてたくさんの朝鮮の人々が住み、生業を営んでいたと考えているのでしょうね。朝鮮にとって鬱陵島は特殊な島で、それは違うのです。また、朝鮮の漁民が竹島でアシカ漁をしたり隠岐諸島に渡航するというのも、日韓双方の記録にありませんよ。それは状況的に大問題になることですから、記録がないはずはありません。長くなりますが、そのあたりをかいつまんで述べます。
 
jake  推薦 : 329  反対 : 1  作成: 2010-04-23 10:54:08
Mr.Xさん>(続き)江戸時代はじめの1617年、米子の海運業者・大谷甚吉が新潟から米子に戻る途中に暴風雨にあい流されて、無人島に漂着したという記録が残されています。今日の鬱陵島でした。当時、鬱陵島は無人島だったのです。これは15世紀初めに李氏朝鮮が空島政策をとったのと関係しています。空島政策というのは、島への渡航を禁じ、また島にいた住民を本土に帰還させて島を無人にするということですね。鬱陵島に統治の手が及びにくく、朝鮮人倭寇など犯罪者や反政府勢力の巣窟となることを嫌ったからですね。基本的に李氏朝鮮末期までこの政策を継続させます。そういうことで、日本人はどこの国にも属さない手つかずの島を発見したと考えます。
 
jake  推薦 : 403  反対 : 2  作成: 2010-04-23 10:55:47
Mr.Xさん>(続き)翌1618年、幕府は大谷甚吉と米子の同業者の村川市兵衛に鬱陵島へ渡るのを許可する免許を与えました。これにより、鬱陵島に日本の漁民も進出しました。なぜ、それがわかるかというと、鬱陵島に漁に出た出雲三尾関の漁民が朝鮮本土に漂着して大騒ぎになったからです。これは朝鮮王室の記録である『朝鮮王朝実録』の「光海君日記」と対馬藩の記録『竹島紀事』に記述されています。
こうして盛んに日本人が鬱陵島に行き来するようになりましたが、その過程で1643年に今日の竹島が発見され、鬱陵島渡航への寄港地・漁労地として利用されるようになりました。当時、この島は鬱陵島を竹島というのに対して、松島と名づけられました。松や竹が生えていたわけではなく符号の松竹梅ですね。この松島(今日の竹島)に朝鮮人がいたという記録も、来航したという記録もありません。朝鮮人がやってきたら大事件ですから、記録がないはずはありません。
 
amature  推薦 : 29  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:08:27
>republic 様 了解しました。正直、念を押させていただくくらいのつもりでしたので、こちらこそ申し訳ありません。
 
amature  推薦 : 268  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:09:03
>Mr.X 様 「倭国(日本)が対馬と朝鮮半島南部を支配していた時代は、倭人(日本人)は筑紫(九州)から対馬を経由して朝鮮半島の南岸に上陸したはずですから」 おっしゃりたいことは分かります。確かに「魏志倭人伝」でも魏の使者は海路で半島南部に上陸、そこから陸路で半島南岸に行き対馬経由で九州に上陸していますから、その意見には説得力がありますね。
 しかし、当時の倭で出雲(現在の島根県東部)も大きな勢力を誇っていたことが古墳群や出土物などで確認されています。出土物の中には半島北部の楽浪郡の文物(すずり等)が含まれており、出雲地方と半島北部との間に交流があったことが確認されています。つまり、残念ですが、倭と半島の間の交流ルートは、あなたの考えるような玄界灘ルート一辺倒ではなかったことが推定される訳です。半島南部が倭の領土であり、一方、山陰地方と半島北部との交流ルートがあったことを考えると、当時のこの海域が倭の勢力下にあったであろうことがある程度の妥当性を以って推定されうると考えるのですが如何でしょうか?
 
amature  推薦 : 203  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:11:37
>Mr.X 様 「魏志倭人伝にも倭国が対馬を支配していたことは記されていても、竹島を支配していたとは記されていません」 ちなみに竹島は海の上に浮かぶ二つの岩礁に過ぎません(二つの岩礁なのに独島とはこれいかに?)。それを、わざわざ古代中国の歴史家が「倭は竹島を支配していた」と記す必要性があったとは思えないのですが? 通常、ある勢力がある一定の領域を勢力下においた場合、その一部が他の勢力の支配下にあればそれは特異な例として記録に残されるものです。そうでなかったからこそ「魏志倭人伝」をはじめ他の記録に竹島の記録が残されていない、と考えるのが論理的ではありませんか?
 
amature  推薦 : 179  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:13:03
>Mr.X 様 「おそらく、既に自室的には日本の保護国同然となっていた大韓帝国は日本からの無言の圧力に屈して、日本の竹島編入に異議を唱えることはできなかったと推測しています」 それは推測だけで、何の根拠はありませんよね? 1907年のハーグ密使事件では、一応、大韓帝国は日本の行為に対し異議申し立てを行っているのですよ? 1905年の時点で異議申し立てをできなかった理由としては根拠薄弱と申し上げざるをえません。国際社会に対し異議申し立てをしなかったとしても、大韓帝国皇帝もしくは政府が、日本の竹島領有宣言に不快を示し異議申し立てをしようとしたが断念した、という記録の一つでも残されていれば、あなたの推論の根拠になるでしょうけどね。もし、そういうものが残されていたとしたら、とっくの昔に韓国側がその記録を証拠として提示しているのではないか、と思うのですが。いかなる異議申し立てもなされなかったということは、最低でも消極的な肯定と看做されるのです。すんだことを後になってぐちぐち言うのは堂々とした態度とは言えませんし、何の根拠もない推論はただのファンタジーですよ。
 
amature  推薦 : 226  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:14:25
>Mr.X 様 横から失礼します。「その際に近隣諸国の承諾は不要なんですか?」 不要です。現に韓国の竹島領有は「近隣諸国の承諾」なしに実行されましたよね? 日本側が韓国の行動に異議申し立てを行ったからこそ、竹島は「領土紛争地域」となっている訳です。1905年の領有宣言の時には日本の領有宣言に対し何処からも異議申し立てがなされなかった為に「領土紛争地域」となることなく円満に日本領土と認定されるに至ったのですよ。
 「それは強者に有利な悪法であり、欧米の列強が自国が発見した土地を次々と自国の領土として編入することを正当化するものだと思います」 それが当時の国際常識ですが? 今更それを言っても負け惜しみに過ぎないと思いませんか? タイムマシンでも使って過去を変えに行きますか? 「もし当時の大韓帝国が日本の竹島編入に異議を唱えたら、日本はおそらく会議場に日本軍の兵士を送り込んで日本の竹島編入に異議を唱える韓国側の議員を逮捕・投獄して強引に日本の竹島編入を認めさせたでしょう」 ですから、その推測に何の根拠が? 根拠なき推測はただのファンタジーなんですってば。
 
amature  推薦 : 173  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:17:21
>Mr.X 様 「下関講和条約が締結されてから、日本は朝鮮国の内政にも露骨に干渉するようになります。朝鮮国は名目上は独立国でしたが、実質的には日本の保護国となり、1910年にはついに日本に併合されてしまいます」 え~と、ですから、きちんと年表くらい見ましょうよ。下関条約から日韓併合までの間に何があったか分かって主張しておられます? 1895年に下関条約が締結されてから、どれだけ大韓帝国の政治が迷走したと思っておられるんですか? 96年には高宗がロシア公使館に逃げ込みそこから政務をとったり、1905年にはやはり高宗がロシアに密使を送ったり、09年には伊藤博文を暗殺してみたりと活発に活動しているんですが? 07年の国債報償運動も無残に失敗に終わり、総額1300万円(当時)の借金を返済する目処もたたず、大韓帝国は国家としての破産状況となり日韓併合に至るのですが? ちなみに、これだけ活発にロシアへの接近を行っておりながら、大韓帝国が1905年の竹島領有宣言に対する異議申し立てが出来なかった、とは到底考えられないのですが? 
 
amature  推薦 : 187  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:18:17
>Mr.X 様 最後にこれも横から失礼します。「ジェイク氏とアマチュア氏に私の意見のおかしい部分を指摘されてから議論が続いているわけです」という文章と「私はジェイク氏とアマチュア氏に論争を挑んでいるつもりは全く無く」という文章とに論理矛盾を感じるのは私だけでしょうか? あなたの投稿には全般的にこの手の論理矛盾というか論理不整合が散見されるのですが、もう少し、よく考えて意見を整理されることをお勧めします。
 
jake  推薦 : 267  反対 : 1  作成: 2010-04-23 11:23:09
Mr.Xさん>(続き)1656年には幕府は松島(今日の竹島)への渡航免許を発行し、遅くとも1661年には米子の大谷、村川両家は幕府より松島(現・竹島)を拝領しました。これは松島(現・竹島)を米子藩領に組み入れたとも言い換えられますね。ただし、中立を期すために付記しますが、韓国側には日本領でないから竹島・鬱陵島への免許を交付したという反論があります。
 さて、こうした中、国禁をやぶって鬱陵島に渡る少数の朝鮮人がいました。その数は日本側の記録で53人とも41人ともされます。彼らは漁業を営もうとしました。ただし、鬱陵島を拠点に遠く沖合に乗り出すような漁業ではなく、島周辺でアワビやワカメの採取を始めたのです。やってきた朝鮮人に驚いた日本人は藩に報告します。鎖国政策をとっていましたから藩は問題視し、それはけしからんということになります。
                                                                                            
jake  推薦 : 241  反対 : 2  作成: 2010-04-23 11:23:34
Mr.Xさん>(続き)それで1693年4月に鬱陵島の日本人は、「鮑と和布(わかめ)かせぎ」にやってきた慶尚道東莱の漁夫であった安龍福と朴於屯をとらえ、日本に護送します。これが先述の「竹島一件」という事件ですね。これが日朝の外交問題(鬱陵島領有問題)に発展します。
 朝鮮の記録ではいつのまにか安龍福が自主的に交渉のため日本に渡った政府使節のように変質して記述されるようになりましたが、要するに朝鮮にとっては単なる無法者の漁師で、彼は自ら渡ったのではなく、日本に護送されたのです。実際、安は帰国後、朝鮮の処罰の対象になりましたが、これが朝鮮王朝の政治抗争の中で利用され、うやむやになります。これは韓国側の史料にもあります。彼は韓国の尋問の中で于山島に渡ったとウソをつきます。この証言がのちに韓国の歴史的な記録の改ざん・変節と相まって、かつ、于山島=竹島という解釈と重なって、今日の韓国側の主張の一つになってます。
 
 
 
 
(続く)
 

竹島問題紙上討論会 (18)

Mr.X  推薦 : 4  反対 : 3026  作成: 2010-04-23 03:20:38
ジェイク氏へ:日本側には日本が1905年以前に竹島を実効支配したことを示す文献が残っているが、韓国側には1905年以前に朝鮮国が竹島を実効支配したことを示す文献は残っていないとのことですが、竹島でアシカ漁をしたり竹島を鬱陵島に渡航する際の中継基地として利用しただけで竹島を「実効支配」したと言えるのでしょうか? 鬱陵島が朝鮮人が住む朝鮮国の領土であったのであれば、朝鮮人の漁師が竹島でアシカ漁をしたり隠岐諸島に渡航する際の中継基地として竹島を利用した可能性もあります。それを証明する文献が残っていないからと言って、その可能性が皆無であると断定することはできないと思います。
私は個人的には1905年以前に朝鮮国より先に日本が竹島を実効支配したと断定はできないと思います。もし新羅が竹島を実効支配したことが立証されれば、対馬を先に実効支配した日本が対馬を領有しているのと同様に、竹島を先に実効支配した朝鮮(韓国)が竹島を領有するのが物事の道理に適うと思います。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 3056  作成: 2010-04-23 03:50:51
引き続きジェイク氏へ:日本は1905年に国際方に則った手続きを踏んで竹島の編入を宣言したとのことですが、その際に近隣諸国の承諾は不要なんですか? そうだとすれば、それは強者に有利な悪法であり、欧米の列強が自国が発見した土地を次々と自国の領土として編入することを正当化するものだと思います。日本と朝鮮の間に位置する島の帰属先は日本と朝鮮とで協議して決めるのが本来は当然だと思いますが、当時の日本政府はそれをせずに勝手に竹島の編入を宣言したわけですから、韓国人がそれを容認できないのは当然だと思います。
もし当時の大韓帝国が日本の竹島編入に異議を唱えたら、日本はおそらく会議場に日本軍の兵士を送り込んで日本の竹島編入に異議を唱える韓国側の議員を逮捕・投獄して強引に日本の竹島編入を認めさせたでしょう。それが分かっていたから韓国政府も日本の竹島編入に異議を唱えることができなかったのだと推測しています。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2216  作成: 2010-04-23 04:15:40
 再びジェイク氏へ:私は確かに貴方から「日本人漁師が朝鮮人漁師と遭遇したのは竹島に於いてではなく、鬱陵島に於いてだった」と教えて戴きましたが、不覚にもそれを忘れていました。大変申し訳ありません。
 さて、日清戦争後の1895年に締結された下関講和条約に於いて、日本は清国に朝鮮国の独立を認めさせました。朝鮮国が清国やロシア帝国の属国になることは日本の国防上の脅威だからです。しかし、日本の真の狙いは朝鮮国の独立ではなく、朝鮮国を日本の支配下に置き、朝鮮半島を日本の大陸進出の足掛かりにすることにあったと思います。日本の建前は朝鮮国の独立でしたが、本音は朝鮮国を日本の属国化することだったと思われます。下関講和条約が締結されてから、日本は朝鮮国の内政にも露骨に干渉するようになります。朝鮮国は名目上は独立国でしたが、実質的には日本の保護国となり、1910年にはついに日本に併合されてしまいます。中国でさえも、朝鮮を併合したことはありませんでしたが、日本は朝鮮国の国家主権を奪って併合してしまいました。韓国の人々が現在でも日本に特別な感情を抱くのは当然でしょう。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2661  作成: 2010-04-23 04:30:25
アマチュア氏へ:倭国(日本)が対馬と朝鮮半島南部を支配していた時代は、倭人(日本人)は筑紫(九州)から対馬を経由して朝鮮半島の南岸に上陸したはずですから、倭国が玄界灘を支配していたことは明らかですが、竹島は玄界灘から大きく東に外れた位置にありますから、倭国が竹島を実効支配していたとは考えにくいですし、魏志倭人伝にも倭国が対馬を支配していたことは記されていても、竹島を支配していたとは記されていません。当時の倭国が竹島を実効支配していたことを示す文献が無いのであれば、当時の倭国は竹島を実効支配しておらず、おそらく竹島の存在も認識していなかったと考えるのが自然だと思います。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 2014  作成: 2010-04-23 04:46:32
 引き続きアマチュア氏へ:日本が竹島の編入を宣言した際に大韓帝国が異議を申し立てたことを示す文献が存在するなら提示せよとのことですが、それは歴史学者でも歴史を専攻する大学院生でもないシロウトの私の手には余ることです。 おそらく、既に自室的には日本の保護国同然となっていた大韓帝国は日本からの無言の圧力に屈して、日本の竹島編入に異議を唱えることはできなかったと推測しています。当時の大韓帝国は名目的には外交権を持っていましたが、ハーグ国際会議に派遣した大韓帝国の代表団は会議場にも入場させてもらえませんでした。大韓帝国の外交権は有名無実でした。 欧米諸国は日露戦争でロシア帝国を打ち破った日本を新興の軍事大国として怖れ、大韓帝国を日本の保護国と見做していたのです。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1736  作成: 2010-04-23 05:08:43
 再びアマチュア氏へ:1952年に当時の李承晩(イ・スンマン)初代韓国大統領が李承晩ラインなる領海境界線を設定して竹島を韓国の領海内の韓国領であると宣言し、李承晩ラインを越えて韓国の領海に入った日本の漁船を片っ端から拿捕・拘束したばかりか日本人漁師に発砲し、日本人の44名の漁師が殺されたのは許し難い暴挙でした。領海に侵入してきた日本人漁師を追い返したり拘束するだけならわかりますが、非武装で韓国を侵略する気など毛頭ない日本人漁師に発砲して殺傷するのは許せません。私は個人的には日本は竹島を韓国に譲るべきだと思っていますが、韓国政府が日本人漁師殺害の件で謝罪も賠償もしないのであれば、竹島の韓国への譲渡など論外だと思っています。
 
IZUMO  推薦 : 1110  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:21:39
 >竹島でアシカ漁をしたり竹島を鬱陵島に渡航する際の中継基地として利用しただけで竹島を「実効支配」したと言えるのでしょうか?――馬鹿じゃね? その理屈が通用するなら朝鮮側が「朝鮮人の漁師が竹島でアシカ漁をしたり隠岐諸島に渡航する際の中継基地として竹島を利用した可能性」があっても「朝鮮が竹島を実効支配していたとはいえない」ってことになるんだが? 
 >それを証明する文献が残っていないからと言って――文献(史料)が残っていない=それを主張する権利がない、は歴史的経緯を問題とする議論での常識だが? つーか、可能性だけで何を主張してもいいんならそもそも議論が成立しないだろ。感情だけで口を開くな。論理的思考って概念がない下劣生物が。
 
IZUMO  推薦 : 1012  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:27:46
 >そうだとすれば、それは強者に有利な悪法であり――また馬鹿じゃね? 領土領有に関して周辺諸国の承諾を得る必要はないのは周辺諸国は「それに文句があるならいえばいいから」なんだが? さらに悪法だろうがなんだろうがそれが当時の国際法なら守るのが当然なわけだが、「ウリ達に不利な法律なんて守る必要はないニダ!!」といいたいのか? 
 >もし当時の大韓帝国が日本の竹島編入に異議を唱えたら、日本はおそらく会議場に日本軍の兵士を送り込んで日本の竹島編入に異議を唱える韓国側の議員を逮捕・投獄して強引に日本の竹島編入を認めさせたでしょう――一つ質問。じゃあ何で鬱陵島の問題の時にはそうしなかったんだろうな? 鬱陵島は経済的に見て竹島より遥かに価値のある島だぞ? そこを得る為には兵を動かさず、ちっぽけな岩礁のために兵を動かす? 妄想も大概にしとけよ。
 
IZUMO  推薦 : 1062  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:36:56
更にいえば、もしお前の妄想が事実になったとしても、結局竹島が日本のものになった事は間違いないんだから、お前の主張は    根    本    か    ら    無    意    味    ってことになるんだが?(武力を以って領土を拡張するのも当時の国際法上合法だから) いい加減、自分の主張がありとあらゆる面において何ら正当性のない戯言だと理解しろよ。当時の国際法上完全に正当であった行為を「ウリ達が気に入らないから認めないニダ!!」なんぞと    最    悪    の    難    癖    をつけた上に「それが当然」なぞとほざく。ぶっちゃけ、そんなこと言われた方が遥かに「納得いかない」んだが、そんな事も考えられんのかね。
 
IZUMO  推薦 : 1217  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:44:02
>不覚にもそれを忘れていました――ほんの数日前の、しかもちょっとログを読み返せばすぐ分るような事を「忘れて」いた?w 随分都合のいい脳味噌だな。その程度の事も覚えてられない馬鹿が歴史を語るな。
>しかし、日本の真の狙いは朝鮮国の独立ではなく、朝鮮国を日本の支配下に置き、朝鮮半島を日本の大陸進出の足掛かりにすることにあったと思います――だったら何で下関条約の時点でストレートに「朝鮮は我が国の属国とする」といわなかったんだ? 当時、戦争に勝った国はそれくらいの主張をする権利はあったわけだが?
 
IZUMO  推薦 : 1102  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:47:59
 >当時の倭国が竹島を実効支配していたことを示す文献が無いのであれば、当時の倭国は竹島を実効支配しておらず、おそらく竹島の存在も認識していなかったと考えるのが自然だと思います――………………………おーーーーーーーい、お前自分で滅茶苦茶矛盾する事言ってる事を理解してるかー? すぐ数時間前に「それを証明する文献が残っていないからと言って、その可能性が皆無であると断定することはできないと思います」とほざいてたのはどこのどいつだー? 他人の指摘どころか自分の発言すら覚えてられないのかー? ホント、ここまで馬鹿だとある意味尊敬に値するわ。「世界最大級の馬鹿」としてホルマリン漬けにしてやりたいくらいだわ。
 
IZUMO  推薦 : 1274  反対 : 2  作成: 2010-04-23 05:59:03
ついで。>もし当時の大韓帝国が日本の竹島編入に異議を唱えたら(以下略)――これって要するに「チョパーリどもは何か気に入らない事があったら話し合いなんかしないで問答無用で暴力に訴える野蛮なミンジョクニダ!!」といってるに等しいんだが、これは    日    本    に    対    す    る    侮    辱    じゃないのか? 自分達がそうだからって日本人まで一緒くたにされるのは勘弁して欲しいんだがな。日本がそんな野蛮な国じゃないことは、日韓併合でも十分に証明できるんだが? 「欲しい領土は切り取り勝手」が常識の当時の世界において、    お    前    達    の    要    請    を    受    け    て    平和的に併合するまで軍なんて動かさなかったんだから。
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(17)

jake  推薦 : 858  反対 : 3  作成: 2010-04-22 06:24:07
 Mr.Xさん> ところで、あなたはamatureさんへのコメントの中で「17世紀の末期に竹島で日本人の漁師と朝鮮人の漁師が遭遇したことを考えると」と述べていますが、以前、私は「あなたのいう竹島とは鬱陵島のことだ」と返答しました。それについて、あなたは「17世紀の末に江戸幕府が日本人の渡航を禁止した島は竹島ではなく、鬱陵島だったのですね。」と述べましたが、ご理解いただけたのではなかったのでしょうか。安龍福は鬱陵島で日本人と遭遇したのです。再度言いますが、今日の竹島・獨島を舞台にしたものではありませんよ。
 
republic  推薦 : 2  反対 : 2  作成: 2010-04-22 10:41:52
 Xさん、JさんやAさんは竹島論争のプロフェッショナルで普通の歴史好きの人が太刀打ちできるレベルではないです。ご両人は外務省のHPとほぼ同じ立場で、竹島は日本固有の領土と考えられているようですが、外務省のHPについては内藤正中という島根大学の名誉教授が「竹島=独島問題入門」日本外務省「竹島」批判(新幹社800円)という本を出しています。この本は入門書でこれ一冊でJさんやAさんを論破できるというようなものではありませんが、比較的中立的な立場から日本側の公式見解を批判しています。まずこれをお読みになることをお勧めします。
私も韓国側の立場を理解しようと色々読みましたが、「独島は韓国の固有の領土」と言う主張を裏付けるような資料や主張には出会ったことがありません。韓国側の主張として一番まっとうだと思われるものは(日本語で読めるものに限られますが)、半月城という在日の人のブログです。半月城氏は内藤先生と「竹島・独島論争」という本を書いています。少し韓国側に甘すぎると私は思っていますが、一読をお勧めします。
 
jake  推薦 : 461  反対 : 2  作成: 2010-04-22 14:05:13
republicさん>私がこの問題に関心を持ったのは、日本や韓国側はなぜそのように主張するのかと考えたのが発端でした。プロではありませんよ。きちんとした実りある議論をしたい・していきたいという思いと、どちらかというと筋が通らない議論には腹が立つという性分です。
 私は結論を決めてどちらか一方に荷担するという姿勢も大嫌いです。私なりに現在のところ、韓国側の主張はさまざまに筋が通らないと考えているだけですよ。新たな主張・根拠が登場すれば期待を持って理解に努めます。また、私は以前の投稿で論点を分けるべきだと申し上げましたが、領有正当化論議にある程度決着がつけば、日韓両国が互いに歩みよりながら竹島をどう取り扱うか話し合えばよいと考えています。republicさんが提起した韓国側弁護士の仮定をご提示なさったときに、私ならどうするというご返答を申し上げたとおりです。ただ、韓国人の竹島に対する非論理的な思い、これはどうしようもない。韓国人自身が自ら乗り越える問題だと申し上げました。
 
jake  推薦 : 385  反対 : 1  作成: 2010-04-22 14:21:17
republicさん>「ご両人は外務省のHPとほぼ同じ立場で、竹島は日本固有の領土と考えられているようです」--私はそうは考えていません。固有の領土ではなく1905年に編入した新しい領土です。外務省というか、日本政府が「固有の領土」と表現したことはありますが、これは日本国内からおかしいという声があがりましたね。同様に、韓国が固有の領土というのもおかしい。「半月城という在日の人」(朴炳渉さん)のブログ・主張も、内藤正中さんのご著書もよく存じています。ご両人の難は、結論を誘導しようと策を弄するところかな。先に指摘したように、本記事の許東賢さんのように策を弄するに当たってウソはつかないという点では評価・信頼していますが。
 
jake  推薦 : 571  反対 : 2  作成: 2010-04-22 14:37:01
Mr.Xさん・republicさん>李承晩が竹島の領有を主張し、占拠して問題を起こすまで、日韓両国政府も国民にとっても、竹島・獨島は影の薄い存在でした。人の住めない小さな岩礁ですからね。今日のようにその領有権がクローズアップされている感覚で当時の日本政府や大韓帝国政府の対応を解釈すると真実を見誤ります
 大韓帝国政府の主要な関心は当時、鬱陵島に向かっていました。大韓帝国は鬱陵島は固有の領土と考えていましたが、どんな島かわからなくなってたのです。しかし、多くの日本人が入り込んで伐採を行っているという報告を受けて、この島がどんな島なのかを把握するために調査団を派遣します。調査後、鬱陵島を郡に昇格させ役人を常駐させて、あらためて領有を宣言しました。そういう時代だったのです。韓国がたとえ竹島を知ったとしても、それをどの程度重視したか。日本も中井養三郎の願書を取り上げなければ、こんな岩礁は無視していたでしょうね。こんな岩礁が将来、日韓の大問題になるなど、両国とも予想を超えていたと思いますよ。
 
amature  推薦 : 329  反対 : 1  作成: 2010-04-22 22:47:07
>Mr.X 様 「アマチュア(というより歴史のプロフェッショナル)氏へ」 私は手元に歴史年表と日本の古代史を扱ったミステリ小説を1冊手元において今回の投稿を行っています。到底「歴史のプロフェッショナル」にはほど遠いと申し上げておきましょう。ちなみに「魏志倭人伝」は、日本では、小中学生でも知っているようなメジャーな歴史書です。「倭国(日本)が日本列島と対馬、及び朝鮮半島南部を支配していたと記されているのであれば」 記されています。簡単に確認できることですのでご確認下さい。「竹島まで支配していたと断定するのは強引なように思います」 これを強引と思う根拠を明示下さい。単に「認めたくない」と思っているから、というだけのことではありませんか?
 
amature  推薦 : 315  反対 : 2  作成: 2010-04-22 22:55:11
>Mr.X 様 「しかし竹島の編入を宣言する前に日本が大韓帝国の承認を求めた形跡は無いようです」 その必要はありませんからね。逆に大韓帝国も日本に遠慮することなく竹島の編入宣言に異議申し立てをすれば良かっただけのことですし。1907年のハーグ密使事件を見れば分かるとおり大韓帝国はその気になれば外交能力を発揮する機会はあったのですよ? 逆にお訊きしますが「大韓帝国が、日本の竹島編入宣言に対して、異議申し立てをしようとした形跡」は残されているのでしょうか? 単なる主観ではなく何らかの資料の形でお答え下さい。
 
amature  推薦 : 270  反対 : 2  作成: 2010-04-22 23:05:12
>IZUMO 様 お久しぶりです。まあさすがに騙されはしません。何度指摘されても同じ内容を壊れたレコードのように繰り返さざるをえないのは半島関係者につきもののことですし。殊に「竹島問題」に関しては、結局、歴史的経緯においても国際法上においても韓国側に有利な証拠がありませんから、幾度論破されたとしても同じようなことを主張し続けることしかできないのでしょう。何故、韓国政府がハーグの国際司法裁判所にいつまでたっても出廷せずに逃げ回っているのか、何故、少しでも証拠が残されていないか日々神田の古書店街で資料漁りをしている半島関係者が絶えないのか、彼らも少しは考えてみれば良いのに、と思いますね。
 
amature  推薦 : 241  反対 : 2  作成: 2010-04-22 23:16:47
>republic 様 「JさんやAさんは竹島論争のプロフェッショナルで普通の歴史好きの人が太刀打ちできるレベルではないです」 また事実に反することを。「竹島論争のプロフェッショナル」って何のことですか、私はこれで何の報酬も得てはいないんですがね。「竹島論争のプロフェッショナル」というのはキム・ジャンフンやら誰やらプロパガンダにせいを出している人たちのことでしょう? 私は只のど素人ですよ、真面目な話。「ご両人は外務省のHPとほぼ同じ立場で」 まあ、私の方はそうですね。韓国政府側がハーグの国際司法裁判所への出廷からひたすら逃げ回っているからには、つまり、歴史的にも地理的にも国際法的にも、彼らの主張には第三者を客観的に納得させうるだけの根拠が不足しているんだろうなあ、と考えているだけのことですから。あとは中央日報の記事を読んで学習してきた次第です。だってツッコミどころ満載ですからね、本当に勉強になりますよ。
 
amature  推薦 : 393  反対 : 2  作成: 2010-04-22 23:29:46
 >Mr.X 様  韓国側が竹島問題で日本に対し唯一アドバンテージを有しているのは今現在、竹島を実効支配しているのは韓国側である、という、ただ、それだけだと思います。1952年、未だ占領下にある日本に対し、一方的な李承晩ラインの宣言と武力侵攻、300隻を越える漁船を拿捕し4000人近い日本人を抑留し銃撃によって40人以上の漁船員を殺害、というまさしく暴力による侵略によって獲得した既得権、これが韓国側の竹島領有の実態です。ちなみに、朝鮮戦争は1950年から1953年にかけてですから、まさしく朝鮮戦争の真っ最中に(連合国軍に前線で戦わせている一方で)こういう真似をしでかしていることになります。いろんな意味で恥ずべきふるまいだと思うのですが、如何お考えですか?
 
(転載者注:「40人以上の漁船員を殺害」は誤りです。殺害された犠牲者の数はそこまで多くはありません。)
 
republic  推薦 : 2  反対 : 3  作成: 2010-04-22 23:37:07
Amatureさん、「プロフェッショナル」の語感が非常にネガティブに受け止められてしまったようで申し訳なかったです。Xさんの文章に出ていたので使っただけで、深い知識をお持ちとか専門家はだしの意とご理解下さい。こういう誤解で議論が撚れるのは本意でないので訂正します。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1086  作成: 2010-04-23 02:52:31
 リパブリック氏へ: 参考になる文献を紹介して下さり、誠にありがとうございます。 私は竹島問題に関するシロウトなりの個人的意見を書き込んでいただけですが、ジェイク氏とアマチュア氏に私の意見のおかしい部分を指摘されてから議論が続いているわけです。
 私はジェイク氏とアマチュア氏に論争を挑んでいるつもりは全く無く、お二人を論破できるような知識もありません。私は貴方からもいろいろと学ばせて頂きましたが、ジェイクさんとアマチュアさんからもいろいろと学ばせて頂きながら、自分のシロウトなりの意見も書き込んでいるわけです。自分の知識の浅さを痛感しています。参考文献を紹介して下さったことに対して改めて御礼を申し上げます。
 
 
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(16)

jake  推薦 : 374  反対 : 3  作成: 2010-04-21 20:02:37
(続き)で、何がいいたいのかというと、カイロ会談で3首脳はそれぞれの思惑を出し合ったものの、合意が無かった可能性が高いということですね。また、宣言があったとしても、前述したように、プレスコミュニケの内容が宣言に合致するか証明できない。しかし、ポツダム宣言には「カイロ宣言」という言葉が記述されている。これをどう解釈するかなんですが、それはポツダム宣言に継承されたのでそれを見ればよい。もっといえば、ポツダム宣言は講和条約に継承されたのです。私は韓国の学者連中が愚かだなと思うのは、こういう「カイロ宣言」にさかのぼって根拠にする点です。これはものすごくつっこみどころが多くなる。たとえば、カイロ宣言を根拠にあれこれ言ったら、原典を示してくださいといえばよいということになります。それで出してくるのは、先述のプレスコミュニケですからね。
 
amature  推薦 : 356  反対 : 2  作成: 2010-04-21 22:44:42
>jake 様 カイロ宣言については全くおっしゃるとおりです。が、敢えてもっと分かり易く言うと、契約や法律というものは常に最新版のものが効力を発揮する、という法解釈の常識で、つまり、カイロ宣言はポツダム宣言に継承され、ポツダム宣言はサンフランシスコ講和条約に継承された、故に現時点で有効な条約はサンフランシスコ講和条約のみであり、それ以前の各宣言は発展的解消を遂げて有効性を喪失している、というだけのことなんですね。
 無論、サンフランシスコ講和条約を締結していない中華人民共和国に対しては日中平和友好条約がそれに該当しますし、韓国に対しては日韓基本条約がそれに該当することになります。しかし、日中平和友好条約にせよ日韓基本条約にせよ二国間条約ですから、例えば米国や英国などに対してはサンフランシスコ講和条約が有効ということになります。つまり、竹島問題は日韓の問題であって、他国にとってはサンフランシスコ講和条約で既に解決済みの案件であるに過ぎません。韓国のプロパガンダは全く無意味ということですね、実は。
 
jake  推薦 : 339  反対 : 3  作成: 2010-04-21 23:36:11
amatureさん>おっしゃるとおりです。書きませんでしたが、私がいいたいことも、そういうことです。この投稿欄でもさんざん述べてきたので省きました。しかし、カイロ宣言も今に持ち出すのは韓国だけでなく、中国もそうですね。国民党から主権を継承した人民中国が、韓国と同じように、カイロ宣言を台湾領有の正当化の根拠に使ってます。前総統の陳水扁さんは、ルーズベルト、チャーチル、蒋介石の署名がないことなどを理由に、その無効を指摘して反論しましたが。前述したとおり、私は韓国が根拠にしている内容も、蒋介石側の作文だと思いますが、それを台湾が否定したのが皮肉というか、何というか。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1345  作成: 2010-04-22 02:09:38
 アマチュア(というより歴史のプロフェッショナル)氏へ:「魏志倭人伝」に、倭国(日本)が日本列島と対馬、及び朝鮮半島南部を支配していたと記されているのであれば、当時の倭国は玄界灘を支配していたと推定できますが、竹島まで支配していたと断定するのは強引なように思います。
 17世紀の末期に竹島で日本人の漁師と朝鮮人の漁師が遭遇したことを考えると、日本も朝鮮も竹島の存在は認識していたが、どちらも実効支配はしておらず、竹島の帰属先はずっと未確定だったと考えられます。そして1905年に大韓帝国が既に実質的に日本の保護国となり、外交権を事実上持っていなかった状況の下で日本政府が一方的に竹島の領有を宣言し、それを欧米諸国が承認して竹島が日本領になったと解釈しています。韓国を無視して承認された日本の竹島領有を韓国の人々が受け入れ難いのは当然だと思います。
 
Mr.X 推薦 : 2 反対 : 1254 作成: 2010-04-22 02:27:24
 引き続きアマチュア氏へ:コロンブスの西インド諸島漂着以降、スペイン、オランダ、英国、フランスなどのヨーロッパ諸国はアメリカ、アフリカ、アジアに進出し、発見した土地を次々と自国の植民地にしていきました。どんなに本国から遠く離れた土地でも自国が最初に発見した土地は自国の領土にしたのですから、本国からの距離は関係ありませんでした。対馬も日本が先に実効支配したので日本領ですが、竹島は1905年以前はどちらが先に実効支配したのかわからない無人島であり、地理的にも日本と韓国の中間に位置していますから、竹島は日本領でも韓国領でもおかしくないと自分では思っています。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1410  作成: 2010-04-22 02:46:25
再びアマチュア氏へ:1905年の竹島編入宣言に際しては、日本は物理的な暴力は行使しませんでした。当時の大韓帝国は日本軍に対抗できる軍事力を持っておらず、日本と戦う力を持っていなかったので、日本は無抵抗で竹島を編入しました。しかし竹島の編入を宣言する前に日本が大韓帝国の承認を求めた形跡は無いようです。日本は物理的な暴力は行使しませんでしたが、大韓帝国の承認を求めずに勝手に竹島を編入するという道義的な無礼をはたらいたと言えると思います。(以上)
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1198  作成: 2010-04-22 03:13:30
ジェイク氏へ:1905年の日本政府による竹島編入宣言以前に朝鮮国が竹島を実効支配していたことを裏付ける物的証拠は無いようですが、日本が竹島を実効支配したのも1905年以降であり、それ以前に日本が竹島を実効支配していたことを裏付ける物的証拠も無いようです。1905年以前は、おそらく日本も朝鮮国も竹島の存在は認識していても竹島を実効支配はしておらず、竹島の帰属先はずっと未確定のままの状態が続いていたと推定できます。
 1895年の下関条約締結以降は、朝鮮国は実質的に日本の保護国となっており、実質的には外交権もありませんでしたから、1905年の日本政府による竹島編入宣言はおそらく大韓帝国の承諾なしに勝手に行なわれたものであり、韓国の人々がこれを受け入れないのは当然だと思います。ですから、日本人の「竹島は日本固有の領土」という主張には確固たる根拠は無いと思います。竹島は日本固有の領土だとは言い切れないが、韓国固有の領土だとも言い切れない微妙な位置にあると思います。「東側の女島は日本領で、西側の男島は韓国領」とする妥協策が落とし所かもしれません。
 
IZUMO  推薦 : 562  反対 : 2  作成: 2010-04-22 03:57:12
 無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>日本は物理的な暴力は行使しませんでしたが、大韓帝国の承認を求めずに勝手に竹島の編入を編入するという道義的な無礼をはたらいたと言えると思います――……えーと、つまりなんだ。「チョパーリがウリナラの許しも得ずに勝手に独島の領有を宣言したのが許せないニダ!! それが国際法上合法である事も何も言えなかったウリ達が腰抜けである事も関係ないニダ!!」っつー事か。一体どうすればここまでトチ狂った、というか、自己中な考え方が出来るんだろうな。何度も何度もいうけど、そんな理屈は    国    際    法    上    何    の    言    い    訳    に    も    な    ら    な    い    んだけど? ここまで自分達至上主義の無法者だといっそ恐ろしくなってくるわ。こいつの頭の中には遵法精神って概念すら存在しないんだろうな。
 
IZUMO  推薦 : 651  反対 : 2  作成: 2010-04-22 04:05:00
17世紀の末期に竹島で日本人の漁師と朝鮮人の漁師が遭遇したことを考えると――……………お前さぁ、それ、jake様に「それは現在の竹島ではなく鬱陵島だよ」と指摘されて納得してたのもう忘れたのか? チョンだから都合の悪い事は三歩歩くと忘れるのか? 違う相手ならログが残ってても嘘が通じるとでも思ってるのか? なんつーか、もう呆れ果てて言葉も出ないわ。
 
IZUMO  推薦 : 697  反対 : 2  作成: 2010-04-22 04:24:46
amature様へ:直前のログを読めばお分かりの事と思いますが、こいつは貴方に対してした主張が間違いである事をjake様に指摘されて既に知っています。つまり、貴方を騙そうとして    意    図    的    に    嘘    を    つ    い    て    い    る    のです。まあ、こんな馬鹿に騙される事はないと思いますが、こいつが相手を平気で騙そうとする邪悪で卑劣な下劣生物であるという事実をお含み置き下されば幸いです。
 
jake  推薦 : 545  反対 : 3  作成: 2010-04-22 06:08:17
Mr.Xさん> 「1905年の日本政府による竹島編入宣言以前に朝鮮国が竹島を実効支配していたことを裏付ける物的証拠は無いようですが」について。 
あなたのいう物的証拠は、韓国側にありませんが、日本側にはあります。まず、江戸時代から竹島を認識し、アシカ漁や鬱陵島に渡る際の中継基地として利用していた明確な記録(大谷家文書など)があります。また、編入直前の19035月、島根県・隠岐島の中井養三郎が現在の竹島でアシカ漁を開始した記録が残っています。中井養三郎は1904929日に内務省・外務省・農商務省に「りゃんこ島領土編入並に貸下願」を提出しました。中井によると、翌年の1904年には山口県の岩崎という人が鬱陵島の朝鮮人を雇って、竹島でのアシカ漁に参入してきたといいます。おそらく、これが朝鮮人が竹島・獨島に渡った最初ではないかと考えられています。韓国側には、それに反駁する明確な根拠がありません。
 
jake  推薦 : 833  反対 : 3  作成: 2010-04-22 06:13:34
Mr.Xさん> あなたの「1905年の日本政府による竹島編入宣言はおそらく大韓帝国の承諾なしに勝手に行なわれたものであり」について。
日本は国際法に則って編入手続きを進めました。どの国にも属さない無住地を領土に組み入れる際の国際法にのっとった手続きとはどういうものか調べてみてください。ちなみに近隣国の承諾を得る必要はありません。日本政府は1905128日に閣議で領有を決定し、この政府決定に基づき、島根県知事は922日に竹島の編入を公示し、内外に領有を宣言しました。密かに領有したのではないですよ。領有宣言後、大韓帝国からの異議を申し立てはありませんでした。韓国がこれを問題にし始めたのは戦後の竹島占拠以後のことです。
 
jake  推薦 : 989  反対 : 3  作成: 2010-04-22 06:22:02
Mr.Xさん> 「1895年の下関条約締結以降は、朝鮮国は実質的に日本の保護国となっており、実質的には外交権もありませんでしたから」> これについては、すでに回答しました。逆に質問しますが、あなたはどういう根拠で、繰り返し、そうおっしゃるのですか? それと「1895年の下関条約締結以降は、朝鮮国は実質的に日本の保護国となっており」というのは史実と異なりますね。
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(15)

Mr.X  推薦 : 4  反対 : 3089  作成: 2010-04-21 03:32:48
ジェイク氏へ:1910年の日韓併合から1945年の日本の敗戦までの35年間は朝鮮半島全体が日本の統治下にあり、大韓帝国も大韓民国も存在していなかったのですから、その期間中は竹島は当然に日本の領土であり、日本が竹島を実効支配した記録も残っているでしょう。竹島問題は1952年にサンフランシスコ講和条約が発効して日本が国家主権を回復し、大韓民国が主権国家として正式に発足した時点で改めて両国で協議するべきでしたが、残念なことに韓国の李承晩大統領が竹島を武力占拠するという暴挙に訴え、1965年の日韓国交正常化協議の際も竹島問題は先送りされてしまいました。
この時に日本の佐藤栄作首相が韓国の朴正煕大統領に「韓国が竹島を返還しないのなら日本も韓国への経済援助を行なわない」と強硬に主張していれば、韓国の経済建設のために日本からの援助資金を必要としていた朴大統領は渋々と竹島の返還に合意したかもしれませんが、佐藤首相はそこまでは言いませんでした。それから45年経ちましたが竹島問題は依然として未解決のままです。私は個人的には「もういいじゃないか。竹島は韓国に譲ろう。」と思っています。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 3  作成: 2010-04-21 10:42:30
Jakeさん、他一島の話は切りがないのでこれくらいにしましょう。竹島領有権論争に参加している学者は例外なくどちらか一方に偏った主張をしており今一つ信頼性に欠けます。Jakeさんがこれまでの研究をまとめて中立的な立場で解説書をお書きになっては如何でしょうか。
 
amature  推薦 : 366  反対 : 3  作成: 2010-04-21 15:14:56
>Mr.X 様 私が言っているのは、歴史的経緯から見ても竹島は日本領土である、ということなのですが? 新羅王国の成立以前に書かれた中国の正史の一部である「魏志倭人伝」に半島南部および対馬、日本は倭の領土である、と書かれていることから、当然、半島南部から日本にかけての海域は倭の勢力圏内にあった、と検証可能な資料を用いて説明しているのですが、理解できませんか? つまり、あなたの「朝鮮半島の東海岸から日本の山陰地方に最短距離で渡航する場合は竹島付近を通過するはず」という主張は、根拠が薄弱であり何の証明にもなっていない、と言っているのですが? 歴史的経緯を云々するのであれば、竹島を韓国領土と主張する人々は、「魏志倭人伝」という歴史資料を覆す必要があるのだ、ということです。
 
amature  推薦 : 6  反対 : 3  作成: 2010-04-21 15:15:41
>Mr.X 様 次に「日本列島よりも朝鮮半島に近い対馬が日本領とされている」など地理的な距離云々を国境の策定に持ち出すのは噴飯物だと申し上げておきます。もし、地理的な距離を持ち出すのであれば、北マリアナ連邦(グアムやサイパンなど)が米国の準州であること、フォークランド諸島が英国領土であること、ニューカレドニアやタヒチが仏国領土であること、グリーンランドがデンマーク領土であることの説明をどのようにつけるのでしょうか? 国際常識で言えば地理的な距離は絶対の要素ではないのです。「竹島や対馬は韓国に近い、だから韓国領土だ」というのは極めて短絡的で国際常識に反した危険な発想であると申し上げざるをえません。つまり、歴史的にも地理的にも「竹島は韓国領土である」とする根拠には不足があることになります。
 
amature  推薦 : 332  反対 : 3  作成: 2010-04-21 15:17:09
 記事そのものにもツッコミを入れておきたいと思います。まず「太平洋戦争がその終焉を告げる頃、戦後の日本領土に対する連合国の基本方針が明らかにされたカイロ宣言(1943年12月)を通じて、米国・英国・中国は日本の領土を1868年の明治維新前の規模に縮小すべきだと決定した」とありますが、これは事実に反します。 カイロ宣言の本文には「日本国ヨリ千九百十四年ノ第一次世界戦争ノ開始以後ニ於テ日本国カ奪取シ又ハ占領シタル太平洋ニ於ケル一切ノ島嶼ヲ剥奪スルコト並ニ満洲、台湾及澎湖島ノ如キ日本国カ清国人ヨリ盗取シタル一切ノ地域ヲ中華民国ニ返還スルコトニ在リ 日本国ハ又暴力及貧慾ニ依リ日本国ノ略取シタル他ノ一切ノ地域ヨリ駆逐セラルヘシ」とあり、つまり「明治維新前」ではなく「第一次世界大戦前」ですね。更に言えば、清国から獲得した領土の中華民国への返還、暴力的に侵略した地域からの撤退、が求められている訳です。が、竹島はそのどれにも該当しません。第一次世界大戦にも清国にも暴力的な侵略にも関係がないからですな。1905年の竹島編入宣言の何処に暴力的な侵略があったのか教えて欲しいものです。
 
amature  推薦 : 374  反対 : 3  作成: 2010-04-21 15:17:51
 ですから「この宣言の精神が守られていれば、独島をめぐる韓日間の領土紛争はなかった」はダウトですし、「しかし米国は韓国占領直後、独島を韓国領に含めた」という事実もありません。マッカーサーはGHQの司令官であって米国の代表ではないからです。米国政府としての公式な立場は、サンフランシスコ講和条約、1951年のラスク書簡、1954年のヴァン・フリート特命報告書にあらわれているとおりです。
 一時的な措置を恒久的なものと韓国側が勘違いしたというだけのことですな。「独島が韓国の領土であることを支持してくれる国際社会の世論の醸成が必要な今日だ」で、根拠無くプロパガンダを並べ立てる訳ですか。でも、「世界に良い影響を与える国」で韓国は「良い影響32%」「悪い影響30%」なんですよね? 道のりは遥か遠そうですなあ。
 
jake  推薦 : 336  反対 : 4  作成: 2010-04-21 15:26:17
Mr.X さん> なんだか堂々めぐりになってきましたね。これも韓国の主張のパターンとそっくりですね。私はここ数日の発言の脈絡の中でお話を申し上げています。はっきり言わせていただきますが、あなたはご自分の見解を整理できていません。そのポイントをもう一度、言わせていただきます。
 ある地域が長い歴史の中でどこかの国の領土あるいは勢力圏であったという史実が今日の領土確定に影響を及ぼすためには国際法のフィルターにかけねばなりません。そのフィルターを通過できるかどうかが最も本質的なポイントなのです。そのフィルターがどういうものかはすでに述べました。それから、私はこの間ずっと1905年の時点で韓国が竹島を実効支配していた証拠を問題にしてきました。1910年の併合以降の話をしているわけではありませんよ。もう一つ、歴史上の可能性を提起するには、それなりの合理性が必要だとお話を申し上げているわけです。また、新羅の領地であったという可能性が証明できても、今日の竹島問題には効力を持ち得ないことも、すでに述べてきたとおりです。
 
jake  推薦 : 397  反対 : 3  作成: 2010-04-21 16:45:51
この間の本投稿欄の論議で見られるように、竹島問題の論議の多くは混乱しがちです。それは論点が整理できていないからです。この問題は①同島の領有の正当性の日韓双方の主張のいずれが筋が通っているのか、②日韓関係を踏まえ、今後同島をどのように取り扱うのがふさわしいのか--という2つの論点を区別しないといけません。これが見境なく議論するものだから混乱するのです。私はこれまで①について話をしてきました。で、現在のところ、韓国側の主張は破綻しているという結論を述べました。republicさんのこの間のご投稿を拝見すると、republicさんも①については韓国側の分が悪いと判断しているようです。しかし、②で何とか日韓双方がうまくやる方法はないかということに心を砕いていると拝察しました。このように整理すると、私とrepublicさんの間に、それほど大きな見解・認識の相違がないことがわかります。Mr.Xさんにご自分の見解を整理できていと申し上げましたが、①と②が整理できていないということがその1つです。
 
jake  推薦 : 319  反対 : 3  作成: 2010-04-21 16:47:20
(続き)それから、竹島・獨島の領有正当化の判断は、本質的にはサンフランシスコ講和条約で明記された日韓の領土確定に基づくべきものです。これに対して、韓国側は同条約が認めた1905年の日本の領土編入が不正なものだと主張しましたしたがって、ここが日韓の現状の論議の焦点なのです。韓国側からは日本の古地図、republicさんが指摘した明治初年の「太政官布告」、Mr.Xさんがあげた「三国史記」、そのほか「世宗実録」ほかさまざまな記録を提起して反論していますが、その一つ一つの個別の主張が、前述の論点の中でどのように位置づけられ、現実の竹島・獨島問題にどのような効果・影響をもたらすかを踏まえながら考えていかないと、議論の本筋を見失うことになります。Mr.Xさんにご自分の見解を整理できていと申し上げた理由の2点目がこれです。この点については、韓国側は意図的な論点ぼかしを行っているという気がしないでもありませんが。
 
jake  推薦 : 319  反対 : 3  作成: 2010-04-21 18:06:03
amatureさん> 「米国・英国・中国は日本の領土を1868年の明治維新前の規模に縮小すべきだと決定した」--韓国の学者たちがこういうわかりやすいウソをさりげなくばらまくのは、これに限ったことではありませんが、知的水準の低い中央日報がこういう誤りのチェック機能の役割を期待できないのは当然としても、韓国社会にチェック機能が働かないのが痛い。こういう社会だから、学者・研究者も緊張感がなく野放図に、珍説をもって論説に参加し、世論形成に一役買う。
 一方、権威主義の社会ですから、この記事を読んだ韓国人が無批判にこれを受け入れる。こうして「獨島は新羅以来の固有の領土である」などというような通念が定着して、鄭夢準・ハンナラ党首のように、日本において恥ずかしげもなく「通説」を披露する韓国人も出てくるんでしょうね。まあ、本記事の許東賢さんのように、ラスク書簡に客観的に触れたり、講和条約の条文を正しく解釈している韓国人の学者はほとんどいないという点では、特筆すべき変化だとは思いますが。
 
jake  推薦 : 429  反対 : 3  作成: 2010-04-21 19:19:42
(続き)ただし、正確を期すため追記しますが、カイロ宣言では①1914年の第1次世界大戦以降、日本領となった太平洋上のすべての島、②日清戦争以後、日本が中国から奪った満州、台湾、澎湖島など、③日本の暴力と貪欲によって侵奪したすべての地域で、朝鮮半島および付属島嶼は③に含まれると解釈されています。これについて、1910年の日韓併合からだけでなく、それ以前においても日本が侵奪した領土からの日本の追放に合意したという解釈もあり、それに竹島・獨島が含まれるというのが韓国側の主張ですね。
 しかし、この「カイロ宣言」というのが怪しいんです。文書そのものがない。現在、カイロ宣言とされているものの原文は、3首脳不在時に発表された署名のないプレスコミュニケです。その内容にも疑義があり、チャーチルは台湾、澎湖の中華民国への返還を承諾したことを否定しているし、ルーズベルトはチャーチルとともに満州の中華民国への返還を否定しています(つまり中国の作文ではないかということですね)。その後、ヤルタ会談で、旅順・大連をソ連に譲渡することを承認しましたからね。こういう怪しい公文書だということも付記しておきます。
 
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(14)

jake  推薦 : 774  反対 : 4  作成: 2010-04-20 14:51:54
Mr.Xさん>あなたの「その記録が文献に残っていなくても、竹島が新羅の領土であった可能性を完全には否定できないと思います」について。
 あなたは「古代に朝鮮半島の南部を支配していた時代以来ずっと日本人が対馬を実効支配してきたという歴史的経緯を根拠として、日本より韓国に近い対馬が日本の領土とされているわけです」と述べていますが、そのとおりです。別観点から話をしましょう。国際法上、たんに存在を知っている、あるいは発見したという土地は「未成熟権原」とされます。これが「領土」と認められるには、合理的期間内に実効支配により補完されなければならないとされています。竹島・獨島のように無人や定住に向かない場合は、僅かな実効支配の証拠でもよいとされていますが、一般には課税や裁判記録といった行政、司法、立法の権限を行使した疑いのない直接的証拠が求められます。で、そういう竹島・獨島の実効支配の疑いのない証拠ということになります。これが日本にはあるが韓国にないんですよ。
 
jake  推薦 : 877  反対 : 4  作成: 2010-04-20 15:14:34
republicさん>「他一島」についてJakeさん=非竹島、私=竹島の立場--というのは少し違います。他一島=竹島と断定するには不十分過ぎ、違う解釈も併立し得ると申し上げているんです。その理由として、17871789年のダジュレー島とアルゴノート島の発見に端を発する西洋の地図の輸入と日本古来の地図にあるような地理観の齟齬と混乱の影響があったと申し上げました。韓国にも鬱陵島と于山島という地理認識がありますね。これについても時間的経過とともに変節しています。そのあたりもおもしろい。この両国の地理の誤認識が今日の竹島領有論議にも影響を与えているわけですが、できれば竹島問題と切り話して話をしてみたいですね。竹島問題を念頭におくと、雑念が入りますから。
 
IZUMO  推薦 : 709  反対 : 1  作成: 2010-04-20 21:07:24
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者の嘘八百(とりあえず今回はここでのものに限定します)。1、永久に有効な国際条約など存在しないはずです――のっけからですが、これは「嘘」というより「妄想」ですねw すぐにtyuutyuu様に突っ込まれていますが、あらゆる条約は時限式のものでない限りは後進・破棄されない限り    永    久    に    有    効    です。こんな事も理解できないなんて、そもそも「法治主義」というものが理解できないんですね。この下劣生物はw 
 
IZUMO  推薦 : 1217  反対 : 4  作成: 2010-04-20 21:17:41
2.江戸時代初期の1692年に現在の竹島で日本人漁師と朝鮮人漁師が遭遇し、1696年に幕府は現在の竹島への渡航を禁止し、朝鮮からは現在の竹島が朝鮮の領土であることを主張する使節が米子に来訪したとされています――ここでは嘘が三つ。1,「現在の竹島」ではなく鬱陵島。2.幕府は鬱陵島への渡航は禁止したが竹島への渡航は禁止していない。3.こいつの言う「竹島を朝鮮の領土である事を主張する使節」とは安龍福らの事のようだが、こいつらは「不法入国の咎で本土に連行された」のであって「日本に訴えにいった」のではない。ちなみに外務省のサイトにはこの件も載っていて、南賎の主張によると「安龍福が江戸幕府から竹島は朝鮮陵だという書契を貰ったのに対馬藩が奪ったニダ!!」という事になってるが、日本側の史料だとそんな書契を与えたという事実そのものが存在していない。
 
IZUMO  推薦 : 1084  反対 : 3  作成: 2010-04-20 21:27:36
そもそも、役人でも貴族でもないたかが一介の漁師が外交問題の、しかもとりわけ重要で繊細な領土問題の使節として他国を訪れるという話自体普通に考えて有り得ないのだが、この下劣生物にはその程度の「普通の考え」すら出来ないらしい。3.大韓帝国は日清戦争後は日本の保護国同然となって外交権を奪われ――これも嘘。日本が竹島の領有を宣言したのは大韓帝国の外交権を接収する十ヶ月ほど前。つまり、この時点で抗議がしたければする権利はあったわけだが、大韓帝国は何の抗議もしていない。で、この嘘がばれると「と、当時のチョパーリは強くて怖かったから何もいえなかったニダ」という主張に変節したが、こんなもの何の根拠にもなりはしない。
 
IZUMO 推薦 : 1103  反対 : 3  作成: 2010-04-20 21:37:17
「強い相手に何もいえなかった」のはただ単に    大    韓    帝    国    が    腰    抜    け    だ    っ    た    だ    け    でそれを以って日本の竹島領有宣言の正当性を否定する理由にはなりえない。そんな理屈がまかり通るのであれば、強国は例え合法的な手続きを踏んでも領土の領有を主張する権利はない、という事になってしまうが、そういいたいのだろうかね。このクズは。4.しかし1696年に朝鮮人の漁師である安龍福が鬱陵島と千山島(現在の竹島・独島)が朝鮮の領土であることを日本に訴えるために――まあ、「千山島」とか言うボケは置いといて、「竹島≠于山島」なのは各種の文献から明らかであり(何しろ、小さな岩礁の無人島であるはずの竹島に多くの人が住み、大きな竹を産するなどと書いてある)、これまた根拠にならない。
 
IZUMO  推薦 : 1028  反対 : 3  作成: 2010-04-20 21:41:06
5,朝鮮の東海岸に住む漁師たちは千山島(現在の竹島・独島)の存在を認識していましたが、李氏朝鮮の中央政府は千山島の存在を認識していなかったことは充分にあり得ることです――これまた「嘘」というより「自爆」の類だけど、「政府が認識していない土地の領有権など主張できない」。こんなもの、国際法を云々する以前に常識です。小学生が考えたって分かるでしょう。正直、これで領有権を主張できると思う奴の頭の中を疑います。……ああ、そもそも「ない」のか。脳味噌。
 
IZUMO   推薦 : 2030  反対 : 3  作成: 2010-04-20 21:52:26
6.ただ、竹島が三国時代から新羅の一部だったという説もあるようです――「三国史記」の「于山国」に関する記述のようだが、これまたむしろ、「竹島≠于山島」を示す文献の一つなので全く無意味。そして、これが極めつけ。7.無意識に韓国に肩入れしていたのであれば――要するに、「ウ、ウリは今までそんな事知らなかっただけニダよ。嘘ついてたわけじゃないニダよ」と主張したいようだけど、私からすれば見え透きすぎてて片腹痛い。何度か言いましたが、こいつには以前外務省の竹島問題に関するコンテンツと竹島問題を取り上げたサイトを紹介しています。ぶっちゃけていえば、jake様に指摘されたような話など、    最    初    か    ら    知    っ    て    な    い    と    お    か    し    い    ん    ですよ。こいつは。
 
IZUMO 推薦 : 2117 反対 : 3 作成: 2010-04-20 21:57:08
で、「本当に」知らなかったという事であれば、それはこいつが私が紹介したサイトの内容をろくに読んでいなかったという事であり、    日    本    側    の    主    張    を    意    図    的    に    無    視    し    た    という事になります。全くよくもまぁ、私の見ている前でこんな嘘を堂々とつけるもんです。jake様にお尋ねしますが、まだこんな馬鹿の戯言を真に受けられますか? 最終的には「記録なんかなくてもいいニダ! ウリがそう思ってることが根拠ニダ!!」とかトチ狂ってるクズですが。
 
amature  推薦 : 1518  反対 : 3  作成: 2010-04-20 22:43:47
>Mr.X 様  「古代に対馬と朝鮮半島南岸の伽耶あるいは任那を倭国(日本)が支配していたことが中国の古い文献に記されているとのことですが、伽耶・任那の北にあった新羅は倭国に支配されていない独立国だったはずです」 歴史を云々するなら年表くらい目を通しておきましょうや。全然、問題にしている時代が違うんですが? まさか「魏志倭人伝(「『三国志』魏書東夷伝倭人条」)」をご存知ない? 晋の陳寿がこの史書を残したのは西暦280年代のことですが、一方、「太平御覧」によれば新羅が公式に成立したのは奈勿尼師今が即位した西暦356年頃なのですが? 「魏志倭人伝」の頃の半島というのは馬韓、弁韓、辰韓の三韓時代、つまり、新羅云々より古い時代に成立した第三国による公式の史書を私は論拠にしているんですがね? 「はずです」やら何やらごまかさずにきちんと検証可能な資料を以て反論していただけませんか? 歴史を云々する割に歴史をご存知ないようですな?
 
amature  推薦 : 1654  反対 : 3  作成: 2010-04-20 22:57:26
>Mr.X 様 「竹島は新羅から日本の山陰地方への航路の途中にある島ですから、記録に残っていなくても新羅の人々が日本に渡航する際に竹島を中継拠点として利用した可能性は高いと推測できます。これが現在の竹島が新羅の領土であったと推定する根拠です」 同様に、半島南部を自国領土としていた倭の人々が半島と日本との間を行き来する際に中継拠点として利用した可能性は高い、とも言えますね? むしろ、「魏志倭人伝」の記述によれば、新羅の人々が日本に渡航するよりも、倭の人々が半島に渡航する方が古くから頻繁に行われていた、と考える方が自然ではありませんか? つまり、あなたの推測は何の根拠にもならないのですが? 本当に「国境を策定する際には、歴史的経緯も考慮するべきだと思います」って主張してしまって良いのですか? かえって不利になると思うんですがね?
  
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 1867  作成: 2010-04-21 03:01:02
アマチュア氏へ:古代から多くの朝鮮人が日本に渡来してきたとされており、私は朝鮮半島の東海岸から日本の山陰地方に最短距離で渡航する場合は竹島付近を通過するはずだと推測していましたが、jake氏によれば、それは当時の航海技術では困難であり、普通は海岸沿いに渡航し、対馬や壱岐の島を中継地として日本の本土に上陸するのが一般的な航路だったようです。
しかし、朝鮮半島から竹島を経由して日本に渡航した人々や逆に日本から竹島を経由して朝鮮半島の東海岸に渡航した人々がいた可能性は皆無とは言い切れないと思います。日本列島よりも朝鮮半島に近い対馬が日本領とされているのは、対馬を古代から日本が実効支配し続けているという歴史的経緯が根拠となっています。国境の策定に歴史的経緯など無関係なのであれば、対馬は韓国領であるべきだということになります。
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(13)

jake  推薦 : 183  反対 : 4  作成: 2010-04-19 20:06:22
republicさん>なるほど、法廷闘争ではなく、調停・示談という選択ですか。それについては、私が韓国側弁護士なら以前の投稿どおりですね。勝ち目がないので、名を取り、実をとる作戦です。その過程で、republicさんの①~③は使えるかもしれませんが、使い方を間違えて、再び正当化の議論に戻してしまうと、元の木阿弥ですね。正当化論議に決着をつけたうえで、政治のフィールドでよりよい道を探るという方法論です。しかし、私はたぶん韓国側弁護士としては失格です。この問題に関心を持って以来、日韓双方の主張を公平にみるよう心がけ、両国の史料にもできるだけ当たってきましたが、韓国側の領有正当化の主張は破綻しているというのが現状の結論です。そういう人間に弁護を任せてはいけない(笑)。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 1038  作成: 2010-04-20 04:31:37
ジェイク氏へ:御返答ありがとうございます。竹島問題を考える際には日本側の主張と韓国側の主張の両方を公平に読まなければなりませんね。自分ではそうしてきたつもりですが、韓国を贔屓しているように見えたでしょうか? 無意識に韓国に肩入れしていたのであれば、注意します。文献を注意深く読むと、現在の竹島が新羅領であったとは解釈できないわけですね? 朝鮮日報では、来日中のチョン・モンジュン現代重工業会長兼ハンナラ党党首が「竹島は新羅の領土だったのに、日本政府が竹島は日本の領土であると教科書にも記述しているのは遺憾だ」と発言したことが記事として掲載されていました。また、弥生時代以降に倭国(日本)に移住してきた新羅人は朝鮮半島の東海岸から日本海を渡って日本の山陰地方に渡航する際には竹島を中継拠点として利用したことがあったはずであり、新羅人が竹島の存在を知っており、それを新羅の領土だと考えていたことは大いにあり得ることです。その記録が文献に残っていなくても、竹島が新羅の領土であった可能性を完全には否定できないと思います。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 1060  作成: 2010-04-20 04:57:39
引き続きジェイク氏へ:戦前戦中の日本でも国民は軍部の意向に逆らうことは許されず、「中国から引き上げよ」とか「アメリカに降伏せよ」などと発言すれば、たちまち非国民扱いされ、憲兵に逮捕され、刑務所に入れられたそうです。当時の日本に言論の自由はありませんでした。韓国でも1988年に全斗煥大統領が退陣するまで韓国は独裁政権の下に統治され、国民に自由に発言する権利は無かったそうです。韓国が自由で民主的な国家となってまだ22年にしかなりません。まだ真の言論の自由が浸透していないのでしょう。韓国でも今後は徐々に個人の多様な意見が尊重されるようになるのではないでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 1155  作成: 2010-04-20 05:24:01
 再びジェイク氏へ:韓国に竹島の返還を求めるのであれば、まず韓国の人々にその理由を説明し、納得してもらう必要があると思います。日本の首相から韓国の国民の皆様に宛てた公開書簡を作成し、竹島が本来は日本の領土である根拠をまず説明し、それを韓国の李承晩大統領が不法かつ暴力的に日本から強奪した経緯を説明し、それ故に韓国は竹島(独島)を日本に返還するべきであることを簡潔明快にわかりやすい韓国語の文章で説明したパンフレットを韓国の全国民に無償で配布するべきだと思います。韓国民5000万人のうち4000万人は読んでくれないかもしれませんが、インテリ層の1000万人だけでも読んでくれて、韓国でも「独島は日本に返すべきだ」という声が湧き上がってくれば、竹島が日本に返還される可能性は出てくるかもしれません。これをやらずに強引に竹島を奪還しても韓国の人々の恨みを買って日韓関係が決定的に悪化する結果を招くだけだと思います。(以上)
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 1215  作成: 2010-04-20 05:45:26
アマチュア氏へ:古代に対馬と朝鮮半島南岸の伽耶あるいは任那を倭国(日本)が支配していたことが中国の古い文献に記されているとのことですが、伽耶・任那の北にあった新羅は倭国に支配されていない独立国だったはずです。竹島は新羅から日本の山陰地方への航路の途中にある島ですから、記録に残っていなくても新羅の人々が日本に渡航する際に竹島を中継拠点として利用した可能性は高いと推測できます。これが現在の竹島が新羅の領土であったと推定する根拠です。国境を策定する際には、歴史的経緯も考慮するべきだと思います。対馬は地理的には日本列島よりも朝鮮半島に近い位置にありますが、古代に朝鮮半島の南部を支配していた時代以来ずっと日本人が対馬を実効支配してきたという歴史的経緯を根拠として、日本より韓国に近い対馬が日本の領土とされているわけです。
 
IZUMO  推薦 : 649  反対 : 2  作成: 2010-04-20 06:17:01
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>無意識に韓国に肩入れしていたのであれば――無意識に?     意    図    的    にだろwww 前にも言ったが、お前には竹島問題について外務省のサイトと竹島問題を扱うサイトを教えてある。お前が日本側の主張を知らないわけがないんだよ。>新羅人は朝鮮半島の東海岸から日本海を渡って日本の山陰地方に渡航する際には竹島を中継拠点として利用したことがあったはずであり――文献が全く当てにならないと分かったら今度はとうとう「はず」が出てきたかwwwwww そんな理屈でいいなら逆に当時の日本人が朝鮮に渡ろうとした際には竹島を中継点として利用したことがあったはずであり云々という主張も出来るんだが、そう言われたらどう反論するんだよw
 
IZUMO  推薦 : 658  反対 : 2  作成: 2010-04-20 06:21:59
>韓国に竹島の返還を求めるのであれば、まず韓国の人々にその理由を説明し、納得してもらう必要があると思います――だからさぁ、何でそれを「日本が」やらなきゃならんの?w 紛争問題に関する国民への説明は    当    該    国    家    の    政    府    の    役    目    だろw お前の言ってる事は日本に例えたらアメリカの基地移転問題に関してアメリカ政府が日本の地域住民を説得しろといってるようなもんなんだが?w ほんとに相変わらず現実世界を理解してないな。この妄想生物はw
 
republic  推薦 : 5  反対 : 1  作成: 2010-04-20 12:28:39
Jakeさん、レス深謝します。残念ながらJakeさんに韓国側弁護をお願いするのは非常に難しそうですが、私は他一島が韓国側の橋頭保だと思っていますので、機会を見て「他一島」についてJakeさん=非竹島、私=竹島の立場でしっかり議論をしたいですね。
  
jake  推薦 : 716  反対 : 4  作成: 2010-04-20 12:38:15
Mr.Xさん>だれかがそういったからというような韓国人的対応はやめませんか。これまで、ハンナラ党党首がそう発言するような主張の根拠を話し合ってきたのではないですか? なお、新羅の領土であった可能性を探るという学問的追究と、その可能性を今日の竹島問題の判断材料にすることは、まったく別次元の話ですよ。今日の領土問題にそうした歴史的可能性や史実が適用できるなら、amatureさん(2010-04-19 19:09:49 )が指摘したことも受け入れねばならなくなってしまいます。国際法上の粒度紛争の裁定でも、こうしたことは根拠・証拠として採用されません。判例もあるので調べてみてください。おそらく、そうだったはずだとか、その可能性もあるといったことは注意して用いないと、議論全体を不毛なものにします。実際、韓国では新羅以来の領土であった可能性があるという研究者の指摘が、いつのまにか「新羅以来の固有の領土である」という断定に変質して、大手をふるってまかり通っているではないですか。
  
jake  推薦 : 736  反対 : 3  作成: 2010-04-20 13:09:27
Mr.Xさん>羅針儀もなく天測航法が発達していない古代において、わざわざ竹島・独島を経由する航路をとるとは考えにくいものがあります。目視できる目標をたどりながら、沿岸部や島を経由してバッタのように航海していくのが近世に至るまでの航海法の常識でした。コロンブスが行ったような大洋を一気に渡る航法というのは、非常識という意味を含めて画期的だったのです。大陸から日本にわたる航法は魏志倭人伝に記されていいるようなものが合理的です。竹島を経由する航路を用いた可能性を俎上にあげるには、少なくともその航路を採用する合理的な説明が必要です。
 
jake  推薦 : 791  反対 : 4  作成: 2010-04-20 13:23:05
Mr.Xさん>「だれかがそういったからというような韓国人的対応はやめませんか」という発言を剣呑に思うかもしれないので少し捕捉します。私は先の投稿で、韓国民は自らの主張を検証し、自分なりにロジックを形成するといった習慣が希薄なように感じますと述べました。中央日報のようなマスコミも、あなたのあげたハンナラ党の党首も韓国政府も議論の余地がない既定の事実のように説明抜きの断定をします。私の知り合いの韓国人も含めて、このパターンが多い。なぜ、そのように言えるのかと聞くと、学者など誰かが言っていたとか教科書に書いてあるからが理由で、それ以上の知識・情報を持ち合わせていないことが多い。もちろん、その真偽を検証した形跡はありません。で、議論も進まなくなるんですね。私は、実は、これが日韓の議論が進まない最大のネックだと考えています。
 
jake  推薦 : 779  反対 : 4  作成: 2010-04-20 14:00:50
Mr.Xさん>あなたの「韓国語の文章で説明したパンフレットを韓国の全国民に無償で配布するべきだと思います」について。これについてはIZUMOさんが再三指摘しているとおり、すでにやってますよ。具体的には「竹島問題を理解するための10のポイント」というパンフレットで、日本語版のほか、韓国語版、英語版、アラビア語版、中国語版、フランス語版、ドイツ語版、ポルトガル語版、ロシア語版、スペイン語版が用意されています。外務省の竹島問題のWebページ(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html)から、いずれもPDFとして手に入れることができます
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(12)

IZUMO  推薦 : 512  反対 : 3  作成: 2010-04-19 08:00:54
>日本政府がどうしても竹島を奪回したいのであれば――そんなの    お    前    ら    の    政    府    が    やらなきゃならん仕事だろw そもそも、てめーらが事実を隠して日本の領土を奪い、「独島は(根拠はないけど)ウリナラタンニダ!!」なぞと吹き込んできたからこそ竹島を「お前達の領土と信じ込んでいる」んだろ。何でお前達の    洗    脳    教    育    のツケを日本が払わなきゃならんのだ。ついでに言えば、そんなパンフを作ってパラ巻いたからってお前達が納得するなんて事はありえないんだよ。お前達には法も道理も通用しない。お前達は    自    分    の    都    合    と    感    情    が    最    優    先    の    獣    だからな。
 
IZUMO  推薦 : 507  反対 : 3  作成: 2010-04-19 08:08:35
結局の所、お前の主張のキモは「ウリ達に逆恨みされたくなければお前達のものをよこすニダ!!」って事だよな。一つ聞きたいんだが、それ    ヤ    ク    ザ    の    脅    し    と    何    が    違    う    ん    だ    ? 人のものを強奪しておいて合法的な手段からは逃げ回り、挙句の果てには「ウリ達が信じているから」とか「奪い返されたら逆恨みするから」なんぞと手前勝手な理屈を振りかざす。これで「ウリたちを蔑視するなニダ!」なんて、    絶    対    無    理    な話だろ。自分が言われる立場になったらどう思うのか考えられないのかね。この腐れ下劣生物は。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 3  作成: 2010-04-19 08:27:09
Jakeさん、レス深謝します。私は他一島を竹島(独島)と考えているので、SF講和条約で1905年島根県編入が追認されたことを以て日本の領有権が国際法上認められているとする説は、掠め取った財産の時効取得を主張しているようで、(法律上は争えないのかも知れませんが)、釈然としないものを感じているので、③日本側の領有権放棄を切り口に日本国民の理解を得るのが良い作戦ではないかと思っています。弁護を引き受けるに当たっては、韓国側が、新羅・高麗・朝鮮が独島を近代的な意味で実効支配したことはないことを認めることと、東島・西嶋2島全てを韓国領とすることは不可能であることを認めること、これが条件でしょうが、こちらを説得する方が難しそうです。竹島領有権論争はディベートの材料としても結構面白いと思います。日韓の論者を集めてAffirmative側とNegative側を交互に受け持たせて議論をしてもらうと、妥協点が見つかると思います。
 
jake 推薦 : 366 反対 : 3 作成: 2010-04-19 14:50:52
Mr.Xさん>日本の方でしたか。失礼しました(冷静な議論ができる韓国の方が出現したかと喜んでいましたので、個人的には多少がっかりしています^^)。しかし、あなたのご投稿を拝見していると、情念的にも韓国側に寄るお気持ちがあるのかもしれませんが、韓国側の主張を中心に丹念に読んでいることが手に取るようにわかります。それは基本的に良いことだと思いますが、この問題の関連資料や主張は、ある程度批評精神を持って臨まないといけません。韓国のほとんどの研究者たちは結論を決めて研究しているので、特に、韓国側の主張・資料解釈はそうです。そのためには、日本側の研究者はどのように述べているか、日本側の関連資料はどうなっているかを対照しながら、ひいき目なしにあなたの理解を進めたほうがよいと思いますよ。それから、中央日報は、基本的に資料としては役立たないと思いますがね(笑)。
 
jake  推薦 : 349  反対 : 3  作成: 2010-04-19 15:48:56
republicさん> この問題で、韓国の人々がディベートできるぐらいまで成熟するとよいですね。日韓の歴史共同研究などという試みがありましたが、日本側の参加者の多くが呆れ閉口していますが、はっきりいって、現状の韓国の人たちは、政治家・学者を含めて、ロジックが無茶苦茶です。一般の国民やマスコミにいたっては、それ以下で、知識・情報の準備もないまま、頑なにがなり立てているのが現状ではないでしょうか。
  
jake  推薦 : 318  反対 : 4  作成: 2010-04-19 15:59:05
Mr.Xさん>あなたの「ただ、竹島が三国時代から新羅の一部だったという説もあるようです」について>『三国史記』に登場する「于山国」に関する記述ですね。関連記述は数行程度の簡潔なもので、512年に于山国が新羅に服属し毎年のように土地の産物を貢ぐようになったとするものです。で、記述によると、この国がどこにあったかというと溟州(現在の江原道・江陵市付近)の東方海上で、別名を鬱陵島とあります。これが韓国文献の「于山」の初出で、これがあなたのいう「説」の出典箇所です。韓国側はこの記述を出典として、于山島は鬱陵島の属島なので、韓国固有の領土だと主張しました。しかし、その原典を素直によめば、この史料には登場しない「于山島」というものがあるとすれば、于山国が本領としていた別名・鬱陵島のことだと考えるのが妥当だと思いませんか。この珍解釈は、もちろん獨島問題が生じたのち現れた新種の解釈で、戦前までの朝鮮・韓国にはないものです。以前の投稿で、私は「ためにする解釈」と申し上げましたが、これを歴史の古い順に並べると、これが「ためにする解釈」第1号ですね。
 
jake  推薦 : 344  反対 : 4  作成: 2010-04-19 17:09:34
Mr.Xさん>おっしゃるとおり、韓国政府にとって、この問題は引くにひけない問題です。獨島は韓国の領土だと熱狂的に信じる国民感情が背後にあるからですね。それだけではなく、学者・研究者も自分の自由な研究の結果として、国民感情に反するような論文は出しにくい。マスコミの論調も同様で、迎合せざるを得ない閉塞状況にあるように思います。この感情にそぐわないネット投稿も、もし韓国でなら、もっと露骨で激烈な反発を招くと思いますよ。で、どうしてこのような状況をつくってしまったかです。基本的には韓国政府の責任ですね。私は以前の投稿で、辛辣な言い方ですが、これは愚民政策だと申し上げました。歴代政権が国民に対して国外的には通用しない愚にも付かない正当化を行ってきた結果なんです。韓国の国情、これまでの歩みを考えると同情の余地がないでもありませんが、それに追随した御用学者や御用マスコミ、教育者の責任も大きいですね。
 
jake  推薦 : 398  反対 : 4  作成: 2010-04-19 17:25:32
Mr.Xさん>(続き)一方、国民も自らの主張を検証し、自分なりにロジックを形成するといった習慣が希薄なように感じます。この社会の意見・主張の多様性のなさ、多様性を許容しない体質が問題解決を遠ざけています。こうした硬直した状況ですから、日本側が譲歩するしか問題の解決はないと考える人も出てくるでしょう。しかし、それはその場しのぎが過ぎます。将来、より大きく複雑な問題を残すことになります。この問題では、日本側は容赦なく韓国側の行為を批判し、その主張に反論しなければなりません。そういうプロセスで長い時間がかかっても韓国民の気づきが生じるのを待つしかないのではないでしょうか--私はそう考えています。ところで、韓国政府は最近、正当化の主張の限界を感じたのかしきりに国民感情と実効支配の長さや強化を口にし始めていますMr.Xさんも、そこまで韓国をなぞらなくてもよいのではないですか? これは彼ら自身が自らの問題として乗り越えなければならないことです。
 
jake  推薦 : 357  反対 : 3  作成: 2010-04-19 18:19:11
republicさん> ③日本側の領有権放棄を切り口に日本国民の理解を得るのが良い作戦ではないかと思っています。--republicさんの設定した裁判という仮定からすると、ターゲットは日本国民ではなく、判事ですから、少し違うような。ところで、republicさんは放棄した島を領土に編入するのは釈然としないとおっしゃいますが、私は先の投稿のとおり釈然としています。日本は「竹島、外一島」を日本が行政権が及ばない島と決定しました。この時点で、朝鮮ないしは大韓帝国が鬱陵島を除いて、わが国が行政権が及ぶ土地としますと宣言した事実がないと判断されたわけで、無国籍の無住地だった竹島を改めて領土に編入したと解釈するのに不都合はないでしょう。もっとも、この「外一島」が竹島・獨島を指すものと結論づけられておらず、「外一島=竹島・独島」という主張を韓国の一部学者や保坂さんが行っていますが、それを認めさせるという、もう一つの山場を乗り越えての話になります。この前提の山場は前人未踏の断崖絶壁で、それを乗り越えられる保障はないんじゃないでしょうか。
 
amature  推薦 : 353  反対 : 2  作成: 2010-04-19 19:09:49
>Mr.X 様 「ただ、竹島が三国時代から新羅の一部だったという説もあるようです。新羅の人々が倭国(日本)に渡航する際に竹島を中継拠点として用いたことはあり得ることです」  横レス失礼します。そのような論拠でよければ、「魏志倭人伝(「『三国志』魏書東夷伝倭人条」)」における「従郡至倭、循海岸水行、歴韓國、乍南乍東、到其北岸狗邪韓國七千餘里」「始度一海千餘里、至對馬國」をどのように解釈されますか? 韓国南岸および対馬は倭国と書いてあるのですが? 新羅よりも古い時代の中国の正史にかように記載されており、当然、韓国と日本の間にある竹島は倭国の領土と推測されることになるのですが如何でしょう? それとも、飛び地として韓国が領土支配していた、という信頼できる歴史文献が残されていますでしょうか? そもそも領土問題を歴史云々で解決しようということ自体が笑止千万だと思われませんか? 領土を規定するのは国際法ですよ?
 
republic  推薦 : 2  反対 : 3  作成: 2010-04-19 19:25:37
Jakeさん、判決の実行性が疑問なので、裁判の形式を判決を求める方法から調停に切り替えたとご理解下さい。調停なら相手側と直接交渉で妥協案を探ることになるので、韓国側弁護士は妥協案を呑んでくれるよう日本国民を説得することになります(その妥協案を韓国国民が納得するという前提ですが。) Jakeさんは全然乗り気では無いようですが、この仮想裁判ではあくまで韓国側の弁護士なので、多少無理でも韓国の主張が通るような理屈を考えて頂かないといけません。但し韓国の学者や保坂先生のように、「晴れた日には欝陵島から見えたから朝鮮領土」とか「石島(ドルソム)がなまって独島になった」とかいうのは、全く論理性がなく日本人には全く説得力を持たないのでダメです。韓国の方を持つ人たちは何とか独島を100%韓国領と結論付けたいために、非常に無理な説明をして、結果的に説得力を失っているように思います。こういう人達とは一味違った観点から韓国の主張を弁護して頂きたいのですが、ダメでしょうか
 
 
(続く)
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別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

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