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竹島問題紙上討論会(終)

jake  推薦 : 546  反対 : 2  作成: 2010-05-11 20:44:02
Mr.Xさん>
 1948815日に大韓民国が成立しましたが、3日後の18日に李承晩は「対馬は韓国領」とする声明を出しています。それを受けて、9月には外務部(現・外交部)が「対馬島属領に関する声明」を出しています。さらに194917日には、李承晩は年頭の記者会見で「対馬を返還すべきだ」と語りました。その翌月(2月)、李承晩は韓国軍一斉に釜山に集結させ、3月には釜山で揚陸訓練を開始しました。これは対馬返還のデモンストレーション、ないしは対馬上陸作戦を画策したのではないかといわれていますが、少なくとも私は李承晩の意図を確認できていません。ともかく、北朝鮮との緊張が高まっている時期でもあり、兵力を南部に集結させ上陸訓練を行っていることに対し、その意図はともかく、米軍は何をやってるんだと怒ったことは容易に想像がつきます。まあ、米政府は195179日、ダレスが梁裕燦(ヤン・ユンチャ)韓国駐米大使を通じて韓国の対馬返還要求を拒絶しています。
 
jake  推薦 : 461  反対 : 2  作成: 2010-05-11 21:04:40
Mr.Xさん>
 次に、米軍が李承晩の竹島占拠を黙認・容認したかとどうかいうのは、あまり問題ではないです。なぜなら、米軍には両国の領土や国境線を確定させる権限がないからです。また、李承晩は正規軍を竹島占拠に投入したわけではなく、独島義勇守備隊という準軍事組織(民間人の義勇軍)を使ったわけですから、正規軍と違って軍としては口出しをしにくかったということはあるかもしれません。
 ただ、竹島がどちらに帰属するかについて米国の立場は明らかです。それは講和条約草案の策定の経緯、ラスク書簡、梁大使とダレスの会談などさまざまなものから確認できます。アメリカはポツダム宣言やGHQSCAPIN・マッカーサーラインを持ち出して竹島領有を正当化しようとする韓国に、それは間違いであることを表明し、在韓大使館などにもそうした韓国政府の主張に同意しないよう通達を行っています。
 
jake  推薦 : 353  反対 : 4  作成: 2010-05-11 21:05:07
Mr.Xさん>
 (続き)しかし、米国の李承晩の竹島占拠に対する対応は非常に抑制的でした。なにしろ朝鮮戦争のさなかですから、当時の朝鮮半島の不安定な情勢を勘案して韓国に強く出ないほうがよい、韓国を追い詰めないほうがよいという判断が働いていたかもしれませんね。また、朝鮮戦争の帰趨を考えてのことでしょうが、米国務省内部ではあらかさまに日本領というアメリカの解釈を表明するダレスやラスクに対して、もっとあいまいにすべきだと考える人々もいたようです。その動きは国務省の内部文書などにみられます(しかし、米の公式立場になることはありませんでした)。
 で、米政府は日韓2国が二国問題として平和裡に領土問題を話し合う問題だとして一歩下がるんです。そういう立場から、国際司法裁判所に付託しようという日本の立場を支持しました。米国も朴大統領の時代まで、何度も説得を試みました。まあ、韓国はそれを拒絶したわけですが。
 
jake  推薦 : 393  反対 : 9  作成: 2010-05-11 21:26:15
Mr.Xさん>「当時の超大国だった大英帝国と米国が日本の後ろ盾になってくれたからこそであることは認識しています」--
 これは好意でも何でもなくて、各国の国益からです。どの国も日本を応援しようとか、日本の安全を保障しようとしたわけではない。イギリスも極東にロシアの兵力を引きつけておいてほしいという思惑からです。その結果、日本がどうなろうが知ったことではないといった感じです。また、投資という経済行為です。日本は外債を通じて戦費を調達しようとしましたが、当初は思うように集まりませんでした。しかし、戦況が推移するにつれ、日本に投資しようという国が増えていきました。ほとんどの国は日本がボロ負けすると思っていたが、意外に善戦して、もしかしたら勝てるんじゃないかという観測が広がってきたからです。友だち付き合いができたからということではない。
 
jake  推薦 : 385  反対 : 7  作成: 2010-05-11 22:01:18
Mr.Xさん>
 話があれこれ前後して申し訳ない。大韓民国は1948年に建国しましたが、それは異常な誕生でした。国際法上は国土を持たない国として出発したからです。朝鮮半島の権原は相変わらず日本にありました。米国などの存在を後ろ盾に、半島南部を実効支配しているに過ぎなかったのです。本来なら、講和条約が先に成立し、日本がその権原を放棄してから次に韓国が建国するというのが本来の順番でしたが、極東の情勢がそれを許さなかったということですね。韓国が建国に当たってそうした点を米国などとどのように調整したか、興味深いところですが、少なくとも李承晩政権はそれを理解していたようですね。アメリカに対馬の返還を要求したり、講和条約の策定段階で執拗に介入し、韓国の要求を含ませようとしたことに、李承晩の理解が現れています。その後、思い通りに行かなかった領土確定にポツダム宣言やSCAPINを持ち出したのは確信犯的な難癖です。それをいまだに、韓国政府は撤回していないんですね。
 
Mr.X  推薦 : 7  反対 : 1229  作成: 2010-05-12 01:18:32
ジェイク氏へ:
 御返答ありがとうございます。またいろいろと教えて戴きました。対馬は地理的には日本列島より朝鮮半島に近い位置にありますが、古代に倭国が朝鮮半島南部を支配していた頃から倭国が実効支配していたという歴史的経緯により日本の領土であり、米国の極東専門家もそれを知っていたから韓国の対馬領有を認めなかったのでしょうね。李承晩は米国の支持なしには政権を維持できない立場にありましたから、米国の承認なしには対馬を占拠できなかったということですね。
 
Mr.X  推薦 : 7  反対 : 1199  作成: 2010-05-12 01:37:20
引き続きジェイク氏へ:
 米国は李承晩の竹島侵攻を阻止しなかったが、米国の見解は竹島は日本領であるということだったわけですね。そしてこの問題は当事国である日本と韓国に託されたわけですね。反日の権化のような李承晩大統領は竹島を日本に返還しませんでしたが、日本の経済力と技術力を借りて韓国を近代化しようとしてそれに成功した朴正煕大統領も結局は竹島を日本に返還しませんでしたね。独裁者の朴大統領といえども、竹島を日本に返還すると宣言して韓国全土で暴動が勃発したら治安を維持できないと考えたのでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 7  反対 : 1306  作成: 2010-05-12 02:08:38
 再びジェイク氏へ:
 日露戦争は日本にとっては自衛のための祖国防衛戦争でしたが、英米から見るとロシアが極東全体を支配することによって極東での英米の利権が失われる事態を防ぐために極東の新興軍事大国である日本をロシアと戦わせた戦争というわけですね。ですから日露戦争で日本が勝利を収めて極東でのロシアの勢力が後退し、ロシアに代わって日本が極東で大きな力を持つようになると英米は日本を警戒するようになり、特に第1次世界大戦後に世界の3大海軍国となった米国と英国と日本は軍艦の建造で競い合うようになり、日本が満洲事変、日華事変を通じて中国との全面戦争に突入すると米英は中国を支援し、日本への石油の輸出を止めて日本を追い詰め、ついに日本が米英に宣戦することによって太平洋戦争の勃発に至りました。
 英米はロシアの極東支配を阻止するためには日本を支援しましたが、日露戦争後にロシアに代わって日本が極東で大きな力を持つようになると今度は中国を支援して日本を追い詰め、戦争に持ち込んで日本を叩き潰しました。国際政治とは確かに各国の国益のぶつかり合いなんですね。
 
 
(転載終わり) 
 
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竹島問題紙上討論会(30)

Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1236  作成: 2010-05-09 22:42:30
アマチュア氏へ:お久しぶりです。御返答ありがとうございます。確かにロシアはフランスと露仏同盟を締結することによってドイツ・オーストリアをけん制していましたが、もしロシアが陸軍の主力を極東に振り向けて首都がガラ空きになった隙を突いて独墺軍がロシアに侵攻した場合にフランスがドイツとの戦争に踏み切る決断ができたかどうか疑問な気がします。
 何よりも当時のロマノフ王朝にとって、不人気な日本との戦争を長期化させることは革命の勃発による帝政の崩壊を招くことが危惧されていたからこそニコライ2世も米国のセオドア・ルーズベルト大統領による講和の斡旋に応じたのだろうと解釈しています。これ以上は私には何とも言えません。貴方が仰るように、私は日露戦争についてもっと勉強する必要があるようです。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1067  作成: 2010-05-09 22:52:03
引き続きアマチュア氏へ:貴方の結論は「1905年当時の大韓帝国が日本による竹島編入宣言に抗議しなかったのは、当時の大韓帝国政府が独島(竹島)を自国の領土であるとは思っていなかったからである」ということですね? 私もこれを反証はできません。その通りだとすれば、1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね。
 
IZUMO  推薦 : 1178  反対 : 1  作成: 2010-05-09 23:15:59
 無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね――
 で、そうだとするとお前達には竹島の領有を主張する国際法上の根拠どころか    歴    史    的    根    拠    す    ら    存    在    し    な    い    という事になるんだが、さて、この状況でどうやってお前達に竹島を領有する正当性があると主張するのか是非聞いてみたいもんだなw
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1100  作成: 2010-05-09 23:26:31
 再びアマチュア氏へ:もしこのサイトが歴史学会で論文を発表する場であれば、単に自分の経験知に頼る推測を提示するわけにはいかず、確固たる学問的根拠に基づいた学説を提示しなければなりませんが、このサイトは中央日報の閲覧者が自由に自分が言いたいことを書き込むことが許されているサイトですから、プロの歴史学者ではないシロウトの私も推測に過ぎない自分なりの意見を勝手に書き込んでいるわけです。
 私は推測なんかデタラメでいいと思っているわけではありません。ただ、推測は自分の限られた経験知に基づくものですから、その正確性には限界があることを忘れないように努めています。推測する時は自分の頭に蓄積された経験知を総動員してできる限り正確な推測を導き出すように努力しますが、推測はあくまで推測に過ぎず、その正確性は絶対ではあり得ないことは弁えているつもりです。何かを断定する根拠が無い場合に自分の経験知に基づいて推測しているわけです。
 
IZUMO  推薦 : 1853  反対 : 2  作成: 2010-05-09 23:36:05
>ただ、推測は自分の限られた経験知に基づくものですから、その正確性には限界がある――
 だからこそamature様は    調    べ    ら    れ    る    限    り    は    調    べ    て    か    ら    口    を    開    け    と言ってるんだけど、日本語理解できないチョンは大変だな。これで人に向かって「書き込んでいい事と悪い事があるニダ!!」とかほざいてるんだから笑止千万にも程があるだろ。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1254  作成: 2010-05-09 23:48:13
再びアマチュア氏へ:私は個人的には1905年当時の極東で日本に対抗できる国はロシアだけであったと同時に、当時の極東でロシアに対抗できる国は日本だけだったと思っています。つまり、当時の極東での2大軍事強国は日本とロシアだったと思っています。当時の清国、朝鮮、及び東南アジア諸国には日本やロシアに対抗する力はなかった筈です。米国は南北戦争後40年間は軽武装国家でした。 当時の英国とフランスはドイツとの対立を深めつつあり、極東に大軍を派遣する余裕はありませんでした。ドイツも英国、フランス、ロシアに包囲されつつあり、極東に配備できる軍隊は限られていました。 オランダは小国であり、その国力は日本にもロシアにも及びませんでした。ですから、1905年当時の極東には、日本とロシアに対抗できる国は存在しなかったことになります。(以上)
 
jake  推薦 : 1114  反対 : 1  作成: 2010-05-10 16:39:51
 横から失礼。日露戦争の戦費の総額は約20億円といわれています。これは当時の日本の国家予算(7億円弱)の約3倍です。今日にすれば280兆円弱(平成22年度の一般会計の歳出の約3倍)ということでしょうか。こんな金を調達するというのは無謀ですし、勝ったとしてもそのリターンはとてもじゃないが期待できない。言葉を換えると、日本は国家破綻のリスクを顧みずに極端な無理をしないと、極東のロシアの南下に対応できなかったということですね。ロシアの南下が経済破綻のリスクよりも、日本の存亡に思い意味づけがあったということです。
 こうした重い負担が勃興期の日本の民政にどれほど大きな影響を与えたか。当時の極東において、ロシアに対抗できる勢力だったかどうかが議論されているようです。「対抗できる」の意味をもっと厳密・限定しなければなりませんが、こういうことも含んでおいたほうがよいと思いますよ。
 
jake  推薦:1096  反対:3  作成: 2010-05-10 16:51:24
(続き)当時の日本を買いかぶってはいけません。西欧列強と肩を並べたい、というよりは、なめられない国家になりたいと思いつつも、産業基盤も脆弱でその経済力は比べものになりませんでした。また、海外に植民地などの勢力圏を積極的に開拓する準備も整っているわけではない。こんな無理をした動機は、国家存亡の危機ととらえたからでしょう。日清・日露戦争が朝鮮半島侵略の第一歩などと簡単に断ずる人もいますが、そんな簡単な状況ではなかったということです。
 1905年の第2次日韓協約、1910年の日韓併合も、こういう日露戦争の傷が残った状態で行われたことです。日韓併合にあたって、その膨大な資金をどこから捻出するのかと国内に反対論が多かったことも付記しておきます。併合後、朝鮮からその資金を回収できるなどと考えていたふしもない。それでも朝鮮を併合したのは、日本の望むような安定した地域にしなければならないということが第一義ですよ。当時の朝鮮の混乱、為政者の行いは常軌を逸していましたから、彼らに任せておいたら、日清・日露戦争の轍を踏むと考えた面もある。
 
jake  推薦 : 1059  反対 : 1  作成: 2010-05-10 17:14:36
Mr.Xさん「その通りだとすれば、1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね」>
  そのとおりですよ。本投稿欄で何度も説明してきたとおり、これは断言できます。それ以前に、竹島の領有が懸案になったことはありません。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 824  作成: 2010-05-11 01:56:08
ジェイク氏へ:お久し振りです。コメントありがとうございます。
 1905年当時は欧米の大国と比べるとまだ小国だった日本が大国ロシアに敢えて戦争を挑むことができたのは、当時の超大国だった大英帝国と米国が日本の後ろ盾になってくれたからこそであることは認識しています。朝鮮半島が帝政ロシアの支配下に入ることは日本の安全保障にとって死活の脅威でしたから、日露戦争は日本にとっては自衛のための祖国防衛戦争でした。日本は英米から借金して戦費を調達しましたが、日本は英米の極東での利権をロシアの極東進出から守る役割も担っていました。日本は英米の代理としてロシアと戦わされていた面もあります。日露戦争で日本が勝利を収めてからは、ロシアに代わって日本が英米にとっての脅威となり、日露戦争の36年後の1941年には日本と英米は戦火を交えることになりました。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1309  作成: 2010-05-11 02:14:44
引き続きジェイク氏へ: 日露戦争の5年後の1910年に日本は韓国を併合しました。日露戦争で日本が勝利した後は、韓国(大韓帝国)では親露派は失脚し、親日派が優勢となったはずですから、日本は韓国を併合しなくても親日派が支配する韓国と同盟を結んで韓国の近代化を支援すれば良かったのにと個人的には思ってますが、結果的にはそうなりませんでした。残念ですが済んだことは仕方ありません。
 1965年に日韓の国交が正常化されてからは、韓国の国民の勤勉な努力と日本の経済援助によって韓国が目覚ましい経済成長を遂げ、現在では世界有数の先進工業国として繁栄しています。情報知識経済の時代となって、日本や韓国が勤勉な国民性を活かして発展できるようになったのは幸いだと思います。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1020  作成: 2010-05-11 02:28:14
再びジェイク氏へ:李承晩大統領の竹島侵攻について不可解なことがあります。李承晩は対馬を韓国領と見做し、対馬の武力占領を企てましたが、マッカーサー元帥がそれを許さなかったので断念したそうです。当時韓国は朝鮮戦争の最中で米国に守られている立場でしたから、米国の意向に逆らうことは不可能でした。ところがマッカーサーの後任のリッジウェイ中将は、李承晩が竹島を武力で占拠してもそれを黙認しました。これは米国が竹島が韓国領であると認めたことを意味するのでしょうか? よければjakeさんの御見解を聞かせて戴けませんか?
 
(続く。次で終わり)

竹島問題紙上討論会(29)

amature  推薦 : 515  反対 : 8  作成: 2010-04-29 08:52:52
>Mr.X 様 バルチック艦隊を沈めたのは確かに日本連合艦隊ですが、それはバルチック艦隊が極東まで回航されてくる途上で行われた英国側の妨害工作があってこその話です。表面の艦隊決戦にばかり目を向けるのは皮相的のそしりを免れないでしょう。日露戦争について語るのであれば、小説ではありますが、司馬遼太郎の『坂の上の雲』は読んでおいて下さい。もし軍事面の話をするのだとしても、中公新書の横手慎二『日露戦争史』は読んでおいていただきたく思います。あと、ご指摘の通り、インドネシアとインドシナの誤記がありましたことをお詫び申し上げます。ご指摘有り難うございました。私はしばし留守にしますので、後はGW明けにでも。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 1015  作成: 2010-04-30 02:14:46
アマチュア氏へ: 奉天会戦と日本海海戦で敗れた後のロシアにもまだ陸軍には動員可能な戦闘部隊が本国に残っていたことは事実のようですが、それを極東に派遣する余裕があったかどうかは疑問です。当時のロシアはバルカン半島の支配権を巡ってドイツ・オーストリアと対立しており、結局これが第1次世界大戦の発端となったわけです。ロシアが残存部隊を極東に派遣した隙にドイツとオーストリアがロシアに攻め込んできたら、ロシアは首都(サンクトペテルブルク)を防衛できずに降伏しなければならなくなった可能性もあります。ですから、日本海海戦で敗れた後のロシアには、もう戦争を継続する余裕は無かったと思います。ロシアも日本と同様に財政的にも苦しかったのですから。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 1025  作成: 2010-04-30 02:19:12
アマチュア氏へ:1905年当時の大韓帝国が実質的な外交上の発言権を持っていたことはわかりました。だとすれば、当時の大韓帝国政府が日本政府による竹島編入宣言に抗議しなかったのは不思議ですね。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 1433  作成: 2010-04-30 02:36:09
アマチュア氏へ:そもそも推測は常に正しいものではなく、むしろ推測は当たることより外れることが多いものなのではないでしょうか? 我々は毎日の日常生活の中でいろいろな状況に遭遇し、そのたびに判断を必要とします。 我々人間が物事を判断する際には、今までの学習、読書、及び実生活の中での様々な体験から得られて蓄積された膨大な量の情報(経験知)を無意識に検索して「ああすればこうなる」と自分なりに推測してその場その時に自分ができる最善の判断をして行動します。その推測→判断は正しいこともありますが、正しくないこともあります。我々人間が失敗したり成功したりするのはそのためでしょう。推測は正しくないこともあるのが当然だと思います。
 
Mr.X  推薦 : 6  反対 : 2002  作成: 2010-04-30 02:54:32
アマチュア氏へ:「当時の極東で日本に対抗できる国がロシア以外にあったのですか?」という私の質問には答えてくれていませんね。当時の中国や東南アジアには欧米列強の植民地や租借地が多くありました。当時の英国、米国、フランスなどの欧米の大国の総合的な国力は日本よりも上でしたが、軍隊の主力は本国にあり、極東には植民地や租借地の治安維持に必要な程度の軍隊しか駐留させていませんでした。従って、私は1905年当時の極東で日本軍に対抗できる軍隊を保持していた国はロシアだけだったと思っています。それとも当時の英国は上海か香港かシンガポールに日本の連合艦隊を撃破できるほどの大艦隊を駐留させていたのでしょうか? ボーア戦争の鎮圧に苦戦していた英国にそんな余裕はあったのでしょうか?
 
Mr.X  推薦 : 6  反対 : 1032  作成: 2010-04-30 03:11:28
アマチュア氏へ:日露戦争での日本の勝利が英米両大国の後ろ盾があってのものだったことは認識しています。そもそも戦艦三笠も日本が自力で建造したものではなく、英国から購入した戦艦でした。英国が世界各地の港を封鎖してバルチック艦隊が燃料や食糧の補給に苦しんだことも日本の勝因の一つでした。日露戦争は日本にとって祖国防衛戦争でしたが、同時に英米の極東での植民地の防衛を英米に託された戦争でもありました。 ある意味では日本は英米に利用されてロシアと戦ったと言えなくもありません。ともあれ、日本は日露戦争に勝つことによってロシアの植民地にならずに済んだのは幸いでした。再び参考文献を紹介して下さり、ありがとうございます。なお、「坂の上の雲」はテレビ番組を観ています。
 
IZUMO  推薦 : 2659  反対 : 5  作成: 2010-04-30 08:06:32
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>ロシアも日本と同様に財政的にも苦しかったのですから――
 「同様に」? つくづく馬鹿だな。ロシアが日露戦争で借金しながら戦争してたのか? 国内の食料を国民が暴動起こすレベルで制限して軍に送ってたのか? 何を以って「同様に」とかほざいてるんだか理解に苦しむんだが。>だとすれば、当時の大韓帝国政府が日本政府による竹島編入宣言に抗議しなかったのは不思議ですね――不思議でも何でもないだろ。当時の大韓帝国にとって竹島は何の価値もない岩礁であり領有権を主張された所で痛くも痒くもなかった。ただそれだけだよ。その事はJake様も散々言ってたはずだが、相変わらず全然理解してないんだな。。
 
IZUMO  推薦 : 3053  反対 : 4  作成: 2010-04-30 08:13:26
>そもそも推測は常に正しいものではなく、むしろ推測は当たることより外れることが多いものなのではないでしょうか?――
 だから、    そ    ん    な    も    ん    を    根    拠    に    正    当    性    を    主    張    す    る    な    といわれてるんだが、本気でどうしようもない馬鹿だな。本当に一度精神病院に入院したほうがいいんじゃないか? つーか、逆に言えばお前はその程度の根拠で自分の正当性を主張できる(他人の正当性を否定できる)と考えてるって事だが、人間はそういう奴のことを    嘘    吐    き    と    言    う    んだよ。まあ、「息するように嘘をつく」チョンには当たり前の行動かも知れんがな。
 
IZUMO  推薦 : 2299  反対 : 5  作成: 2010-04-30 08:18:39
>「当時の極東で日本に対抗できる国がロシア以外にあったのですか?」という私の質問には答えてくれていませんね――
 答えてるだろ。    お    前    が    理    解    し    て    な    い    だけで。
>軍隊の主力は本国にあり――
 だったら「戦争になって現地の戦力が足りなければ本国から回せばいい」んだが? 「現地の戦力だけ見て自分達の方が上だから戦争は自分達が有利」なんて理屈が通るなら、外交も通商も必要ないんだが、どうしてここまで理解力ってもんが存在しないのかね。
 
amature  推薦 : 1153  反対 : 3  作成: 2010-05-09 21:52:16
>Mr.X 様 「奉天会戦と日本海海戦で敗れた後のロシアにもまだ陸軍には動員可能な戦闘部隊が本国に残っていたことは事実のようですが、それを極東に派遣する余裕があったかどうかは疑問です」
 GW中に『日露戦争史』はお読みいただけましたでしょうか? 「疑問です」とありますが、動員可能な大量の陸軍部隊を極東に振り向けることがクロパトキン総司令官の基本戦略だったのですが?
 「当時のロシアはバルカン半島の支配権を巡ってドイツ・オーストリアと対立しており、結局これが第1次世界大戦の発端となったわけです。ロシアが残存部隊を極東に派遣した隙にドイツとオーストリアがロシアに攻め込んできたら、ロシアは首都(サンクトペテルブルク)を防衛できずに降伏しなければならなくなった可能性もあります」
 既に欧州を主任務とするバルチック艦隊を極東に振り向けている訳ですが? ロシアは既にフランスと同盟することでドイツ・オーストリアを牽制することに成功しているからこその艦隊移動ですよ? いささか貴方の想像は事実に反しているようですね。
 
amature  推薦 : 1426  反対 : 3  作成: 2010-05-09 21:57:51
>Mr.X 様 「1905年当時の大韓帝国が実質的な外交上の発言権を持っていたことはわかりました。だとすれば、当時の大韓帝国政府が日本政府による竹島編入宣言に抗議しなかったのは不思議ですね」
 これを「不思議」としない、筋の通った説明が一つあります。「1905年当時の大韓帝国が竹島を自国領土と考えていなかった」から「実質的な外交上の発言権を持って」いながらも「抗議をしなかった」。実のところ、これだけのことだと考えますが? だからこそ、ラスク書簡もサンフランシスコ講和条約もヴァン・フリート特別報告書も、竹島を日本領土と規定しているのですよ。何の不思議もありません。
 
amature  推薦 : 1532  反対 : 3  作成: 2010-05-09 22:03:09
>Mr.X 様 「そもそも推測は常に正しいものではなく、むしろ推測は当たることより外れることが多いものなのではないでしょうか?」
 しかし、自分の推測が全くの的外れで構わない、と考えて発言する訳ではありませんよね? 自分の推測は「外れ」かもしれない、と危惧するからこそ、資料なり文献なりにあたって検証を行い、その上で推論を補強して極力「外れ」ないようにするのではないでしょうか? 発言は自由ですが、検証を怠ることまで放任されている訳でもないと思うのですが。
 
amature 推薦:1604  反対:3 作成: 2010-05-09 22:15:46
>Mr.X 様 「「当時の極東で日本に対抗できる国がロシア以外にあったのですか?」という私の質問には答えてくれていませんね」
 既に答えています。私の回答を踏まえて「軍隊の主力は本国にあり、極東には植民地や租借地の治安維持に必要な程度の軍隊しか駐留させていませんでした」というコメントになっているのでしょう? 日露戦争においてロシアはバルチック艦隊をバルト海から日本にまで周航させてきました。必要となれば軍隊というのは移動させることが可能なわけです。お分かりですか? 更に言えば、戦争というのは単なる局地戦の積み上げ、戦闘の積み上げで出来ている訳ではありません。日本人なら、先の大戦での、大日本帝国の大失敗から歴史的教訓を得て下さい。局地戦でどれほど戦勝を重ねようと国力差で最終的な敗亡に追い込まれることはあるのです。そもそも「当時の極東で日本に対抗できる国がロシア以外にあったのですか?」なのですか? それとも「当時の極東でロシア軍に対抗できるのは日本軍だけでした」なのですか? 先に書いたとおり、この二つは全く異なる意味になるのですが?
 
 
 (続く)
(もう討論の山は越えました。あと2回分ありますが、何となく終わって行きます。)

竹島問題紙上討論会(28)

Mr.X  推薦 : 2  反対 : 316  作成: 2010-04-28 02:34:12
 ジェイク氏へ:韓国の李明博大統領も立場上「独島を日本に譲る」とは言えないのは分かります。竹島問題の解決の糸口は、残念ながら当分見つかりそうもありませんね。日露戦争は朝鮮半島への進出を目論むロシアと朝鮮半島がロシアの支配下に入ることを防止しようとする日本との戦いでしたから、日本軍が朝鮮半島に上陸することは作戦上必要だったわけですね。韓国政府はロシアの勝利を予想していたのかもしれませんが、結果的には日本が勝ちました。もしロシアが勝っていれば、朝鮮半島はロシアに併合されていたかもしれませんね。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 587  作成: 2010-04-28 02:42:28
 アマチュア氏へ:私が言いたかったのは、魏志倭人伝に倭国が対馬を支配していたことが記述されているという事実だけでは、対馬から遠く離れた竹島を倭国が支配していたと断定できないということです。朝鮮半島北部の楽浪郡と倭国の山陰地方との間で船の往来があったという情報があって、初めて竹島を含む日本海西部が倭国の制海権下にあったと推測できます。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 539  作成: 2010-04-28 03:07:22
アマチュア氏へ:古代の文献にソウルの近郊都市クンボに関する記述が無いとのことですが、クンボがソウルの近郊にあるのであれば、クンボは常識的には三韓の領土であったであろうと「推測」はできます。しかし、クンボが100%間違いなく三韓の領土であったと「断定」はできません。ソウルの近郊都市を外国、例えば中国や倭国が領有していた可能性が100%無かったとは断定できないからです。結局、クンボはおそらくは三韓の領土だったと常識的には推測できるが、100%そうだったと断定はできません。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 625  作成: 2010-04-28 03:29:13
アマチュア氏へ: 日露戦争でロシアは極東艦隊を失い、陸上でも奉天の会戦で敗れ、旅順要塞も陥落し、そして最後に日本海海戦でバルチック艦隊が全滅して敗北が決定的になって戦争の継続が困難となり、米国の斡旋による日本との講和に応じました。私は個人的には日露戦争中のロシアは苦戦続きで青息吐息の状態にあり、韓国に構っている余裕はなかっただろうと想像しています。これはあくまで想像であり、断定ではありません。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 531  作成: 2010-04-28 03:37:12
アマチュア氏へ:「当時、韓国政府は日本政府に対してさまざまな要求を突き付けてきていますし。」← どのような要求を突き付けていたのですか?
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 559  作成: 2010-04-28 03:48:49
 アマチュア氏へ: 明確な根拠が無くても、人間は過去の様々な人生経験の積み重ねから得た経験知に基づいて推測することができます。推測とはこのような蓄積された経験知に基づいて行なうものであり、ファンタジーのような単なる夢想とは全く違います。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 697  作成: 2010-04-28 04:29:30
アマチュア氏へ:「インドネシアを植民地に持っていた仏国」←間違いです。インドネシアを植民地にもっていたのはオランダです。フランスの極東での植民地はインドシナ半島(ベトナム、ラオス、カンボジア)です。当時の極東でロシア軍に対抗できるのは日本軍だけでした。英国もフランスも米国も当時の極東では小規模の植民地を支配するための軍隊を駐留させていただけであり、日本軍に対抗できるほどの大軍は駐留させていませんでした。そもそも英国が日英同盟を締結したのは、極東での英国の植民地を日本に守ってもらうためでした。英国もフランスもドイツの軍備拡大に対抗して軍備を拡大していましたが、主力はヨーロッパの本国にあり、極東にはありませんでした。 米国も南北戦争後40年間は最小限の軍備しかもたず、米国が日本以上の海軍を持つようになったのは太平洋戦争の後半になってからでした。 日本は財政的には英米からの借金で戦費を調達しましたが、軍事的には単独で世界最大のロシア陸軍とバルチック艦隊を打ち破ったのです。 極東にある欧米の植民地駐留軍など問題にならなかったでしょう。
 
Mr.X  推薦 : 4  反対 : 701  作成: 2010-04-28 04:39:33
アマチュア氏へ: 私もただ「私はこう思う」と自分なりの個人的な意見を述べているだけであり、それを他人に押し付けるつもりはありません。貴方が仰ることで納得できる部分は学ばせて戴き、そうでない部分に対しては私なりの意見を述べてみます。
 
IZUMO  推薦 : 3280  反対 : 4  作成: 2010-04-28 22:28:07
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>日露戦争中のロシアは苦戦続きで青息吐息の状態にあり――
「ロシア全体の国力」から考えて「日露戦争での苦戦」がそんなに深刻なものかどうかはちょっと考えれば分りそうなもんだと思うんだが、相変わらず、思考能力ってもんがない奴だな。
>推測とはこのような蓄積された経験知に基づいて行なうものであり――
その「経験知」とやらを誰がどうやって検証するんだ? つーかお前、「ウリは歴史の専門家じゃないから知らなくてもケンチャナヨ!!」とか平気でほざいてるのにそんな馬鹿の「経験知」なんぞが信用できるわけないだろ。更に言えば、今お前が目の前に座ってるものには検索機能がついてるわけだが、それすら使わず「勘に基づいて」妄想を垂れ流すって事は、    自    分    の    論    拠    を    確    認    す    る    つ    も    り    す    ら    な    い    って事なんだが、そんな馬鹿の戯言を誰が聞いてくれると思ってるんだ?
 
IZUMO  推薦 : 3157  反対 : 4  作成: 2010-04-28 22:33:37
>日本は財政的には英米からの借金で戦費を調達しましたが、軍事的には単独で世界最大のロシア陸軍とバルチック艦隊を打ち破ったのです。極東にある欧米の植民地駐留軍など問題にならなかったでしょう――
……………アホじゃね? 兵器だけで戦争ができるとでも思ってるのか? つか、「戦争」ってのが軍隊と軍隊のぶつかり合い    だ    け    だとでも思ってるのか? 孫子ですら、2500年も前に「軍隊同士のぶつかり合いは最後の最後の手段」と説いてるのに、お前はその程度すら理解できんのか。この程度の馬鹿が「ウリは今までの経験から推測を述べてるニダ!! ファンタジーなんかじゃないニダ!!」とかほざいてるんだから、もはやギャグとしか言いようがないな。
 
IZUMO  推薦 : 4658  反対 : 4  作成: 2010-04-28 22:38:42
 つーかそもそも、日本とその他欧米諸国の国力差を考えれば、例え一戦して何とか勝てたとしても、その後が続かない事なんか自明の理なんだが(そうでなければ三国干渉なんかうけないっての)。まあ、何とかして「チョパーリどもは当時アジア随一の軍事大国だったニダ!! だから何でも軍事力に物を言わせて物事を解決しようとする野蛮人だったニダ!!」と主張したいんだろうが、そんな妄想誰にも受け入れられんよな。お前がどんな経験に基づいて妄想をしようが知ったこっちゃないけど、最低限    事    実    を    踏    ま    え    て    か    ら    にしてもらえんかね。
 
amature  推薦 : 608  反対 : 7  作成: 2010-04-29 08:50:25
>Mr.X 様 「日露戦争でロシアは極東艦隊を失い、陸上でも奉天の会戦で敗れ、旅順要塞も陥落し、そして最後に日本海海戦でバルチック艦隊が全滅して敗北が決定的になって戦争の継続が困難となり、米国の斡旋による日本との講和に応じました」
  どうも事実誤認があるようです。別段、ロシアは「敗北が決定的」になったから「戦争の継続が困難」になった訳ではありませんよ? 敗戦の連続および内政上の不安から戦争の継続を断念した、くらいの表現の方が妥当です。何故なら、大陸軍国であるロシアにはまだ極東に派遣しうる大部隊が西方に残されていたのですし、日本軍の方こそもはや破産状態で継戦能力を喪失していたのですから。だからこそ、犠牲に見合わないポーツマス条約を締結して帰国した小村寿太郎が襲撃され日比谷焼き討ち事件が発生したのです。もしかして、あまり歴史はお得意ではないのでしょうか?
 
amature  推薦 : 560  反対 : 7  作成: 2010-04-29 08:50:52
>Mr.X 様 「どのような要求を突き付けていたのですか?」
 一例を既にjake様が2010-04-23 15:21:03の投稿で挙げて下さっていますね。一々挙げるのが面倒なので、講談社学術文庫のイザベラ・バード『朝鮮紀行』および文春新書の呉善花『韓国併合への道』を読んでください、と申し上げておきます。でも、行間が読めないと理解できないかもしれませんね。
 
amature  推薦 : 532  反対 : 8  作成: 2010-04-29 08:51:21
>Mr.X 様 「明確な根拠が無くても、人間は過去の様々な人生経験の積み重ねから得た経験知に基づいて推測することができます。推測とはこのような蓄積された経験知に基づいて行なうものであり、ファンタジーのような単なる夢想とは全く違います」
 その経験知がどれほど正しいのかをどのように検証すれば良いのでしょうか? それが単なる事実誤認であったり思い込みであったりする為に発生する悲喜劇に人間世界は満ち溢れているのですが? 常に第三者にとっても確認・検証に耐える根拠に基づく推測が必要なのはその為です。思い込みに基づく推測など夢想と殆ど同じです。むしろ、場合によっては有害な分たちが悪いと言えるかも知れません。
 
amature  推薦 : 845  反対 : 7  作成: 2010-04-29 08:51:48
>Mr.X 様 「当時の極東でロシア軍に対抗できるのは日本軍だけでした」 
 ですから、そう書いていますよね? 貴方が主張したのは「当時の極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国がロシア以外にあったんですか?」ですよ? もしかして日本語に不自由がおありなのかも知れないので書いておきますが、この順番が逆だと全然違う意味になるのですよ。「当時の極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国がロシア以外にあったんですか?」であれば、日本最強、ロシアが二番手という意味になりますし、「当時の極東でロシア軍に対抗できるのは日本軍だけでした」であれば、ロシア最強、日本が二番手という意味になるのです。「日本は財政的には英米からの借金で戦費を調達しましたが、軍事的には単独で世界最大のロシア陸軍とバルチック艦隊を打ち破ったのです」 英米からの借金がなければ日本軍は即座に継戦能力を喪失していましたし、世界最大のロシア陸軍全てを打ち破った訳でもありません。どうも事実誤認があるようですね。
 
 
(続く)
 
ま、このあたりは竹島にはあまり関係なさそう。
 

竹島問題紙上討論会(27)

Mr.X  推薦 : 3  反対 : 786  作成: 2010-04-27 01:26:37
ジェイク氏へ:私は単なる個人的な思いつきで日本政府は竹島問題に関する日本側の見解を韓国語で説明したパンフレットを韓国の全世帯に配布すればいいと書きましたが、現実にはそんなことを軽々しく実行すればどうゆうことになるか分からないのですね。今後韓国が経済的な苦境に陥って、また日本に援助を求めて泣きついてきたら、その時こそ日本側は韓国側に竹島問題の決着を迫り、竹島問題をこれ以上うやむやのままにするのなら日本はもう韓国に経済援助はしないと毅然とした態度で宣言するべきでしょう。理性と常識を備えている人物と思われる李明博氏が韓国の大統領である間に竹島問題に解決の糸口が見つかるのが望ましいと思いますが・・・。
 
IZUMO  推薦 : 1063  反対 : 4  作成: 2010-04-27 01:35:58
>今後韓国が経済的な苦境に陥って、また日本に援助を求めて泣きついてきたら、その時こそ日本側は韓国側に竹島問題の決着を迫り、竹島問題をこれ以上うやむやのままにするのなら日本はもう韓国に経済援助はしないと毅然とした態度で宣言するべきでしょう――
 で、「チョパーリはウリ達が困っているのにつけこんで無理矢理独島を奪ったニダ!! ウリ達はこんな暴虐は認めないニダ!!」とファビョる訳か。一つ聞くが、お前のその主張は、お前が常々主張している「チョパーリは軍事力にものを言わせてウリ達の許可もなく独島を奪ったニダ!!」ってのと    何    が    違    う    ん    だ    ? 「軍事力」が「経済力」に変わっただけだろうが。毎度毎度、よくそんな矛盾した事を口にできるな。いくら恥を知らん下劣生物とは言え、人間の理解の範疇を超えてるんだが。
 
jake  推薦 : 426  反対 : 3  作成: 2010-04-27 18:29:44
Mr. Xさん>「理性と常識を備えている人物と思われる李明博氏が韓国の大統領である間に竹島問題に解決の糸口が見つかるのが望ましいと思いますが・・・。」
 → そう願いますが、困難でしょうね。たとえ、あなたが思うような人物だとしても、彼も韓国民に選ばれて大統領になりましたから、韓国民の民度の延長線上に存在する。彼は日本がこのたび、教科書に竹島は日本の領土であることを記述することを決めたことに対し、竹島の実効支配を強化するという対抗措置を声明しました。そういわないと政権が持たないという事情もある。また、そういうことで政権基盤を強化できるのです。結局、韓国民も問題なのです。そういう国民にしてしまった責任は、韓国の歴代政権にあることは、前にも述べた通りですね。こういうことも、日本が一方的に理解を示し、妥協して解決できる問題ではないという理由の一つなんですよ。つまり、韓国には徹底的に反論することが最良ということですね。
 
jake  推薦 : 455  反対 : 3  作成: 2010-04-27 18:53:17
Mr. Xさん>日露戦争で韓国が局外中立を宣言したことに対し日本軍が進駐したことについて>
 日露戦争とはどういう戦争だったかを考えてみれば分かることではないでしょうか。この戦争は日清戦争後、満州への進出を加速し、義和団の乱以降、実質的に満州を勢力下に収めたロシアがさらに南下して朝鮮半島をうかがったことによって始まった戦争です。そういうことで、半島から中国東北部にかけての地域を戦場とせざるを得なかった戦争ということですね。また、朝鮮(大韓帝国)はさまざまな事情からロシアの南下を支援する側に回ってしまった。韓国の親ロシア勢力は局外中立を宣言しましたが、「戦争はよそでやってくれ」とは言えない立場・状況でもあったということですね。結局、韓国の親日勢力が仁川に上陸しソウルに進駐した日本軍に韓国国内の軍事通行権を認めました。韓国の行いが日露戦争の原因になったということですね。なお、日清戦争後、日本の介入を招いたのも、韓国の国内の政治的・社会的混乱と情緒的反日、現実認識の甘さ、さまざまな要因もある。日本の野望と一方的に決めつけられない面もあるのです。
 
jake  推薦 : 327  反対 : 3  作成: 2010-04-27 19:12:40
republicさん>「申景濬と共に東国文献備考の編纂にあたった李潭、金応淳、洪名漢、徐浩修達は東国輿地志を読んでいたはずですが、彼らはねつ造の共犯だったのでしょうか」ーー
 そのあたりや、なぜ、このような改ざんが行われた事情・背景・意図などについては、韓国史のテーマなんでしょうね。ただ、こうした正史の編纂は、純粋に学究的に行われたものではなく、当然、国益も考慮されたはずです。また、当時の政治状況を考えると党派間の闘争も考慮しないといけないでしょう。いろいろな可能性が考えられますが、私にはそれをあげるだけの根拠がないのは、先に申し上げたとおりです。安龍福については、私は、その供述の齟齬・矛盾から、ほら吹きと言わざるを得ないと考えています。それについて、どのような疑問をお持ちなのか、教えていただけるとありがたいです。
 
amature  推薦 : 212  反対 : 1  作成: 2010-04-27 23:19:58
>IZUMO 様 「こいつの発言に根拠がないのは最初からですが、「思い込み」とか「ファンタジー」などの持って回った言い方をせずに、はっきりきっぱり「単なる妄想」だと言い切ってやらないと理解できないと思いますよ」 
 いや、言い切っても無理なのではないでしょうか? なかなか頑迷固陋なところを見せてくれてますし。
 
amature  推薦 : 508  反対 : 2  作成: 2010-04-27 23:26:17
>Mr.X 様 「竹島は対馬から遠く離れた位置にある島ですから、倭国が対馬を実効支配していたからと言って、倭国が竹島も実効支配していたとは断定できないはずです」
 これについては、既に出雲と楽浪郡との間の交流について説明済みですね。貴方も「朝鮮半島の南部を倭国が支配し、倭国の山陰地方と朝鮮半島の北部との間で船が往来していたのであれば、たしかに竹島を含む日本海西部は倭国が支配していたと推定できると思います(2010-04-24 02:09:50)」と回答し納得いただけているものと思ったのですが? あと既に、特定地名が歴史書に記述されていないとしても「通常、ある勢力がある一定の領域を勢力下においた場合、その一部が他の勢力の支配下にあればそれは特異な例として記録に残されるもの」という形で説明済みですよね?
 
amature  推薦 : 573  反対 : 4  作成: 2010-04-27 23:27:34
>Mr.X 様 「これのどこが詭弁なんですか?」
 分かりました。では、「後漢書」にも「魏志」にもソウル近隣都市であるクンポの地名は出てきませんでしたので、当時、クンポが三韓の領土であったとは断定できなかった、ということでよろしいですか? 断定できない以上、倭の領土であった可能性もある、と推論してしまって良いのですか? このロジックを詭弁と言わなくて良いとは到底思えないのですが? 貴方の用いているロジックはつまりこういうことなのですが?
 
amature  推薦 : 603  反対 : 5  作成: 2010-04-27 23:41:23
>Mr.X 様 「1905年には何が起こってましたか? 日露戦争と(第1次)ロシア革命が起こった年ですよ?」
 あのですね、日本の竹島編入宣言が1905128日ですね? で、日露戦争は確かに進行中でしたが、ロシア側はバルチック艦隊が沈むまで(1905527-528日)それほどの危機感を持って戦っていた訳ではないのですが? ちなみにロシア第一革命では別に帝政が揺らぐほどの事態にもならずに終わっていますね? 少し針小棒大に過大評価しておられませんか? 現に190589日から始まるポーツマス講和条約では終始ロシア側が優位に外交交渉を進めているのに「青息吐息の苦境にあった当時のロシアに韓国に構う余裕があったと思いますか?」とはロシアを過小評価、日本を過大評価しすぎですね。
 
amature  推薦 : 603  反対 : 6  作成: 2010-04-27 23:42:55
>Mr.X 様 「日露開戦の際に大韓帝国は局外中立を宣言したのに日本はそれを無視して韓国に進駐したのですよ」
 え~と、その1905年に大韓帝国の高宗が何をしていたか、既に私は説明したと思ったんですが? 局外中立を宣言しただけで実は中立ではなかったことが明らかなんですが?
 「そのような状況下で韓国が日本の竹島編入宣言に異議申し立てをできると思いますか?」
 できたと思いますよ。現に、当時、韓国政府は日本に対し様々な要求を突きつけていますし。それが外交というものです。大韓帝国の外交官はそこまで無能だったわけはないと思いますよ。ただ、竹島については何も主張していないんですよね。不思議不思議。
 
amature  推薦 : 643  反対 : 5  作成: 2010-04-27 23:45:56
>Mr.X 様 「「いずれ韓国は日本を武力で侵略するに違いない」とは随分飛躍した推測ですね」
 そうです、そう書いたでしょう? 結論ありきに基づいた薄弱な根拠から導き出される飛躍した推論はファンタジーなのですよ。
 「私はそんな飛躍した推測はしません」
 いやいや、貴方の推論も大したものですよ。
 「断定には確固たる根拠が必要ですが、推測は断定ではありません」
 何のトートロジーですか? 当たり前でしょう? ただし、「推測は断定では」ないとしても推測を支えるだけの第三者にも検証しうる「根拠」が必要です。そうでなければ、個人の思い込み、ファンタジーと何の違いもありません。
 「明確な根拠がある場合は断定し、無い場合はカンなどに基づいて推測します」
 すみません、カンなどに基づかれた説明で誰が納得するのでしょう?
 
amature  推薦 : 643  反対 : 4  作成: 2010-04-27 23:46:59
>Mr.X 様 「当時の極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国がロシア以外にあったんですか?」
 ありました。まず、極東に植民地を持つ英国およびフィリピンを植民地に持つ米国、インドネシアを植民地に持つ仏国など列強は当時の日本の息の根を止めることが容易に出来たでしょう。特に英国がその気になれば日本の財政は簡単に破綻しています。日露戦争当時の日本は未だ列強の仲間入りも出来ず、江戸時代に締結した不平等条約が残されていた時代であることを忘れないで下さい。
 日清戦争にしても日露戦争にしても、日本は国家財政破綻寸前(或いは破綻している財政を英米の支援に支えられて)戦ったと言うことをご存知無いのですか? そもそも日本は単独でロシアと戦えるような国ではありませんでした。つまり「当時極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国はロシアだけだった」は大ウソです。極東でロシアに対抗できる可能性があったのは日英同盟に支援された日本だけだった、というのが正しい表現です。本当に日本を過大評価しているんですね。
 
amature  推薦 : 681  反対 : 5  作成: 2010-04-27 23:53:24
>Mr.X 様 「私は貴方が言うことで納得できる部分は受け入れて学んでいます」
 そうですか? それはどうも。まあ、納得できないものを無理に納得いただかなくとも結構ですよ。私も私の意見を押しつけるつもりはありませんので。ただ、私の意見に納得できないからということで反論されるのであれば、それなりの根拠に基づいてお願いします。あなたのカンや思い込みに基づいて反論されても、こちらとしては納得のしようがありません。当然、それなりの根拠に基づいて回答させていただくことになります。
 
(続く) 

竹島問題紙上討論会(26)

jake  推薦 : 383  反対 : 3  作成: 2010-04-26 14:12:51
republicさん>(続き)2006年に現存しないとされてきた柳馨遠の『東国輿地志』が発見されたわけですが、それまでは申景濬が担当した『東国文献備考』「輿地考」の註釈を根拠に、輿地志には「鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」とあり『粛宗実録』中の安の供述記録はそれを裏付けるものとして理解され今日の韓国側研究者の主張の根拠に採用されてきた わけですね。いってみれば、安供述の信憑性が柳馨遠の『東国輿地志』により担保されてきたということです。しかし、発見された『東国輿地志』にはその記述はなかった。なお、「私は「オーソライズされた」ではなく「認識が定着した」書きました」といいますが、私はオーソライズを定着に変えて、安供述により認識が定着することはなかったと言い直してもよいと思っています。定着したかのように主張したのは、今日の韓国の研究者たちだと考えています。先に、その理由として于山島を確認するため松島(現・竹島)に渡った形跡はない、于山島探しが20世紀初頭まで続いたことを指摘しました。
 
jake  推薦 : 315  反対 : 3  作成: 2010-04-26 14:13:39
republicさん>「二度目の来日時に松嶋へ立ち寄ったという記録がありますが、お読みになっているでしょうか」--
 先の投稿は、村上家文書「元禄九丙子年朝鮮舟着岸一巻之覚書」を読んだ上でのご返答だと考えていただいて結構です。隠岐の役人は、比較的公正に安の言い分を記述しています。だからといって、于山島=竹島という彼の認識が信用に足るものであるかどうかは、『粛宗実録』の供述記録も含めて、大いに疑問があると申し上げているわけです。このあたりは、すでに簡単に触れましたし、republicさんもよくご存じでしょうから、ここでは言及しません。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 4  作成: 2010-04-26 14:38:50
若手研究者が新事実に基づいて論文書くときに、権威を増すために某大先生の有名な論文にその事実が書いてあるってねつ造するものかな。他人が某大先生の論文を読めば、その事実が書いていないことは一目瞭然でねつ造が露見し、若手研究者は論文の引用もできないと評価されてしまうはず。某大先生の論文の中身が失われて存在しないことが100%確かなら別だけど、その論文は2006年に見つかったくらいだから1750年には写本も含めていくつも存在していたはずだし、、、。
まあ人の心の内は計り知れないから、250年前の人の著述の動機は詮索し難しか。それから、甲の供述が引用されてAという書物が書かれ、そこからBという書物が書かれた、そのテーマについて書かれた書物がそう沢山ある訳ではない時代に二冊も本があれば、その供述が(オーソライズされたとは言えずとも)、一定程度定着したと言ってもバチは当たらないと思うけど、これも主観の問題かな。
 
jake  推薦 : 328  反対 : 2  作成: 2010-04-26 15:33:05
republicさん>そうじゃないですよ。あなたは「東国文献備考」を今日の学者の論文の梗概集のように受け止めていらっしゃるのですか。「東国文献備考」は朝鮮の東部の諸情勢・諸問題を記した李氏朝鮮の正史で、歴代の朝鮮王朝実録その他公文書を解釈し公式見解を得るために用いる原典となることが意図され、英祖46年(1770年)に王命により編纂が命じられたものです。
その際、申景濬は李潭、金応淳、洪名漢、徐浩修とともに編者に任じられました。こういうものですから、編者の私見を註釈に記述するわけにはいかない。なお、申景濬な若手の研究者ではなく、当時にあっては老練な文官・重臣です。彼は1712年生まれとされていますから当時満58歳ですね。
 
republic  推薦 : 1  反対 : 4  作成: 2010-04-26 15:33:35
私の比喩の真意は、申景濬はそんな直ぐにばれる嘘はつかなかったのではないだろうかという点です。学者の論文の世界でも考えられないくらい馬鹿げたことなのに、まして官撰地理書の編纂に際して、先行する『興地志』の内容を原本と違えて引用すれば、他の編者からも指摘されたはずだし、責任問題につながる大変なリスクだったと思います。
 
jake  推薦 : 338  反対 : 2  作成: 2010-04-26 15:44:04
republicさん>(続き)なお、申景濬の『東国文献備考』「輿地考」の註釈の誤りがなぜ生じたかということは、今日の韓国の主張を考えるうえではさほど重要ではありません。誤りがあったという認定だけで十分ではないでしょうか。なお、「于山則倭所謂松島也」が通説になっていた程度も、韓国の研究者たちはことさらに強調してきましたが、その後の出来事を勘案すれば、さほど重要・決定的なものではないと申し上げているんです。
 
jake  推薦 : 333  反対 : 3  作成: 2010-04-26 15:50:05
republicさん>すぐバレる嘘だったかどうかは、当時の朝鮮において、柳馨遠の『東国輿地志』がどの程度流布し、それが簡単に読めるものだったかどうかにもよるでしょうね。残念ながら、私はそれを説明するだけの知識・情報がありません。しかし、すぐバレる嘘をつくかどうかといっても、『東国輿地志』にはそう記述されていないということは、明らかになっているわけです。
 
republic  推薦 : 2  反対 : 5  作成: 2010-04-26 16:28:12
Jakeさん、申景濬と共に東国文献備考の編纂にあたった李潭、金応淳、洪名漢、徐浩修達は東国輿地志を読んでいたはずですが、彼らはねつ造の共犯だったのでしょうか。全員その注釈の「誤り」を見過ごしたのでしょうか。皆、「于山則倭所謂松島也」と思っていたと考えることはできないのでしょうか。疑問は尽きませんが、安龍福の一件は韓国の独島領有権主張の根拠としてほとんど役に立たないと言う点で意見は同じようなので、今度こそ終わりにしたいと思います。韓国側の論者の言うことは極一部を除き説得力がありませんが、日本側の論者も相手側を完封しようとする気持ちが強すぎるのか、多くの論者が申景濬の記述をねつ造・改竄、安龍福をほら吹き、犯罪人と決めつけるのを疑問に思っているだけです。
 
IZUMO  推薦 : 428  反対 : 1  作成: 2010-04-26 21:40:35
republic様>申景濬はそんな直ぐにばれる嘘はつかなかったのではないだろうかという点です――
 「すぐばれる嘘をつく」のはチョンどもの通弊ですが、まさかご存じないんですか?
 
IZUMO  推薦 : 529  反対 : 1  作成: 2010-04-26 22:08:19
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>ほとんどの韓国人は独島が韓国固有の領土だと信じており、それを日本が返還せよと無茶な要求をしていると感じているのではないでしょうか?――だから、それを「無茶な要求」だと思ってるのは    世    界    で    お    前    達    だ    け    なんだよ。つーか、本当に日本の要求が「無茶」だというんなら、それこそ    国    際    法    廷    に    出    て    く    れ    ば    い    い    って話になるんだが? 本当に日本の要求が「無茶」なら国際法廷はそう判決を下すだろうよ。何度も何度も言うが、国際法廷に出てこない時点で、お前達の主張には    何    の    正    当    性    も    な    い    んだよ。
 
IZUMO  推薦 : 533  反対 : 2  作成: 2010-04-26 22:13:31
>これのどこが詭弁なんですか? 私は当然の事を言ったつもりなんですが?――
 これを「当然の事」といってる時点でお前には    常    識    と    言    う    も    の    が    存    在    し    な    い    と自ら認めたも同然だがな。「魏志倭人伝」が書かれた当時、    対    馬    や    竹    島    を    含    む    海    域    一    帯    が倭の支配地域だった。で? その状況で    竹    島    だ    け    が    倭    の    支    配    圏    か    ら    外    れ    て    い    た    とする根拠はなんだ? 少なくとも、どこの史書にもそんな記述はない以上、竹島は倭の支配地域に含まれていたとするのが妥当なわけだが、そんな事も理解できんのか?
 
IZUMO  推薦 : 523  反対 : 4  作成: 2010-04-26 22:17:01
>日本海海戦の大敗北でバルチック艦隊が全滅させられ、青息吐息の苦境にあった当時のロシア――
 はい大嘘。ロシアにとってバルチック艦隊は一方面艦隊に過ぎず、それが全滅させられたからといって「青息吐息の苦境」になる事はありえない。この程度の事は当時の歴史を学んだものにとって常識な訳だが、    本    当    に    歴    史    を    知    ら    ん    な。お前は。
 
IZUMO  推薦 : 524  反対 : 3  作成: 2010-04-26 22:22:08
>日露開戦の際に大韓帝国は局外中立を宣言したのに日本はそれを無視して韓国に進駐したのですよ――
 これも大嘘。「局外中立」とは名ばかりで、実際には    ロ    シ    ア    に    擦    り    寄    っ    て    い    た    んだからな。大体それまで反日親露路線をとっていたくせに、都合のいい時だけ「ウリ達は中立ニダ」なんぞとほざいて通ると思うか。恨むなら自分達の不誠実な態度を恨め。
 
IZUMO  推薦 : 1058  反対 : 3  作成: 2010-04-26 22:28:21
>明確な根拠がある場合は断定し、無い場合はカンなどに基づいて推測します。それが普通ではないでしょうか?――
 明確な根拠がない場合は出来る限りの情報を集めてそこから推察するか、そもそも    言    及    を    控    え    る    のが「普通」なんだがな。下劣生物にはその程度の「常識」も存在せんか。まあ、百歩譲ってお前が根拠のない妄想を垂れ流すのを認めるとしても、その妄想を根拠に    自    分    の    正    当    性    を    主    張    す    る    な    よ。「自分の正当性を主張する」ないし「他人の正当性を否定する」なら根拠の存在は    必    要    不    可    欠    なんだよ。その程度も理解出来んクズが軽々しく口を開くな。だからお前は    下    劣    生    物    なんだよ。
 
 
 
 
 
(続く)
 

竹島問題紙上討論会(25)

Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2647  作成: 2010-04-26 02:53:22
アマチュア氏へ:1905年には何が起こってましたか? 日露戦争と(第1次)ロシア革命が起こった年ですよ? 日本海海戦の大敗北でバルチック艦隊が全滅させられ、青息吐息の苦境にあった当時のロシアに韓国に構う余裕があったと思いますか? 日露開戦の際に大韓帝国は局外中立を宣言したのに日本はそれを無視して韓国に進駐したのですよ。そのような状況下で韓国が日本の竹島編入宣言に異議申し立てをできると思いますか?
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2857  作成: 2010-04-26 03:09:11
アマチュア氏へ:「いずれ韓国は日本を武力で侵略するに違いない」とは随分飛躍した推測ですね。私はそんな飛躍した推測はしません。その喩えは極端な例ですね。断定には確固たる根拠が必要ですが、推測は断定ではありません。私は断定できるだけの明確な根拠が無い場合は「~である」という断定的な表現を避けて、「~だと思う」という推測的な表現を用います。明確な根拠がある場合は断定し、無い場合はカンなどに基づいて推測します。それが普通ではないでしょうか? 
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 :  2467 作成: 2010-04-26 03:20:03
アマチュア氏へ:「当時極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国はロシアだけだった」←これのどこが大ウソなんですか? 当時の極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国がロシア以外にあったんですか? それはどの国ですか? 清国は1895年の日清戦争で日本に完敗したんですよ? 貴方こそ歴史を知らないんじゃないですか? 軽々しく他人をウソツキ呼ばわりするのはやめてほしいですな。 
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2149  作成: 2010-04-26 03:27:32
アマチュア氏へ:私は貴方が言うことで納得できる部分は受け入れて学んでいます。貴方が言うことで納得できない部分についてだけ自分なりの意見を述べています。それだけです。意見は人それぞれです。貴方の意見と私の意見が異なる場合があるのは当然のことであり、自分の意見を他人に押し付けるつもりなど毛頭ありません。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 2084  作成: 2010-04-26 03:31:14
アマチュア氏へ:有益な書物を紹介して下さり、ありがとうございました。
 
jake  推薦 : 324 反対 : 2  作成: 2010-04-26 11:07:44
Mr.Xさん>私は、竹島・獨島問題が半世紀を超える日韓の領土紛争であると同時に、韓国の国内問題でもあると申し上げました。韓国は現在も、領土紛争はないという立場を固持し、日本側の主張・立場を「妄言」と切り捨て、日本は異なる立場・見解を持っていることや両国間には領土紛争があるということさえ受け入れることができず、また国民に正しく知らせることも出来ずにいるわけです。これは韓国内部の不整合によるものですね。この不整合のつじつまを日本から譲歩を引き出すことで合わせようとしているというのが韓国の現実です。そのために、この問題に譲歩しなければさまざまな問題が生じると脅しをかけ続けてきているわけです。そういう意味で、たとえ日本が譲歩しても弥縫策にしかならないとお話申し上げました。日本政府はさまざまな権利の行使を留保している状態にあるその主要な理由は議論する準備が整っていないという韓国の国内状況を考慮している、タイミングを見ているという面はあると思いますよ。
 
jake  推薦 : 325  反対 : 2  作成: 2010-04-26 11:34:15
Mr.Xさん>(続き)「日本政府は、やはり竹島問題に関する日本政府の見解を韓国語で説明したパンフレットを韓国の全世帯に郵送配布して韓国の人々の理解を求める必要があるのではないでしょうか?」--
  その効果や反響を考えれば、その時期ではないということもあるということでもあります。日本政府がそういうあからさまなキャンペーンをやったら、韓国がどうなっちゃうか、日本も望まない状況になることは議論の余地がない明々白々のことではないですか。今、韓国は警察官身分の政府職員を派遣し、機関砲など物騒なものを持ち込んでいますが、もし国軍が入り込んだら、日本は侵略行為として防衛出動命令を考慮せざるを得ない事態にもなりますね。そういうギリギリの状態でタイミングを待っているということでもあります。
 
republic  推薦 : 2  反対 : 2  作成: 2010-04-26 12:02:26
それから全く重箱の隅をつつくような話ですが、Jakeさんは「あなたがいうように、安の認識が朝鮮内でオーソライズされたとも思えません。」書かれていますが、私は「オーソライズされた」ではなく「認識が定着した」書きました。両者のニュアンスは大分異なるもののように思いますが、如何でしょうか。私は安龍福の証言を基に、韓国の領有権を正当化しようなどとはカケラも思っていないのですが、その点誤解は無いでしょうか。これ以上重箱の隅をつつくような話を続けても個人的な確執につながりかねないので、安龍福の話は私の方からはこれくらいにさせて頂きたいと思います。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 3  作成: 2010-04-26 12:02:48
申景濬の動機について、欝陵于山一島二名説と二島説の論争に決着をつけた人間になりたかったのではないかとのご意見ですが、もし申景濬がこの論争に決着をつけた人間になりたかったら、「輿地志にはxxxと書いてあるが、私、申景濬は、于山島は倭の言う松島だと思います。」と書いたのではないでしょうか。この推測は輿地志からの引用を「鬱陵于山皆于山國地」と「于山則倭所謂松島也」との間で、後半は申景濬の見解という半月城氏の「苦しい」解釈と似ていますが、、、。また申景濬の粛宗実録からの安龍福供述の引用を「少々不誠実なやり方」とコメントされていますが、「安直なやり方」というぐらいが適当ではないでしょうか。(続く)
 
republic  推薦 : 2  反対 : 3  作成: 2010-04-26 12:04:48
Jakeさん、レス深謝します。隠岐村上家文書には安龍福の証言として「五月十五日竹嶋出船同日松嶋江着同十六日松嶋ヲ出十八日之朝隠峨嶋之内西村之磯ヘ着 同廿日ニ大久村江入津仕候由申候」と二度目の来日時に松嶋へ立ち寄ったという記録がありますが、お読みになっているでしょうか。
 これに依ると安龍福は二回目の来日時には松嶋についてかなり確かな認識を持っていたと思われます。Jakeさんがおっしゃるように当時の史料を読む場合には史料批判が必要ですが、村上家文書は安龍福到着直後の聞き取り記録で一次資料として価値が高いと思います。この史料は2005年公開なので結構読まれていない人も多いようです。(続く)
 
jake  推薦 : 306  反対 : 2  作成: 2010-04-26 13:15:33
republicさん>言おうとしているところ・立場は理解しているつもりです。まず、当時の朝鮮にとって松島の帰属はそれほど大きな問題にはなっているわけではありませんから、申はむしろ所在があやふやな于山島について決着をつけたかったのではないかと私が推定しているということです。
 その際、「輿地志にはxxxと書いてあるが、私、申景濬は、于山島は倭の言う松島だと思います」ではダメだと考えたと思いますよ。柳馨遠の『東国輿地志』に書いてあるとするから権威と説得力が増すし、任命された編者の一人である申景濬が考えたことを註釈として掲載するわけにはいかない。これは『粛宗実録』中の東莱の一介の漁夫である安の供述記録を根拠・典拠とすることも同様です。註釈として掲載するには、柳馨遠が言ったとねつ造する必要があったと考えたほうが筋が通るのではないでしょうか。これは竹島一件の前に、柳馨遠がそういう認識を持っていたということを示すことにもなりうるわけですね。そういう申の周到な思惑があったと思います。
 
 
(続く)
 
 
<コメント>
 「議論する準備が整っていないという韓国の国内状況」を少しずつ変えて行くことが日本側のさしあたっての課題だが、島根県がやっていることがそれに当たるのだろう。政府はというと、「10のポイント」を出したほかには見当たらないと思うし、「10のポイント」は、最低これくらいの意思表示はしておかないと韓国の言い分を認めているかのように受け取られかねないという防御的な意味合いが強いように思う。文部科学省が学校教科書に竹島のことを書かせるのはもちろん必要なことだが、これも韓国人の意識を変えるという意味での効果はあんまり無いと思う。
 でもまあ、それやこれやが相まって韓国に影響を及ぼしていくよう期待したいところだ。
 
 
 
 

竹島問題紙上討論会(24)

amature  推薦 : 367  反対 : 4  作成: 2010-04-25 11:50:18
>Mr.X 様 「推測に根拠が必要でしょうか?」
 必要ですね。例えば、根拠なき推測の一例を示してみましょうか? 「韓国はラスク書簡など国際社会の制止を無視して竹島に対する武力侵略を行った。その後も歴史的経緯とやらを一方的に打ち上げるだけで対話にも応じず、ハーグの国際司法裁判所にも出廷する気配はない。更には対馬を韓国領土と主張してみたり、日本は半島出身者が作った国だ(歴史的に日本は韓国の一部だ)と主張したりしている。いずれ、韓国は日本に対し武力侵略を開始するつもりに違いない。日本にとって最悪の侵略国家だ」 イメージと薄弱な根拠だけで推論を立てるとここまで言えるんですが、どう思います? 根拠なき推測はただのファンタジー、暴論だということを理解いただけませんか?
 
amature  推薦 : 285  反対 : 4  作成: 2010-04-25 11:51:03
>Mr.X 様  「故李承晩初代韓国大統領も若い時に日本の横暴を目の当たりにして憤慨し、後年竹島の強奪を敢行したのではないでしょうか?」
 根拠なき想像では弁護になりません。「当時極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国はロシアだけでした」 大ウソです。もし、そうなら日本は三国干渉に屈する必要もなく、日露戦争に日英同盟を必要とすることもなかったでしょう。当時極東でロシアに辛うじて対抗できる可能性のあった国が日本だけだった、ということです。日露戦争で日本が払った犠牲の大きさを知らないんですか? 歴史を云々するなら司馬遼太郎の『坂の上の雲』くらい読んでおきましょうや。
 「これでは韓国が日本の竹島編入に異議を唱えることなどできるわけがありません」
 はあ? ですから、1905年に高宗がロシアに密使を送った件は無視ですか? 思い込みだけで書き込むのはやめましょうよ。イメージの世界に逃げ込まれてはどうしようもないですな。
 
amature  推薦 : 235  反対 : 4  作成: 2010-04-25 11:51:37
>Mr.X 様 「私は貴方がたに論争を挑もうなどとは思っていませんでした。結果的に論争のような形になりましたが、対等の論争ではなく、知識が乏しい私が知識が豊富な貴方がたにいろいろと教えて貰いながら自分のシロウトなりの意見を述べているだけです」    
はあ、そうですか? では、私が提示した資料についてきちんと確認した上で反論なり質問なりをお願いします。今のままでは、既に論争でも何でもなく、貴方が自分のイメージを盲目的に並べ立てて駄々をこねているようにしか見えません。私の方は、既に、反証をあげています。反証が受け入れられないからと言ってイメージの世界に逃げ込むのは勘弁して下さい。
 
amature  推薦 : 218  反対 : 3  作成: 2010-04-25 13:02:08
>Mr.X 様  最後に。以前にも引用しましたが、講談社学術文庫イザベラ・バード著『朝鮮紀行』第37564「日本にとって一衣帯水の国が失政と破滅の深みへと年々沈んでいくのを黙って見すごすわけにはいかない、国政の改革が絶対に必要であるというものだった。日本がこの例外的な責務を引き受けたその最終目的はどこにあるか、それを憶測する必要はない(中略)日本がなみなみならぬ能力を発揮して編み出した要求は、簡単で自然な行政改革の体裁を示していたことを指摘すればこと足りる。わたしは日本が徹頭徹尾誠意をもって奮闘したと信じる。経験が未熟で、往々にして荒っぽく、臨機応変の才に欠けたため買わなくてもいい反感を買ってしまったとはいえ、日本には朝鮮を隷属させる意図はさらさらなく(後略)」とあります。同時代の記録としてご参考までに。
 
IZUMO  推薦 : 240  反対 : 2  作成: 2010-04-25 17:13:44
amature様>どんどん具体的な根拠を喪失して思い込みというかイメージの世界に逃げ込んでいませんか?――こいつの発言に根拠がないのは最初からですが、「思い込み」とか「ファンタジー」などの持って回った言い方をせずに、はっきりきっぱり「単なる妄想」だと言い切ってやらないと理解できないと思いますよ。まあ、理解したらしたで逆恨みするでしょうけど。
 
jake  推薦 : 123  反対 : 3  作成: 2010-04-25 22:57:35
republicさん>お返事遅くなりました。安の二度目の来日の際、彼が「松島は朝鮮の言う子山島(于山島)だ」と主張したのは、日韓の記録に確かにあります。しかし、それをもって、安が松島を正しく認識し、松島を于山島だと断定したとは言えないと思いますよ。日朝の史料に見える安の供述記録からは、日本人から知った松島(今日の竹島)と、古来から伝わる于山島を単純に結びつけたに過ぎないという推測を裏付ける矛盾・嘘が多すぎます。彼の語る于山島=松島の位置(鬱陵島からの距離)、島の大きさ(彼は鬱陵島より大きいと言っている)、また島の様子(大勢の日本人が住んでいる)など、枚挙にいとまがありません。『粛宗実録』の供述記述に至っては、大ボラの武勇伝になっているのは、すでにご存じでしょう。
 
jake  推薦 : 60  反対 : 2  作成: 2010-04-25 22:58:00
republicさん>(続き)また、あなたがいうように、安の認識が朝鮮内でオーソライズされたとも思えません。たとえば、李孟休は安の供述を採用していませんし『春官志』「鬱陵島争界」では竹島・三峯島・于山・羽陵・蔚陵・武陵・磯竹は皆同じ島という認識を示していますね。また、同時期の地図には鬱陵島の近傍の小島を于山島としているものもありますし、一島二名説を採用しているものもあります。『粛宗実録』に記録されたとはいえ、罪人の供述記録ですから、当たり前のことかもしれません。これがオーソライズされたのは、たまたま申景濬が『粛宗実録』中の安龍福供述を少々不誠実なやり方で根拠に採用したことによると、私は考えています。
 
jake  推薦 : 64  反対 : 2  作成: 2010-04-25 22:59:13
republicさん>(続き)さて、申景濬の動機ですが、彼は古来、一島二名説と二島説が併存していることに問題意識を持っていたことによると思われます。彼が『東国興地志』の記述と他の文献や地図を見比べて、于山島が異なる扱いを受けていることに疑問を持っていたことが『旅菴全書』「疆界考」中に語られていますね。この問題意識の中で『粛宗実録』中の安龍福証言を見つけ、注目したのでしょう。彼は従来の一島二名説と二島説の分裂に決着をつけたと躍り上がったのかもしれませんね。その認識が『東国文献備考』「輿地考」の註釈のねつ造になったと思われます。しかし、これも些細なことで、ほとんど影響力はなかった。ことさら注目されるようになったのは、今日の韓国の研究者たちが『東国文献備考』「輿地考」の註釈を持ち出してきたからですね。
 
jake  推薦 : 52  反対 : 3  作成: 2010-04-25 23:00:38
republicさん>(続き)ところで、当時の朝鮮文献を解釈するうえで、当時の宮廷での政治闘争(党派闘争)を考慮しておかないといけません。特に、粛宗の治世はそうです。この事件の取り扱いについても、対日穏健派の領議政の権大運、左議政の睦来善、右議政の閔黯ら南人派と、対日強硬派の南九萬、兪集一、洪重夏らの小論派の確執がありました。その勢力争いの帰趨から、厳しく処断されるはずだった安は、難を逃れます。また、その後の『粛宗実録』全65巻の編纂は、老論派の手によるものといわれますが、これにも権力争いがあった。誰が歴史を記すかは大問題だったわけです。
 『粛宗実録』の各巻末に小論派が編纂した「粛宗実録補闕正誤」が付けられているのは、他の王の実録には見られないところですが、党争の妥協の名残ですね。先述の鬱陵・于山二島説、一島二名説も、この権力闘争の道具になったことも十分考えられることだと思います。申がどういう王朝の中でどういう立場だったか、私はくわしく知りませんが、案外と、そういう線から答えが見つかるかもしれません。
 
jake  推薦 : 47  反対 : 3  作成: 2010-04-25 23:04:52
republicさん>(続き)朝鮮では安の供述を確かめるために、松島(現・竹島)に渡った形跡もないし、その後も二島説を証明するための于山島探しが長い間続きます。これも松島が于山島という認識が定着しなかった証拠でしょう。
追伸 島根県と半月城氏の確執については、ご指摘いただいたコラムを読みました。その感想ですが、ずいぶん細部に入り込んで、重箱の隅をつつき合うような論争になっていますね。やはり、全体の中で個々の説のプライオリティを考えればよいと思いますが、竹島問題を超えて、個人間の確執になっているのでしょうね。ただ一ついえることは「輿地志云鬱陵 于山 皆于山國地 于山則倭所謂松島也」の「輿地志云 鬱陵 于山 皆于山國地」でいったん切れて、「于山則倭所謂松島也」は申景濬の見解という半月城氏の言い訳は苦しい。だいたい、韓国側の主張は、そういう解釈を前提にしていませんよね。
 
jake  推薦 : 337  反対 : 3  作成: 2010-04-25 23:53:25
Mr.Xさん>横レスです。「貴方(republicさん)が仰るように、韓国の人々にとって独島は反日・抗日・克日の象徴であり、国のプライドが懸っているどうても譲れない領土ですよね」について --
 「独島は反日・抗日・克日の象徴」というのが誤った認識であることはすでにお話しましたが、こういう誤認識を韓国民に植え付けた者がおり、今も植え付け、仕向け続けている者がいるということでもありますよね。こういう韓国側の態度・体質も、この問題に含まれていると私は考えています。これは日本側の一方的な理解と妥協では解決できない。そう思いませんか。
 
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2096  作成: 2010-04-26 02:23:10
ジェイク氏へ:韓国が竹島を占拠してから58年が経過し、ほとんどの韓国人は独島が韓国固有の領土だと信じており、それを日本が返還せよと無茶な要求をしていると感じているのではないでしょうか? 日本政府は、やはり竹島問題に関する日本政府の見解を韓国語で説明したパンフレットを韓国の全世帯に郵送配布して韓国の人々の理解を求める必要があるのではないでしょうか? データベースのファイルに格納しておいても、それを検索して読む人は少ないでしょう。韓国の人々に納得してもらわずに竹島を奪い返しても、後世に遺恨を残すことになるでしょう。 
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 3594  作成: 2010-04-26 02:41:18
アマチュア氏へ:魏志倭人伝に竹島に関する記事が無いということは、倭国が竹島を実効支配していたともしていなかったとも断定できず、倭国が竹島を実行していたか否かは分からないことになりませんか? これのどこが詭弁なんですか? 私は当然の事を言ったつもりなんですが? 竹島は対馬から遠く離れた位置にある島ですから、倭国が対馬を実効支配していたからと言って、倭国が竹島も実効支配していたとは断定できないはずです。
 
 
(続く)
 

竹島問題紙上討論会(23)

republic  推薦 : 2  反対 : 3  作成: 2010-04-24 17:48:56
この中で島根県は東国文献備考の分註「輿地志に云う、欝陵・于山皆于山国の地。于山は倭の所謂松島也」が編纂時の1770年に改竄されていたと述べています。その理由として、ここで引用されている「輿地志」(柳馨遠1656年)には「一説に于山、欝陵本一島」とだけ述べられていて、「于山は倭の所謂松島也」という記述はないのに、東国文献備考(1770年)の分註にはそれが加わっている、それが改竄だというわけです。そして東国文献備考(1770年)には申景濬の疆界誌(1756年)という種本があり、それには「一島は倭の所謂松島にして、蓋し二島ともこれ于山国也」と書かれており、改竄はここから始まったとしています。安龍福が日本に行ったのは1693年と1696年の2回で、「輿地志」(柳馨遠1656年)と申景濬の「疆界誌」(1756年)の間です。(続く)
 
republic  推薦 : 4  反対 : 2  作成: 2010-04-24 17:51:42
Jakeさん、竹島島根県編入に関連するレスは、Xさんが1906年当時大韓帝国が島根県編入に異議を唱えなかった原因を日韓の国力・軍事力の差に見られているようだったので、EEZもメタンハイドレートも無い時代に外洋の無人島の帰趨は大韓帝国にとってあまり重要でなかったので異議を唱えなかったのではないでしょうか、と申し上げたので、Jakeさんのおっしゃっていることとほぼ同じだと思います。「独島わが愛」も反日の象徴になっているという基本的なところは同じだと思いますが、Jakeさんは李承晩ラインの違法性に対する韓国側の後ろめたさを強調されているところが、少し違いますね。私は韓国の人は、独島は新羅以来のウリナラの領土と思っている人が大半のように見えるので、違法性とか感じていない様に思っていますが、、、。あまり重要なポイントではないので、こちらはこれくらいで、安龍福の方に移らせて頂きます。私が島根県の主張と言っているのは島根県総務課///竹島問題研究所の実事求是第21回を念頭に置いてのことです。(続く)
 
mentaiko  推薦 : 863  反対 : 1  作成: 2010-04-25 00:47:50
1906713日付けの『皇城新聞』は統監府からの鬱島郡が配置された顛末に関する問い合わせに対する内務部の回答を伝えている。それによれば「該郡所管島はチュク島と石島で、東西が六十里で南北が四十里なので合せて二百余里だという」という。朝鮮里の1里は0.4kmだから東西が24km、南北16kmほどの範囲が鬱島郡だというのだ。つまり鬱陵島の南東92kmのところにある竹島は大韓帝国の版図外ということになる。だから大韓帝国政府は日本の編入に対して抗議しなかったのだ。竹島が日本領になろうがなるまいがどうでもよいことと認識していたのだ。ところが戦後、韓国は竹島の領有を主張し出した。版図外としていた島なのに、日本統治時代に日本人に雇われて竹島に渡ったことのある韓国人が出漁中に米軍の演習に巻き込まれ、多くの犠牲を出したことがきっかけだ。日本が武装解除され丸腰でいるのをいいことに武力をもって奪い去ったのだ。このような恥ずかしい行いを隠すために「日本の独島妄言」などと言っている。妄言吐いているのは韓国の方だ。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1024  作成: 2010-04-25 02:43:00
リパブリック氏へ:いろいろと助言してくださり、ありがとうございます。私は任那に日本府があったという話から古代の一時期に倭国が朝鮮半島の南部(任那)を支配していたというイメージを持っていましたが、魏志倭人伝を読む限りそうとも言い切れないわけですね? 私は魏志倭人伝という古書の存在は知ってますが、それを読んだことはありません。機会を見つけて読んでみるべきですね。私の場合は古代朝鮮史は入門書を読まないとダメですね。20世紀初頭の朝鮮の人々にも「独島は我が国の領土」という意識があったのであれば、李承晩大統領も若い頃からそう思っていて、日本が敗戦後に武装解除されて無力になっている隙を見て竹島の強奪を決意したのかもしれませんね。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 2074  作成: 2010-04-25 02:56:23
引き続きリパブリック氏へ:貴方が仰るように、韓国の人々にとって独島は反日・抗日・克日の象徴であり、国のプライドが懸っているどうしても譲れない領土ですよね。日本人にとっての竹島は反韓・抗韓・克韓の象徴でも何でもありません。この日韓の温度差と韓国の人々の国民感情を考えると、私は何とかして韓国の人々のプライドを傷つけず、日本人も納得できる形で韓国の竹島領有を穏便に承認する方法は無いだろうかと個人的には思っています。
 
IZUMO  推薦 : 1101  反対 : 1  作成: 2010-04-25 02:57:41
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>李承晩大統領も若い頃からそう思っていて、日本が敗戦後に武装解除されて無力になっている隙を見て竹島の強奪を決意したのかもしれませんね――これまた何度も聞かれてるけど、「日本がお前達の許可をとらずに    合    法    的    に    領土の領有を宣言する」のは悪くて「お前達が日本の許可をとらずに    無    理    矢    理    領土を奪う」のは許されるのか? YESかNOか答えてみろ。このクズ野郎。
 
IZUMO  推薦 : 1843  反対 : 3  作成: 2010-04-25 03:01:49
>私は何とかして韓国の人々のプライドを傷つけず、日本人も納得できる形で――そんなもんありえる訳がないだろ。お前達のプライドとやらは、    日    本    を    侮    辱    す    る    ことで成立するものなんだから。お前達の主張を認めるという事は、「日本は悪逆非道の侵略者ニダ!! ウリ達を滅ぼした大罪人ニダ!!」という    嘘    八    百    を受け入れろという事に他ならないんだが? いい加減、嘘と妄想と歪曲と偏向を日本に押し付けるのは大概にしろよ。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 1319  作成: 2010-04-25 03:20:31
ジェイク氏へ:1952年に韓国の李承晩大統領が勝手に李承ラインを設定して竹島を韓国の領海内の韓国の領土であると宣言し、李承晩ラインを越えた日本の漁船を拿捕し、44人の日本人漁師を殺傷したのは許せない暴挙でした。李承晩は李承晩ラインを越えて韓国の領海に侵入してきた外国船を取り締まるのは当然だと思っていたのでしょうけれど、非武装の漁師を拘束するだけならともかく、発砲して殺傷するのは非常識です。韓国政府がこの件についていまだに日本に謝罪も賠償もしていないのであれば、日本政府が韓国の竹島領有を認めないのは当然です。現職の李明博大統領は常識を弁えている人物のようですから、日本に謝罪するべきことは謝罪できる人物であるはずです。彼が「この件については韓国は日本に謝罪しなければならない」と考えてそれを実行することを期待したいですが・・・。
 
IZUMO  推薦 : 3569  反対 : 4  作成: 2010-04-25 03:24:44
>韓国政府がこの件についていまだに日本に謝罪も賠償もしていないのであれば、日本政府が韓国の竹島領有を認めないのは当然です――これも何度も言ってるが、その件について謝罪や賠償をしても日本がお前達の竹島侵略を認めてやる理由にはならんがな。まあ、お前達にしてみれば日本人を殺した事など何の悪い事でもなかろうが。報復としてお前達全員を殺し尽くしてやりたいところだな。
 
Mr.X  推薦 : 3  反対 : 2470  作成: 2010-04-25 03:29:28
俺の名前は無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者ではない。俺はキチガイ人種差別主義者には返答しない。
 
IZUMO   推薦 : 2298  反対 : 2  作成: 2010-04-25 03:35:19
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>何度も聞くが、私が一体いつ人種差別をしたというんだ?w したというなら    実    例    を    挙    げ    て    み    ろ    w 「返答しない」? 「返答できない」だけだろw 何しろ私の発言は    お    前    の    戯    言    の    矛    盾    を    指    摘    し    て    い    る    わけだからなwwwwwwwwwwwwww
 
IZUMO  推薦 : 1660  反対 : 2  作成: 2010-04-25 04:08:15
しかしまぁ、人を「人種差別主義者」などと侮辱するくせに    そ    の    根    拠    す    ら    示    せ    な    い    というのだから、無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者の妄想ぶりは本当に人間のレベルじゃないなw まあ、「ウリの事を悪く言う奴はみんな差別主義者ニダ!!」という妄想しか頭にないからだろうがw なぁなぁ、お前曰く、「断言するなら根拠が要る」んじゃなかったのか?w 根拠もなしに人を差別主義者などと断言していいのか?w よくこんな矛盾する事平気で口にして恥ずかしげもなく生きていられるなw
 
amature  推薦 : 407  反対 : 2  作成: 2010-04-25 11:47:49
>Mr.X 様 「魏志倭人伝に竹島に関する記述が無いということは、当時の倭国が竹島を実効支配していたかどうかは不明であるということになるのではないでしょうか?」
 この件は既に「通常、ある勢力がある一定の領域を勢力下においた場合、その一部が他の勢力の支配下にあればそれは特異な例として記録に残されるものです。そうでなかったからこそ「魏志倭人伝」をはじめ他の記録に竹島の記録が残されていない、と考えるのが論理的ではありませんか?」と回答済みですね? 貴方の言うとおりだとすると「ソウル近隣都市であるクンポに関する記述が歴史書に登場するまではそれまでどこが実効支配していたか不明である」という無茶なロジックにも繋がるのですが? どこが実効支配していたか不明である以上、倭の領土であった、という無茶な主張も通るのでしょうか? ありえないことは理解していただけるかと思うのですが?貴方のロジックは詭弁です。
 
amature  推薦 : 281  反対 : 2  作成: 2010-04-25 11:49:26
>Mr.X 様  「当時の日本と大韓帝国の力関係を考えると、大韓帝国が日本に対して正面から異議申し立てをするのは困難だったでしょう」
 そのようなことはなかった、と既に回答済みですね? 1905年の竹島領有宣言に異議申し立てをしたければ、ロシアの力を借りて異議申し立てをすれば良かったのです。1905年に高宗がロシアに密使を送った件は無視ですか? どんどん具体的な根拠を喪失して思い込みというかイメージの世界に逃げ込んでいませんか?
 
 
(続く)

竹島問題紙上討論会(22)

IZUMO  推薦 : 693  反対 : 3  作成: 2010-04-24 04:25:30
無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者――魏志倭人伝に「倭国は竹島を支配していた」という記述が無いからといって、倭国が竹島を支配していなかったと断定することはできませんが、当時の倭国が竹島を支配していたとも断定できないはずです>だから、それ「倭国」を「超賎」に変えても    そ    の    ま    ん    ま    通    る    主    張    なんだけど、何でそれが理解できないの? 何でそう「ウリ達だけは特別ニダ!! 同じ主張をしてもチョパーリはだめだけどウリ達がすれば通るニダ!!」って発想なの? ホント下劣生物は根性が腐り果ててるよな。
 
IZUMO  推薦 : 513  反対 : 3  作成: 2010-04-24 04:35:46
>当時の日本と大韓帝国の力関係を考えると、大韓帝国が日本に対して正面から異議申し立てをするのは困難だったでしょう――……………お前さぁ、jake様が散々「大韓帝国が日本に正面から異議申し立てをした」事例を挙げてるのに、それらはすっぱり無視か?
 >推測に根拠が必要でしょうか?――……………うわ、はっきりいっちゃったよ。そんなもん、まともな人間なら    当    た    り    前    以    前    の    話    なのに、自分がまともな人間じゃないと平然と口に出来るとは……。そもそも、お前の推測(妄想)は「根拠がない」だけじゃなくて    事    実    と    反    し    て    い    る    から叩かれてるんだけど、それすら理解できんのか。ほんとに、お前が理解できる事ってお前の妄想以外に何があるんだ?
 
IZUMO  推薦 : 653  反対 : 3  作成: 2010-04-24 04:45:36
>韓国は無抵抗で日本に併合されました。韓国の人々がこの屈辱を忘れないのは当然でしょう――併合はお前らから言い出した事だって事実もすっぱり無視か? 大体、超賎が日本に併合されたのは    お    前    ら    の    無    為    無    策    が    原    因    だろ。てめぇで原因作っといて何が「屈辱ニダ!!」だ。屈辱を感じなきゃならんのは併合されるに至ったてめぇの先祖の馬鹿さ加減についてだろうが。そうやっていつもいつも「ウリ達は絶対悪くないニダ!! 悪い事は常に他人の責任ニダ!!」とかほざいてるから    世    界    中    か    ら    嫌    わ    れ    て    る    んだよ。
 
IZUMO  推薦 : 552  反対 : 3  作成: 2010-04-24 04:47:06
>当時極東で日本に対抗できる軍事力を持つ国はロシアだけでした――逆だボケ。「当時極東でかろうじてロシアに対抗できそうなのが日本だけ」だったんだよ。>日本に支配されることを恐れる高宗がロシアを頼ったのは当然でした――ロシアに支配されるのは構わんのか? ロシアが日本よりお優しいなんてどんな「推測」があれば出来るんだろうな。
>結局日本とロシアは朝鮮半島の支配権を争って日露戦争を戦うことになり、日本が勝利して日本は大韓帝国を保護国化し、その5年後には大韓帝国を併合しました。 日本は韓国軍を解散させ、日本軍を韓国に進駐させましたこれでは韓国が日本の竹島編入に異議を唱えることなどできるわけがありません――だからさぁ、それ、日本が竹島編入する    ず    っ    と    後    の    話    だろ。とりあえず、なんか「推測」したいんなら時系列ぐらい理解しろよ。
 
IZUMO  推薦 : 537  反対 : 3  作成: 2010-04-24 04:53:32
>当時軍事強国だった日本が当時は弱小国だった韓国の意向など無視して一方的に竹島の編入を宣言――jake様からもamature様からも「日本が韓国の意向を無視したんじゃなくて韓国が勝手に何も言わなかっただけ」と散々指摘されてるのにそれも無視か。他人の主張を完全に無視して自分の妄想だけを垂れ流し、そのくせ「おかしい所があったら指摘欲しいニダ」とは恐れ入る。それが下劣生物の「礼儀」って奴か? それじゃあ誰からも好かれないのは当然だよな。
 
republic  推薦 : 4  反対 : 2  作成: 2010-04-24 13:24:40
 Xさん、魏志倭人伝には倭国が朝鮮半島南部を支配しているという明確な記述はないはずです。倭人伝の從郡至倭、到其北岸狗邪韓國七千餘里の「其北岸」を「倭の(領域内の)北岸」と解釈して、狗邪韓國(朝鮮半島南部、後の伽耶)が倭の領域内にあると解釈する人の理解だと思いますが、「其北岸」には「倭から見て北岸」の狗邪韓國という解釈もあります。当時、倭人が朝鮮半島南部から日本列島に広く住み着いていたのは事実でしょうが、魏志倭人伝には倭、倭国、女王国、邪馬台国という言葉が地域概念と支配概念とが曖昧なまま使われており、倭=倭国とも断定できません。上記の文章から狗邪韓國は倭国領域内=倭国の支配下と解釈するのはちょっと強引だと思います。魏志倭人伝は原文訳文ともネットで簡単に読めるので一読をお勧めします。
 
republic  推薦 : 4  反対 : 2  作成: 2010-04-24 13:25:19
 Xさん、1905年の竹島の島根県編入に際しては、欝陵島郡守は19063月の報告書のなかで「本郡所属独島が日本領になったと日本人官人より告げられた。」と書いており、自国領である独島が日本に奪われたという認識はその当時もあったと思われますが、報告を受けた朝鮮王朝は内外の課題が山積みで存亡の危機に瀕しており、外洋の無人島の領有権に関心を示す余裕は皆無だったようで、日本に対し抗議行動は起こさなかったようです。韓国の人達の独島に対する関心が生まれたのは、戦後日本との間に領有権紛争が起きて、反日の象徴となってからだと思います。もし日本が抗議行動を取っていなければ独島に対する「愛」も関心も生まれなかったと思います。
 
jake  推薦 : 373  反対 : 1  作成: 2010-04-24 14:44:00
republicさん>話も一段落したようなので、republicさんの私への問いかけにレスします。republicさんの「日本側では安龍福についてほら吹き、嘘つき、犯罪人とこき下ろしている一方で、その供述が朝鮮王朝の欝陵島・竹島認識に与えた影響の大きさを認めているのは、不思議です」について>
 それは安の帰国後の供述や安の立場が韓国王朝内の党派抗争もあってオーソライズされ(政治利用され)、さらにのちの韓国の文献『東国文献備考』に結果的に改ざん・集約され、今日の韓国側がそれを重要な論拠として用い始めたからではないですか。韓国側は今日、あとの時代の『東国文献備考』をベースに安証言を解釈するというように逆にたどった主張を展開してきましたが、安の日韓の供述内容の矛盾、さらにはその後の文献の机上の解釈の矛盾をひもといて、韓国側の主張の根拠に反証するという意味で重視しているんだと思いますね。「動力船もEEZも無い時代の領土領海を現代の感覚で捉えて」というのも違うと思いますが。
 
jake  推薦 : 398  反対 : 1  作成: 2010-04-24 15:04:54
republicさん>これは横レスです。私の投稿にも関連があるようなので。republicさんの「報告を受けた朝鮮王朝は内外の課題が山積みで存亡の危機に瀕しており、外洋の無人島の領有権に関心を示す余裕は皆無だったようで」について>
 republicさんも、まだ竹島の領有が問題になっている今日の感覚で、当時の大韓帝国の対応を見ておられるような気がしますね。あからさまにいえば日本でも竹島編入などささいな出来事だったと思いますよ。韓国も同じだったでしょう。それが李承晩の行動で象徴的な意味も含めて意味を持つようになった。ただ、それだけのことだと思います。
 
jake 推薦 : 336  反対 : 2  作成: 2010-04-24 15:11:25
republicさん>(続き)それと、「もし日本が抗議行動を取っていなければ独島に対する「愛」も関心も生まれなかったと思います」ということについても、少し違う見解を持っています。今日の韓国政府にとっての獨島問題は日本に向けてというよりも、むしろ国内に向けて無謬性のつじつまをどう合わせるかという半ば、国内問題になっていますが、それは竹島占拠後からすでに始まったともいえます。竹島を突如武力を用いて占拠したという正当化できない事実をいかに正当化するかという悲しい宿命ですね。これについては日本と議論の余地がないといいながら、日本の対応にはことさら神経をとがらせ、過敏に反応するところがありますが、その意味では獨島への「愛」は、そういう不安の裏返しともいえます。もちろん、その「愛」が反日・愛国の国民の象徴になっている面もあります。
 
jake  推薦 : 2  反対 : 1  作成: 2010-04-24 15:26:20
Mr.Xさん>こちらこそ、ありがとうございます。この問題を多面的に見ていく中で、理解が深められていったらよいですね。言葉を重ねるようで恐縮ですが、竹島領有の正当性に対する日韓の主張にどう決着をつけるか、今後、日韓双方にとってどのように取り扱うのかがよいのかという論点を整理・区別して考えていくべきことだと考えています。それと、1952年の韓国の行動ですね。これはどんな根拠・理由があろうと許されない暴挙です。韓国の思い・根拠と、この暴挙を未だに肯定している韓国の現実も、また別の論点として含んでおくべきだと思います。
 
republic  推薦 : 3  反対 : 2  作成: 2010-04-24 17:47:55
 島根県は「于山は倭の所謂松島也」を認めてしまうと、竹島が新羅以来朝鮮領だったことになるのを恐れているのかも知れませんが、安龍福以前の于山島はその存在を正しく認識していたことを示す資料はなく、言って見れば全て架空の存在でした。安龍福の日本との往復・交渉を通じて初めて、于山島が正しく認識されたわけで、韓国側がそれ以前の領有権を主張するのは無理だと思います。(続く)
 
republic  推薦 : 2  反対 : 2  作成: 2010-04-24 17:48:38
村上家文書によれば安龍福は日本において松島・竹島は朝鮮の江原道に属すると主張したとされており、朝鮮の備辺司での倭の松島は于山島だという供述をしており、これ以後「于山は倭の所謂松島也」という考えが朝鮮に定着したと推測されます。申景濬がこう言った情報を基に疆界誌を書いたとすれば、100年前の「輿地志」と内容がことなるのは当然で、その変更を以て改竄と呼ぶのは如何なものかと思います。
そもそも申景濬には「輿地志」の内容を改竄する積極的な理由はあるのでしょうか。ここで問題になっているのは外洋の無人島の帰趨です。EEZも動力船もない時代に、その島を古代から自国領であったこととするために、古書の内容を改竄するものでしょうか、私には申景濬には動機がなかったと思います。申景濬は新たな情報に基づいて、新たに「疆界誌」を書いたということではいけないのでしょうか。(続く)
 
 
(続く) 
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別名 茶阿弥
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写真は元飼い猫のちゃあみぃ

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