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朴枝香教授インタビュー(4)

『青少年版 解放前後史の再認識』を作る

朴枝香ソウル大学教授インタビュー(下) ~ 『解放前後史の再認識』、韓国近.現代史についての真摯な討論引き出す
[ニューライト・ドット・コム編集部 / 2006-05-16 ]
 http://www.newright.or.kr/read.php?cataId=nr02000&num=1565

 

                    (翻訳4)


○歴史に「個人」を見つけたサッチャー、イギリスの歴史を変える

(問) キパラン出版社から新刊を準備していると聞きましたが。

  英国史の制度的な面や政治的な側面を書いた本があります。その本の副題は、保守と改革のドラマでして、制度については書きましたが、人々の情緒とか文化的な側面は扱うことができなかったです。それを補うために、今度は文化的な面を主に扱いました。「イギリス人の国民性は何か」について書いた本です。私が専攻した英国史に対しては強い愛着があります。 イギリスは多くの国の中の一つというより、多くの面で模範になるに値する歴史を持った国だからです。資本主義、議会民主主義のように私たちが日常経験している制度は、ほとんど皆イギリスで始まったでしょう? 新しいことが始まる時にはすごい葛藤が生じるのに、血の対決を呼ばなかったのは何故なのか、があります。イギリスの歴史を良く知らなければなりません。イギリス史を知らせることを使命と思っています。残念ながら、我が国の人々は「イギリス史はつまらない」と思うようですが。


(問) 私も運動圏時代に、急進性のない英国史はつまらないと思いました。

  ダイナミックなものがないと言うのは、それは事実ではないです。市民社会と言えばフランスと言う印象ですが、それはイギリスから来ました。韓国人は、イギリスの漸進的民主革命の過程はよく知らないで、ロシア、フランスの革命に魅力を感じますが、これは間違いです。血を流さずに革命を成功に導いて来たイギリスの歴史を知らせることに、使命感を感じています。


(問) サッチャー以後のイギリスの変化に対しては、どう見ていらっしゃいますか?

  サッチャーは素晴らしい人物だと思います。20世紀のイギリスの歴史を画期的に変えた人を選びなさいと言えば、私は自信を持ってサッチャーを挙げます。チャーチルも偉大な政治家で、アトリー首相も良いですが、サッチャーの成した業績が最も偉大だと思います。サッチャーリズムと言いますね。名前にイズムが付けられたイギリスで唯一の政治家です。サッチャーの業績は驚くに値します。サッチャーに対しては極端的な評価がありますが、すべての人が同意するのが、サッチャーが「個人を発見して」イギリスが根本的に変わり始めたというのです。

  サッチャー以後に、イギリスは根本的に変化して行きました。 個人より集団が重要で、個人の責任よりは社会の責任を問うという図式で20世紀が流れたのです。それとともに社会民主主義が出て来たりした訳ですが、サッチャーが果敢に「そうではない」と主張し始めたのです。歴史に個人を見出したのです。サッチャーは社会的正義も重要だが、国家的効率性が重要だと言った人ですよ。偉い人物です。「失業者救済など社会正義も重要だが、それを実現するためには効率的競争が重要だ。いや、競争と個人の独立こそ社会を発展させる要素だ。」と言う言葉を、サッチャー以前には誰も言わなかったのです。このことを勇気を持って語った人がサッチャーです。人々に憎まれる側面がありますが、誰も手をつけることができなかったことをしたのです。


○『青少年版解放前後史の再認識』出る

(問) 『解放前後史の再認識』の後続作業がありますか?

  60年代以後を扱わなければなりませんが、60年代以後は研究があまり蓄積されておらず、また、あまり身近にあれば客観的に評価しにくいという側面がありますね。利害関係がある人が多いから。例えば、朴正煕を評価すると言えば、現実の政治家である朴槿恵という人と関連がありますから、政治的に問題になり得ます。だから時間を要するわけで、それで今すぐ必要なことは、青少年版です。さっきも申し上げたように、この本を平凡な方々が読んで面白いと言ってくれますが、それでも若い人々には難しいです。私たちの教科書はひどいです。まともな教科書を提供しなければなりません。そういう意味で、青少年版を作らなければなりません。そんな要望をたくさん聞いていまして、それで作業をしています。


(問)進んでいますか?

  決心はしましたが、いかに要約して読みやすく書くのかが重要な問題です。青少年の情緒を理解する専門家が必要かも知れないですね。今年のうちには仕上げるつもりです。


(問) マンガを含めて青少年向けの歴史書はたくさんありますが、概して『解放前後史の認識』の亜流ですね。

  教科書フォーラムでも取り組んでいますが、誤った歴史論理を正さなければなりません。青少年たちの読み物を整理する必要がありますね。


(問) 青少年たちには、『解放前後史の認識』の類の、単純で明快な論理が受け入れられやすいようです。

  『解前史』は単純論理です。 論述学院家で(ほんやく?)左派の教材をたくさん用いています。二つの理由がありますが、一つは、学院の教師らの中に運動圏出身者が多いということ、もう一つは、学生たちに教えやすいのが、左派イデオロギーということでしょう。「これでなければ、あれだ。」、こんなふうです。歴史は複雑であり人間は矛盾した存在であるのに、二分論理で教えれば、均衡の取れた合理的な思考能力の発達に深刻な障害が生ずるようになります。大急ぎで、まともな青少年向け歴史書を作り上げるしかないのです。本を作り上げれば、運動圏の講師たちでも使うしかないでしょう。


○運動圏出身ニューライトの正直さを高く評価

(問) 最後に、自由主義連帯とニューライト運動に対して評価をお願いします。

  よくやっていると思います。 私はニューライトの運動家だという評価を受けることは望みませんが、現政府がおかしなことをする時一番迅速に対応されるのを見て、もう少し早くこのような方々が出ていたら2003年以後の歴史はこんなふうにならなかったはずだと思いますね。よくやっていますよ。


(問) 過去の運動圏の出身者たちがニューライト運動の一線にあることを、どう見ますか?

  私は、良いことだと思います。 一方には、志操が無いと批判する人もいるようですが、私は、とても勇気を持った方々だと思います。自分が間違っていたと認めることは、勇気がなければできません。そういう意味で、アン・ビョンジク教授はすごいと思います。実は今、学者たちの中に、自分の左派的思考が間違っていたという事実を感じている人々は少なくないと思います。しかし公には大多数が適当にやり過ごしていまして、こんな点でも、アン・ビョンジク教授など運動圏出身のニューライトの正直さを高く評価します。


(問) 西洋現代史では知識人たちの左から右への転換を自然なものと見ますが、それに比べ我が国では、思想を立てた上で独特の接近をします。こんな風潮はどう見ますか?

  儒教文化のためでしょう。もちろん、儒教には良いことも多いですね。しかし、名分や威信に過度に囚われる傾向は問題です。名分論、これは私たちの社会の大きい病幤です。これを壊さなければなりません。私も一時は、イギリス共産党出身の歴史学者エリック・ホッブスボーン(Hobsbawm, Eric John Ernst)の弟子であることを誇らしく思ったマルクス主義者でした。「若くしてマルクス主義者にならない者は馬鹿だ、年を取ってもマルクス主義者に留まっている者はもっと馬鹿だ。」というポッパー(Karl Raimund Popper)の言葉が今更ながら思い返されます。


  長時間のインタビューに感謝いたします。 (終り)


                   

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朴枝香教授インタビュー(3)

『青少年版 解放前後史の再認識』を作る

朴枝香ソウル大学教授インタビュー(下) ~ 『解放前後史の再認識』、韓国近.現代史についての真摯な討論引き出す
[ニューライト・ドット・コム編集部 / 2006-05-16 ]
http://www.newright.or.kr/read.php?cataId=nr02000&num=1565


                    (翻訳3)

(問) ハンギョレ21に載ったハン・ホング教授の「現代史は勉強するな、怪我をする!」という文を見ましたか?

  ハン教授は、私が、「血が逆流した」と言うノ・ムヒョン大統領の言葉を引用したことを歪曲だと批判していますが、もちろん間違いではありますが大きな間違いではないと思います。私は、歴史を見る時、額面そのままに囚われる機械的実証主義者ではないです。青瓦台は、ノ・ムヒョン大統領本人が「血が逆流するように感じた」とは言わなかったと言いますが、前後の脈絡で見れば別に差がない言葉です。歴史研究は行間を捜し出すことであるだけに、大きな間違いであったとは思わないです。


(問) ハン教授の文は、正面から学問的に批判するものではないと思います。本格的な理論論争だと見るのは困難ですね。 一方では、意気盛んだった人々がこの本を通じて、感じる点があるようです。

  ハン教授も、『再認識』に掲載された諸論文は「軽く見るべきではない論文」であり、「真摯な討論の対象にならなければならない。」と書いています。認められているわけで、本当に幸いなことだと思います。ソ・チュンソク教授などは、価値がないと断定されますが、一歩前進だと思います。若い世代の人たちが学問的に受け入れること自体が、一歩進んだことだと思います。


○検証されない神話  白凡金九

(問) 尊敬する人物は誰かと尋ねれば、政治家の70~80%が金九と答えますが、率直に言って、白凡逸志を読んだ上でキム・ク神話を語っているのか怪しいです。

  私は、対談で、金九先生が大統領になったらどうだったろうかと考えて見れば、背筋がぞっとすると言います。 キム・ク先生は立派な方ではありますが、現実の政治は冷酷であるのに、キム・ク式で無条件に団結しようと言うのはかなり危ない発想ですね。金日成に会いに行く前に悟ったようですが、とにかく、生きていらっしゃったとすれば、後半期はなかなかうまく行かなかったはずです。亡くなられたために神話が残ったのです。


(問) 『悲しいアイルランド』(セムルギョル, 2002)、『作られた伝統』(ヒューマニスト, 2004)、『英雄作り』(ヒューマニスト, 2005)、『歪んだ近代』(プルンヨックサ, 2003)などの著書を通じて伝えようとされるメッセージは何ですか?

  私たちの民族主義の虚像を壊して見ようという話をしたかったのです。『悲しいアイルランド』はアイルランドの民族主義を分析したもので、『作られた伝統』は訳書ですが、同じように、国々の作り上げた神話がどれほど虚構であるのかを示しました。『歪んだ近代』も同じです。国家と民族を取り囲んだ神話を壊してしまおうということが目的だったわけです。

  「民族と国家を壊せば何が残るのか? 個人が残る。」、そういう意味で、私は徹底的な自由主義者です。 個人が自分の生を開拓して行く側面が、歴史において無視されて来たということです。国家でも同じですね。一方、個人は誤りに対して自分のせいだとは言いません。状況、環境、他人に責任を転嫁しようと思いますが、これは間違いだと思うのですよ。私たちは19世紀以後、辛い経験をしましたが、それを自分のせいではなく他人のせいだと言っています。はじめから「周辺の暴悪な隣人と地政学的な事情のためだ。」というふうに歴史を見ますが、もうそれ位にして、視線を自分に当てて見ようというのが私の考えです。 民族と国家の神話を壊してみようというのが、私の考えです。個人を少し捜そう、本を通じてそういうメッセージを伝えようとしたのです。


○理想主義者から現実主義者への変身

(問) 民族主義に対する問題意識は、いつ、どんなふうに持つようになったのですか?

  私も民族主義者でした。高等学校の時から社会に対する関心が高かったんですよ。 私は京畿女子高を出ましたが、環境に恵まれた子供達がたくさんいました。環境が良くて課外をたくさん受ける学生もいたんです。私はけっこう貧しい生活でしたが、そのように課外をたくさん受ける人たちとの距離感を感じたんです。そんな訳で、どうしてこのようになるのかという批判意識がかなり強かったんです。高等学校の時から私たちの社会が公正ではないと思って、社会批判的な思考をたくさん持ちました。運動圏の言葉に説得力を感じたりしたんです。私も相当過激でした。アメリカ留学の時、レーガン大統領はとても嫌いでした。 それでアメリカをえらく強く批判するので、アメリカ人の友達から変に思われたりしました。

  アメリカ人の友人たちから、「アメリカからお金をもらって勉強しながら、どうしてそんなにアメリカが嫌いなのか」と良く言われました。ところでアメリカ体験を続けて見ると、歴史上アメリカほど正義のある国はないということを認めるに至りました。理想主義的観点から見れば不足はありますが、アメリカのように欠点の少ないスーパーパワーはなかったです。19世紀のイギリスや古代ローマ、スペインなどはそうだったでしょうか? そんな国ではなかったです。
  そういう具合に、アメリカの長所を見るようになったんです。国家の品格などを客観的に見るようになりました。現実主義的な接近をするようになったんです。理想主義的な判断ではなく現実主義的な立場で見た時、韓国はけっこう良くやっているということも、同時に悟るようになりました。大部分の発展途上国と比べて見れば、1945年以後の韓国の歴史は、望ましく、よくやって来たのです。


(問) 史学をする人々が理想主義的観点を持つようになったら、どんな危険がありますか?

  史学をする人々が理想主義的観点を持つようになれば、その時代のありのままの真実を伝達するのに障害が発生します。危ないですね。哲人、道徳君子、芸術家ならそういう観点を持っても良いですが、歴史学者なら徹底的に現実主義的観点を持たなければなりません。ところが、不幸にも、そういう理想主義性向を持っている人が多く史学を志望するんです。


(問) 史学で過去の史料を見る時、推理力みたいなものが必要でしょうか? 史料がすべてのことを語ると言いますが、史料が政治的な考慮や作成者の意図によって歪曲される可能性も分かっていますよ。

  史料というものが歪曲されることがあるという考え方は、近来できたのです。以前には「史料は絶対的なものだ」と受け入れられました。ところでこれがポストモダニズムの影響で「史料もテキストだ」、このようになったのです。そうすると、「真理はあるのか?」という疑点が生じます。私は、「絶対的真理はない」と思います。すると「この人の言葉は信じられるか」という問題が残ります。 私は、歴史家であるなら最大限の多くの史料を用いて歴史を再構成して、これを他人が理解して信じることができるようにすることが重要だと思います。歴史家の使命だと思うのです。史料をできるだけ多く集め、論理整然と人を説得することができるように歴史を再構成すること、これで満足しなければなりません。だから、特定の歴史解釈に対して、「これだけが正しくて、あれは違う」、そう言ってはいけないです。 私は、そんな現象は、願望が大きくなってそうなるのだと見ます。


○歴史は「偶然」と「構造」の出会い

(問) 左派的歴史解釈は真理独占主義に陥るようですね。

  歴史は総合的な流れとして見なければならないと思います。マルクス主義では巨大な構造がなければならないと考えますが、私はそうは思いません。巨大な構造が歴史的に作用する時もありますが、個人のちょっとした動機が歴史の巨大な流れを変えることもあります。代表的なものが、イギリスの宗教改革だと言えます。 イギリスのヘンリー8世は、離婚をして息子を得るために宗教改革をしたのではないですか? それはつまらない動機ですが、その結果、イギリスが新教国家になって以後、歴史におびただしい影響を及ぼすようになります。本当に重要な、歴史的転機になった事件です。 歴史はすべてのものに開かれた思考を持たなければなりません。マルクス主義史観では理解ができないのです。


(問) マルクス主義が何か明快に言ってくれるように見えますが、私もある時期からそれを信じなくなりました。 例えば元帝国の建設も、チンギスハーン個人の個性が強かったのだと見ますが。

  そうですよ。遊牧民に帝国という概念はあり得ません。チンギスハーンのことを大帝国を建設した目的的人間だと判断せずに、個人の欲望や独特の環境、そういったことを総合的に見なければなりません。それを構造の中に入れることは歪曲だと思います。もちろん、時には構造が重要です。フランス革命は構造の中から出てきました。しかし、すべてのものがそうではないのです。マルクス主義はそういう風にばかり見ますが、それはそれでまた一つの偶像を作ることになります。


(問) マルクス主義の図式性と単純さのため、それを学問的に利用する人々がたくさんいます。

  マルクス主義史学は、第2次大戦後のヨーロッパでこの上なく大きな影響力を振るいましたが、1980年代に入って、ポストモダニズムがそういう虚像を壊してくれました。マルクス主義者たちは歴史を図式的に見ますが、歴史と言うものはそうではないです。歴史には偶然の要素がすごく多いです。ポストモダニズムは、歴史において、つまらない要素にも重要なものがあるという事実を教えてくれました。



              (太字強調は翻訳者による) (続く)



 

朴枝香教授インタビュー(2)

『解放前後史の認識』は「学問」ではなく「政治宣言文」

朴枝香ソウル大学教授インタビュー(上)
~歴史とはありのままを理解すること

[ new-right.com編集部 / 2006-05-16 ]
http://www.newright.or.kr/read.php?cataId=nr02000&num=1566


              (翻訳その2)

(問)「ニューライト版・再認識」という批評に対しては、どう思いますか?

  ある新聞に「ニューライト版解前史」が出たという記事が掲載されたので不要な論議が起きましたが、「再認識」に収録された約30編の論文の著者は、多様な理念スペクトラムを持っていたり、脱理念を好む方々もいるから、ニューライトというフレームで縛ることは単純化し過ぎです。インターネット書店yes24の購買者アンケートによれば、敍述の観点が右派的だという答は34%で、44%が「左でも右でもない」と回答しました。私自身も、ニューライトと定義したくはないです。レッテルを付けないのです。ホン委員長さんのように運動をする人もいますが、学者の立場でも社会的イシューに対して発言することができると思います。ただ 「ニュー・ライト」というレッテルを、学者の立場で担いたくはないです。


○80余名の左派学者たち、大反撃を準備中

(問) 「ニューライト」という言葉があんまり広く使われているので、そんな場合が生ずるようです。最近になって、何か新しい傾向が現われれば「ニューライトだ」と定義することも多いです。特に言論の場合、多層を相手にするため、単純化させようとする傾向があります。ところで、韓国学の専攻者が編集委員の中には見えないですが?

  私は、韓国学の方が代表になった方が良いのではないかと思いました。しかし、むしろ、他の方々が、「外部からの衝撃が必要な時であり、韓国史を全然知らない人なら問題だが、朴教授は『歪んだ近代』という韓国史関連の本も書いているし、外にも論文があるから、韓国史を理解して書く人が効果的に仕事ができる」と言うので、私が代表をするようになりました。本が出た後、ソ・チュンソク教授が韓国史専攻者がいないと批判しましたが、結局、韓国史とは何でしょうか? 金一栄教授のすることは韓国史ではないんでしょうか? イ・ヨンフン教授の言うことは韓国史ではないと言うのでしょうか? 『解前史』も、政治学者、経済学者、在野活動家など多様な人が書いていますから、『再認識』だけを問題視するのは二重基準です。


(問) 『再認識』に対する批判の動きはありますか?

  人づてに聞いた話ですが、某出版社の社長が「このままで良いのか、何人かの民族主義左派の人たちを集めて大反撃をしよう。」と言って、人々が集まったんです。ところが、「何で私を呼ばないのか」という人々が増え、それで結局80人の学者たちが集まったそうです。その人々が大反撃をするようですが、私たちはこの点に対して積極的に歓迎します。「溜まっている水」のような韓国史を研究することは、本当に歓迎すべきことですね。


○民族主義は教育を通じて注入され、国家によって利用される

(問) 韓国左派の特性の一つが、民族主義性向がとても強いという点です。New Lightグループは左派を主導しつつ現われた結果ですが、韓国の民族主義に対する評価はどうですか?

  民族主義と言うものは、本来、暴力的で排他的です。私は愛国心と民族主義を区分します。愛国と言うものは、ふるさとを愛する心にもなります。故郷に対する愛は本能的なものであり、自分が生まれた場所に対する自然発生的な感情です。愛郷、愛国が自己の周辺の友達や家族に対する自然な愛のようなものであるとすれば、民族主義はそんなものを飛び越える巨大な議論です。自然発生的に生じるものではないのです。ベネディクト・アンダーソン(Benedict Anderson)が主張したように、「想像の共同体」なのです。

  民族主義というものは、誰かによって注入されたのです。そうでないとすれば理解ができないのです。ところで、問題は私たちが受けた教育です。私たちは民族主義が遺伝子に刻印されているかのように教育を受けたし、民族主義とは生まれながらに本能的に感じるもののように学びました。 しかし、これは事実ではありません。民族主義は作られるのです。民族主義は国家によって利用され、悪用されて来た概念だったのです。本質的なものではなく、時代に従って興亡盛衰を経験する多くのイデオロギーの中の一つであるだけです。

 我が国でこんなに民族主義が強い理由は、第一に植民地経験で、もう一つは、分断が解決されなかったからです。それで民族主義が圧倒的に強かったのです。植民地経験問題は、かなり解決されたと思います。我が国の若者たちは、植民地経験、日本に対して客観的に見て気にしないようになっていると感じます。私は、学生たちに、「君逹が日本の子どもたちよりましだ。」と言います。「英語も日本の学生たちより上手で偉い」とかですね。 でも、恨みを晴らすことができない人々がまだいて、それを政治が悪用しているのです。

  問題は、解決されない分断状況が我が国社会に民族主義の猛威をふるわせるという点です。危険な状況ですよ。民族主義というのは世界的にはもう過去のものです。全世界的に終わりを迎えたイデオロギーである民族主義に、私たちはいつまで執着しなければならないのでしょうか……。


○私たちはすでに多民族国家、「開かれた民族主義」が代案

(問) 民族主義が韓国であまりに強いので、「開かれた民族主義」という用語を使用し、ある程度認めながら行こうという主張もありますね?

  分断という特殊な状況のため、ある程度は理解ができます。民族主義を軟着陸させようという現実的立場から、民族主義の肯定的変化を誘導しようと開かれた民族主義は、意味があると思います。血で結ばれた血縁共同体、こんな民族主義は脱け出して、自発的な共同体、誰でも自分が願えば大韓民国の国民になることができる民族主義に進まなければなりません。こんな雰囲気は、すでに我が社会でかなり進んでいるようです。農林漁業に携わる男性の国際結婚の割合が35.9%にのぼり、ハインスワードの事例もありますね。私たちは、すでに多民族国家に進んでいます。 民族主義を担って行かなければならないとするなら、開かれた民族主義が適当だと思います。


(問) 教授がおっしゃる民族主義なら、それはもう民族主義ではないようですが?

  世界的に見て、民族主義を同じ血を分けた、同じ先祖に仕える血縁共同体と定義する国家はないです。90%を越えるほとんどすべての国々が、多民族国家です。最近、民族という概念は、自発的な市民たちが作り上げるものですね。こんな主題で浦項工科大で講演をした事がありますが、学生たちは、そういう「民族」の定義は初めて聞いたと言いましたね。私たちの教科書は血縁中心に教えますが、実際には世界の普遍的認識とへだたりがあるのです。


○お金で償う歴史清算、政治的利用に過ぎない

(問)元々、過去史問題が出た時、「これは学界に任せるべきもの、どうして国家が介入するか」など、現政府の過去史再評価に対してさまざまな反論がありました。現在、いろんな委員会も動いていますが、簡単に評価をしてください。

  私たちは歴史について、よく知らないのです。一度、良く知る必要があります。すべての力を稼動させて知る必要があります。このような作業が必要です。このような作業が行われない中で、ただ清算からしようということでお金が介入してくれば、ちゃんとできるわけがありません。決して清算になりません。どこの国がこういったことをお金で補償をしますか? 事実を明確にして謝罪はできるとしても、金銭的に補償をするということはおかしなことです。

(問) 過去史に関する多くの組織があって、原則的に補償はないと言いますが、金大中政府時代に作られた民主化運動補償委員会を通じて補償が行われています。

  日帝下の徴兵の場合にも、一人当たり1000万ウォン程度の補償をしようと言うことでしたね。予算は上程されましたが、まだお金は用意されなかったらしいです。政治的な取り引きになってしまって、これは歴史をきちんと把握しようというものではないです。歴史を正すというのではなく、政治的に利用することです。


(問) 過去史を暴くことは李承晩、朴正煕時代を主な対象にしていますが、この時代は本当に汚辱の歴史だったのでしょうか? そんな仮説に対してはどう思いますか?

  『解放前後史の再認識』では朴正煕時代を扱っていません。一応、1959年までです。最近、新たに1950年代に対する再評価が出て来ましたが、これまでは、暗鬱で停滞したという否定的評価が大部分でした。先日、インターネット書店yes24がこの本の主張に対してアンケート調査をしたところ、69%が「新しい時代に合った歴史認識だ」として「共感する」と評価し、わずか8%だけは「違う」と言う評価でした。「一番共感する主題は何か」との質問には、親日問題について60%が「本で言っていることが正しい」とのことでした。


○歴史はある一人に責任を負わせることはできない

 でも、李承晩の評価については47%だけが同意して、半数以上が否定的なイメージを強く持っていますね。私たちの本では、これまで知られなかったことを紹介しています。李承晩の功績と過誤を評価しなければならないのに、功は認めず過誤だけ強調して来たでしょう? 李承晩には3つの功があります。一つは農地改革、二番目は韓米相互防衛条約、三番目が工業化基盤整備です。ところで、なぜ人々は李承晩に対して否定的なのでしょうか? 単独政府論を一番先に主張した人だからそうなのでしょうが、これが左派の宣伝ポイントだったし、(ほんやくできない)です。判断(?)というものが李承晩一人の声でできたでしょうか? 李承晩一人に責任を問うことはできません。ソ連のスターリンは、すでに1945年9月20日、ソ・グンジョンに北朝鮮地域に単独政府を樹立するよう命令を下しました。我が国の国民にはまだ知られていませんね。


(問) 過去史機構が人革党、南民戦事件などを調査して発表するのに、基本的に南北関係が変化した今の視点で評価しています。そんな評価のやり方は、学問的にどう見ることができますか?

  歴史と言うものは、その時代に立ち返りその時代の観点で見なければなりませんから、現代の観点で見ることは誤った歴史的観点だと言えます。例えば帝国主義は、21世紀の観点で見ればはっきりと悪と言えます。でも、悪いという現在の視点だけで複雑な帝国主義社会について判断しようとすれば、具体的な理解に到逹しにくいです。
  正しい判断をする歴史家なら、帝国主義というものが、その時代にいかにして支配的位置を占めることになったのかと言うことに対して理解をしなければならないわけです。その状況で、人々が何を思い行動したのかを理解しなければならないのですよ。


    インタビュー (下)に続く


                       

朴枝香教授インタビュー(1)



『解放前後史の認識』は「学問」ではなく「政治宣言文」

朴枝香ソウル大学教授インタビュー(上)
~歴史とはありのままを理解すること

[ new-right.com編集部 / 2006-05-16 ]
照会数7825(2006-09-18現在)
http://www.newright.or.kr/read.php?cataId=nr02000&num=1566
 
 

              (翻訳その1)

  『解放前後史の再認識』の編集委員である朴枝香(パク・ジヒャン)ソウル大学教授に会いました。一時は理想主義者で民族主義者だったが、今は民族主義の閉鎖性と暴力性を批判して「開かれた思考」を語る朴枝香教授は、歴史は長い目でありのままを理解するべきで、先験的目標を前提とした解釈を強要することはできないと、重ねて強調しました。 『解放前後史の再認識』に対する左派学者たちの「大反撃」も歓迎すると韓国近.現代史に対する真摯な論議を期待する朴枝香教授からは、真摯な歴史学者の姿が感じられました。
  この日のインタビューは、ホン・ジンピョ自由主義連帯執行委員長が直接行いました。<編集者注>


(問)朴教授はアメリカで博士の学位を取られましたね。留学はいつだったんですか?

  1978年に行きました。留学する前に修士を受けて、2月から7月まで東亜日報の見習い記者生活を少しだけしました。社会現場に対する好奇心が強くて社会部記者を志望しましたが、当時は社会部に女性記者はいなかったんです。社会部長は、来るなと言わんばかりに、ちょっとひどい仕事の命じかたをしたりしました。


(問) 高等学校はソウルですか?

  京畿女子高を出ました。ソウルに出てソウルで育ったんです。両親は忠清道出身です。


(問) 何と言っても『解放前後史の再認識』のことからお聞きしなければなりません。編集委員の方々(朴枝香、イ・ヨンフン、金哲、金一栄)がこの出版を企図することになった裏話がありますか?

  前書きにも書きましたが、それは、多分、2004年9月だったはずです。イ・ヨンフン教授などと食事をしたときに、「過去史問題を政治権力に任せておいて良いのだろうか? 執筆を新たにしなければならないがそれには時間がかかるから、まず、発表された論文を集めて読者たちに知らせる作業でもしよう。」という話が出たのです。結局、この事の発議は私がすることになりました。


(問)『解放前後史の再認識』の出版で、相当な社会的波紋が起きました。前もって予想できましたか?

  これほど大きい反響があるとは予想できなかったです。いくつかの出版社も、こんな予想があったなら発刊を拒否しなかったでしょうね。「需要はあるだろう」という程度に考えました。出版社は3万部くらい出たと言いますが、書店を通じて聞けば、それよりもっと売れたと言う話もあります。


(問) 実は、『解放前後史の再認識』は、分量や内容から見て、一般人が本を買って几帳面にすべて読むということはかなり無理のようで、所蔵用が多くないでしょうか?

  単に所蔵用だけではないようです。一般企業体に勤めて引退したような方々もいくつの論文を読んで、相当面白いと言われます。この本は、学界にいる人とか専門知識が高い人だけが読むというものではないです。それで私がむしろ驚きました。これほど、大衆が、国史に対して知識を持って吸収することができる能力があるということが分かって、私としては新鮮な衝撃でした。


○『解放前後史の認識』は学者たちが書いた政治的宣言文

(問) 『解放前後史の認識』は、いつ読んだのですか?

  1978年に留学に行ってから、1987年2月に入って読みました。1987年と言えば軍事政権のとても過酷な時期は過ぎ去ったのに、学生たちは相変らず聖典のように思っているので、どういうものか知りたくて読んで見たんです。1~2巻を読んで見ましたが、かなりの衝撃を受けました。二つの面ですが、一つは、「70~80年代のような危ない時期に、こんな文を書くことができたんだな。」ということ、二番目は、「これは学問的ではなく、あくまでも政治的な宣言文だ。こんな宣言文を学者たちが書いたのだ。」と言うことが衝撃でした。宋建燕さんのような方ならそれも分かりますが、カン・マンギル教授のように学問を職業とする方が政治的宣言文を書いたという事実に、大きな衝撃を受けました。


(問) 留学のためではありますが、結局、教授は、80年代の激動期を直接に御存知ないのではないですか?

  国内で起きる事にはいつも関心を持っていました。思い出すのは、朴正煕前大統領が殺害された日、ラジオ、新聞などが「韓国で何か事件が起きている」と騷ぐので、とても知りたくて韓国に電話をしたんです。 東亜日報の先輩記者に電話して聞いたりしたんです。そのように心を痛めた記憶もあり、光州事件を知った衝撃ととても胸が痛かったことは、ここにいてもあちらにいても同じでした。海外に出れば、むしろもっと客観的に見えるようになります。


(問)『解放前後史の認識』と『解放前後史の再認識』に対して論争がありますが、最大の違いは何だと思いますか?

  『解放前後史の認識』は、民衆と民族、彼らが主人公になることが正しいという政治的宣言文です。しかし、私たちは、先験的な前提を立ててみようというのではなく、ありのままを見ようという立場です。気に入らないとしても、歴史はそういうものです。もう一つは、『解放前後史の認識』は、達成しなければならない目標を前提にするため、達成できないことに対しては独りよがりです。正義と不正義、善と悪など思考が両極端的で、視覚が心忙しいですね。 『再認識』は歴史をありのままに見ようと思うから、息が長くなります。人の歴史というものは、すごく多層的です。 だから長い目で歴史を見るのです。


○歴史は長い目で「ありのまま」眺めるもの

(問) しかし、結局は、歴史解釈には価値判断が入るのではないですか?

  まともな歴史家なら、その時代に状況がなぜそのようになったのか、認識しなければなりません。 何故我が国が1945年に分断されるしかなかったのかを理解して、それから、それが良かったのか間違ったのか判断するんです。歴史を心忙しく見る人々はそれを理解しないで、価値を先に立たせて飛び越えて判断しようと考えます。政治をする人々はそうしてもいいかも知れませんが、歴史を研究する人々はそうしてはいけないです。


(問) 歴史批評のイム・デシク主幹が、『解放前後史の再認識』はニューライトと脱近代の不適切な出会いだ、という檄文に近い文を書きました。「イ・ヨンフン教授はニューライトで、朴先生の場合はポスト・モダニズムなのに、なぜ手を組んだのか」、こんな言葉をどう思いますか?

  ある面では一理があります。『再認識』の編集者4人は脱民族主義という共通点がありますが、ただ、人間の文明という概念に言及しつつ、すべての人類が到逹しなければならない文明史的な水準があるはずだというイ・ヨンフン教授の主張に対しては、私は少し違う考えです。近代文明の画一性に対して同意することができないテーマがあります。しかし、『再認識』の編集作業をするにあってその差異は小さなことだったし、4人が共通に考えたのが、人間性の複雑さを示そうということです。「親日と反日」、「抵抗と協力」、「独裁と自由」、こんな風に単純に人間の生は分けられないのですよ。「人間性はとても複雑だから、歴史も複雑だ。」と言うのが、我々4人の共通の考えです。



                  (続く)

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Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
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