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ここ20年の「独島関連歴史学分野研究」まとめ 2

2. 2000年以後の独島研究の動向
  まず、最近の日本の独島領有権主張を見れば、全方向的攻勢で日本主張の「一般化」を企てて対内外的に広報している。日本外務省の公式サイトの拡張(注7)、小中高学習指導要領及び学習指導要領解説書の改正と独島教育義務化、各種広報物等を通して「竹島(独島)は日本固有の領土であり、韓国が不法に占拠している」という論理は一般化している。日本外務省の主張(注8)を見れば、昔から日本は独島を認識していたが韓国が独島を認識していたという歴史的証拠はないという。これは、武陵・于山二島の記録が出て来る世宗実録『地理志』や東国献備考、万機要覧などに現れる于山島の存在を否定したり、于山・武陵一島説を主張する「竹島問題研究会」の主張がいかなる濾過装置も経ないでそのまま日本政府の公式見解として受け入れられたためだ(注9)。

(注7) 2014年3月から10ヶ国語を12ヶ国語にし、首相官邸及び内閣官房ホームページでも独島など領土問題を全面的に掲示している。
(注8)日本外務省 「竹島」 http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/ (検索日2020.11.10)
(注9)「竹島問題研究会」の座長下條正男の論著と「竹島問題研究会」の第1期最終報告書(2007.3)を参照のこと。

  日本外務省の独島に対する主張は次のようなものだ。
①日本は昔から竹島(注10)(独島)の存在を認識していました。
②韓国が昔から竹島(独島)を認識していたという主張には根拠がありません。
③日本は17世紀中盤には竹島(独島)の領有権を確立しました。
④日本は17世紀末鬱陵島渡海を禁止する一方、竹島(独島)への渡海は禁止しませんでした。
⑤韓国側は安龍福という人物の事実に反する供述を領有権の根拠の一つとして引用しています。(注11)
⑥日本は1905年閣議決定によって竹島を領有する意思を再確認しました。
⑦サンフランシスコ平和条約締時に、韓国は日本が放棄すべき地域に竹島を追加するようにアメリカに要請したが拒否されました。
⑧竹島は駐日米軍の爆撃訓練区域として指定を受けていました。
⑨韓国は国際法に反して公海上にいわゆる「李承晩ライン」を画定し、一方的に竹島を不法占拠しました。
⑩日本は韓国に対して国際司法裁判所(ICJ)への要請を提案していますが、韓国は拒否しています。

(注10) 江戸時代に鬱陵島と独島の日本名称は磯竹島、竹島と松島であった。独島が松島、リアンコから「竹島」に変更するのは、1905年の独島編入措置以後のことだ。ここでは日本式発音の竹島と松島に従わず、私たちの音読である「竹島(チュクト)」、「松島(ソンド)」と呼ぶことにする。
(注11)前掲日本外務省サイトを参照

  これで見れば、昔から(a)日本は独島を認識していたが韓国は認識できなかった、(b)日本は17世紀中盤に独島の領有権を確立した、(c)そして1905年に閣議決定を通じて独島の領有意思を再確認した、(d)韓国は「李承晩ライン」(平和線)により独島を不法占拠していて、日本はこれに対して国際司法裁判所要請を提案しているが韓国が拒否しているということだ。このような論理は日本の小中高社会科教科書にそのまま反映されて、「17世紀に領有権が確立された日本固有の領土」であり、「韓国が不法占拠」していて、日本は「平和的解決」のために努力しているという独島領有権主張の基本フレームを構成している。
  
  これに対して、韓国外交部の公式見解は次のとおりだ。これは、多分、日本外務省の「10ポイント」への対応あるいは反論の意味を持っている。
①独島は地理的に鬱陵島の一部と認識されて来ました。
②我が国が独島を私たちの領土と認識して統治して来た歴史的事実は、私たちの官撰文献が記録しています。
③17世紀韓・日両国政府間の交渉(鬱陵島争界)過程を通じて、鬱陵島とその付属島独島が我が国領土であることが確認されました。
④1905年島根県告示による独島編入の前まで、日本政府は独島が自国領土ではないとの認識を維持していて、これは1877年「太政官指令」を始めとする日本政府の公式文書を通じて確認されます。
⑤大韓帝国は1900年「勅令第41号」で独島を鬱島郡(鬱陵島)管轄区域として明示し、鬱島郡守が独島を管轄しました。
⑥1905年島根県告示による日本の独島編入の試みは韓国の主権侵奪過程の一環であり、私たちの独島領有権を侵害した不法行為であるから国際法的に無効です。
⑦第2次世界大戦終戦以後、独島は私たちの領土に戻り、我が政府は確固たる領土主権を行使しています。

  ここで韓国の主張を見れば、(a)独島は歴史的に私たちの領土として認識していたことは官撰文献で確認できるし、地理的に鬱陵島の一部と認識されてきた、(b)17世紀韓日両国政府間交渉である鬱陵島争界(竹島一件)で鬱陵島とその付属島独島が私たちの領土であることが確認された、(c)韓国は「島根県告示第40号」の前である1900年「大韓帝国勅令41号」で独島を鬱陵島の所轄区域として明示して管轄してきた、(d)第2次世界大戦終戦以後独島は韓国の領土に戻り、確固たる領土主権を行使している、というものだ。
  このように韓日両国の主張は鋭く対抗する。ここで見れば、両国の争点は、まず歴史的認知、二番目に17世紀日本の領有権確立の可否、三番目に大韓帝国勅令と島根県告示内容の法的有効性、四番目に戦後の終戦処理における独島の取り扱いなど、大きく4種類に集約できる。 韓日両国の主張で①~⑥に該当する部分が独島研究において「固有領土論」あるいは歴史的研究と関連したものなどだ。2000年以後、我が国国内の独島研究が活発に展開した結果、その成果が外務部の反論論理に相当部分反映されたと言えるだろう。だが、日本政府あるいは日本の研究者側が歪曲する一部の部分に対しては、より精緻な史料検証と史料発掘を必要とすると言える。例えば、①安龍福陳述の真偽に関する問題、②大韓帝国勅令の「石島」=独島という立証、③サンフランシスコ講和条約の2条(a)項の解釈を補強する作業などが必要だと言えよう。我が国の独島研究が本格化するのは1998年以後のことであり、2005年「竹島の日」制定が大きな分岐点になる。筆者に与えられた分析期間は2000年以後であるから、まずこの期間の独島研究の傾向を調べることにしよう。
  学術誌論文関連の情報を提供しているものとしてKISS(韓国学術情報)、RISS(韓国研究情報サービス)、DBpia(ヌリメディア)、コリアスカラーなどのサイトを主に利用しているが、RISSが比較的学術論文を網羅して掲載していて、専門分野の幅が広くて論文の検索数が多い。実際に各検索サイト別で「独島」という検索語で学術誌論文を検索してみた結果、KISSが528件、RISSが2,517件、DBpiaが1,453件、コリアスカラーが446件等だった(注12)。


(注12) 2020年11月10日に検索した結果である。

表1 2000~2020年独島研究論文の傾向(RISS)
ronbunsuu.jpg
(翻訳者補足説明:左列は作成者の名前で、論文作成件数の多い順に並んでいる。堂々の第一位はチェ・チャングン先生で、件数は他の追随を許さない94件。第二位以下は、クァク・ジノ、キム・ホドン、ソン・ヒヨン、チェ・ホンベと続いている。中列は掲載誌名で、論文掲載件数の多い順に並んでいる。やはり、この『独島研究』が抜群に多い。右列は年度ごとの論文件数。)


  RISSで2000年以後「独島」という検索語で独島研究の成果を検索した結果を<表1>に整理した(注13)。これで見れば、過去20余年間に独島に関する論文を20編以上執筆した研究者が7人であり、10編以上執筆した研究者を見れば21人にもなる。国内学術誌を検索したので韓国語で書かれた論文(2,063編、82.8%)が圧倒的に多かったし、次に英語43編(1.7%)、日本語24編(0.95%)、中国語14編(0.56%)の順だった。
  そして学術誌別に見れば、『独島研究』(334編)、『日本文化学報』(62編)、『国際法学会論叢』(61編)、『領土海洋研究』(56編)、『月刊海洋韓国』(47編)、『異斯夫と東海』(47編)等で、独島研究の中心的機能を遂行している嶺南大学独島研究所の学術誌が独歩的に多かった。続いて日本文化学会の学術誌、大韓国際法学会の学術誌、東北アジア歴史財団独島研究所の学術誌、韓国異斯夫学会の学術誌などが上位にランクしている。これは10年前には国際法あるいは政治学分野の学術誌が上位圏を占めたことと比較する時、歴史学など人文科学分野の学術誌が強い成長の勢いを見せている。これは、歴史的研究の比重が相対的に増加していることを物語ると見ることができる。
  次に、独島関連論文の年度別推移を見れば、毎年120~180編(注14)と量産されているが、最近は安定的推移を見せている。独島関連論文は1990年代中盤までは10編以下だったのが、1996年47編で二桁を記録(注15)してから顕著に増えた。そして「新韓日漁業協定」を締結した1998年以後は20~30編程度の推移を示した。だが、独島関連論文は2005年3月に日本島根県が「竹島の日」を制定して「竹島問題研究会」を県総務部総務課に設置して、この年には123編で以前に比べて4倍以上に顕著に増えた。その後90編余りで二桁に落ちて、日本外務省が「竹島問題を理解するための10のポイント」を掲示して独島領有権主張を公式化すると再び145編に増え、毎年120~180編程度の多くの論文が発表されている。日本国内では独島関連論文がわずか年間10~20編程度(注16)であることを勘案するならば、我が国の独島論文は量的だけで見ても日本の10倍程度で圧倒的に多いと言える。

(注13)自然科学、技術科学分野などの論文は除いた。
(注14) 2008~2019年の12年間に我が国で作成された独島論文は年平均148.2編で、同期間の日本の年平均論文編数14.25編に比べて10.4倍も多い。
(注15)1996年は日本が鬱陵島と独島間に中間線をひいて自分たちのEEZだと主張する挑発を始めたが、このような影響で増えたと見られる。日本は2000年までに四度にわたって高度に計画されたEEZ挑発を行った。
(注16)本『独島研究』第29号の朴炳渉論文を参照


<コメント>
 ふむふむ、「大韓帝国勅令の石島=独島という立証」や「サンフランシスコ講和条約2条(a)項の解釈の補強」が必要なんですね。つまり、致命的な部分の立証や補強が必要だということですね。はい、良く分かります。

 それから、「我が国の独島論文は量的だけで見ても日本の10倍程度で圧倒的に多いと言える」ですか。まあ、そうなんでしょうね。うん? 今、「粗製乱造」という四字熟語が脳裏をよぎったが、気のせいかな。


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