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日本政府の安龍福捏造(?) 1 

日本政府の安龍福功績捏造に対する批判 外務省と内閣官房の「安龍福侮蔑」を中心に
崔長根(チェ・チャングン) /大邱大学日本語日本学科教授
嶺南大学独島研究所 『独島研究』 第29号 2020.12.30 p243

*本研究は大邱大学校内研究課題(20200143)、2020年学術研究費支援で実行された。

目 次
1. はじめに
2. 安龍福の功績の実体
3. 日本政府の安龍福の功績に対する捏造
4. 日本政府の安龍福陳述に対する信頼性否定
5. 「竹島渡海禁止令」と安龍福との関係性捏造
6. 結び


<国文抄録>
 本研究は、安龍福の第二次渡日の成果と日本政府の安龍福業績の蔑視について論証した。安龍福は二度にわたって渡日して、伯耆州太守に告発して幕府から鬱陵島と独島が韓国領土であることの確答を受けた。ところが、現在の日本政府は、安龍福は官職を詐称して越境した法律違反者で朝鮮国の代表でもなかったために、朝鮮朝廷における幕府から鬱陵島と独島を朝鮮領土と認められたという安龍福の陳述は信頼できないとさげすんだ。また、渡海禁止令は鬱陵島に限定されたもので独島に対する渡海禁止令は下りなかったと事実を捏造した。事実は、安龍福の第一次渡日は日本の漁夫の鬱陵島領有権主張に対して朝鮮と幕府の間で鬱陵島と独島を巡る領有交渉を引き起こし、最終的に幕府が鳥取藩に所属を確認した後、日本の漁夫の渡航を禁止して鬱陵島と独島が韓国領土であることを認めた。第二次渡日は、1696年1月に幕府が朝鮮領土であることを認めたにも拘わらず、これを先送りしている対馬に鬱陵島と独島が韓国領土であることを朝鮮政府に知らせるようにする役割をした。それで、本研究では、安龍福は第一次渡日で幕府から鬱陵島と独島の領有権の確認を受けたし、第二次渡日では対馬に鬱陵島と独島の領有権を放棄するようにするのに役割をしたことを論証した。

1. はじめに
 韓日間で独島領有権をめぐる外交論争は歴史的に3回あった。最初は1693-1696年の安龍福越境事件で、一次渡日において1696年に幕府が自ら鬱陵島と独島を韓国領土と認定するようにしたし、二次渡日においては、1697年に正式外交ルートで対馬が領有権主張をあきらめるようにしたのだ。二番目は、日本がロシアを侵略して戦争を起こして1905年戦争中に国際法を装って独島をこっそりと侵奪するために敢えて無主地として地方政府である島根県に編入し、韓国政府がこの事実を知って1900年勅令41号で鬱島郡を設置して行政的に独島を管轄統治したという事実を提示して統監府に強力に抗議すると共に独島編入を認めなかったのだ。三回目は、日帝36年間の不法植民地統治を経て日本が第二次大戦で敗戦して1951年対日平和条約を締結する過程で、親日派の米国文省(翻訳者注:「米国務省」が書き間違えてある。)政治顧問ウィリアム・シーボルドを利用して独島を奪取しようとしたが、この時に英国、オーストラリア、ニュージーランドの英連邦国家の反対で独島領有権は日本に移ることができなかった。それは、独島の領有権は1696年安龍福越境事件の時に日本が独島を韓国領土であることを認めた事実、1877年明治政府がこれを継承して太政官指令で独島が韓国領土であることを自ら認めた事実、1946年1月連合国軍最高司令部司令官がSCAPIN 677号で独島を韓国領土と認定した事実があったためだ。それにも関わらず、米国務省の政治顧問であるシーボルドの親日的な政治的行為のために、英米中心の連合国は独島領有権を明確に処理しなかった。李承晩大統領が連合国の措置に対抗して、独島領有権の本質を基に平和線宣言を押し切った。このような過程を通じて、今日、韓国が独島を実効的に管轄統治することになった。
 ところが、今日の日本政府は安龍福越境事件で幕府が独島を韓国領土と認定した独島領有権の本質を無視して、1905年独島を盗取しようとした島根県告示40号の侵略行為を領土取得行為だと事実を歪曲した親日派シーボルドの政治的行為を基に、1965年韓日協定の時もそうだったが今でも独島の領有権を主張している。
 本研究の目的は、安龍福の一次渡日の成果と二次渡日の成果について論証することだ。なぜなら、日本政府が韓国の独島領有権を否定するために安龍福の独島領有権活動を否定しているからだ。安龍福の一次渡日は、幕府が鬱陵島と独島を韓国領土と認定して日本人漁師たちの鬱陵島渡航を禁止させたというものだ。特に、二次渡日は、幕府が鬱陵島と独島を韓国領土と認定したにも関わらず対馬島は鬱陵島と独島の領有権主張を放棄せずにいたが(注1)、安龍福の二次渡日によって再度幕府に告発されたことで、対馬島は最終的に幕府の渡海禁止令によって鬱陵島と独島が朝鮮領土と認定されたという公文書を朝鮮政府に送ったのだ。もう一つの目的は、安龍福の功績に対する日本政府の捏造の事実を批判するためだ。研究方法は、安龍福と独島領有権の本質を糾明するために、安龍福事件に関する先行研究(注2)を基に再構成して本稿の目的が達成されるように論考を整理した。

(注1)『竹島紀事』 元禄9年(1696年)6月23日
(注2) ソン・フィヨン 「安龍福の渡日事件と日本における行跡」 『日本文化学報』第72輯 (韓国日本文化学会2017.02 pp. 29-42、キム・ファギョン 「安龍福の正文に対する研究」『大邱史学』(大邱史学会 2012)、ソン・フィヨン「『長生竹島記』と独島領有権」『日本思想』(韓国日本思想史学会 2019)、クォン・ヒョクソン「『長生竹島記』が伝える竹島丸船上の問答文ー安龍福の日本渡海経験に関してー」『日本語教育』(韓国日本語教育学会 2018)、ナム・サンクォン、パク・ヨンシク 「安龍福形象化に対する口伝的想像力」 『独島研究』 (嶺南大学独島研究所 2019)、クォン・オヨプ編訳 『竹島紀事』 (韓国学術情報 2013)、崔英成 『朝鮮の密使安龍福』 (文史哲 2019)、ソン・スンチョル「17世紀末安龍福事件を通じて見た朝日間の海陸境界紛争」 『韓日関係史研究』 第42集 (韓日関係史学会 2012.08) pp.229-265、ソン・スンチョル 「1696年安龍福の第二次渡日供述資料」 『韓日関係史資料集』 24集 (景仁文化社2006.4) pp.251-300



<コメント>
 はい、チェ・チャングン先生です、チェ・チャングン先生。どこまでバカなことを書いているかを確認するための全訳です。


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