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竹島問題紙上討論会(30)

Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1236  作成: 2010-05-09 22:42:30
アマチュア氏へ:お久しぶりです。御返答ありがとうございます。確かにロシアはフランスと露仏同盟を締結することによってドイツ・オーストリアをけん制していましたが、もしロシアが陸軍の主力を極東に振り向けて首都がガラ空きになった隙を突いて独墺軍がロシアに侵攻した場合にフランスがドイツとの戦争に踏み切る決断ができたかどうか疑問な気がします。
 何よりも当時のロマノフ王朝にとって、不人気な日本との戦争を長期化させることは革命の勃発による帝政の崩壊を招くことが危惧されていたからこそニコライ2世も米国のセオドア・ルーズベルト大統領による講和の斡旋に応じたのだろうと解釈しています。これ以上は私には何とも言えません。貴方が仰るように、私は日露戦争についてもっと勉強する必要があるようです。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1067  作成: 2010-05-09 22:52:03
引き続きアマチュア氏へ:貴方の結論は「1905年当時の大韓帝国が日本による竹島編入宣言に抗議しなかったのは、当時の大韓帝国政府が独島(竹島)を自国の領土であるとは思っていなかったからである」ということですね? 私もこれを反証はできません。その通りだとすれば、1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね。
 
IZUMO  推薦 : 1178  反対 : 1  作成: 2010-05-09 23:15:59
 無根拠妄想狂嘘吐きダブスタ無法侵略・差別主義者>1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね――
 で、そうだとするとお前達には竹島の領有を主張する国際法上の根拠どころか    歴    史    的    根    拠    す    ら    存    在    し    な    い    という事になるんだが、さて、この状況でどうやってお前達に竹島を領有する正当性があると主張するのか是非聞いてみたいもんだなw
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1100  作成: 2010-05-09 23:26:31
 再びアマチュア氏へ:もしこのサイトが歴史学会で論文を発表する場であれば、単に自分の経験知に頼る推測を提示するわけにはいかず、確固たる学問的根拠に基づいた学説を提示しなければなりませんが、このサイトは中央日報の閲覧者が自由に自分が言いたいことを書き込むことが許されているサイトですから、プロの歴史学者ではないシロウトの私も推測に過ぎない自分なりの意見を勝手に書き込んでいるわけです。
 私は推測なんかデタラメでいいと思っているわけではありません。ただ、推測は自分の限られた経験知に基づくものですから、その正確性には限界があることを忘れないように努めています。推測する時は自分の頭に蓄積された経験知を総動員してできる限り正確な推測を導き出すように努力しますが、推測はあくまで推測に過ぎず、その正確性は絶対ではあり得ないことは弁えているつもりです。何かを断定する根拠が無い場合に自分の経験知に基づいて推測しているわけです。
 
IZUMO  推薦 : 1853  反対 : 2  作成: 2010-05-09 23:36:05
>ただ、推測は自分の限られた経験知に基づくものですから、その正確性には限界がある――
 だからこそamature様は    調    べ    ら    れ    る    限    り    は    調    べ    て    か    ら    口    を    開    け    と言ってるんだけど、日本語理解できないチョンは大変だな。これで人に向かって「書き込んでいい事と悪い事があるニダ!!」とかほざいてるんだから笑止千万にも程があるだろ。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 1254  作成: 2010-05-09 23:48:13
再びアマチュア氏へ:私は個人的には1905年当時の極東で日本に対抗できる国はロシアだけであったと同時に、当時の極東でロシアに対抗できる国は日本だけだったと思っています。つまり、当時の極東での2大軍事強国は日本とロシアだったと思っています。当時の清国、朝鮮、及び東南アジア諸国には日本やロシアに対抗する力はなかった筈です。米国は南北戦争後40年間は軽武装国家でした。 当時の英国とフランスはドイツとの対立を深めつつあり、極東に大軍を派遣する余裕はありませんでした。ドイツも英国、フランス、ロシアに包囲されつつあり、極東に配備できる軍隊は限られていました。 オランダは小国であり、その国力は日本にもロシアにも及びませんでした。ですから、1905年当時の極東には、日本とロシアに対抗できる国は存在しなかったことになります。(以上)
 
jake  推薦 : 1114  反対 : 1  作成: 2010-05-10 16:39:51
 横から失礼。日露戦争の戦費の総額は約20億円といわれています。これは当時の日本の国家予算(7億円弱)の約3倍です。今日にすれば280兆円弱(平成22年度の一般会計の歳出の約3倍)ということでしょうか。こんな金を調達するというのは無謀ですし、勝ったとしてもそのリターンはとてもじゃないが期待できない。言葉を換えると、日本は国家破綻のリスクを顧みずに極端な無理をしないと、極東のロシアの南下に対応できなかったということですね。ロシアの南下が経済破綻のリスクよりも、日本の存亡に思い意味づけがあったということです。
 こうした重い負担が勃興期の日本の民政にどれほど大きな影響を与えたか。当時の極東において、ロシアに対抗できる勢力だったかどうかが議論されているようです。「対抗できる」の意味をもっと厳密・限定しなければなりませんが、こういうことも含んでおいたほうがよいと思いますよ。
 
jake  推薦:1096  反対:3  作成: 2010-05-10 16:51:24
(続き)当時の日本を買いかぶってはいけません。西欧列強と肩を並べたい、というよりは、なめられない国家になりたいと思いつつも、産業基盤も脆弱でその経済力は比べものになりませんでした。また、海外に植民地などの勢力圏を積極的に開拓する準備も整っているわけではない。こんな無理をした動機は、国家存亡の危機ととらえたからでしょう。日清・日露戦争が朝鮮半島侵略の第一歩などと簡単に断ずる人もいますが、そんな簡単な状況ではなかったということです。
 1905年の第2次日韓協約、1910年の日韓併合も、こういう日露戦争の傷が残った状態で行われたことです。日韓併合にあたって、その膨大な資金をどこから捻出するのかと国内に反対論が多かったことも付記しておきます。併合後、朝鮮からその資金を回収できるなどと考えていたふしもない。それでも朝鮮を併合したのは、日本の望むような安定した地域にしなければならないということが第一義ですよ。当時の朝鮮の混乱、為政者の行いは常軌を逸していましたから、彼らに任せておいたら、日清・日露戦争の轍を踏むと考えた面もある。
 
jake  推薦 : 1059  反対 : 1  作成: 2010-05-10 17:14:36
Mr.Xさん「その通りだとすれば、1948年に大韓民国の初代大統領に就任した李承晩氏が独島(竹島)が韓国の領土であると初めて主張した人物ということになりますね」>
  そのとおりですよ。本投稿欄で何度も説明してきたとおり、これは断言できます。それ以前に、竹島の領有が懸案になったことはありません。
 
Mr.X  推薦 : 1  反対 : 824  作成: 2010-05-11 01:56:08
ジェイク氏へ:お久し振りです。コメントありがとうございます。
 1905年当時は欧米の大国と比べるとまだ小国だった日本が大国ロシアに敢えて戦争を挑むことができたのは、当時の超大国だった大英帝国と米国が日本の後ろ盾になってくれたからこそであることは認識しています。朝鮮半島が帝政ロシアの支配下に入ることは日本の安全保障にとって死活の脅威でしたから、日露戦争は日本にとっては自衛のための祖国防衛戦争でした。日本は英米から借金して戦費を調達しましたが、日本は英米の極東での利権をロシアの極東進出から守る役割も担っていました。日本は英米の代理としてロシアと戦わされていた面もあります。日露戦争で日本が勝利を収めてからは、ロシアに代わって日本が英米にとっての脅威となり、日露戦争の36年後の1941年には日本と英米は戦火を交えることになりました。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1309  作成: 2010-05-11 02:14:44
引き続きジェイク氏へ: 日露戦争の5年後の1910年に日本は韓国を併合しました。日露戦争で日本が勝利した後は、韓国(大韓帝国)では親露派は失脚し、親日派が優勢となったはずですから、日本は韓国を併合しなくても親日派が支配する韓国と同盟を結んで韓国の近代化を支援すれば良かったのにと個人的には思ってますが、結果的にはそうなりませんでした。残念ですが済んだことは仕方ありません。
 1965年に日韓の国交が正常化されてからは、韓国の国民の勤勉な努力と日本の経済援助によって韓国が目覚ましい経済成長を遂げ、現在では世界有数の先進工業国として繁栄しています。情報知識経済の時代となって、日本や韓国が勤勉な国民性を活かして発展できるようになったのは幸いだと思います。
 
Mr.X  推薦 : 2  反対 : 1020  作成: 2010-05-11 02:28:14
再びジェイク氏へ:李承晩大統領の竹島侵攻について不可解なことがあります。李承晩は対馬を韓国領と見做し、対馬の武力占領を企てましたが、マッカーサー元帥がそれを許さなかったので断念したそうです。当時韓国は朝鮮戦争の最中で米国に守られている立場でしたから、米国の意向に逆らうことは不可能でした。ところがマッカーサーの後任のリッジウェイ中将は、李承晩が竹島を武力で占拠してもそれを黙認しました。これは米国が竹島が韓国領であると認めたことを意味するのでしょうか? よければjakeさんの御見解を聞かせて戴けませんか?
 
(続く。次で終わり)
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