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ちゃあみぃ逝く


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 このブログの看板娘ちゃあみぃが死んだ。二週間前から餌を食べなくなり、二日前からは水も飲まなくなり、令和元年12月15日午前2時30分、静かに息絶えた。15年と10ヶ月の猫生。



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No title

ニュースです。
韓国の研究者の一部では知られていたものの出典が明かされていなかったために、幻のように思われていた欝陵島と竹島関係の新聞記事史料を“発見”しました。

この記事は、池内氏が、探すのを諦めていた資料です。

それが、実に簡単に「発見」出来てしまいました。
どういう形で、コメント投稿しようか思案中です。

これは、池内氏の、例の「ノートと称する論文」の推理にも影響しますし、池内氏の調査がまったくの笊であったことが分かる点でも面白いものです。
さあて、どこの記事スレッドに投稿しましょうか。(呵呵大笑)

(追記 続きのコメントは下記urlです) 
https://chaamiey.blog.fc2.com/blog-entry-3397.html

No title

かつて朴老人に聞いたところでは、鬱陵島にはカンチが家の中庭や台所まで入ってきたりし、独島に行けば数千匹のカンチが島を埋めていたりした。

このカンチ漁で毎年利益を上げていた日本の島根県の漁師、中井養三郞は、1904年だけでも、2700匹も捕獲した。

この島が鬱陵島に所属する韓国領土であることを知っていながら、日本の地に10海里ほど近いので、捨てられた無人島という名分で、日本の関連大臣たちに領土編入並びに貸下げを請願した。

独島に対する現地調査や歴史、地理的調査もせずに請願を内閣で議決、通告した日が韓国侵略を露骨化した乙巳条約が結ばれた1905年2月15日まさにこの日を独島の日本名称である「竹島の日」と定めたのが、日本大使の発言の禍根となり、その100年の忘却された間隔を唐辛子デモが思い出させてくれたのだ。                   kyoutaelee@chosun.com

※ 訳者註、「乙巳条約」、即ち「第二次日韓協約」の締結は、1905年11月17日であり、2月22日の「竹島の日」は、1905年2月22日の島根県告示日に因むので、どちらも、2月15日ではない。

No title

国運が傾いて日本勢力が勢力拡大をし、裵某氏が親日勢力を背負って島主として横暴が激しくなると、これに反動する民族勢力に、此処に来てワカメを採取して、船を作ってきた巨文島の漁師たちが意気投合し島主家を襲撃した。

このクーデターに参加したという巨文島西島在住の朴龍學老人に45年前に聞いたところでは、唐辛子を一握りずつ握って島主家を襲撃し、目を開くことが出来ないように撒いて、縛り上げて水葬させて妻子を内地に追い出してしまった。

その後、裵氏の息子が成長して、日本の警察官になって敵を返しに鬱陵島に来たときはクーデターに参加した漁師たちは皆死んでもういなかったので、裵氏が水葬された岩の崖の上に座って数日間泣いて帰って行ったと、島で語り継がれていた。

この唐辛子クーデターが物語るように人を住まわせてきた鬱陵島は、このように巨文島の漁師たちと日本の漁師が木材とワカメ、カンチと呼ばれたアシカの捕獲と、ここに住んで勢力争いをしてきたことが分かる。

No title

池内氏の解釈は扨措き、2005年の記事を翻訳してみます。

李圭泰コーナー <6564> 唐辛子獨島デモ

独島は日本の領土という日本大使の発言に抗議するデモで、唐辛子粉を撒き散らす光景が報道された。
韓国最初の唐辛子デモが韓末、鬱陵島の親日勢力の反動で開始されたものと偶然一致して余韻を残す。
1900年前後の空島政策を取ってきた鬱陵島は島主制で住民の力が強く作用していた。

※ 訳者註、「島主」制と漢字で書かれているが、正しくは「島守」、または「鬱島郡守」

No title

しかし、そもそも、「朝鮮統監府が行政的支配する前までの鬱陵島は巨文島漁民の出稼ぎ場所だった。」という李圭泰のウソに騙されてはいけないのです。韓国統監府が置かれたのは、1905年12月21日なのです。
そして、それ以前は、1883年頃まで李氏朝鮮の空島政策が布かれていましたし、1884年には、ミッチェルや高須謙三にそれぞれ、韓国政府が鬱陵島の独占伐採権を与えていますので、巨文島の漁民が、韓国政府から何の許可もなく、鬱陵島からの木材や、若布、海驢を捕まえて自分の物とする行為は、不法な掠奪に過ぎません。

朴龍學が、鬱陵島に行った時期は、1900年頃から1906年頃であったと考えられるのですが、どうして、その年代を推定するのにも重要な部分をわざと落とすのか、実に不審なのです。

No title

省略された部分はこれです。

신(腎)은 머리사공-곧 선장소유로 오다가다관선 (官船)을 만나면 뇌믈로 바친다고 하였다。

この一行のあとの部分は、李圭泰記者による説明と論評なので 省略しても当然なのですが、この一文は、「腎は船長の所有物となるのが決まり事で、航海中に偶々、官船に出会ってしまったら、袖の下として役人に捧げた」という意味なので、文脈として、日用品、贈答品、貴重品と、アシカが価値あるものであった事を畳みかけるように続けている部分ですので、最後の一行を省略するのは不自然なのです。

しかも、役人が乗った船に遭遇すると、それを見逃して貰う必要がある不法な行為であったことを自ら語るに落ちている証言といえます。この最重要な部分をなぜ、池内氏は、落としたのでしょうか。ヌェムル(賄賂・まいない)という単語が、辞書によっては出ていない難しい単語なので、意味がわからなかったのでしょうか。「高値」を「安値」と勘違いする語学力ではそれもあるかもしれません。

(証拠画像追記)
https://megalodon.jp/2020-0901-2037-47/https://i.imgur.com:443/MCzP8l8.jpg

No title

池内氏の翻訳と引用に関して、その読解力に「覚束なさ」を感じるのは何カ所もあるので、指摘を続けます。
昨日のコメントではエラーになりましたが、『竹島/独島と石島の比定問題・ノート』のアドレスを工夫してみたら何とか貼ることができました。以下の通りです。漢字とpdfファイルの拡張子の部分を含めてコピペして開いて下さい。
https://www.gcoe.lit.nagoya-u.ac.jp/result/pdf/4-2_池内.pdf

このノートと称する論文の七頁目に、当該の文章の池内氏による翻訳がありますので、引用します。

「このアシカを捕まえて、その油を航海中の灯火用に使った。皮は、靴・煙草入れ・防寒帽などに用い、家族への土産物としたり安値で売ったりもした。(以下略)」

(以下略)とありますが、その部分をどうして省略する必要があるのか極めて疑問なのです。

No title

こういう露骨な書き換えは、単なるミスなのでしょうかねぇ??

信じられない方は、ご自分の目で確かめて下さい。
池内氏の訳文が出ている論文のURLは、直接リンクを貼ると、スパム対策でしょうが、今はスパム扱いとなり書けませんので、以下の文字列で検索して見て下さい。

竹島/独島と石島の比定問題・ノート

韓国・朝鮮語の辞書サイトは、国会図書館のリンク先に幾つもあって便利です。
https://rnavi.ndl.go.jp/asia/entry/dic-kor.php

池内さんの翻訳能力

李圭泰の1991年の記事を起こしていて気が付きました。ああ、やっぱりなと感じました。しかし、人によっては意外だという感想を持つ方が多いのかも知れません。この文章です。

가죽으로는 갓신-담배 쌈지- 남바위감으로 집안어른 선물 도 하고 또 값비싸게 팔기도했다。
グーグルの機械翻訳では訳出できない単語が幾つかあるので、意味を調べるのに時間が掛かりました。文意の解釈は、前後の文章で、「アシカの革や腎は稀少品なので」という文脈が読み取れますので、前後を合わせて書き出します。
이 물개를 잡아 기름은 항해도중에 등불기름으로 썼다。
가죽으로는 갓신-담배 쌈지- 남바위감으로 집안어른 선물 도 하고 또 값비싸게 팔기도했다。
신(腎)은 머리사공-곧 선장소유로 오다가다관선 (官船)을 만나면 뇌믈로 바친다고 하였다。
「油は、灯明への利便に、革は、履き物、煙草入れ、防寒用頭巾としての用途があり、一家の年長者の贈答品としたり、高値で売ったり、腎は船長の役得で、たまに官船に出くわせば賄賂とした」という大意です。
池内氏は、これを、「安値で売ったりもした」と訳しています。唖然。

No title

ここ数日スパムコメントが続いていまして、ずっと続くようであれば、一時的にコメントを停止しようかと思っています。

No title

앞서 박노인에게 들은 바로 울릉도에는 깡치가 집안 마당이나 부엌까지 들어오곤 했으며 독도에 가면 수천 마리의 깡치가 섬을 메우고 있었다 했다.

이 깡치잡이로 해마다 재미를 봐온 일본 시마네 (島根)현 어부 나카이 (中井養三郞)란 자는 1904년에만 해도 2700마리 나잡아갔다.

이 섬이 울릉도에、소속된 한국 영토인 것을 알고도,일본 땅에 10해리가 더 가까운 버려진 무인도라는 명분으로 일본 관계 대신들에게 영토 편입원과 임대를 청원했다.

독도에 대한 현지 조사나 역사 지리적 조사도 없이 청원을 내각에서 의결,통고한 날이 한국 침략을 노골화한 을사조약이 맺어졌던 1905년 2월 15일로 바로 이날을 독도의 일본 명칭인 ‘다케시마 (竹島) 의 날’ 로 정한 것이 일본대사 발언의 화근이 되었고,그 100년의 망각된 간격 을 고춧가루 데모가 상기시켜 준 것이다.

No title

국운이 기울면서 일 본세력이 득세를했고,배(裵)모씨가친일세력을 업고 도주로서 횡포가 심해지 자 이에 반동하는 민족 세력으로 이곳에 와 미역을 채취하고 배를 만들어온 거문도 어부들이 의기투합해 도주 집을 습격 했다.

이 쿠데타에 참여했다는 거문도 서도(西島) 거주 박용학 노인에게 45년 전 들은 바로는 고춧가루 한 줌씩을 쥐고 도주 집을 습격해 눈을 뜨지 못하게 뿌리고,묶어 수장(水葬)시키고 처자식을 육지로 내쫓았다 했다.

그후 배씨의 아들이 장성해 일본 순경이 되어 원수를 갚으러 울릉 도에 왔을 때는 쿠데타에 참가했다는 어부들은 모두 죽고 없었으며 배씨가 수장 된 바위 벼랑에 앉아 며칠 동안울고 돌아갔다고 섬에 구전되고 있었다.

이 고춧가루 쿠데타가 말해 주듯 사람 을 살지 못하게 해온 울릉도는 이처럼 거문도 어부들과 일본 어부들이 목재와 미역,깡치로 불렸던 물개를 잡으러 와 이곳에 살면서 세력 다툼을 해 왔음을 알 수 있다.

No title

2005年2月28日の記事をテキストに起こしてみました。
原文画像は、https://i.imgur.com/jR18c7M.jpg にあります。

李圭泰 코나 〈6564〉 고춧가루獨島데모

독도는 일본 땅이라는 일본대사의 발언에 항의하는 데모에서 고춧가루를 흩 뿌리는 광경이 보도되었다.

우리나라 최 초의 고춧가루 데모가 한말 울릉도의 친일세력에 대한 반동에서 시작되었다는 것과 우연히 일치하여 여운을 남긴다.

1900년 전후 공도(空島)정책을 써 왔던 울릉도는 도주(島主)제로 주민의 힘이 강하게 작용했었다.

No title

アジア経済研究所図書館で複写してきました。

朝鮮日報1991年1月6日の李圭泰のコラム記事
https://i.imgur.com/gEANRDI.jpg

朝鮮日報2005年2月28日の李圭泰のコラム記事
https://i.imgur.com/jR18c7M.jpg

朝鮮日報1963年8月11日の李圭泰の記事は未入手です。
ところで、李圭泰氏の漢字表記はこれが正しいのですね、池内氏の論文では、李奎泰となっているので、てっきり李奎遠の奎で良いのかと思っていました。池内さんという人は、こんな所もノーチェックなのですね。呆れました。
https://www.gcoe.lit.nagoya-u.ac.jp/result/pdf/4-2_%E6%B1%A0%E5%86%85.pdf

No title

無意味な英文のしつこい荒らし行為が続いているようですね。
新盆を迎えたネコのちゃあみぃは、神仏となって、今、人間の茶阿弥家に戻って来ている時期でしょうか。

(東京のお盆は一月前でしたし、地方により、盂蘭盆会を旧暦で行うところは、今月末の8月31日が、旧暦(天保暦)の七月十三日になるので、もう少しあとかも知れませんが)

英語の嫌がらせコメントがお供えでは、ネコのちゃあみぃがかわいそうなので、私からのお供えものです。

おはようございます!

あらら!本文そうなんですか! 小嶋日向守さんの最初の投稿、いいですね!! mamatotoさんの投稿も拝読いたしました。15年飼うとさすがに思い出と情が移りますよね。Gも小学~高校のころ、同じ姿かたちの雄ネコを飼っていました。合掌です。去年だったか!?すぐ下の弟が飼っていたネコが、16年だったかで逝きました。

猫の困惑と自意識

ネコの意識とはどういうものなのでしょうか。
猫は人間を大きな猫だと思っているという説を、ねこを研究している学者がまことしやかに語っていました。
また、鏡に映った自分を理解することができないという話も聞いていました。
しかし、スマートフォンで飼い主の顔をネコ顔にするアプリケーションソフトを使った実験を見ると、飼い猫は、自分と飼い主の人間の違いを完全に理解していることがわかります。
https://news.biglobe.ne.jp/animal/1119/9pt_191119_9991270420.html
https://www.youtube.com/watch?v=okswxxX_6QU
専門家でも、当然だと考えている思い込みが違っている事を新しい技術がわからせてくれると進歩に繋がります。(韓国の独島研究者も含めて)

No title

ちゃあみぃが逝ったのは、ちょうどYahoo!ブログが消滅した日でもありました。まあ、たまたまの偶然ですけどね。

No title

お悔やみ申し上げます。
大往生でしたね..
ウチの子もそんな最期でした。

No title

人間で言えば、八十歳を越えた年齢に相当するとのことですね。大往生なのでしょうが、長年可愛がったペットを亡くした喪失感は、家族を失ったも同然でさぞや、お辛いと思います。
治療によって、一度元気になったことを、飼い主さまに感謝して旅立ったと思います。
プロフィール

Chaamiey

Author:Chaamiey
別名 茶阿弥
男性 熊本県在住
写真は元飼い猫のちゃあみぃ

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