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独島の「歴史的権原」 5

5.2 歴史的権原の主張に対する批判
5.2.1 歴史的権原主張の実際の事例
5.2.1.1 独島博物館 『美しい島、独島そして鬱陵島』 (2005年)
 独島博物館が発行した 『美しい島、独島そして鬱陵島』には、于山国が韓民族の領土になったと次のように記述している。

 約1500年前、鬱陵島と独島を領土とした古代海上王国于山国が西暦512年新羅に服属することによって、二島は韓民族の領土になった。于山国の領域に独島が含まれたことは、史料と論理で立証する以前に常識の領域であり事実の領域だ。鬱陵島からは晴れた日に独島を眺めることができ、海に少し出て行けば二島が同時に見える。独島からは鬱陵島が裏山ほどに大きく見える。

 このように于山国が民族の領土だと記載して、于山国の韓民族の歴史的権原が新羅の于山国征服によって成立したと記述しているが、歴史的権原が現在の国際法上の権原へ権原の代替を成し遂げたという点に関しては論及がない。(注29)

(注29) 独島博物館 『美しい島、独島そして鬱陵島』 (鬱陵郡:独島博物館2005年) p22

5.2.1.2東北亜歴史財団 『独島!鬱陵島から見える』 (2000年)
 東北亜歴史財団が出版した 『独島!鬱陵島から見える』には、西暦511年から鬱陵島と独島が韓国の固有領土となったと次のように記述している。

 于山国は今日の「鬱陵島」と「独島」で構成されていたので、西暦512年に于山国が新羅の領土になったということは、西暦512年から「鬱陵島」と「独島」が韓国の固有領土になったことを証明すると解釈することができる。要するに、この記録を持って512年(智証王13年)の異斯夫の于山国征伐によって独島は私たちの土地だと主張する根拠とするものだ。そして、このような主張を立証するもう一つの資料として活用されるのが、『世宗実録』「地理志」江原道三陟都護府蔚珍県の条に書かれた鬱陵島・独島に関する記録だ。

 512年に于山国が新羅の領土を制御独島が韓国の領土とされたと記述しているが、歴史的権原の代替に関しては何も言及がない。(注30)

(注30) 東北亜歴史財団 『独島!鬱陵島から見える』(ソウル:東北亜歴史財団 2000) p40

5.2.1.3 韓国海洋水産開発院 『独島領有権の歴史的権原に関する研究』 (2000年)
 韓国海洋水産開発院が発行した 『独島領有権の歴史的権原に関する研究』には、新羅が于山国を征服して于山国が新羅の領土になり、独島が韓国の領土となった、と歴史的な権原を次のとおり記述している。

 いつから于山国という国号で国家を建設したのかも正確ではないが、新羅に服属したのは既に知られたとおり伊湌異斯夫の征伐があった6世紀始めからだった。これに対する記事は、『三国史記』と『三国遺事』に伝わる。これらはいずれも鬱陵島に対する新羅の征服意思を込めた内容で、512年にあった鬱陵島服属の記事だ。

 これは海洋水産開発院が独島の歴史的権原に関して特殊研究をしたものだが、上に見るとおり独島領有権の歴史的権原に関して記述していて、歴史的権原の代替に関しては全く言及がない。(注31)

(注31) 韓国海洋水産開発院 『独島領有権の歴史的権原に関する研究』(ソウル:韓国海洋水産開発院 2005) p57


5.2.2 批判
5.2.2.1 批判1 : 歴史的権原主張の不明確性
 前述したように、韓国政府は独島領土主権の歴史的権原を主張するなら、新羅智証王13年(512年)の新羅の異斯夫による于山国征服によって韓国は独島領土主権の歴史的権原を取得したと記述して、その根拠として『三国史記』の記録を提示しなければならないだろう。それにもかかわらず、鬱陵島から独島を晴れ渡った日に眺めることができると『世宗実録地理志』、『新増東国輿地勝覧』、『東国文献備考』などに記録されていると記述し、『万機要覧』に于山国の土地は于山島と松島で構成されていると記述して、ほとんど新羅の于山国征服による独島の歴史的権原の取得を直接的、明確に記述していない。例え「歴史的権原」の取得という用語を使わないとしても、最小限、新羅の異斯夫の于山国征服によって新羅は512年に独島の領土主権に対する歴史的な権原を取得したという内容を明確に記述しなければならないだろう。

5.2.2.2 批判2 : 歴史的権原の代替
 歴史的権原は現代国際法上の権原で権原の代替を成し遂げなければ今日の国際法上効力が無いので、歴史的権原の主張のためには歴史的権原が代替されたことに論及しなければならないにも関わらず、全ての政府の主張では歴史的権原を主張して、歴史的権原の代替に関しては論及が無い。したがって、独島領有権の歴史的権原は今日の法的効力が無いことになってしまう。

6. 結び
 前述したことを整理すれば次のとおりだ。
(ⅰ)領土主権に関する歴史的権原は現代国際法上権原で権原の代替を成し遂げなければ現代国際法上の法的効力が無く、また、現代国際法によって代替された以後にも歴史的権原は法的効力がないということは判例と学説によって国際慣習法として一般的に承認されている。
(ⅱ)韓国の独島領土主権は新羅智証王13年(512年) 異斯夫の于山国征服によって新羅の歴史的権原が成立した。
(ⅲ)韓国政府は、韓国の独島領土主権の歴史的権原を1900年10月25日「大韓帝国勅令第41号」に基づいて現代国際法上の権原へ権原の代替を成し遂げた
(ⅳ)韓国政府は、韓国の独島領土主権を樹立したのは新羅智証王13年(512年)に異斯夫の于山国征服によったものと歴史的権原を主張して、その歴史的権原の代替に関してはいかなる主張もしたことがない。
(v)独島は歴史的に国際法的に韓国の領土という。しかし歴史的な権原は現代国際法上の権原で権原の代替をしなければ歴史的な権原は効力が無い。したがって、韓国の独島の歴史的な権原は歴史的には妥当だが国際法的には妥当でない。したがって、独島は歴史的でも国際法的でも歴史的に韓国の領土だという話は、歴史的な権原によるならば合う話だが国際法的には間違った主張だ。この点に関して歴史学者たちは全く理解しようとしない。歴史的な権原に関しては、史学者と国際法学者の緊密な学際研究が要求される。
 政府関係当局に対して、次のような政策代案を提案することにする。
(ⅰ)韓国の独島領土主権の歴史的権原は1900年「大韓帝国勅令第41号」に基づいて代替されたことを明確に宣言する。
(ⅱ)独島領土主権の歴史的権原を主張する時は、その主張が歴史的権原の主張であることを明確に表示する。特に地理的根拠の提示と混同しない。
(ⅲ)歴史的権原を主張する場合には必ず「歴史的権原の代替」に関して論及する。
(ⅳ)歴史的権原の代替に関する国際法学界と史学界の学際研究を行政的・財政的に積極支援する。
(終)

韓国政府の独島の歴史的権原主張に関する研究
金明基(明智大学名誉教授)
嶺南大学独島研究所 『独島研究』 第29号(2020.12.30) p173



<コメント>
 まあ、これ自体は何とも空虚な論文ですが、ただ、これを見て歴史学者たちの主張の仕方が変わったりするでしょうかね。どういう言い方をしようと韓国の「独島領有権」とかいうものに何の実体を与えることも無いですが、歴史学者たちがあたふたするならば、それはそれで面白い(いや、どうでもいい)。



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